100エミリー
森を進むと、また魔物との戦闘の痕跡があった。
進む方向は間違っていない。
「ちょっと待ってくださいよぅーもっとゆっくり行けませんか」
このジョエルさん、私より歩くのが遅いってどういうこと?普段どういう生活してるのかしら…。
「エミリー、顔」
思いっきりじと目になっていたようだ。
ジョンに指摘されて、慌ててほほほ、と笑顔を取り繕う。
「急ぎませんと、森の中で日が暮れてしまいます」
まだ秋に差し掛かろうかという頃で、日はそこまで短くはない。
それでも、森の中で薄暗い中、明らかに日暮れが近いのが分かる。
そもそも出発の時間が遅い。
暗くなると、戦闘の痕跡が見つけられなくなって、追いかけにくくなるし、自分達が魔物と出会って戦闘になる可能性も高くなる。
!!
たった今気が付いたけど、このジョエルさん、置いてきても良かったんじゃないかしら…。
私が隊長たちを追いかけて村に戻ってもらって、そこで改めてジョエルさんに会わせて間違いなく伝えたよ、ということにしたら良かったのでは…。
…今更遅いわ。
諦めて、ジョエルさんのついてこられるペースにおとしながら、森を進む。
それでも、戦闘がない分、着実に追いついているようだ。
アレックス殿下の火魔法を纏わせた剣技で倒したらしい魔物が、まだアツアツだった。
それでも、とうとう辺りが真っ暗になってしまい、三人で松明を掲げながら歩き始めた。
同じようにグレイ隊長達も松明を灯しているのではないか、と期待して、どこかに明かりがないかと目を凝らしてみても、かなり密に木やつる性の植物がびっしりと生えた森の中だ。
私の目では分からない。
「どっちに向かっていいのか、不安だわ…こっちでいいのかしら…」
三人で一度立ち止まって辺りの気配を窺う。
…と、それを待っていたかのように、ガサガサっと茂みの陰から、魔物が一匹飛び出してきた。
さっきから隊長達が倒してきたのを見てきた、この森では一般的な一見小動物にも見えるやつだ。
ジョンがすかさず剣を抜いて、「そうだ、ほら」、と私に何かを投げてよこした。
見ると、昼に練習に使っていた鞭だった。
私はためらうことなく、今日習ったことを思い出しながら、鞭を振るった。
ビギナーズラックとでもいうのか、私の攻撃はヒットした。
まだ剣の間合いに入る前に一撃くらわせることができた。
勿論、致命傷にはなっていない。
と、火の玉が後ろから飛んできて、魔物は一瞬で黒焦げになった。
出番のなかったジョンと、びっくりして振り返ると、ジョエルさんが「あれ、また火力が…」と頭をかいている。
そうだった、この人魔法省に勤めている人だった…。
魔法省では、魔法使いの比率が異様に高い。当たり前といえば当たり前だけど。
ジョンとジョエルさんがいれば、この辺りの魔物では心配ないことが分かって、ホッとした。
そして、自分の初の戦闘に、ちょっと満足した。
それこそ、今はまだ子どものお遊びのようなものだけど。
それから、「こんなに木が密集している森で火系統の魔法は森林火災になるから禁止です!」とジョエルさんに注意しておいた。
ジョエルさんが反省したところで、近くにもう魔物が潜んでいないかを確認して、先に進むことにした。
さて、今度こそどっちに進むか、と男性二人の顔をみたら、ジョエルさんが、自信満々に、こっち、と指をさした。
何か匂いでもたどるかのように、時々立ち止まりながらも迷いなく歩みを進める。
何で進む方向が分かるのか訊いてみたら、なんと魔法の気配、だという。
「魔物を魔法を使わずに倒されると、たどりにくくなるから、魔法使って欲しいなあ」と、笑っている。
さっき使えないヤツと一瞬思ったことを、心の中で詫びた。
良く考えたら、若旦那様の補佐官を務めるほどの能力者だった。
暗い中だし、得意の大剣が振るえないので、アレックス殿下は積極的に魔法をまとわせたスキルを使っているようで、ジョエルさんを先頭に魔法をたどってもらいながら進むうち、先の方で、ぼっ、と炎が上がるのが見えた。
アレックス殿下の炎をまとった剣だ!
殿下達が魔物を倒してくれて、さらに通りにくいところの枝や根を払って道をつくってもらったところを歩いてきたので、追いつけたようだ。
炎を目印に急ぐ。
三人の姿が見えたとき、丁度戦闘が終わったところのようで、魔物にとどめはさせているかを確認しているのが、まだ遠目でも見えた。
「グレイ隊長!」
思わず大声で呼びかけてしまった。
やっと見つけた安心と、逃げられては困る…逃げているわけではないのは分かっているのだけど…気持ちがこもった声は、ちゃんと届いたようで、3人がなんだなんだとこちらを振り向いている。
すぐに私だと分かってもらえて、驚いた顔をしながらも、こちらに向かって来てくれた。
やっと合流できた。
「エミリー!どうしたんだい?大人しく留守番していてくれるんじゃなかったの?」
隊長が、ジョンやジョエルさんに会釈をしながら代表して訊いてきた。
「こちら、ガードナー公爵のお使いの方で、魔法省にお勤めのジョエルさんです」
ジョエルさんを紹介して、下がり、私はそっとエドガーのそばに行った。
ジョエルさんがハルト殿下やマリアお嬢様が無事で、とある村に保護されていることを伝え、私とジョンがここまで連れてきてくれた経緯を話している間、エドはそっと私の手を握っていてくれた。
ほっとする。
ジョンのことを信頼していなかったわけではない。
そういう問題ではないのだ。
ただ、お互いの無事な顔をみる。言葉は無くても、そばにいる。それが私達には大事なのだ。
もともと近衛とメイド、会話をして育んだ愛ではない。
仕草や、視線をかわすことで、お互いがお互いを思いやっているのが伝わるのが私達だ。
こうして手をつないでいるのは、私達にとっては、普通のカップルだったら公衆の面前で抱き合っているのに匹敵する。
実際に離れたのは半日でも、数日は離れ離れを覚悟したあとだったので、お嬢様の無事を確認したあとでの再会は単純に嬉しかった。
途中で、ジョンがニヤニヤして私達をみているのに気付いたけど、無視しておいた。
グレイ隊長も、アレックス殿下も、もちろんエドガーも、胸をなでおろし、アレックス殿下の目には光るものがあった。
ジョエルさんが、公爵からの差し入れです、とカバンからサンドイッチや果物など、そのまま食べられるものをたくさん出してくれて、そういや今日は昼の一食しか食べてなかった、とみんなでありがたくいただいた。
緊張がほぐれた途端にお腹がすいてくるとは、本当に人間とは現金なものだ。
さらにいうと、倒した魔物が近くに転がっているのに、誰もそれを気にしていない。
ジョンとジョエルさんが、それとなく視界に魔物が入らない場所に座っている程度だ。
食べながら、さらに詳しく二人の無事と安全の確保がされている話を聞き、恐らく転移魔法で城に連れて帰れる、と聞かされたので、夜ではあるけど、全員で村に引き返すことになった。
ジョエルさんは「これで役目を果たしたので、家に帰って寝ます」と私達に挨拶をすると、ふい、と目の前から消えてしまった。
これが転移魔法か、と皆で驚いた。
魔物もこの辺りはまだ弱いし、暗いながらもここまで枝をはらうなどして進みやすくした道のようなものもある。
私達が追いつけたように、戻るのは早かった。
稀に出会う魔物も、ジョンも参戦してあっという間に倒してしまうので、私の鞭の出番はもちろんない。
森の入り口の馬たちは幸いなことに無事だった。
ジョンは、ほんの一時でも、旅の仲間になった気分だ、と喜んでいた。
おかげさまで、100話まで到達です。
読んでくださっている皆さま、いつも有難うございます。




