52アレックス
我が国の召喚魔法によって、異世界から強引に勇者が召喚されてから、ほぼ一年がたった。
初めて勇者と…ハルトと会ったときには、華奢な子供であることに驚いてしまった。
でも、ハルトと直に会い、ハルトが勇者だと知る者は皆、強さは未知数ながらも、我が国の勇者がハルトで良かった、と好意的な感情を持った。
勇者の意思に関わらず、この世界において勇者を抱える国の外交に、勇者は切っても切り離せない。
光の魔法が使える…すなわち精霊の加護がついていて、悪い人物ではない、と保証されているとしても、頑固で気難しい人物の可能性だってあったのだ。
その勇者が好人物であることに、皆が胸をなでおろした。
そして俺は、ハルトが剣を振ることさえままならぬほどの貧弱な体のときから、できる限り鍛錬のときにはそばにいるようにした。
軽口をたたいたり、アドバイスをしたりして、地道な努力を続けなければならない辛い時期を乗り越える手助けになれば、と思ったのだ。
幸い、王子としてはガサツとの評価の俺に対して、かなり初期から…自惚れかもしれないが、兄弟の中では一番に俺になついてくれたようだったので、サポートもしやすかった。
ハルトと…勇者と共に俺も旅立つことに関しては、かなり前から根回しをしておいたので、若干の反対もあったけれど、結構すんなりと決まった。
騎士団長直々の指導も受け、訓練も重ねて、あとは実戦で鍛えていけばいい、つまりはブラックドラゴン討伐のために旅立ってもいい、そう判断が下されたあとは、自分も、周りも、いつハルトが出発すると言いだすか、見守っていた。
なかなか踏ん切りがつかないように見えたあと、ある日急に、旅立つことにする、と言い出したので、相変わらず予測のつかない奴だな、と少しだけ思った。
以前なら、異世界人だから俺達と考え方も違うのだろう、と思ったに違いない。
異世界人は自分達とは考え方や感覚が違う、と思い込んでいたのをグレイ師匠に正されてから、ハルトは、素直で努力家で、でも、やっぱり見た目通りのただの子どもだ、という認識に改まっていた。
元の世界を、家族を、懐かしむそぶりを見せないように頑張っている、いじらしい子ども。
精一杯、大人っぽく振舞おうとしている子ども、でもある。
ジュリアスとハルトとの三人でいたとき、しおりだったか紐だったかを見てハルトが血相を変えて、そのあと母親にまつわる話を聞かせてくれたことがあった。
そのときの様子から、グレイ師匠の言う通りに、何かを言ってしまうとそれがきっかけで全てが崩れそうな、そんな内面の脆さを守るために、元の世界の話はできなかっただけだ、ということが、良く分かった。
それでも、母親の話をしてくれたことが嬉しくて。
ようやくこちらの世界の人間である俺達に心を許してくれたのだと思ったら、本当に嬉しくて。
思わず涙ぐみそうになったのを、あのときはハルトを思い切り抱きしめることで誤魔化した。
毎日一緒に過ごしているうちに、いつしかお互いにお互いが一緒にいて当たり前の存在になっていた。
ハルトが、勇者だろうが、なんだろうが、関係のない…そう、家族になっていたのだ。
少なくても俺の中での感覚はそうだった。
ハルトがどう思っているのかは分からないが…。
ハルトと二人で旅立ってみると、最初はとにかく戸惑うことの連続だった。
生まれたときから王子であるので、供の者がいないこと自体が新鮮であり、でも、ハルトと二人、気楽にやっていくのは悪くなかった。
初めての護衛の仕事は、駆け出しの冒険者としては何とかやれたと思う。
でも、お金がなくて節約しなくてはならず、食堂で何を頼むことができるのかと、財布の中身を見ながら頭を悩ませたのは人生初のことだった。
自分達はまだ弱いし、お金もないし、王子だとバレてもいけないし、色んなことからハルトを守らなくてはならないし、八方ふさがり感が尋常ではなかった。
弱音が口をついて出そうになっても、不思議とハルトはどこか達観したように、お金を貯めなくちゃね!と言って、魔物達を黙々と狩るので、弱音を吐くことはできなかった。
最初は、プレッシャーが少ないから飄々としていられるのか、と思ったけど、そのうち、自分の『王子』から『お金のない冒険者』への転身程度、ハルトの経験した異世界召喚と、背負っている『勇者』という肩書に比べれば、どうってことはないのだ、と気が付いた。
そう気付いてしまえば、本当に色んな事がどうでも良くなって、ハルトと一緒にひたすらに魔物を倒すことに専念した。
それに、今こんなに弱い魔物相手にてこずるようでは、ハルトの相棒として、勇者一行の一員としていかがなものかと我ながら思ったのもある。
その後城に戻ってから、お金の苦労はただのミスだったことが分かって、ちょっとがっくりきたけれども、むしろいい経験だったと思えた。
かけだしの冒険者として、自分の意思ではなくどこかの町へ行くのはリスクがある、と反省し、今度はしっかり計画を立てて違う町に行ってみたら、今度はその町で起こっていることは、今の俺達では歯が立たなかった。
またしても自分達が弱すぎることを突きつけられた。
ハルトはその町を守っていた有志の数人が亡くなったことに、ものすごく衝撃を受けていた。
恐らく、勇者として早くブラックドラゴンを倒さなければ、このような出来事が世界中で起こり続けるのだということを肌で感じたのだろう。
俺もハルトが召喚されるより前、ブラックドラゴンが出現した、と聞いても、侍従の身内が魔物にやられた話を聞くまで、どこか遠い所の話のように感じていたから、その気持ちは想像できた。
弱い自分達の現実を受け入れ、とにかくできることを積み重ねるしかない。
むっつりと黙り込んでいるハルトと二人きりというのは楽しくはなかったけれど、気をつかいがちなハルトが取り繕うことなく、ありのままで黙りこくっていることは、兄としては大いに喜ばしい出来事だった。
ハルトの肩には勇者の肩書が重くのしかかっている。
それは俺には想像することしかできない重圧だ。
少しでもその重荷を分かち合えるようになれるといいのだが、と思いつつ、まずは今、どうすべきかを考えた。




