40マリア
「お嬢様、どうぞ。ご所望の本ですわ」
本の世界に没頭していたので、ちょっとだけぽわんとしてしまったけど、すぐにメイドから本を受け取り、お礼を言った。
今、私は自室に謹慎中だ。
先日、町で評判のカフェの、新しい焼き菓子を食べてみたい、という嘘の理由で家人をだまし、町へと出た。
そして、カフェにはいかず、冒険者ギルドで依頼を出した。
簡単な内容で報酬は悪くなかったので即決で護衛が決まり、聞いていた話と違うので、あわあわしている御者とエミリーを勢いで押し通して、森まで行った。
今、民間人は護衛なしで町からは出られないのだ。
公爵家の護衛もいるのだけど、そもそも森に行きたいから護衛つけてね、なんて話が通るわけがない。
むしろ計画の邪魔になるので、治安のいい大通りに行くだけだから…と断ったくらいだ。
森につくと、森の入り口に騎士さん達がいたので、なんだか安心して、冒険者達を解雇して帰してしまった。
もうここまででいいわ、と言ったときはかなり驚かれたけど、チップを渡すと嬉しそうにさっさと帰っていった。
それでは早速、とばかりに人生で初めて森へと足を踏み入れた。
馬車にはもちろんその場での待機を命じてある。
しばらく進んで、エミリーが半泣きで追いかけてきているのに気が付いた。
エミリーに待機指示を出していなかった。
いつもは大声を出したりしないエミリーが、必死に引き返させようと説得してくる。
でも、私はつい先日、ウォーターブレイドという名の魔法が使えるようになったっぽくて、でも攻撃魔法なので魔法の先生も試させてくれないことに不満をもっていた。
それと同時に、防御結界、自分の体への物理攻撃の緩衝壁を作り出す魔法の効果が知りたくてたまらなかった。
これも、誰も私に向かって攻撃なんてしてこないので、どれくらい効果があるものなのか、何度か発動させてみたことがあるけど、さっぱりわからなかった。
それで、これは実戦で試すのが一番ではないか、と思いついたら、もうその思い付きにとりつかれてしまった。
一回でいいのだ。
魔物に出くわしたら、それぞれの魔法を試してみて…それが済んだら、ちゃんと大人しく帰るつもりだった。
しばらくエミリーと言いあいながらも森を進んでいると、三人の騎士さん達に出会った。
森の入り口にいた騎士さん達の仲間だろう。
正騎士の実戦時の装備を着けた二人と、そこまでの重装備ではない、その上官らしい一人。
この森の魔物を狩ってくれているところに違いない。
私はすぐに、一緒に連れて行ってくれるようにお願いした。
でも…その上官らしい騎士さんからエミリーを危険にさらしていることを指摘され、自分でも頭から血の気が引いていくのが分かった。
私の防御魔法は同時に二人にはかけられない。
普段から鍛えている騎士さんでさえ、プレートメイルを身に着けているのだ。
戦闘訓練もしていない私とエミリーに、こちらから攻撃する前に魔物が攻撃して来たら…。
自分の、何も考えて無さかげんに、ショックを受けた。
そして、出会った騎士さんの上官らしい人は、なんと騎士団長様だったようだ。
そんな方に諭されて、最早何も言うことはなく、ただただうなだれるしかなかった。
森の入り口に戻る途中、魔物と戦ってみたいという気持ちもすっかり萎えた頃になってから、魔物と遭遇した。
森に入ってすぐの頃に…エミリーと二人だけのときに出会っていたら、私達は死んでいただろう、そう直感した。
それくらい、魔物の纏う雰囲気は禍々しく、恐ろしいものだった。
足がすくみ、体も硬直して冷や汗がでるだけで、頭も真っ白になり、魔法の詠唱どころか声もでなかった。
何もできず、ガタガタ震える体を自分で抱いて、へたり込むのをこらえるのが精一杯…。
そんな私の様子をチラ見した騎士さん達は、全くしょうがないな、という心の声が聞こえそうな様子で、さっさとその魔物を切り捨ててくれた。
自分がこんなに情けないとは…これもまたショックだった。
森から出ると、御者さんが私達の無事を涙を流して喜んでくれて、その様子に私達が死なずに戻って来られたのは、騎士団長様の言う通り、運が良かったのだということを痛感した。
私はもう打ちのめされていた。
なんて馬鹿な娘なのか。
私の中での魔物は、シャーっと威嚇してくる野良猫程度の脅威の想定だったようだ。
魔物への認識が、全く甘いにも程があった。
馬車に乗る前に、騎士さん達にお礼を言い、御者さんに謝り、馬車に乗り込んでからは、泣いてエミリーに謝った。
エミリーは本当に怒っていて、何度も何度も謝った。
最後に、もう二度とこんなだますような真似をしないこと、何でもエミリーに相談してから行動すること、などを約束させられて、ようやくエミリーが許してくれた。
でも、そうしたら今度はこっちが困るくらいにエミリーが泣き続けて…。
こんなにも心配をかけさせたのだ、と、申し訳なく、自分の馬鹿さ加減に悲しくなった。
家に着いてから、エミリーと二人でお母様のところに行って、今日の顛末を自ら告白し、謝った。
お母様は、カフェに行っていたはずの娘が一体何?という顔で聞き始めたのに、冒険者ギルド、という単語が出たあたりから顔色が変わり、青くなり、白くなり、最後に赤くなった。
こんなに怒っているお母様を見たのは初めてだった。
「あなたは優秀で、ものわかりのいい、自慢の娘です。ですが、今日の振る舞い…騎士団長様にも冒険者ギルドの方にも口止めが必要なほどの愚かな行いでした。自分の愚かさ、それは分かっているようなので、これ以上は言いません。ですが罰を与えねばなりませんね。どのような罰を与えるかはお父様と相談して、決まり次第あなたに伝えましょう。公爵家の一員として恥ずべき行動だったこと、それだけはしっかりと心に刻みなさい」
怒りで声を震わせつつも、それだけを言うと、お母様は私を部屋に下がらせた。
その夜、お母様から話を聞いたお父様の怒りも激しく、お父様からは小一時間もお説教を受けた。




