29ハルト
いつもより長いです。
夕べ、何だか訳の分からない感情に押し流されて、自分で自分が分からなくなった。
イライラするような、悲しいような、腹立たしいような、切ないような。
ふて寝しながら自分の感情を無理やり言葉に置き換えたら何だろうか、とチャレンジした結果がこれだ。
でもこれでもまだうまく言い表し切れていない。
でも。
とにかく。
今は何をさておき、朝食、だ。
ふて寝して晩餐をすっぽかしてしまったので、夜中に枕元に置かれていたサンドイッチを食べたけど、育ち盛りの上に激しい訓練もした身には足りなかった。
お腹すいた。
そういえば母さんが、どんなに死んでしまいそうなくらい悲しくても、人ってちゃんとお腹がすく間は大丈夫、って笑っていた。
だから僕は母さんがいなくなった後も、絶対にご飯は一日に三回食べた。
母さん、僕は大丈夫だよ、って…。
ふと思いついて、衣裳部屋に置いてある、この世界に来た時に持ってきた荷物が入れてある箱を開けた。
スーツケースまでわざわざ箱に入れる必要はないと思うけど、異世界感満載だから、使用人を驚かせないためかも知れない。
そんなことを思いながら、お目当てのものを探し当てた。
父さんと、母さんの写真だ。
写真立てに入れたまま、位牌とかと一緒にタオルでぐるぐる巻きにしてあった。
今まで、ずっとしまったままだったけど。
位牌は迷って、また箱に戻して、二人の写真を暖炉の上に飾った。
この世界には写真はない。
僕がその技術を教えられるほど詳しかったら、この世界の人に教えてあげたんだけど…。
写真立ての角度を調整して、数か月ぶりに、この世界に来て初めて、両親に朝の挨拶をした。
そうしたらまた涙があふれて、僕はどうしちゃったのかと自分で自分が心配になった。
もう一回顔を洗っていたら、僕付きの侍従が来て、写真をみて驚いていた。
良く躾けられているから質問してきたりしないので、こちらから、僕の両親だよ、と教えてあげた。
朝食をとりにいくと、アレックスが何か言ってくるかと思ったけど、いつも通りの朝食風景だった。
ただ、キースが朝から難しい顔をしている。
どうかしたのかと聞く前に、キースが聞いて欲しい話がある、と切り出した。
「ブラックドラゴンの発生が確認されてから、もう一年以上が経っているのは皆も知っているな?軍と騎士団、そして冒険者達の力で何とか魔物達が人目につく前に狩ることができていたのだが、とうとう夕べ王都近郊にも魔物が確認された。よって、本日より、日の入りと共に、城下町の大門は閉じることになった。同時に、一般民間人が護衛もなしに町や村からでることについては基本的に禁止となる。商隊には必ず護衛がついていることを確認の上で許可証を持たせることにする。これらは夜の間に決定され、今朝から既に関係各所に通達が出されている。これらの措置はドラゴンが発生するたびに行われているので、182年ぶりとはいえ、おそらく各ギルドでも混乱なく受け入れられているはずだ。ただ、一般に関しては浸透するまで一部混乱の可能性もある。周知徹底と、民の不安の除去に協力してほしい。私たちが先頭に立って何かをする事態にはまだまだならないとは思うが、心に留めておいてほしいということだ。以上だが何か質問はあるか」
唖然とした。
ポカンと口が開いた。
ドラゴンの発生を確認してから僕が召喚されるまでに2か月以上。
僕が旅立つ予定は僕がこの世界に来てからちょうど一年経つ頃。
ということは旅立つころには、ドラゴン発生から14か15か月前後経っていることになる。
ドラゴン発生から13か月前後で事態は、そこまで進んでいたのだ。
ショックで髪がぞわぞわする。
でも確かに、ゲームでも、スタートの城下町から出たとたんに森の中では魔物と遭遇していた。
隣町へ行く商隊の護衛をしてお金を貰ったり経験値を上げて、城下町でアイテムを買ったりして…。
ん?
アレックスも僕も王子なのに、最初は随分しょぼい持ち物で旅立ったもんだな…。
そんなことを考えつつも、こんなに近い所にまで魔物が、という事実に緊張が高まり、肌がピリピリするようだ。
「ハルト、怖いからやめて」
クリスが僕に声をかけて、にこっと微笑んだ。
何が?と不思議に思ってクリスを見て首を傾げると、クリスが僕の手を指さす。
視線を下げて、自分の手を見て見ると、うっすらと青白く光り、指先からはわずかにパチパチと放電までしていた。
僕は緊張のあまりに、雷魔法によって全身に電気を帯電させていたようだ。
そりゃあ肌もピリピリするわけだ。
「ごめん、その、無意識だった」
慌てて皆に謝って、雷魔法を解除する。
「すごいな、もうそんな応用までできるスキルがあるのか。さすがだな」
ジュリアスが目を見開いて感心してくれているけど、今、初めてこんな風になったし、意識してもう一度やれ、と言われてできるかどうか、自信はない。
使うべき時じゃない時に無意識で発動するって、むしろダメな奴と叱られるところじゃ…。
「やっぱり勇者なんだね、ブラックドラゴンの話を聞いただけで雷魔法が無意識に出ちゃうなんて。さすが天敵」
クリスが笑っている。
「え?」
「あれ?まさか知らないわけないよね?雷魔法こそが、異世界渡りをした者のみが扱える魔法で、唯一ブラックドラゴンに効くんだよ」
勇者は闇属性以外の全ての属性の魔法に適応があることは、ゲームのときから知っていたし、ドラゴンには雷魔法しか効かないのも知っている。
何度もゲームでは倒していたし。
でも。他の仲間たちは、風属性魔法が得意なもの、火属性魔法が得意なもの、などとそれぞれだったので、勇者は数ある属性の中でも特に雷が得意なだけで、勇者以外にたまたま雷属性に適応のある仲間がいないだけだと思っていた。
それに強い魔物はそれぞれ効かない属性があることが多く、その流れでブラックドラゴンには雷以外は効かない、そんな程度に受け止めていた。
まあ、主人公は絶対ドラゴンと戦うんだし妥当な設定だよな、と思ったのを覚えている。
なので。
雷魔法が勇者たらしめている根拠だ、というなら、そういう意味では知らなかった。
ちなみに勇者専用の装具は雷属性であるがゆえに、勇者にしか装備できない。
物理攻撃のときもわずかに魔力を流すことで帯電させ、ブラックドラゴンにダメージを与えられる。
勇者にしか解けない封印も、この雷属性が絡んでいる…という話も教えてもらった。
「ハルトが何を知っていて何を知らないのかを知らないから、ときどきびっくりするよ…勇者の雷魔法は常識中の常識だから、魔力測定のときにも雷属性はあって当たり前でスルーされたんだろう。勇者本人に勇者について、誰も教えなかったんだね…」
申し訳ない、とジュリアスが頭を下げる。
ジュリアスは、この国の教育と研究に関わる組織を管理する仕事をしているのだ。
「普段の生活に、特に困るような常識の無さもなく、日常会話にも困らないから、ハルトが何か知らないことがあるのか、うっかりしてしまうんだな…。今後、些細なことでもどんどん質問してくれ。知りたいことがあるならすぐに対応するし、私達兄弟で教えられることもあるだろう」
キースにも申し訳なさそうな顔をされてしまった。
知らないって恥ずかしい…。
最後にゲームをしてから十カ月以上たってしまっている。
この世界に召喚される直前は留学準備でバタバタしてゲームもたまにしかできていなかった。
細かいことは大分忘れかけている。
でも、今の話で思い出してきた。
ラスボス戦…ブラックドラゴンとの闘いのとき、敵はブラックドラゴン以外にもたくさんいるのだ。
何しろドラゴンが湧くほどの、瘴気の濃い地。
そこにいるだけで、何もせずともHPは刻々と減り、定期的に回復魔法をかけなければ、戦わなくても死んでしまう。
そして、ブラックドラゴンの周りでは、かなりの強さの魔物が、倒しても倒してもどんどん湧いてくる。
ドラゴン以外の魔物を仲間たちが引き受けてくれ、さらには回復や補助魔法をかけてくれて、主人公だけがひたすらにブラックドラゴンに挑んでいたのだった。
そうだ。
そうだった。
僕だけで倒さなくちゃいけないんだ。
もし僕が死んだら、また数か月かけて勇者を召喚して、さらに数か月かけて勇者を鍛えて。
そうなったら、被害はさらに甚大になるだろう。
僕が弱ければ、与えられるダメージも少なくて、戦闘は長期化して、仲間も死んでしまうかもしれない。
まだ誰が仲間か決まっているわけではないけれど、ゲーム通りアレックスが一緒に来てくれて、そして僕がもたもたしている間にアレックスが死んでしまったら…?
考えただけでぞっとした。
もう、親しい人を目の前で失うのは嫌だ………絶対に!
もしそんなことになったら、僕は僕が許せないだろう。
やっぱり僕は強くならなくては駄目なんだ。
もし、グレイがついてきてくれたとしても、グレイとアレックスではドラゴンの周りの魔物しか倒せないのだ。
ぶるっと体が無意識に震えた。
今まで以上に、より早く強くならなくては…。
少なくても、ブラックドラゴンを倒すまでは、僕はこの世界に存在意義がある。
わざわざ召喚されるほどに。
僕はちゃんと必要とされているのだ。
それに応えなくては。




