20ハルト
「よし、必要な筋肉は着実についてきているし、変な癖もないな。子ども用の剣から大人用に変える。今の体型だと本当はレイピア辺りを勧めたくもなるが、勇者様の剣は普通に重たい片手剣だからな…」
「えっ?勇者専用の剣ってあるんですか?」
やっぱり子ども用の剣だったか…と、それは置いておいて。
ゲームの中では、防具も剣も、ラスボスと戦うときの最終装備は勇者専用のものになるけど、終盤までは特にそういうことはなかったはずだ。
スタート時から勇者専用があるのだろうか?
「ブラックドラゴンの出るところは毎回決まっているから、その近くの神殿に勇者用の装具は封印してあるんだ」
確かにゲームでもそうだった。
神殿といってもダンジョンと化していて、相当のレベルじゃないとたどり着けないところに封印されている。
そしてその封印は勇者じゃないと解けないのだ。
ゲームでははじめは軽い装備から始めて冒険が進むごとに重装備へと変えていったものだけど、勇者専用はやはり終盤としても、いきなり重装備で出発するのだろうか。
「そんなに不安そうな顔をするな。神殿につく頃には勇者様もお強くなられているはずだから」
もろもろの心配が顔に出ていたらしい、頭をなでられる。
頭をなでられて、子ども扱いするな、と思いつつも、ちょっと嬉しくなる自分が情けない。
そして、このドラゴン討伐について、僕がゲームのおかげで色々知っていることを他の人達は知らないので、はじめから重装備なのかと不安になったことを、冒険への不安、と受け取られたらしい。
確かに、一人で立ち向かえ、とか、仲間探しも手探りで、だったら毎晩夜も寝られないだろう。
でも、頼もしい仲間と戦えることを知っているから、そこはそんなに気にしていない。
もちろん不安がないわけでは無い。
でも本当に、元の世界でもここ数年は、目の前のことをひたすらに受け入れ、立ちはだかるモノには全力で挑む、それの繰り返しだったので、体当たりの人生には普通の人より慣れている。
普通の平凡な家庭の子が召喚されなくて良かったな、と思うときもある。
自分は心配をかける家族もいないし、今いる世界でのほうが、むしろ色々満たされている。
そう、最近特に、文字を習得してからというもの、こっちの世界が僕の本来所属するべき世界だったのではないかと思えるくらい、こちらでの生活がしっくりきている。
もちろん、身分が高いせいで皆が大事にしてくれている部分もあるだろう。
でも、急に現れたというのに、義理の兄たちの僕に対する友愛の気持ちは本当っぽい。
僕自身、クラスメイト達などには、仲良くしつつもどこか壁をつくっていたのに、こちらの世界ではそれがない。
元の世界では、片親であることや貧しいこと…それらを気にしていなくても、無意識に自分はみんなとは違う、と線を引いていたのかもしれない。
でもこの世界に来て、今の僕の周りにいる人達は皆、僕が異世界からの召喚者だと知っている。
この上なく皆とは違う存在…。
あまりに違い過ぎて、自分でも色んなものを飛び越えてしまったのかもしれない。
そして、違い過ぎる存在なのに、身近にいる人達は、僕に対して腫物を扱うようにはせず、親し気に付き合ってくれるのだ。
母さんも一緒に、この世界で暮らせたら良かったのにな…。
少なくても、僕の今のこの満たされた生活を見たら安心してくれるような気がする。
部活も文化部だった僕がこんなに筋肉質になりつつあるのを見たら、驚いてくれるだろうか。
「そうだな、この機会にドラゴンについて教えておくか」
グレイが心配そうな顔で自分を覗き込んでいるのに気付いて、はっとした。
ちょっと自分の世界に入り込んでいたのだけど、はたから見るとドラゴンとか勇者の装備、といった単語でフリーズしたように見えただろう。
脱いでいた上着を着こんで、訓練場の脇の休憩用の椅子に座る。
控えていた侍従が僕らにお茶を出してくれた。
「既に知っていることもあるかもしれないが…」
家庭教師からも少しは学んでいたので、頷いてグレイの話に耳を傾けた。
もはや神話となっているほどの昔に、精霊、神獣、人、がこの世界の覇権を争った。
勝ったのは人で、神獣たちは異世界へ移り住み、精霊はこの世界と異世界を行き来しながら人とはほどほどの距離をもって暮らしている。
その戦いのとき、多くの人、精霊、神獣の命が散った。
数多くの命の果てた、それらの場所は呪われ、大量の血を吸った大地からは瘴気が立ち昇るようになった。
やがて、その瘴気から、異形のモノ…魔物が湧くようになった。
そしてそれら呪われた場所のうち、特に戦いが長引き、あまりに凄惨を極めた戦場の跡地の瘴気は濃く…そこでは瘴気がある一定の濃度に達すると、ブラックドラゴンが湧く。
ドラゴンは神獣でもあるが、ここで湧き出たブラックドラゴンは神獣のドラゴンとは全く違う。
ドラゴン達も自分達と同族と見られることに不快感を露わにする。
ドラゴンは同族のつながりを大切にし、プライドの高い生き物だが、ブラックドラゴンは常に、まともに話もできない狂気と混乱に満ちていて、生あるモノに出会うとその命を奪わずにはいられない。
ちなみにドラゴンはブラックドラゴンとの戦いに召喚されれば進んで戦ってくれるという。
ただ、ドラゴンを召喚できるほどの能力者は滅多にいないだけ。




