ふたたび春
三箇日を過ぎてからも、スーパーの仕事は順調に進んでいました。私は相変わらず浅海さんの不手際を注意していて、時には古川くんが厳しいことを言って、それでものらりくらりと日々は進んでいったのでした。
季節はあっという間に過ぎていって、やがて春が来て、浅海さんはバイトを辞めました。
前へと進む浅海さんを、私は最大限の賛辞で祝福し送り出してあげました。古川くんにしても同じでした。パートのおばさんたちも、口々に頑張ってと応援していました。
そうするのが筋であり、最後までパートのおばさんたちから姉妹と呼ばれ続けていた姉の務めであったわけなのです。
そういえば、私は通信教育を始めました。二年遅れの高校一年生です。貯めたバイト代を注ぎこんで、果ては大学へと進学する野望を、今は抱いているのです。
それが私の前進。あの山での出来事を経験して導き出した、私の分かったことでした。バイトをしながら、出来る範囲で動いてみるのです。
決意をメールで伝えると、浅海さんはとても喜んでくれたようでした。遠く、東京の地で働き始めた浅海さんは、しかしそれでも相変わらずごてごてしたデコメールを送ってきていて、私はその文面を見ると少しだけ元気を貰えるのでした。
そしてこの事実は、どうやら浅海さんに振られてしまっていたらしい古川くんには絶対に内緒にしなければならないことでもありました。じゃないと、彼が可哀想だから。可哀想な古川くんを想像して、私はふふふとしのび笑いを浮かべてしまうのです。
ぱたりと携帯を閉じて、私は再び問題集に目を通します。懐かしい、いやいや首を左右に振りながらもしなくてはない勉強を前にしているのです。
ふと、暗がりに染まった窓の外を見ました。上空に広がっている星空。浅海さんと並んで眺めていた冬の星空のことを思い出しました。
あそこから、私たちは否応なしに変化している。それはどうしようもないことなのでした。別れもあれば、出会いもあって、終わりがあって、始まりがあったのです。停滞は、絶対に許されない。周囲は移動していくのですから。
ただ、その否応なしに訪れる変化を前進と捉えられるかどうか。
その一点において今の私は、そして浅海さんも、おそらくは古川くんも、みんな前を向いているのではないかと思うのです。
と言うか、そうであって欲しい。これはちょっとした願いでした。
あのあと、あの二人でじっと並んでいたあとさすがに寒くなって車に戻って、時間前にグーピー寝ていた古川くんを起こして三人で見た朝日の光景。決して写真になど残しませんでしたが、重なった山際から上る朱陽と、照らし出された透明な空気を、私は今でも鮮明に思い出せるような気がするのです。
それは、おそらくずっと残っていく記憶であって。
止まってしまっていたシャーペンの動きを、私は再開させたのでした。
正直力尽きました。六話目と一緒にしてしまってもよかったかもしれません。あと、もうちょっと内容を練れたかなと。いつも逃げてしまうんですよね。駄目だなあ。
話は変わりますが、最近、本多考好の小説を読み始めました。ものすごく読みやすい作家さんですね。おすすめです。
ええっと、文字数が加速していったわりに最後は小さくまとまりました。ちょっと消化不良かもしれませんね。それでも、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
また次回、どこかで。
それでは。