36エミリー
マリア付きのメイドのエミリー視点です。長めです。
私、エミリーがマリアお嬢様付きになって、何年経つことだろう。
いや、お嬢様がお生まれになった時からずっと傍にいたのだから、メイドになってからを考えても意味のないことだ。
私のマリアお嬢様は、私の母が入れ込んで一生をかけてお仕えすると誓っている若奥様に、随分と似てきたように思う。
若奥様も、見た目は、穏やかな普通の美しい貴婦人にしか見えないのに、恐らくそんじょそこらの男性では太刀打ちできないほど、芯が強くて頭が切れる。
若旦那様が、仕事の相談をなさっているのを目にすることも多い。
美しいだけではなく、支えにもなっていらっしゃる。
その上、お子様たちにもしっかりと深い愛情を注がれている。
母の話によると、初めは貴族の慣例に従って、乳母である母に赤ん坊の世話を丸投げする予定だったのに、生まれたお嬢様が、若奥様の指をきゅっと握って離さなかったのを見て、ほろり、と涙し、日中の大半は、自らの母乳をお与えになったのだとか。
ヘンリー様の出産の後は産後の肥立ちが悪く、乳母に任さざるを得なかったものの、回復してからは積極的にお世話をなさり、ジェイムス様のときも同様だった。
聡明で、愛情深く、その上美しいだなんて。
本当に私のお嬢様がそうなるだろう、という姿そのものだ。
そんなお嬢様が、仕事をしたい、と言い出したのは懐かしい思い出だ。
あまりにお可愛らしくて、母が若奥様に一生ついていくと誓っている気持ちがすごく良くわかり、私もお嬢様に一生ついていく、と心の中で誓うだけでなく、お嬢さまにも宣言してしまった。
それから数年、一緒になって色んなことを試すのはとても楽しかった。
嗜みとして覚えてくださいと周りに言われてではなく、自分から仕事にできないかと取り組むのだから、覚えも早く、年単位でお教えする予定だったお裁縫などは、あっという間に習得なさってしまった。
普通の令嬢はあまりしないことも、お嬢さまの要望とあれば、よほどの内容でない限り、相棒として実現に向けて奔走した。
といっても、よほどの内容、というのは魔力測定くらいだったけど。
お嬢さまが王妃陛下のお茶会にデビューをなさったときは痛快だった。
お嬢様も、幼い、といってもいいお歳だったし、お嬢さま付きの私も若かったので、会場入りしたときは、他の令嬢付きのメイドたちに随分となめた態度をとられた。
お嬢さまもそこらの令嬢と一緒にしていただきたくはないが、自慢ではないけど、私のメイドとしてのスキルも中途半端なものではない。
物心ついたときから、母や公爵家の他の使用人仲間にそれはもう色々と仕込まれていたし、お嬢さまは幼くて覚えていらっしゃらないようだけど、メイドを養成する学校にも通って、それを飛び級でほんの数年で終えて、屋敷に戻り、それからお嬢様付きになったのだ。
まあ、バカにしていられるのも今のうちよ、と相手にしないようにしたけど、案の定だった。
うちのお嬢様が、途中で飽きて、王妃陛下に粗相をしなければ良いですわね、ですって?その言葉、そっくりお返しするわよ。マナーがなってなくても、まだ幼いので大目に見ていただけますわね、ですって?ごらんなさいよ、正当なマナー通りに振舞えているのは、王妃陛下とうちのお嬢様だけですけど、何か?
…内心では勝ち誇っていたけど、そんな態度を出して、メイドどうしで軋轢を生んでもいけないので、しれっと無表情を貫き通して、私自身が、私に失礼を言ったメイドたちの記憶に残らないように、かなりの努力をした。
その後、お嬢さまと一緒にしょっちゅう登城して、王宮でのお茶会の常連となり、王宮勤めのメイドさんや近衛騎士さん達と随分親しくなった。
王宮でのお茶会だと、当然主催側のメイドさん達が働くので、私はお嬢様の行き帰りの付き添いと、お茶会の間はそばに控えて見守る、になってしまいがちだ。
同じく見守る、が仕事の近衛騎士さんと、話はできないけど目が合えばお互いに微笑み合うようになった方もいて…。
とにかくそうこうしているうちに、お嬢さまに強い魔力があることが判明して、事態は急展開。
登城の機会も、城に勤めているのかしら?というくらいに増え、私まで王族の方に顔を覚えられる始末。
ごく最近では、王妃陛下や側妃殿下から、プライベートではお嬢様がどの王子殿下の話をするのかと探りを入れられて、困ったこともある。
そう、お嬢様はあんなに麗しい王子殿下達に囲まれても。楽しそうにお話なさっても。普通の令嬢のように、頬を赤らめたりする素振りが全く見受けられないのだ。
初めは、王妃陛下と側妃殿下が、お嬢さまと自分の息子をくっつけようと目論んでいるのを察知して、うまいことあしらっていらっしゃるのかと感心したのだけど、すぐに何か違う、と気が付いた。
お嬢様はそんなに器用なタイプではないことを、一番良く知っているのは私だ。
殿下達を手のひらで転がすような真似は、お嬢さまには十年経ってもできそうにない。
それから、じっくり観察することで、単純にお嬢様はあんなに頭が良くて、振る舞いは大人びていらっしゃるのに、そっち方面はむしろ普通より幼くていらっしゃる、ということが分かった。
十代にもなれば、初恋の一つもしている令嬢も多かろうに…と考えて、はて、自分もお嬢様の年齢のときには、異性にはなんの興味も関心もなかったっけ、と気が付いた。
お嬢様も、まだ『その時』が来ていないだけなのだ。
私は…例の近衛騎士さんからときどきお手紙をいただくようになっていて。
文通をしているなんて、お嬢さまには絶対にばれてはいけない。
何故かそう思う。
そして第五王子殿下を含めた、王子五人とのお茶会の後から、お嬢さまの目の色が変わられて、今まで以上に勉強や訓練に打ち込むようになられた。
何だか嫌な予感がするのだけど、長年の相棒である私は、とことんお嬢様の御要望にお応えしてしまう。
魔法の練習台になってみたり、テントを自分で建ててみたい、というので、関係各所に根回しをしたり。
そう、テントの件で、なんとなく感じていた疑惑が、かなり真実味を帯びてきた。
お嬢様、野営の仕方を訓練したがるなんて、もしかして冒険者にでもおなりになりたいの…?
確かにお嬢様の魔法があれば、冒険者の皆さんは大喜びするだろう。
お嬢様の回復魔法はとても心地よく…魔法の歌声は、聞きほれてしまう。
いや、聞きほれたら戦えないのだろうけど。
そんなある日、お嬢様が珍しくお茶の席で、王妃陛下と側妃殿下におねだりをなさり、驚いた。
最早プライベートの、日常のお茶をご一緒している仲であり、その御三方しかいない場でもあったので、口にしやすかったのだろう。
第五王子殿下の成人のお披露目の様子を見たい、と…。
王妃陛下も側妃殿下も、自分達の息子とお嬢様をくっつけたがっているので、ハルト殿下がお嬢様とお茶会を一緒にしたのは、5人揃っていたあの時だけだ。
あのお茶会以降は、折に触れて、王子殿下の誰かがお茶に加わっていることもあるようになっていたけど、ハルト殿下が参加されたことはない。
お嬢様があの時から様子が変わられたことを考えると、ハルト殿下に何か執着でもおありなのか…。
耳を澄ますと、自分は成人していないから、舞踏会にも出られないし、庶民と一緒に前庭にいるわけにもいかない。自分の人生では王族の成人の儀のイベントはこれが最後になるかもしれないのだから、見たい、と言いつのっている。
いや、お嬢様、おそらくあと二十年もすれば、次の代の王族の方が成人なさると思いますがね…と心の中で突っ込み、王妃陛下達の様子をうかがう。
お二人は快諾してくださり、当日は、会わずに帰ったりしちゃ嫌よ、ちゃんと顔を見せてね、と言い含められていた。
そしてその成人のお披露目を見た日は、本当にたまたま、のようであったけれども、第三王子のジュリアス殿下とかなり親密な時間をお過ごしになられた。
ジュリアス殿下は私のお嬢様のことを好いてくださっているのでは、と前からうすうす感じていたのが確信となった。
でもお嬢様は残念なお嬢様のままで。
ジュリアス殿下、頑張れ、と心の中で思わず声援を送ってしまったのはお嬢様には言えない。
そしてそして。
今日、私は今までで、一番の困難に直面している。
お嬢様のご要望にお応えしたくないのだ。
そんなことはメイド人生初のことだ。
極力、お応えしたいのだという気持ちだけは必死にお伝えはしたものの。
ダメなものはダメ!
お嬢様、森に魔物を狩りになんて、誰が連れていけますか!




