27ハルト
かなりいつもより長めです。
「え、二か月後?」
アレックスと今日も素振りをしていたら、アレックスの口から何気ない調子で、衝撃のお知らせが飛び出した。
午前は座学、午後は訓練、といういつも通りの日々を過ごし続けて、もう何か月たったことか。
二か月後、つまりこの世界に来てほぼ一年となるころをめどに旅立つことが決まったらしい。
その前に来月、16歳の成人のお披露目をすることは、既に聞かされていた。
もっと詳細に決まったら、僕にもちゃんと知らせてもらえるけど、今日のところはアレックスが仕事の関係で先に知り得たことを教えてくれたらしい。
僕と違って他の義兄達は手分けして様々な国政に携わっているのだ。
「それと、喜べ、来月に向けて、再来週から晩餐会や舞踏会が目白押しだ」
虚ろな目をして喜べと言われても…。
お茶会だけは、週に一回程度、参加させられることが続いていたけど、初めてのときのように王子五人揃って、というのはあの時だけだった。
お茶会の参加者も毎回違っていて…女の子達は珍しい色の髪や目の僕をいつも、とにかくジロジロと観察してくる。
その後は、女の子達からの猛烈なアピールが始まるのだ。
「ふ…、ハルトも令嬢達の恐ろしさが分かってきたようだな」
お茶会でのことを思いだしていただけなのだけど、どうやらアレクと同じような虚ろな目をしていたらしい。
確かにこの数か月のお茶会だけでも、義兄達の言っていたことが分かってきた。
本当に体験するまで想像もつかなかったけど、クラスメイトの女の子と話をするのとは、全く、完全に、壮絶なまでに、全然違うのだ。
義兄である本当の王子達は、絵にかいたような王子様なので、アイドルに目がハートになっているファンのようだな、と令嬢達が義兄の誰かに熱を上げているのを見守れるけど…。
同じような目を自分にも向けられると、正直怖い。
肩書は王子の一員になったけど、僕はただの日本の一般庶民の悠人ですよーと叫びたい。
でも今や王子の一員なのだから、同じように玉の輿狙いにロックオンされてしまうんだな…。
げんなりした顔で、素振りから投擲訓練に切り替える。
訓練のメニューはグレイから渡されていて、今週は走り込み、素振り、投擲訓練までをグレイが来るまでに終わらせることになっている。
グレイが来るのが遅くなるようなら走り込みからメニューをもう一周やるだけだ。
体を動かしていると余計なことを考えなくて済むからいい。
ふと見ると、アレックスも同じように投擲訓練に切り替えるようだ。
お互い、的に向かってさまざまな大きさや重さの袋や球を的に向かって投げる。
立ち止まって投げたり、走りながら投げたり、様々なシチュエーションを想定する。
一人ではないので、なかなか当てられないでいるときには、アレックスがコツを教えてくれたり、フォームを指摘してくれたりする。
そしてキャッチボールもできる。
僕は父さんも兄弟もいなかったので、初めてアレックスとキャッチボールをしたときは、感慨深くてちょっと目がうるっとしてしまった。
あ、もちろん野球のグローブなんてないけど。
物を投げることは、実戦ではかなり重要となることをグレイが教えてくれていた。
特別な効果のあるアイテムを魔物に投げつけても当たらなければその効果は発動しないし、仲間が手持ちの回復薬を使い切ったときなどに近くまで寄って手渡しできるとは限らない。
ゲームでは攻撃するときにアイテムを使う、を選択すれば、画面上でキャラクターが勝手に投げつけて、大抵当たっていた。
でも確かにたまにゲームでも外れたことになって、アイテムもったいない!って叫んだことあったな…。
というわけで、投げる、キャッチする、的に当てる、を地味に特訓していた。
「お、ちゃんとやってるな」
グレイがいつものようにニコニコしながらやってきた。
この騎士団長はゲームのときもいつも微笑んでいる顔だったけど、どうやら規定値の表情が微笑んでいるのだ。
そして僕をみるといつも機嫌がいい。
謎だ。
訓練をさせるのがそんなに楽しいのだろうか。
的に当てる訓練をしばらく続けたあと、投擲訓練は終わりになって、今日は体術を重点的にやり、最後に弓の扱いをちょっと習うことになった。
弓や鞭は勇者の装備としてはあまり選ばれるものではないものの、ゲームの中で、矢で射るか魔法でしか攻撃の届かない魔物と戦うダンジョンがあったことを覚えていたので、旅立つまでにできるようになるのか不安があった。
ちなみに鞭も一応は練習した。
鞭使いが仲間にいなかったらこれまた攻略の難易度が上がるダンジョンがあったのだ。
鞭もなんとか扱える程度にしかなっていないのに、弓はこれからだ。
旅立つまでに間に合うのだろうか。
いつ旅立つのか分からないのも焦りと不安を募らせたけど、あと二か月しかない、と聞かされたら、もう焦るしかない。
…急に気が付いた。
よく考えたら、これらを全部教えてくれているグレイがいれば、そのスキルが必要なところはグレイにやってもらえばいいのでは…?
今まで考えたこともないことに思い至って、愕然とした。
なんでも自分一人でこなさねばならないと思いこんでいたけど、特訓するより、グレイを仲間にすればいいだけじゃないの…?
勇者限定の魔法や装備を使えないだけで、グレイはほぼ勇者、とゲームのファン達はよく言っていたではないか。
最後にブラックドラゴンにとどめを刺すのは僕しかできないにしても、それ以外は僕である必要はあるの…?
急に足元がふにゃふにゃしているように感じられはじめた。
体術の訓練は始まっている。
油断しているとアレックスに足元をすくわれ、地べたに組み伏せられてしまう。
必死に目の前のアレックスに集中しようとする。
体術は常に暗殺の危険がある王子達には必須でも、僕は本当は王子じゃないし、王位継承権もない。
だったら、僕は命だって狙われるかどうかもあやしい。
あ…れ…?
僕、毎日こんなに必死に、それこそ日によっては吐いちゃうくらいに必死に色んな鍛錬してきたけど…その必要って、本当にあるの…?
どさ、っとアレックスに倒され、投げ飛ばされる。
とっさに受け身をとる。
『勇者になれるんだったら、俺が頑張ってくるのに』って前にアレックスも言っていた。
アレックスとグレイがいれば、本当は十分なんじゃ…?
異世界渡りしてきた僕じゃなきゃダメなことって一体何…?
勇者しか装備できない防具や武器?
だったら、それって必要なのは僕じゃなくて、その防具や武器であって、僕じゃなくてもいいわけで…。
僕の存在意義って何…?
この世界にわざわざ呼ばれたのに、僕じゃなくてもいいなら、この世界に僕の居場所はあるの…?
思い切り投げ飛ばされて派手に転がる。
汗で髪が顔に張り付く。
息も上がって苦しいし、体中あちこちが痛い。
起き上がろうと思ったのに意識がすう、と遠のいていく。
ばしゃっと冷たい水がかけられて、遠のきかけた意識がはっきりとする。
「うーん、今日は集中できていないようなので、ちょっと休憩だな」
鬼教官のグレイが空になったバケツを手に訓練場の端の椅子に目をやる。
のろのろと起き上がっても体力切れの体は思うように動かない。
アレックスが抱きかかえるようにして椅子まで連れて行ってくれた。
体術は、いわば王子にとっては剣と並んで必須の武術だ。
いつ何時命を狙われるか分からない立場の人間として、近距離で組み合って負けることは死ぬことなのだ。
ゆえに内容がハードなので、いつもやっているうちに体力が切れて起き上がれなくなる。
そうなると、少々の休憩時間がとられるので、アレックスに半ば抱きかかえられるように訓練場の脇の椅子まで来て、水を飲むのだ。
僕があきらかに弱いので、アレックスもグレイもいい汗かいたな、程度だ。
穏やかな顔をして、鬼のようなしごきをするグレイと、組み合っているうちにどんどんハイになっていくアレックス。
どっちも普通じゃないよなあ、こんな二人なら、強い魔物と戦っても負けないだろうな…と二人の顔を交互に眺めていると、グレイにどうかしましたか?という目で見返された。
とっさに何も言えず、思わずうつむく。
さっきまで頭を占めていた考えはまだ胸のあたりにわだかまっている。
「今日はもうダメそうだな。これで終わりにしよう」
「えっ、弓は…」
グレイに気もそぞろなことは見抜かれているにしても、やっぱり弓を少しでも習っておきたい。だってあと二か月しか…。
あ、そうだったグレイがもし一緒に行ってくれるんだったら、僕が弓を使えなくても問題ないわけで、ということはグレイに最初から一緒に行ってくれるようにお願いをすればいいだけじゃないか…。
で、グレイが来てくれたら僕はもうこんな訓練しなくていい…?のかな…?本当に?
僕は、……。
「わ、今日お前どうしたんだよ」
アレックスが汗を拭いていた布を慌てたように僕の顔に押し付けてきた。
それで僕は、自分が涙をこぼしてしまっていたことに気が付いた。
「あれ…?」
動けるようになるまで休憩をとった後、今日の訓練は終わりになってしまい、僕は部屋に戻された。
土埃と汗まみれだったので、入浴を済ませると、部屋に引きこもって、晩餐にも参加せず、その日は寝てしまった。




