34マリア
「あら、本日の主役がやっとお出ましになられたようですわ」
エミリーの声に、暇つぶしに読んでいた本を閉じ、顔を上げる。
ものすごい歓声があがり、エミリーの言葉を裏付ける。
午前中に成人の儀を済ませた第五王子が、王や王妃、側妃、義兄達と共に、城のバルコニーに顔を出したのだ。
あのお茶会以来、目にしていなかった悠人は、また一段と背が伸びて逞しくなったように見える。
夏の強い陽光に照らされて、キラキラと金銀に輝く王家御一族の中で、本来は光を吸収してしまう色味は異質のものだったけれど、悠人の黒髪も陽を受けてキラキラと輝き、華奢ながらも落ち着いた独特の雰囲気を醸し出している。
THE王子の中に混じっても、引けをとらないように感じるのは親の欲目なのか…。
「お嬢様が成人なさっていれば本日の舞踏会にも参加できましたものを…」
どんな理由でなのかまでは分からないにしても、私が第五王子のことを気にしていることを、エミリーも分かっている。
今日は、自分の身分を最大限に発揮して、悠人たちが出てくるバルコニーを見ることができる城内に、席を設けてもらった。
第五王子が国民に姿を披露する様子を見たーい、とごねて…もとい、甘えてみたのだ。
王妃陛下も側妃殿下も、二つ返事で、お二人で相談してこのバルコニーがいいわ、と決めてくださった。
正面からではなく、ちょっと斜めからになるけれど、確かにとても良く見える。
椅子とテーブルに、日除けのパラソルまでちゃんとある。
護衛もついてくれているし、王妃陛下付きのメイドの方までいる。
この、王族が揃ってバルコニーに立つのは、一般国民に対するお披露目だ。
王族が立つバルコニーが見える城の前庭は、今日は特別に誰でも入れるとあって、初お目見えのハルト王子殿下を、王家御一家を、一目見ようという国民がぎゅうぎゅう詰めになっている。
ちなみに貴族には、悠人が今日の夜の舞踏会に出席して、社交界デビューすることで、お披露目となる。
未成年で貴族の私は、どちらにも引っかからないので、こうして自分で席を設けたわけだ。
我が子の晴れ舞台を見ずしてなんとする。
惜しむらくは午前中、神殿で行われていた成人の儀に参加することまでは叶わなかったことだ。
きっとあの子のことだ、立派にやり遂げただろうに違いない…。
そうだ、見たかったと言えば、高校の入学式で新入生代表の挨拶をしたはずだ。
それもきっと堂々とこなしただろう…。
悠人も私もそういう場での立ち居振る舞いは妙に度胸があって、はたから見ると堂々と振舞えるのだ。内心はガクブルしていても。
悠人がちょっとぎこちなく、手を振った。
観衆からまた歓声があがる。
クリス殿下に何か言われて、頷くと、今度は笑顔で手を振った。
キャーっという黄色い歓声があがる。
ちょっと面食らったような顔をしたあと、照れくさそうにしている様子に、またまた歓声があがる。
ここはそれなりの距離があるので、オペラグラスを持参している。
細かい表情はそのおかげで良く分かるのだ。
「お嬢様、良くご覧になれますか?」
エミリーはオペラグラスがない。
肉眼で見ると、見えている悠人の上半身が、手のひらサイズ位しかない。
「ええ。若い女性の歓声に照れているわ」
「ハルト殿下は、既に市井でも、貴族令嬢の間でも、大人気でございますからね…町の雑貨屋では殿下達の絵姿の写しがもともと大人気でございましたが、今の一番人気はハルト殿下だとか」
「まあ!もう出回っているの?でも、いきなり王子の仲間に加わったのだし、目新しいから、というのもあるわよね」
「第四王子殿下までのきらびやかさとはまた一味違った、神秘的な感じもありつつ可愛らしいのが人気の理由のようでございます」
「神秘的ねぇ…。エミリーはあの五人の中だと誰が好み?」
「わ、私でございますか…わ、私は…その、あの………」
最後の方がごにょごにょして聞こえない。
「…恐れ多く、王子殿下達をそのような目で見たことがございませんでしたので…ご勘弁下さいまし」
うん、さすが。大人の対応できるのね。
でも私の言葉に動揺する辺り、心に思う人がいないわけではなさそう…。
オペラグラスの中に注意を戻してみると、何を言い合っているのかまでは分からないけど、殿下達が、こそこそ何か話をして、笑いあっている。
勿論その輪に悠人も入っている。
その王家に溶け込んでいる様子に、ホッとすると同時に、何か寂しさのようなものも感じてしまった。
殿下達の親密な様子にまた黄色い歓声があがり、それぞれの王子の名を呼ぶ声がどんどん上がりはじめ、五人がそれぞれに手を振って応えている。
その様子はテレビのワイドショーでみたアイドルのイベントのようだ。
老若男女問わずに集まっているのに、甲高い若い女性の声というのは遠くまで届きやすいものらしい。
民衆の興奮が高まってきたので、これ以上は危険と判断されたらしい。
後ろの方から声をかけられ、手を振りながら王家御一家は退場、となった。
「終わったわ…」
エミリーと頷きあうと、素早く本やオペラグラスをしまい、城の奥の王宮に向かう。
勿論、今日のこの席を手配して下さった王妃陛下と側妃殿下にお礼を言うためだ。
夜の舞踏会に向けての準備もあるだろうから、ほんの短時間で手短にお礼を述べて、速やかに帰るつもりだ。
しょっちゅうお茶会に呼ばれたり、歌の練習のために来ているため、近衛の騎士さん達には顔見知りが多い。
王妃陛下、側妃殿下に一言ご挨拶をしたい、とは事前にお願いしてあったので、王妃陛下付きのメイドに案内されて、王宮の奥に行くのも、ほぼ顔パス状態だった。
案内されるままついて行ってみると、一言ご挨拶だけのつもりだったのに、中庭にテーブルやパラソルが置かれ、お茶の用意がしてあり…戸惑って立ち止まっていると、声をかけられた。
「マリア嬢?どうなさったのです?こんなところで…」
振り返ると、中庭に面する回廊にいたのはジュリアス殿下だった。
さっきバルコニーで見かけたときの服装のままなので、きらびやかだ。
確かにここは王族のプライベートエリアだ。おいそれと立ち入ることができる場所ではない。
「王妃陛下と側妃殿下に取り次いでいただいて、案内されたのがこちらだったのですが、お茶の用意があるので何かの間違いではないかと…」
首をかしげて言えば、ジュリアス殿下の視線がさまよう。
さまよう視線の先を確認すべく後ろを振り返ったけれど、待機している王宮のメイドさん達しかいない。
もう一度、不思議そうな顔でジュリアス殿下を見つめると、殿下は手に持っていた本に視線をおとして、何かつぶやいたように見える。
聞き取れなかったので、一歩近づくと、ふいに顔を上げて、こちらに寄ってきてくれた。
「母上達は今頃楽なドレスに着替えているはずです。舞踏会まで少し時間があるので、ここで休憩のお茶をするおつもりなのでしょう。あの二人は仲が良いので二人でも十分楽しめるのでしょうが、貴女がいた方がもっと楽しい、と思ったのでしょうね。もしよろしければ、母上達が来るまで、私がお相手をいたしましょう」
にこやかに告げられると、いえ、結構です、とは言えない。
言えないよね…王家の分家である公爵家の令嬢でも、本家の王子にはかなわないのだ。




