59ハルト 早朝の戦い
…何か聞こえた気がする…。
深い眠りからすぐに覚醒できず、気のせいか、と思いかけた時。
キャーという女性の叫び声が今度ははっきり聞こえて、がばっとベッドの上に起き上がった。
隣のグレイの部屋のドアが開く音がする。
僕も遅れて、部屋から飛び出した。
ドアを開けた正面に窓があり、そこから宿の前の通りが見える。
その通りに魔物がいて、腰の抜けたらしい宿の従業員が道端にへたり込んでいるのが見えた。
「村の中にまで?!」
僕の隣で、同じく部屋から出てきたアレックスが茫然とつぶやく。
「急ごう!」
僕らはとにかく早く助けなくては、と、走った。
外に出てみると、グレイが魔物と宿の従業員の女性の間に立ちはだかり、剣を構えている。
僕も…と思って、ハッとした。
丸腰だった。
アレックスも僕と同じ、しまった、という顔をしている。
とっさに駆けつけたので、二人ともパジャマにスリッパだ。
その点、グレイは剣と盾も持っていて、ブーツも履いていた。
魔物が動いた瞬間、グレイの剣が切りつけ、ひるんだ魔物が後ずさる。
巨大な紫色のジャガイモに目がついたような魔物で、明確な足はなく、ずるずると、でも意外に早く移動する。
ゲーム上の画面で見て想像していたより、かなりでかいように思う。
こいつは毒も持っている。
そして、その本質は土くれだ。
体内にあるコアを攻撃できれば倒せるので、ゲームでは物理攻撃で十分だったけど、今は丸腰なので無理。
弱点は…確か風と火。
思い出した瞬間に、無詠唱で火属性魔法をぶつけてやった。
当たって焼けたところが崩れて、魔物が小さくなった。
よく効いているようだ。
アレックスも火属性の魔法は得意だ。すぐに隣で詠唱を始めている。
火はアレックスに任せて、今度は風魔法を試す。
かまいたちのように切りつけつつ、少し後ろへ吹き飛ばせた。
女性と魔物の距離がさらにひらく。
これでもし戦闘が長引いても、女性に影響は出ないだろう。
そう思っているとアレックスの火の魔法が発動し、魔物の全身が火に包まれた。
そこへグレイの剣が翻り…グレイの一撃で、とどめを刺すことができ、魔物はぐずぐずと崩れ落ちた。
僕らがほっと息をついていたら、大股で戻ってきたグレイが、僕とアレックスの頭にゲンコツをおとした。
痛みに涙目になって二人でしゃがみ込む。
「二人とも、その格好は何だ!そんなに死にたいのか!」
「う…ごめんなさい…」
「すみません、師匠…」
何の言い訳もできない。
言い訳するとしたら、騎士としての訓練をしてきたわけじゃないから、知識として教えられていても、とっさにはできなかった、だろうか。
外に飛び出したときは、日の出直前の、空は薄紫で、うっすらと霧もかかっていた村の中は、すっかり明るくなって視界も良くなっていた。
早朝とはいえ、朝の早い人たちはいる。
騒ぎに、通りに人が出てきていた。
僕らはパジャマだ。
寝る時もクリスのブレスレットは外さないようにしているので、注目度はそこそことしても、単純に恥ずかしい。
「あの、ひとまず中へ…」
宿の主人に促されるまま、大急ぎで宿に戻った。
いったん部屋に戻り、きちんと着替える。
その間に宿の主人はお茶と簡単な朝食を用意してくれていた。
「娘を助けていただき、ありがとうございます」
温厚そうな宿の主人と、丸々とした奥さんとおぼしき女性、そしてさっきへたり込んでいた女性の三人から頭を下げられた。
従業員の服を着ているけど、ここの宿の娘さんだったらしい。
「間に合って何よりでした」
こういうとき、大人のグレイがいてくれて、本当に助かる!
ゲームでは、最初の頃は木こりのカールが僕らの保護者的存在になってくれていた。
僕とアレックスだけでは、若造と小僧で、大人がまともに相手にしてくれないのだ。
「あの、本当にありがとうございます」
娘さんは二十代そこそこ、といった感じの可愛らしい女性だ。
グレイを見つめてぽっと頬を染めている。
ああ、これはダメなヤツ…。
クリスの傑作アイテムの威力をもってしても、命の恩人バイアスには勝てないらしい。
白馬の王子サマが現れた、という顔でグレイを見つめている。
実は、僕の成人の儀のあと、白馬にのったグレイを先頭に、大神殿から城までの道のりを馬車でパレードする予定だった。
僕が、そんな衆目に晒されることは耐えられない、と訴えたことと、後々旅立つことが決まっているので極力顔を近くで見せないために、という大人の判断で、無くなったのだけど…。
もし実現していたら、麗しいグレイの姿に、沿道のお嬢さん達はノックアウトだっただろう。
そもそもグレイも、本来は一般庶民が顔を見る機会もないくらいの高位貴族である、侯爵家の令息だ。
騎士となって仕事をしているので、見かけることができるだけだ。
グレイの兄弟達とは、貴族の社交の場でしか会うことはなかった。
なので、本人は意識していなくても、グレイもアレックス同様、立ち居振る舞いの端々まで洗練されていて、実は僕も時々見惚れていたくらいだ。
そんなことを考えている間にも宿の一家の話は進んでいた。
どうやら、お嬢さんがいつものように日の出前に起きて水を汲んで、お店の前を掃除しようとしていたら魔物が寄ってくるところだった、というのがさっきの出来事らしい。
「こんな村の中まで、いつも入ってくるのですか?」
グレイが憂い顔で問うと…その表情かっこいいからやめた方が、と思ったけどもちろん言えない…お嬢さんが一生懸命に色々と教えてくれた。
僕とアレックスは、話を聞きながら、冷める前に食っちまおう、とオムレツをつつきはじめた。
お嬢さんによると…。
こんな村の中心部までは初めてだけど、村の端の方では過去にもあったこと。
皆で力を合わせて入り込んだ魔物を倒してきたけれど、有力な戦力の者たちが亡くなったため、冒険者に依頼を出していること。
冒険者が来たばかりの頃は森の魔物も減ってくるので期待するのだけど、しばらくすると冒険者たちを見かけなくなり、また魔物が増える、それを数度繰り返している…という話だった。
…それってかなり良くない情報なんじゃ…。
アレックスと顔を見あわせて、お互いに同じことを思っていることを確認する。
つまり。
僕ら以外にこの依頼を受けた冒険者たちはおそらく全滅したのだ。
洞窟に入ったら、どこかでご遺体の一部か、装備品の名残を見つけるのでは…。
一気に食欲が失せた。
「そうですか。私達も冒険者で、この村の依頼を受けたところです。少々時間がかかるかもしれないですが、この村のお力になれれば、と思っていますよ」
朗らかにいい笑顔で言い切ったグレイに、宿屋のご一家は僕らの行く末を想像したらしく、顔を青くした。
それでも、かなりの期間ここに泊まるので、朝食と夕食だけでなく、お弁当も毎日作ってほしい…という僕らの願いは、命の恩人さんの頼みだし、と快諾された。
いや、あのお嬢さんなら頼まなくてもグレイの分のお弁当くらい作ってくれそうな、目のハートぶりだったけど…。




