101マリア ここにいるよ
このリーベス村は、見た目だけならなんてのどかな村なことか…。
午前中に入浴を済ませ、カノンさんを捕まえて、夕べの続き…質問攻めにしようとしたら、ちょっとだけ仕事をさせておくれ、と、悠人と二人、外に放りだされてしまった。
悠人の装備を洗い、さらにそのあと泥まみれだったシーツや毛布なども洗ったので、ちょっとだけ疲れていた。
木陰の芝生の上に敷いた敷物の上に並んで座り、悠人の装備とシーツや毛布が風で揺らいでいるのをぼんやり眺めた。
こんな風にぼんやりまったり過ごすなんて、実に久しぶりのことだ。
悠人は隣にいるので、つい他の旅の仲間のことを考えてしまう。
みんな無事かしら…。
もし無事だったら、エミリーを筆頭に、私達のことを心配しただろうな…会ったら謝らないと…。
隊長さんはこんなことになったことを怒るかしら…?
仕方ないことだった、って怒らずにいてくれるかしら。
あら、それより、隊長さんが怒ったところは見たことがなかったかも…厳しい声と表情で指示を出すことはあっても、怒っていたことは無かったわ…。
隣に座っていた悠人が、小袋を差し出してきた。
中を見ると、クッキーが入っている。
昨日の銀の匙のクッキーの残りだ。
「これでも食べてろ、って言われたんだけど。お茶もあるよ」
薬湯入りらしき水筒も掲げてみせてくれた。
「私はお腹がすいていないので、ハルトが食べたら?私はクッキーじゃなくて、これを持たされたのよ」
悠人がカノンさんからクッキーを持たされたのに対して、私はまた新しい本を持たされていた。
あんまりのどかな村の雰囲気に、ガツガツと本を読む気にならなくて、ぼーっとしていたのだけど、せっかくなので本を開いてみる。
その本は、回復薬と魔力回復薬について書かれた本だった。
回復薬も魔力回復薬も、魔力を持つ者にしか作ることができない。
それは経験から知られていることだったけれど、それはなぜなのか、から始まり、回復薬で回復できるもの、魔法での回復との差異、回復薬の限界、回復薬の副作用…などといった章立てになっていた。
読み始めたら、いつものように夢中になってしまった。
夕べ質問したことや既に知っていることも含まれていたけど、系統だってまとめられた本はありがたい。
それでも…私の知りたいことがすべて載っていたわけではない。
例えば。
腕が切り落とされた場合、回復薬では傷口が塞がるのみで、腕はくっつかない、と記載されている。
でも回復魔法では、切り落とされた直後に限り、切断面を合わせて回復魔法を使えば、くっつく、とある。
回復、という現象は同じなのに、薬では腕がくっつかなくて、魔法では腕がくっつくその理由が知りたいのに、そういうもの、という記載止まりになっている。
考察が深かったのは何故に回復薬などは魔力がある者にしか作れないのか、という部分のみだった。
でも、この著者の別の本…この本よりのちに書かれたものなら、私の知りたいことが載っているかも…。
カノンさんに他の本があるか訊いてみなくちゃ、と思いながら顔を上げたら…隣で悠人が寝転んで、寝息を立てていた。
口の脇にクッキーの欠片がついたまま、すうすう寝息を立てている。
今の悠人は食べているか眠っているかだわ…。
思わず微笑んで、口元のクッキーを払い落してやる。
欠片の一つが、払い方が悪かったのか、胸元の方に転がってしまった。
服の中に入ってしまったら気持ちが悪いだろう…。
起こさないように気を付けながら、胸元のクッキーの欠片をつまみあげる。
そのとき、服の下にあった何か硬いものに触れてしまい、カチッと音がした。
悠人はぐっすり眠っている。
音が気になって、服の上からそっとその硬いものを探ってみた。
よく見ると悠人は首に細いチェーンをしていた。
どうやら位置的にもこの硬いものはペンダントヘッドのようだ。
もしかして繊細な細工で、私が壊してしまっていたらどうしよう、宝石か何かが外れた音だったのかもしれない…。
もしそうなら、外れた宝石をここでしっかりと確保しておいた方がいい。
悠人が起きあがったらどこかに転がって失くすかもしれない。
そっとチェーンを引っ張って、胸元のペンダントヘッドを見えるところまで引き上げた。
まん丸でコインみたいな形だ。
すると、服の下から出た途端に、ばねがついているのだろう、そのペンダントヘッドがぱかっと開いた。
ものすごくびっくりしたけど、なんとか声を出して悠人を起こすようなことはなくて良かった。
そして、その開いたペンダントヘッドを見て…息が止まった。
そこには…あの人…まだ若い啓介さんと、真理の私がいたのだ。
写真かと見紛うほど、精密に描かれた私達の肖像画だった。
啓介さんは写真立てに入れていた写真から模写したらしく、見慣れた表情の啓介さんだ。
そして私の方は…悠人は私が死んだあと、こんな顔をして笑う私の写真を啓介さんと並べて置いてくれていたのだろうか。
久しぶりにみた真理の私の顔…。
だめだ、真理に引きずられる。
さっき、私はもうマリアで、悠人の母親ではない、と認識したのではなかったのか。
涙が止まらない。
マリアになっても、やっぱり私は私の中から悠人の母親であることを無くすことができない。
啓介さんと私を一緒にして、悠人が身に着けていてくれることが本当に嬉しい…。
壊れている訳ではないことを確認して、ペンダントヘッドの仕掛けをそっと閉じ、悠人の胸元に戻す。
悠人がこれを開いて見ているところを見たことがなかった。
きっと、他人には知られたくないと思っているのだろう。
体一つでこの世界に来た悠人。
こっちの世界には家族はいない。
でも元の世界にも家族はいないのだ。
…決して伝えることは出来ないけど。
悠人、母さんはここにいるよ。
いつも一緒にいるよ。
見守っているよ…。




