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手段は選ばないが、仕事は選ぶ。そんな殺し屋の仕事が今日も始まる。

世界は良い方向へと変わって行った。

 腐敗した政治家や警察はいなくなり、法律が見直され、汚れきった世界は見て分かるほどに綺麗な世界になっていた。

 しかし、それでも裏社会は残り続ける。

 光が強ければ闇も強くなるように、より深く、より暗い物へと変わっていく。

 裏社会と同じく「エンドトリガー」の名もまた残り続けていた。

 

 

  「ヒット。次」

 

 スナイパーライフルのスコープを覗いたまま、ボルトハンドルを素早く引いて次弾を装填する。

 標的は残り三人。

 仲間を数人殺られたからだろう。標的を含むマフィアの人間は建物やドラム缶の影に隠れてかなり警戒している。

 今肉眼で確認できているのは二人だけだが、残り一人の位置もだいたい把握してあるため問題ない。

 風向きと標的の動きから計算して標的に向ける銃口をミリ単位で動かしていく。

 しばらく様子を伺っていると標的が頭を上げた。

 このまま隠れていても拉致が開かないと判断したのだろう。

 標的はその場から一目散に走り出した。

 だがそれは間違った判断。

 せめて強い風が吹いたのに合わせたのは言い判断だが相手が悪い。

 トリガーを引いて標的の頭を撃ち抜く。

 

 「ヒット。次。」

 

 背後から足音が聞こえた。

 

 「クソが!死ね!!」

 

 振り返るまでもない。肉眼で確認していなかった標的の一人だ。

 腰のホルスターからハンドガンを引き抜き銃口だけを向けて発泡した。

 「うっ!?」

 悲鳴が聞こえる。

 頭を狙ったつもりだったが目を向けずに撃ったためか、流石に外したらしい。

 だが、これで予定通りに後回しに出来る。

 ハンドガンをしまい、再び狙撃に集中する。

 標的が隠れたトラックに発泡した。

 トラックをこのライフルでは一発で貫通させることはできない。

 なら、貫通するまで同じ箇所を撃てばいい。

 次の弾を装填してトリガーを引く。

 また次の弾を装填してトリガーを引く。

 2発3発4発5発目でようやく貫通した。

 トラックにちょうど銃弾が通れるくらいの小さな風穴が出来た。

 あとはそこに撃ち込むだけ。

 次弾を装填する。

 トリガーを引後としたその時強風が邪魔をし始めた。

 だが、関係ない。

 ライフルの角度を調整し直して発泡した。

 放たれた銃弾は見事にトラックに空いた穴を通り抜けて標的を貫通した。

 

 「ヒット。」

 

 残り一人。

 ハンドガンを手に取り、さっき致命傷を負わせた男に向ける。

 腹から血を流しながら地面に這いつくばっている男はこちらを睨みつけ暴言をはいてた。

 

 「っ!?お前!そのバンダナは!!」

 

 男の話を遮るように銃声が鳴り響く。

 返り血が跳び、腕から頬にかけてを赤く染た。

 

 「ヒット。…終わり。」

 

 銃を片付け、肩に巻いたバンダナを取る。

 バンダナに書かれた骸骨は最初は白かったものの、今となっては白かったのが嘘のように赤く染まっていた。

 

 「また汚れた。」

 

 無表情ではあるが内心はかなり不機嫌になる。

 白い三日月型のアホ毛は自然と下を向いた。

 その場を後にしようとあるき出す。

 ポケットから携帯を取り出してマナーモードを解除した瞬間着信音が鳴った。

 画面には「赤城」と表示される。

 別行動をしている部下だ。

 

 『あねさん!』

 

 「こっちは片付いた。」

 

 『はい!自分も片付きました!お怪我は?』

 

 「ない。」

 

 『良かったぁ無事で。じゃあ予定通り晩御飯で会いましょう!』

 

 「了解。」

 

 携帯をきる。

 腹の虫が鳴き始めあたりに辺に鳴り響いた。

 

 「お腹空いた。」

 

 □

 

 気分次第で顔を殴られ、腹を蹴られ、罵倒され物心ついた時には体中痣だらけで目から輝きが無くなり、ただ生きるために耐え続けるのが当たり前の日常だった。

 そんなある日、少女は親を殺した。

 足元に親だったものが転がり、絨毯を赤く染めていた。

 殺す瞬間を全く覚えていない。

 罪悪感を全く感じなかった。むしろ開放感を感じる。これで私を傷つけるものはいない。そう思った。

 だが、少女の地獄はこれからだった。

 本来なら少年院や精神病に入れられるはずの少女は、そのどちらにも入らず裏の世界へ身を潜めた。

 小さな体で親を殺した少女の能力を評価した組織が裏で手を回し少女を引き取ったのである。

 施設の名は「学校」。

 少女が入れられた施設はその名の通り学校のような作りをしており、毎日軍隊並の訓練を少年少女に強制していた。

 少女もその中の一人として訓練をこなす日々を送った。

 朝から晩まで走りこみ、射撃訓練でノルマがこなせない場合は教官からの罵倒と暴力に襲われる。

 山の中を何日間も歩かされた事もあった。

 疲労や怪我、精神病にかかり倒れ、自殺する者が現れる中、少女は顔色変えず淡々と訓練をこなしていった。

 体力が有るわけでもメンタルが強いわけでもない。

 少女ただ、痛く、苦しく、辛い毎日になれていったのである。

 常に無表情で感情を表に出さないまるで機械の様な少女を周りの仲間達は怖がり、自然と避ける様になった。

 孤立して浮いた存在になったが孤独を感じることはなかった。

 なぜなら、少女にとって感情と言う物は邪魔なだけの存在だったからだ。

 感情さえなければ罵倒されても何も感じない。

 感情さえなければ孤独を感じることはない。

 感情さえなければ躊躇なく人を殺せる。

 その結果、少女は組織に認められ殺しの仕事を任された。

 ミス一つせずただ言われた通りに殺す。

 仕事の成功が評価され、訓練は減り変わりに実戦が増えていった。

 そんなある日の事。

 組織の本部が何者かによって襲撃された。

 武装して現場へ向かうとそこには大量の死体が転がって地面を赤く染めていた。

 普通の子供なら泣き叫ぶとこだろう。

 だがそれは普通の話だ。

 この少女からしてみれば死体なんて物は飽きるほど見てきた物。

 驚くとすれば、一人の男によってこれだけの数が死体に変えられたことだ。

 それらを見て理解した。

 

 「私はまた捨てられたのか。」


 捨てゴマとしてここに向かわせられたのは明白だった。

 死体を踏み越えて男が一人こちらに向かってきた。

 携帯を耳に当て誰かと話している。

 「……だいたい片付いた。今確認してるとこだ。……悪い。生き残りがいた。後でかけ直す。」

 電話を切りこちらを睨んできた。

 男の手にはナイフが握られている。

 バンダナに書かれた骸骨の絵が男の口元を覆っているため、まるで口元が骨になって居るように見える。

 一瞬で理解した。この男には勝てないし逃げられない。

 今までいろんな人間を殺してきた。

 一般人だけでなくマフィアや殺し屋などの裏社会の人間、軍人まで殺した。

 子供でありながら多くの経験を積んだ少女は気づけば一目で殺せるか殺せないかを判断出来るようになった。

 そのおかげでここまで生き延びて来られたが、もう意味がない。

 抵抗をする気もない。逃げる気もない。どうせ無駄だ。

 だが、不思議と絶望することはなかった。

 むしろ救いのように感じる。

 長い悪夢から目覚められる、そんな気分だった。

 しかし、男は得物をしまい手をさしのべた。

 

 「ついて来い。お前が行くべきとこに連れてってやる。」

 

 これが最強の殺し屋「エンドトリガー」との出会いだった。



 国家機密の組織から依頼が来た。

 厳密にはその組織内の友人からの依頼だ。

 依頼の内容は「学校」を潰す事。

 「学校」と言っても読み書き出来ない少年少女に殺しを教えて、テロリストや殺し屋を養成しているバリバリの犯罪施設だ。

 現場についたところで骸骨の絵が書かれたバンダナで口元を隠す。

 手始めに入口を警備していた男を狙撃した。

 

 「ヒット…次。」

 


 肉眼で確認した標的があらかた片付いたところでちょうどライフルの丸が無くなった。

 ハンドガンに切り替え、死体の山をまたごす。

 警戒して耳をすませているとポケットから音楽が流れた。

 携帯の着信音だ。基本的に仕事中はマナーモードにしているのだが今回は忘れていた。

 携帯の画面には霜田と表示されている。

  霜田は今回の依頼主だ。

 周りに敵はいなさそうなので電話に出る。

 

 「どうした?」

 

 「そろそろ終わったと思ってな。どうだ?」

 

 「……だいたい片付いた。今確認してるとこだ。」

 

 背後から殺気を感じた。

 振り返ると武装した子供が立っているのが見えた。

 子供とはいえ銃を持っている。それだけでなく恐らくこの子供は「学校」で訓練を受けているものだろう。

 連絡しながらでは流石にきつい。

 

 「悪い生き残りがいた後でかけ直す。」

 

 髪は白く腰までの長さはあり、三日月型のアホ毛が立っていた。

 無表情のままこちらを眺めている。

 本来なら殺すべきだが相手が子供だからか、殺す気になれない。

 俺も甘いな。

 少女は銃を構えることなく近づいても指一つ動かさない。

 どうやら戦う気がないらしい。

 好都合だ。

 俺は確かに殺しで生計を立てている。しかし殺しを楽しんでいるわけではない。

 無駄な殺し、それも子供を殺すのは避けたいところだ。

 

 「ついて来い。お前が行くべきとこに連れてってやる。」

 

 

 



 少女は、孤児院に押し付けることにした。

  霜田に押し付けようかとも考えたが、霜田の立場上少女の事を上に報告しなければならなくなる。そうなれば殺される可能性もあるのでやめた。

 子供一人が俺を人殺しだと告げ口したところで警察は動かない。

 この街の警察はあって無いようなもの。むしろ警察も犯罪に手を出すくらいの腐れっぷりだ。

 少女を生かしておいても問題はないだろう。

 

 「じゃあな。これからはマシな人生を送るといい。」

 

 少女を預け、腕時計を確認した。

 長い針も短い針も12を指している。

 てきとうに昼食を取ろうと歩き出した。

 

 「……。」

 

 背後からついさっき、孤児院に預けたはずの少女が当たり前の様についてきている。

 

 「なんでついて来てんだよ。飯は不味いがただて食えるし、ボロいが寝床もある。今までに比べればかなりマシなはずだ。」

 

 「あーはなりたくない。」

 

 少女は背後の孤児院を指差した。

 振り返って見てみると孤児院の前に怪しげな黒いトラックが止まっていた。

 手錠をつけられた子供達が荷台に入って行く。

 その周りには銃を持った黒装束がいて、反抗する子供を殴りつけていた。

 犯罪臭プンプンのやばい現場だ。

 

 「人身売買か?」

 

 「多分そうだよ。」

 

 珍しくもない。

 腐敗したこの街ではよく見かける光景だ。

 人身売買は面白いほどよく儲かると聞いたことがある。

 もしこの少女がきずかずあの孤児院に残っていれば俺の良心が無駄になるところだった。

 

 「迷惑なら戻ろうか?」

 

 「…」

 

 ため息をつく。

 つくづく俺は甘いようだ。

 子供一人殺すどころか見捨てる事もできないのだ。

 たしかにこれは人間として当たり前の事かもしれないが、この街ではそれが命取りになる。

 少女の痛々しい姿を再び見て、ため息をついた。

 

 「俺はライカ・マイヤ。お前の名前は?」

 

 「ニーア・ステラ。」

 

 「じゃあニーア。飯に行くぞ。」



 行きつけのファミレスで食事を取ることにした。

 とくに食べたいものがないときはだいたいここに来ている。

 洋食から和食まで豊富な選択が出来るため入店した時の気分で飯が決められる便利のいい店だ。

 ライカはステーキを一つ注文した。

 ニーアはメニュー表を見ながら片っ端から文字を読んでいく。

 まともな生活は送れていないようだったが、文字はある程度読めるようだ。

 

 「そんなに食えんのか?」

 

 「大丈夫。」

 

 案の定テーブルはニーアが頼んだ料理でうめつくされた。

 

 「…本当に大丈夫かよ。」

 

 

 □

 

  待ち合わせのファミレスに到着し、慌てて入店する。

 約束の時間は等に過ぎている。

 店内を見渡すと待ち人が手を振って位置を教えてくれた。

 

 「遅れてすみません!バイクがエンスト起こしちゃって!」

 

 「いいよ。問題ない。」

 

 どうやらとっくに食べはじめていたようで、机を埋め尽くす皿の半分から料理が消えていた。

 白く肩まである綺麗な髪は後ろで結んでポニーテールにしてあり、黒いコートを着こなしている。

 三日月型のアホ毛はハンバーグを頬張るたびに跳ねているため、多分機嫌は悪くない。

 アホ毛はニーアの感情を示す唯一の部位だ。

 

 「すみません!俺はこのサイコロステーキで!」

 

 注文をすませニーアの顔を見るとなぜか手を止めてこちらを見ていた。

 

 「どうしました?」

 

 「たりるの?それだけで?」

 

 「いや!あねさんが食べ過ぎなんですよ!!」

 

 普段はこんなふうにどこか外れている天然だが、仕事になると頼りになる上司であり師匠でもある。

 

 「この世で最も尊敬し、信頼している人物は?」と聞かれたら間違いなく、目の前でチャーハンを喉へ流し込んでいる人物「ニーア・ステラ」と答えるだろう。

 

 「太りますよ。」

 

 「動くから問題無い。」

 

 「えぇ。」

 

 「いつ死ぬか分からないから食事くらいケチらないほうがいいよ。」

 

 「そうっすけど…」

 

 「いつ死ぬか分からない」その言葉で自分達が裏社会の人間だと思い出す。

 殺し、用心棒、運び屋などの違法な仕事をこなす裏社会専門のなんでも屋。

 それが赤城 夕夜とニーア・ステラの仕事だ。

 これでも裏社会では有名人でとくにニーアは------

 

 「気づいた?」

 

 「はい。」

 

 周囲から殺気を感じる。

 間違いなくこちらに向けられたものだ。

 4…5人と言ったところか?

 理由は知らないが多分仕事関係だろう。

 こんな目立つ場所では仕掛けて来ないだろうから後回しにすることにした。

 ニーアも食事に専念してるし、今はリラックスして食事を楽しむとしよう。

 運ばれてきたステーキを喉に通し空腹を満たす。

 

 「うま!あねさんも食べます?」

 

 「もう食べた。」

 

 二口目を口へ運んだ。あと少しで口に入ると言うところで後頭部に何かを押し付けられ、手を止める。

 

 「動くな。」

 

 男の声。

 頭に突き付けられているのは恐らく銃口だ。

 ニーアの背後にも男が立っていて、黒いフードとマスクで顔を隠しハンドガンを握っている。

 店の客や店員は悲鳴を上げて逃げて行った。

 「ニーア・ステラと赤城 夕夜だな?」

 「チガイマスヨ。サイキンコシテキタリュウガクセイネ。」

 「嘘つけ。一般人が銃口向けられてビビらないわけねぇだろ?」

 

 舌打ちをする。

 せっかくの楽しい食事が台無しだ。

 

 「食事中なのが分からねぇのか?」

 

 ホークを逆手に持ち替え、後頭部に向けられたハンドガンのトリガー部分に突き刺す。

 

 「くっ!?」

 

 男の人差し指はホークでトリガーに固定され、血まみれになった。

 これで銃は使えない。

 振り返り、男の喉に食事用のナイフを突き刺す。

 男は血を流しながら、その場に崩れ落ちた。

 ニーアの方も同じ光景だった。

 首から血を流す男が地面に転がいて、こちらと違う事と言えばニーアが返り血を浴びながらも気にせず食事を再開しているところだ。

 

 「ちょっ!?何やってんですか?早く逃げますよ!あねさん!」

 

 「もったいない。」

 

 「言ってる場合ですか!警察が来ちゃいますよ!」

 

 一応領収書の上に代金を置き

、渋々スプーンを置いたニーアをひっぱり急ぎ足でその場を後にした。

 

 

 □

 

 立ち入り禁止と書かれたテープをくぐり現場に入った。

 現場には鑑識や私と同じくコートをきた刑事のすがたがあった。

 その現場には大量の死体が転がっており、最初はマフィアどうしの抗争だと考えた。

 しかし、現場や昨夜の情報を調べるうちにとんでもない事実が浮かんだ。

 ここに転がっているマフィアの組員は、たった一人に殺されたのだ。

 普通はありえない。

 

 「…こりゃすげぇな。」

 

 現場に転がっていたトラックには風穴が空いていた。

 穴の大きさからして組員の殺害に使われたスナイパーライフルによる物だと思われる。

 問題はどうやってこのドラム缶に、この距離で貫通させたのか。

 遠くのビルを見上げる。

 恐らく組員を狙撃したのは、別の殺人現場であるあのビルの屋上だ。

 ビルの屋上でもマフィアの死体が見つかったため、調査してみると狙撃した跡と思われるビルへの傷が見つかったため、犯人は同一人物でほぼ確実だろう。

 ビルからこちらまでの距離はだいたい1800メートル程。

 

 「あの距離から何発も同じ箇所に当てたのか?」

 

 トラックは防弾加工がされていて、一発で貫通させるのは通常のライフルでは不可能。

 これだけ距離があるとなれば、何発も同じ箇所に撃ち込む以外に貫通させる手段は無いだろう。

 常人には、否。

 ベテランのスナイパーにも難しい技だ。

 最近は強風が目立っているため、撃つたびに微調整が必要になる。そんな条件付きで行っているのだ。

 そんなこと出来る裏社会の人間はたった一人しかいない。

 「……エンドトリガーか。」

 裏社会で噂されている都市伝説の殺し屋。

 もし、実在しているのならば間違いなく犯人はその人物だろう。

 

 □


 「やっとついたぁ。」

 

 街中をバイクで走り回り、やっとの思いで追手をまいた。

 無茶な仕事を終えた後と言うこともありかなりしんどい。

 

 「我が家でコーヒーでも飲みましょうか。」

 

 ニーアは無言でうなずく。

 我が家と言っても一軒家やアパートではない。

 小さなビルの3階にある喫茶店だ。

 一階にコンビニ、二階にカラオケ、その上にある喫茶店で、表の顔での赤城とニーアは住み込みで働いている。

 喫茶店矢木野と書かれた看板がなかなかの味を出している。

 客が少ないためほぼ給料は無いに等しいが、二人には裏の仕事が山ほどあるため問題無い。

 3階は大きく二部屋に分かれており、入口から手前が喫茶店、その奥にあるドアを開けると寝泊まりするための生活スペースが広がる。

 喫茶店にはコーヒーを入れる道具や簡単な料理を作るための道具が一通り揃っており、メニューはコーヒー豆が十種類以上とランチにサンドウィッチとパンケーキなどがある。

 木製のカウンターや椅子がなんとも言えない落ち着く空間を作り出していて数少ない常連さんには好評だ。

 生活スペースには風呂もトイレもない。

 トイレは喫茶店側にあるが、風呂に関しては近くの銭湯を使うほかないのだ。

 カラオケの上にあるため、真夜中に下の階から歌声が聞こえてきて目を覚ますこともよくある。

 不便ではあるが家賃が事故物件よりも安いので文句は言えない。

 

 「ただいま帰りました。矢木野さん。」

 

 扉を開けると白髪を生やした店長が迎えてくれた。

 名前は矢木野 無左部。

 表では喫茶店の店長として、裏では依頼の仲介人として支えてくれる人物だ。

 「お帰り遅かったな。お前ら。」

 「散々でしたよ。」

 ため息をつく赤城に矢木野は苦笑した。

 「まかない頼む。」

 「はいはい。」

 「あねさん。まだ食べるんですか?」

 なぜニーアが太らないのか不思議で仕方がない。

 矢木野は作り置きしていたサンドイッチと淹れたてのコーヒーを出してくれた。

 

 「ちょうどお前さん達に客が来ているぜ。」

 

 矢木野はニーアの隣の席を指差した。

 そこには女が座っている。

 黒髪のショートヘアーで、黒いスーツがよく似合う美人だ。

 喫茶店は客が少ないため常連さんの顔は一通り覚えている。

 だが、その誰にも当てはまらない人物だ。

 常連は常連でも喫茶店の常連ではない。

 裏の方の常連さんだ。

 

 「昨日は派手に殺ったらしいな。『エンドトリガー』の二代目。ニーアとその弟子。」

 

 『エンドトリガー』とはニーアの事だ。

 裏社会で最強と呼ばれる殺し屋。それが『エンドトリガー』。

 狙われた時に反撃しようが、逃げようが無駄。その先には終わりしかない。

 そんなシンプルな理由でつけられた名前。

 ニーアは師匠から受け継いだ。…と言うより師匠に教わった通りにしていると気づけば「エンドトリガーの二代目」と呼ばれる様になっていたらしい。

 等の本人はどうでもいい様で喜ぶことも誇ることもない。

 ニーアはクライアントをガン無視してサンドイッチをほうばっている。

 

 「仕事の話なら俺が聞きますよ。BJDの霜田さん。」

 

 BJDとは警察や軍では対処できない訳ありの汚れ仕事をこなす組織だ。

 簡単にいえば工作員を過激にした感じだ。……あってんのか?この説明。

 霜田 世実はその幹部クラスの人物。本来ならこうして話す事はありえないのだが、ニーアは昔からの知り合いらしく、たまに直接あって仕事を頼んでくる。

 

「助かる。うちも人手不足でな。」

 

 「じゃあなんで俺らに部下を差し向けてきたんですか?」

 

 「なんのことだ?」

 

 「怒らならないので正直に教えてください。」

 

 食事をしていたファミレスで銃を向けてきたのは恐らくBJDの人間。

 それも下っ端の者だろう。

 

 「でなきゃ仕事は断ります。」

 

 すると観念して霜田は話し出した。

 

 「アイツらは使えない上に問題行動ばっか起こしてな。さっきファミレスで堂々と銃を使ったのがいい証拠だろ?流石に処刑するわけにもいかないから、犯罪者を殺そうとして返り討ちにあったって事でかたずけようとしたんだよ。」

 

 「……」

 

 BJDの幹部は基本的に元警察や軍隊出身だ。

 しかし、下っ端の人間には行き場に困った少年少女を多く採用しているためさっきの無能がいたりする。

 同情はするがやり方を考えてほしい。

 

 「と言うのは半分冗談で、本当は上からの命令があったんだ。『エンドトリガー』に関する情報を集めろってね。私としては君ら二人は友人だし頼りになる切り札だから殺されちゃ困る。だから適当に流そうと思ったんだが、昇進を狙った部下が勝手に行動してな。bjdの情報網を使って着いたってわけだ。」

 

 まぁさっきよりかはましな話ではあるものの許しがたい事には変わりはない。

 

 「お陰様であのファミレスをしばらく使えなくなりました。」

 

 「やっぱり怒ってるだろ?」

 

 「いえ。怒ってませんよ。」

 

 「今度焼き肉連れてってやるから機嫌を直してくれ。」

 

 するとニーアがアホ毛を跳ねさせながら口を開いた。

 

 「赤城。霧田を許してやれ。」

 

 「あねさんはもう少し、飯以外の事も考えてください。」


 「それじゃあ任せたぞ。」

 

 「…はい。なんとかしときますね。」

 

 霧田はコーヒーの会計を済ませて帰った。

 霧田を見送った後、赤城は頭を抱え悩みこんだ。

 霧田に渡された写真に目をやる。

 女子高生の写真だ。

 眼鏡をかけてブレザーを綺麗に着こなしている。

 真面目そうな少女。

 霧田に任された依頼、それはこの少女の護衛だった。

 

 「どうすりゃいいんだ…?」

 

 「そうだぞ。お前ら。どうするんだ?俺の仕事にも関わるからさっさと決めろ。」

 

 「無茶言わないで下さいよ。」

 

 護衛の依頼自体には問題は無い。

 堂々と守るのも影から守るのも経験済みだ。

 問題は別にある。もっと根本的なとこだ。

 

 「この子の名前は田中 理恵で、別件の依頼で頼まれてるのも田中理恵……何かの間違いですよね?」

 

 「ちょっと待ってろ一応確認する。」

 

 矢木野は、カウンターの引き出しからファイルを取り出して、さらにそのファイルから資料を取り出した。

 長文読んだところでニーアは最後まで聞かないため、要点だけをまとめて説明をしてくれた。

 

 「これだな。『来週までにこの女を拉致して指定の場所まで連れて来い。名前は「田中 理恵」だ。』ってお前ら、なんでも屋に依頼が来てるな。ちなみに常連さんの浅田組からだ。」

 

 大きくため息をつく。

 対象を護衛するか拉致するか、どちらかしか選べない。

 護衛を選べば間違いなく暴力団「浅田組」が敵に周ることになり、拉致を選べば国家機密機関「BJD」を敵に回す事になる。

 この田中 理恵と言う少女が可愛そうだと感じはじめた。

 確か、暴力団撲滅に力を注いでいる市長の娘だったか?

 この少女はただ生まれてきただけなのに裏社会に狙われるとはあまりにも不遇すぎる。

 いっそ、この同情心に任せて護衛を選んでしまおう。

 感情に任せようとしたその時、我らがあねさんが口を開いた。

 

 「どっちもやればいい。そうすれば両方から金が出る。」

 

 「そんな無茶な。」

 

 もうめちゃくちゃだ。

 再び頭を抱える。

 どちらかを選ばなきゃならないのにこの人は両方と言った。

 本当に話を聞いていたのだろうか?

 

 

 □

 

 

 黒い大型の高級車が町中を走っていた。

 車内では、が黒いスーツの男達が座っており、その中心にはスキンヘッドの老人が座って眼帯に覆われた右目を扠すてっている。

 スーツの男達は皆、老人が放つ圧に押しつぶされそうになっていた。

 それもそのはず、この老人は浅田組の幹部の一人である。

 「…例の件は『エンドトリガー』に依頼しております。」

 例の件とは、田中理恵の拉致の事だ。

 現市長は裏社会の撲滅に力を注いでいて、当然ヤクザの収入にも影響が出ている。

 そこで市長の娘を拉致して脅しをかけることにしたのだ。

 かなり原始的な方法だが、まだまだ見えない所で汚職が残っている現在なら可能だ。

 「エンドトリガーか…本当に信用できるのか?」

 不安そうにこちらを睨んで来る。

 だが、怯まず答えた。

 「はい。何度か雇ったことがあります。エンドトリガーは仕事を完璧にこなしました。今回も問題ないかと。」

 

 老人は遠くを見るような細い目をした。

 

 「…昔、若い頃エンドトリガーを雇ったことがあった。」

 

 「…」

 

 「やつは仕事を完璧にこなした後、報酬を受け取りわしの右目を撃ち抜いた。…エンドトリガーは確かに腕は一流だが、いつか必ず……………



 「裏切る可能性がある。エンドトリガーは信用しないほうがいい。」

 

 『は?』

 

 □□の上司、霧田から連絡が入ったかと思えばとんでもない話をして来た。

 赤毛の青年はため息をつく。

 

 「伝説の殺し屋「エンドトリガー」を雇った。」と言い始めたと思えば「裏切る可能性がある」と言い始める始末。

 ヤクザに狙われている少女をたった一人で影から守るという鬼畜難易度の仕事をさせられているのに、そこに敵になるか味方になるかも分からない裏社会最強のスペシャリストが参戦するのだ。

 確かに味方になればありがたい。そうなれば、仕事がかなり楽になることだろう。

 だが、敵になればどう考えても少女を守りきれない。

 「なんでそんな中途半端な人間を雇ったんですか?」

 『運試しだ。』

 

 「あんた一応公務員ですよ。いいんですか?」

 

 『安心しろ。最悪お前がいるだろ?□□最強の剣豪『代田 景座』。任せたぞ。』

 一方的に携帯を切られた。

 

 「………」

 

 「代田くん!お待たせ!」

 

 田中理恵は上機嫌で笑い、代田こ肩を叩いた。

 

 「理恵。ほしい物は見つかったか?」

 

 「うん。…この人達は?」

 

 田中は足元を指差して震えながら言った。

 上機嫌で笑っていたのが嘘のように怯えている。

 それもそのはず。指先には、スーツに見を包んだ厳つい男が何人も転がっているのだ。

 

 「あーなんか『夜明けぜよ。』とか言ってぶっ倒れたんだ。多分ブラック企業の人達だろう。詳しくは知らないが。」

 

 「えっ!じゃあ早く救急車呼ばなきゃ。」

 

 「起こすなって言っていた気がする。」

 

 「流石に無理があると思うけど?」

 

 「そんなことより、門限だ。さっさと帰るぞ。」

 

 田中の手を掴み、早足でその場から離れる。

 

 「え!っちょっと待って!まだ余裕あるよ!」

 

 「じゃあハンバーガー食いが食べたい。付き合ってくれ。」

 

 「自由すぎない?」

 

 背後から女性の悲鳴が聞こえる。

 客か店員が、俺が殺した奴らに気づいたようだ。

 早く立ち去らなければ警察が来て面倒な事になる。

 何より、田中にはまだバレるわけには行かない。

 

 「どうしたんだろ?」

 

 不思議そうに後ろを見ながら引っ張られる田中を適当に誤魔化す。

 

 「強盗でもでたんじゃないか?」

 


 □

 

 「すみません。」

 浅田組事務所内はいつも以上に騒がしく荒れていた。

 それもそのはず。組員複数が命令違反を犯して田中 理恵を拉致しにむかいそのほとんどが返り討ちにあい殺されたのだ。

 事務所を任されていた矢崎はこれまでにないほどに荒れていた。

 膝をつき、額を地面に付けて謝罪する部下を容赦なく踏みつける。

 

 「勝手に動いたあげく返り討ちにあった。これがどう言うことかわかってんのか?」

 

 ただいらついていた。

 組の顔に泥を塗りやがって。

 部下の腹を蹴り上げ向かい側の壁にぶつける。

 サッカーボールの様に吹き飛んだ部下は小さな悲鳴を上げた。

 

 「てめぇだけ逃げやがって恥ってもんがねぇみてぇだな。」

 

 前髪を引っ張りむりやり顔を挙げさせた。

 

 「おい。殺ったのはだれだ?」

 

 「…赤髪のガキです。」

 

 「他は?」

 

 「そいつ一人です。」

 

 「…じゃあヤクザか数人がかりでガキ一人に負けたってわけか?」

 

 「はい。後から知った話ですが。そのガキは□□の人間らしいです。」

 

 「BJDか。」

 

 国家機密の組織が田中 理恵の件で動いている。

 警察と違ってBJDと言う組織は目的のためなら殺しや拷問もためらいなく行う。

 実際に何度も仕事の邪魔をされた経験のある矢崎はBJDがどれだけ厄介な存在か理解していた。

 それでも、否だからこそ矢崎は笑う。

 

 「おもしれぇ。やってやろうじゃねぇか!!」



 私の名前は田中 理恵。基本的に普通の女子高校生だ。

 基本的にと言うのは私の父親が最近話題の市長だと言うのもあるが、それがかすむ位の存在がある。

 トイレへむかう廊下を先導して歩いているこの人物「代田 景座」である。

 トイレに到着するなり「ここで待っていろ。」と恥じらいなく堂々と女子トイレに入って行く。

 女子トイレから聞こえる悲鳴と罵声が聞こえてきて頭が痛くなった。

 代田がやっている事なのになぜか罪悪感を感じ、ため息をつく。

 この変人、代田 景座との出会いは突然のものだった。


 夏休み明けに何の予告もなく転校生が来ると言われクラス中転校生の話題で盛り上がっていた。

 茶髪で高身長のイケメン。

 女子達は後はこの高スペックの転校生に「後は性格だねぇ」と期待していた。

 しかし、代田はその期待を速攻でへし折った。

 代田は自身の名前が書かれた黒板の前に立ち、真顔で自己紹介をした。

 

 「ここに来ることになった代田 景座だ。田中 理恵の友人を担当する。」

 

 「は?」

 

 私はただ唖然とした。

 理解が追いつかない。

 「友人を担当する」?何を言っているんだ?

 近くの席の男子達が「彼氏が出来て良かったな!」と冷やかしてくるし、イケメンをゲットしようとしていた女子達はこちら睨んでいてる。

 やめてくれ私は別に何もしていないし、彼氏がほしいわけではない。

 不幸なことに代田の席は隣になり絶望を絶望が塗り替えた。

 しかし、話し目見ると意外と悪いやつでは無い事が分かった。

 話し方は少し違和感があるが良くも悪くも真っ直ぐなく人間だ。

 席が隣のため、すぐに親しくなり登校から下校までの間共に過ごすようになった。と言うより代田が常に行動を共にしてくる様になった。

 ただ共にいるだけならただ親しい友達なのだが、代田は以上なほどに過保護なのだ。

 私が行く場所、触るもの全てを必ずチェックする。

 教室、体育館、筆箱、顕微鏡、まな板。

 そして現在、代田は女子トイレをチェックしている。

 あからさまにドン引きしていると女子生徒が隣に立ち、私と同じく代田を見てドン引きした。

 

 「うわっ、アイツまたやってんの?」

 

 彼女の名前は赤城 由利。

 中学からの友人だ。

 

 「由利、そうなんだよ。どうにかならないかな?」

 

 「無理無理。知ってるでしょ。アイツ理恵の事になったら誰の話も聞かないから。」

 

 「……」

 

 「そもそもなんでアイツは理恵のためにここまでやるんだろうね?」

 


 □

 

屋上に設置されたベンチに座り、弁当箱を開けた。

 弁当の内容は半分はふりかけが乗った米で、もう半分はウインナーやミートボール、キャベツのせん切り、卵焼きなど定番メニューだ。

 お腹が減っているためよだれが出てくる。

 隣には由利が座っており、更にその隣にはグランドを見渡しながらカロリーメイトをかじる代田の姿がある。

 

 「いただきます。」

 

 ウインナーを口へ運ぶ。

 うまい。

 腹が減っていたせいか余計にうまく感じる。

 

 「相変わらずうまそうだね。お母さんが作ってるんだっけ?」

 

 「うん。毎日早起きして作ってくれてるから残せないんだよねぇ。由利も食べる?」

 

 「いや。私はいいよ。こんな安い飯でも兄貴が稼いでくれた金で買ったものだし。」


 由利の膝の上にはコンビニ弁当が置かれていた。

 由利の両親は交通事故で亡くっておりお兄さんが親代わりをしているらしい。

 借金も多いため、お兄さんはバイトを掛け持ちして朝から晩まで働いて何とか生活しているとのこと。

 

 「そんなことより、なぁ代田。あんたなんで理恵を守ろうとしてるの?」

 

 由利は代田に視線を送り、弁当を一口食べた。

 確かに代田が私を守ろうとする意味が分からない。

 心当たりといえば父親が市長だと言うことだが、父さんが同い年のクラスメイトに護衛を頼むとはおもえない。

 

 「任m……友人を守ろうとするのは行けないことか?」

 

 「あんた今任務って?言ってなかっ」

 

 「俺は守りたいだけだ。」

 

 言い間違え?を由利の話を遮りゴリ押しで誤魔化した。

 余計に怪しい。

 普通の高校生が言い間違いだとしても、任務なんて単語を使うだろうか?

 

 

 

  電柱柱に背中をつけ、体を隠れながらターゲットを確認する。

 微笑ましい光景だ。

 二人の高校生が笑いながら学校へ登校している。

 その内一人は田中 理恵。

 そしてもう一人はBJDの代田 景座。霜田から聞いていた田中理恵の護衛だろう。

 霜田が言っていたとおり、代田は一般人に紛れて田中 理恵に接近し、護衛していた。

 一見普通の高校生にしか見えない。

 そんな光景を見て「もしまともな親の元で生まれていれば、あんなふうに学校へ行っていただろうか?」なんてくだらない考えがよぎる。

 いくら無い物ねだりした所で意味がない。願って夢が叶うなら殺しで金を稼ぐ必要はないのだ。

 「兄さん?」

 懐かしい声が夕夜を読んだ。

 声がした方を見ると一人の女子高生がこちらを見ていた。

 安心したかのような優しい目つきだ。

 田中理恵と同じ、黒いブレザーに身を包んでいる。

 この少女を夕夜は誰よりもよく知っている。

 

 「……由利。久しぶりだな。」

 

 赤城 凛。夕夜の実の妹だ。


 「すみません!あねさん!」

 

 携帯を耳に当てながら誰もいない壁に向かって頭を下げる。

 まるで取引先に謝罪するサラリーマンのようだ。

 

 「まさか妹と出くわすとは思わなくて。」

 

 『問題無い。こっちで何とかしとくからゆっくりするといい。』

 

 電話の相手はいつも通り落ち着いた声色で答えてくれたので安心する。

 

 『ただし、バレないようにね。』

 

 「はい。」

 

 電話を切り、居間へむかう。

 このアパートの部屋は広くはないが家賃が安い。

 玄関から入るとまずキッチンがあり、その向かい側のドアを開けるとトイレと風呂が同室にある。

 キッチンの奥に居間があると言う最低限の環境が揃っている。

 そのな部屋に懐かしさを感じた。

 生まれ育った場所ではないが、両親を無くしてからは由利と二人でここで生活した。

 ギリギリのやりくりでかなり貧乏な生活だったが、幸せだったのを覚えている。

 

 「兄貴!」

 

 由利はトイレ帰りの兄を笑顔で出迎えた。

 居間にはテーブルとタンス、椅子と女の子が住んでいるとは思えないほど物が少ない。

 まぁ、今一緒に生活しているニーアも同じようなものだが。

 テーブルを挟んで向かい側に座る。

 するといきなり尋問でもしているかのように睨まれた。

 「いきなり居なくなってやっと会えたと思ったら何?ストーカーしてたの?」

 このままでは妹に犯罪者予備軍と思われてしまう。

 まぁ実際は犯罪で稼いでるんだが。

 生まれて長い間共に過ごした妹に簡単な誤魔化しは聞かないだろう。

 ここはひとまず、真実と嘘をごちゃまぜにしよう。

 

 「ちげぇよ。仕事だ。仕事。」

 

 「女子高生をつけるのが仕事?」

 

 余計にヤバい方向に進んでしまった。

 由利がこちらをゴミを見るような目で見ている。

 

 「探偵のバイト始めたんだよ。これがなかなか稼げてな。この調子ならお前らを大学にも行かせてやれる。」

 

 すると由利の態度が一変し今度は申し訳なさそうに肩をすくめた。

 

 「そうだったんだ。ごめん兄貴。疑ったりして。」

 

 「別にいいよ。俺も何にも教えてなかったからな。」

 

 由利は真剣な表情で言った。

 

 「ねぇ。私も働くから、帰って来てよ。」

 

 「お前は勉強に集中しろ。そんで幸せを手に入れるんだ。出なきゃこんな仕事してる俺が報われないだろ?」

 

 由利の頭を優しく撫でる。

すると由利は嬉しそうににやけた。

 

 「成長したな由利。だが、まだお前は成長できるはずだ。」

 


 「…わかったよ。兄貴。でも私が言い会社に入ってお金に余裕ができたら帰ってきてね!約束だよ!!」


 「……わかったよ。約束だ。」


 妹の笑顔を見て罪悪感をかんじた。

 約束を守ることは無理だと自分でもわかっている。

 俺は殺しで稼いでいて、これからも自身が死ぬまで変わらないだろう。

 今さら普通何てものはてに入れられない。

 妹が無事に社会人になった時、俺は妹の前から姿を消すことになるだろう。

 

 □

 

 

 「ねぇ代田。将来のこととかちゃんと考えてる?」


 「流れに身を託すつもりだ。」

 

「真面目に答えてよ。」

 

 カウンターから差し出されたコーヒーをすすりながら、理恵にばれないよう、周囲を警戒する。

 何時もの通学路、たまにはと客の少ない喫茶店によることになったのだがどうも落ち着かない。

 木製の机と椅子、綺麗に整頓されたメニュー表、清潔感ある空間だ。

 本来落ち着く雰囲気なのだろうが、ただ一人の男に染み付いた得体の知れない雰囲気がそれらを台無しにしていることに理恵はきずいていない。

 ここには俺と理恵、そして店主しかいない。

 となると犯人は間違いなく

店主だ。

 

 「帰るぞ。」

 

 「え!まだ時間はあるよ!ゆっくりしていこうよ。」


 「嫌な予感がする。」


 「?」


 自分で言うのもなんだが、俺の予感はよく当たる。

実際この予感に救われたことは何度かあり今回のも間違いなくあたると確信した。

 コーヒーを飲み干し、会計を済ませ店を出る。

 階段を降りると大量の黒い高級車が道を塞いでいた。


 「リラックスできたか□□のガキ!!」

 

高級車からぞろぞろと黒いスーツの男たたちが出てくる。

 間違いなく理恵を狙う浅田組だ。

 

「代田…」


 不安そうに理恵は代田の背中に隠れた。

 

  「俺から離れるな。理恵。」


 まさかこんなにも堂々と来るとは思わなかった。

 だが、こうなってしまったからには仕方がない。

 理恵にはばれてしまうが優先すべきは自身の正体ではなく、理恵の命だ。

 胸ポケットからナイフを取り出す。


 

 

 離れたビルの屋上からライフルのスコープを覗く。

 標的の理恵は代田共に喫茶店から出て来たがすぐに黒い車に囲まれた。

 浅田組の人間だろう。

 理恵を捕らえろとこちらに依頼しておきながら勝手な奴らだ。

 大勢の銃を持つ組員を相手に代田は引くことなくナイフ一本で応戦している。

 それも理恵を守りながらだ。

 代田は弾丸を避け、次々と組員を殺していく。

 その様子を見たニーアはライフルを肩から外しビルのエレベーターへ向かった。



 「お前ら。このご時世に何でここまでする?金がほしいなら他に方法はあるはずだろ?」


 少し手間取ったが何とかあと一人まで追い詰めた。

 そこら銃に薬莢と死体が転がるなか理恵は青ざめその場に膝をつき吐いている。

 

 「あいにくだな。俺は…この道しか知らないし、知っててもこの道しか選べなかったんだよ。お前にもわかるだろ?こんな仕事に着くぐらいだしよぉ。」


 男が引き金を引くよりも先に瞬間ナイフを投げつける。

 ナイフは首に突き刺さり男は絶命した。


 胃の中が空になりやっと吐き気が収まったのか涙を流しながら理恵は顔をあげた。


 「何で…こんな…。」


 今にも恐怖と不安に押し潰されそうな理恵を少しでも安心させようと声をかける。


 「理恵。大丈夫だ。俺が守る。だから安心しろ。」


 「代田。」


 手をさしのべた瞬間、銃声が鳴り響く。

 

「な!?」


 腹から血が流れている。

 激痛が走るのと同時に意識がうすれていく。

 その場に膝をつき腹を押さえる。

 この場に理恵を狙う人間がいるのは確実だが、負傷していては対応できない。

 何とかしなければならないのに体も頭もまともに動いてくれない。


 「代田!!」


 誰かが理恵をさらっていく。


 「待て…!」


 何とか声を出したがなんの意味もない。


 □

 

「派手にやられたな代田。」


 上司の声で目を覚ます。

 勢いよく体をお越し辺りを見渡す。

 白く清潔感がある静かな部屋。

 隣には黒髪スーツの美人な上司が座っていた。


 「霜田!理恵はどうなった?」


 「さらわれたよ。」


 「浅田組か?」


 「まぁ依頼したのは浅田組だが、直接さらったのは『エンドトリガー』だ。」


 瞬間怒りが込み上げ霜田の胸ぐらを掴んだ。


 「なんのつもりだ?」


 「あんたのことだこうなることはわかっていたんだろ?」


 任務が失敗したと言うのに霜田は怒るどころか冷静で、いっさい慌てる素振りがない。

 明らかに霜田の計算どうりにことがはこばれている。

 どんな計画なのかは知らないが理恵が危険なめにあっているのは許せなかった。


 「そうだ。エンドトリガーが裏切ることもお前が敗北することも計算済みだ。」


 「あんたの計画がどんなもんかは知らないが、理恵は無事なんだろうな?」


 「当たり前だ。田中理恵が死んではもともこもないからな。」


 霜田から手を離し、ベットから出る。

 多少の痛みはあるが止血はされているため問題ないだろう。

 

 「待て。そんな格好で姫様を迎えに行くきか?」


「俺の装備。持ってきてるのか?」


 「おう。お前の愛刀も綺麗に研いであるぞ。」



 代田は病室から飛び出し、私が示した駐車場へ向かった。

代田を見送りッたあと携帯を取り出す。

 画面には「田中市長」の文字と着信拒否の文字が並んでいる。

 娘が心配なのだろう。

 面倒だと思いつつも電話をかけ直すと相手側は一瞬で出た。


 『おい!!娘は無事なんだろうな?』


 「はい。傷ひとつついてませんよ。」


 『ならばなぜ電話ににもでないし、家にも帰ってきてないんだ?』


 「安心してください。娘さんは今日中に帰ってくるし、あなたの家族に害をなす存在も今日中に消えますから。」


 

 

 「さすがだな。エンドトリガー。」


 目隠しをされているため回りが見えない。

 手足、口までじられているため、身動きも声を出すことすらできない。

 耳だけが情報源だ。


 「にしてもエンドトリガーが女だったとわな。」


 「エンドトリガー」? たしか伝説の殺し屋だった気がする。

 あくまでも都市伝説だと思っていたがどうやら私をさらったのはその殺し屋「エンドトリガー」らしい。

 そんなことがわかったところでどうしようもないのだが。

 

 「……。」


 「だんまりかよ。俺は依頼主でお前を雇ってんだぜ?ちょっとは愛想よくしたらどうだ?顔も体もいいんだ。稼げる仕事を紹介してやろうと思ったんだがなぁ。」


 「金は?」


 「たくっ。つまらんやつだ。…おい!もってこい!」


 何かを取り出し、開く音が聞こえた。


「約束の金だ。」


 「…」




 約束通り、理恵を拉致してしていられた廃墟に来てみたがいいが、明らかに様子がおかしい。

 殺意むき出しで常に懐に手をっこんでいる。

 金が入っているであろう、アタッシュケースを持つ男が一人。

 その左右に二名ずつ、出口に五六人と言ったところか?

 やたら人数が多い。

 殺し屋相手とはいえここまで厳重なのは違和感がある。

 金を受け取り中身を確認した瞬間、周囲の男達は懐から銃を取り出しこちらにこちらに構えた。

 「確かに金は渡した。これでお前との関係は終わりだ。早く金を回収してぇからさっさと死ねよ。」


 「……。」


 「先に裏切らなきゃ死んじまうってのは、この業界にいればわたるだろ?」


 「ああ。そうだな。」


 □


深呼吸をしてスコープを覗く。

 レンズの中心には目標の黒の車が写っていた。

 標準はずれていない。

 姿勢も頬付けも問題ない。

 息を吐き、タイミングを合わせて引き金を引く。

 筒から放たれた弾丸は見事 目標の車の窓を撃ち抜いた。

 続けて何発か撃ち込むとさすがに周囲の人間はきずいたようで目標の回りにいた人々はパニックを起こして逃げていった。

 等の目標は瀕死なのか死んだのか、全く動かない。

 予定どおりだ。

 ライフルを肩から外し、ケースにしまってその場を立ち去る。

 歩きながら携帯を取り出し、電話帳から、「姉さん」の文字を選択する。

 相手はニーアだ。

 待機音がなることなく相手はすぐに出た。

 

 「もしもし。姉さん。あと三分で行けます。」


 『了解。』


 電話の向こうではかなりドンパチやっているようで、銃声と怒涛が聞こえてくる。

 それでもニーアのことが心配にならなかった。

 俺はもう異常者の仲間入りなのかもしれない。


 「できるだけ急ぐんでもうちょい耐えてください。」




 「おい!おい!エンドトリガー!!隠れてんじゃね~よ!!」


 ニーアと理恵は木箱の裏に身を隠し、様子をうかがっていた。

 あちこちで男達が銃を片手に探し回っている。


 「何で?…私が悪いの?」


 訳がわからず、手が震える。

 ただ普通の何気ない生活を送りたかっただけなのに、今は暴力団に終われ、目の前で簡単に人が死んでいく。

 人が死ぬたびに次は自分なんじゃないかと不安になる。

死にたくない。

涙めになっていると銃の弾込をしながらエンドトリガーと呼ばれた同い年くらいの少女が声をかけてきた。


 「大丈夫。私は君の味方になった。」


 状況から見て確かにエンドトリガーは守ってくれている味方だが、そもそもここまで拉致してきたのは他でもない目の前で銃を乱射している少女だ。

簡単には信用できないし、安心できない。


 「もうすぐだな。」


 「何がですか?」


 腕時計を見ながら少女は懐からナイフをとりだした。


 「ここからは君の彼氏が守ってくれる。」


 「彼氏?」


 彼氏なんて私にはいない。

 思い当たるとすれば……


 「なっ!!べつに私と代田はそんなんじゃないです!!」


 恥ずかしさのあまり大声で勘違いの訂正をはかった。


 「??まぁどえでもいいけど、そろそろ走る準備をしといたがいいよ。」


 それは突然現れた。

 銃声が耐えず響く廃墟の窓にバイクが突っ込んできたのである。

 ヒーローは遅れてやってくると言うが、この男はヒーローと言うにはあまりにも雑で、頼りないぐらい出血していた。

 

 「安心しろ。返り血だ。」


 バイクにまだがっていたのはいつもの制服姿とは違う武装した代田の姿だった。



 □


 「代田!!」


 「すまん。待たせた。」

 我慢していた悲しみの涙が代田が来たことにより嬉しさの涙として流れた。

 

 

 「この場は私が受け持つ。理恵をつれていくといい。」

 

「了解」


 代田はバイクのエンジンをかけようとしたが、うまくかからず、短く唸るだけだった。


 「さすがに壊れたか。」


 バイクを捨てた代田は私の手を巨大な取り走り出す。

 エンドトリガーとすれ違う瞬間代田は彼女を睨み付けた。


 「礼は言わない。もともとあんたが理恵をさらったんだからな。」


 「裏の仕事に感情を持ち込むのは三流だよ。」


 すれ違いばざまに嫌味を交わし、私と代田はその場から走り去る。


「クソ!!逃がすな!」

 

 立ちふさがる敵を廃墟を出ると代田は斬り倒していった。

その姿を見て私は助かると言う安心と代田はいつも命がけで戦っていたのかと心配と不安を抱いてしまう。


 廃墟を出るとそこには立った一人の男が立っていた。

 オディーのシャツに迷彩ズボン服の上からでもわかる筋肉をもっており、先歩とまでの男達と違って手ぶらだ。


 「お前が□□の剣豪とか言われてる代田だな?」


 男は不適に笑った。




 「クソクソクソクソ!!!!!!!!!」


 何もかもめちゃくちゃだ。

 田中理恵には逃げられ、エンドトリガーも殺せずにいる。

 おまけに今田中理恵を連れて言ったのはBJDの人間だ。

 つまり、ここでこんなことしてるのが国家の機密組織にばれている。

 矢崎はそんな状況に焦りを感じていた。


 「さっさと死ねよ!!エンドトリガー!!!!」


 焦りからか標準が適当になっているがそれでも構わず乱射した。

ちょうど弾切れになったところで 懐の携帯がなり、一瞬きろうと思ったが相手が自分と同じ幹部だったため出るしかなかった。

 もし重要な話しだったらいよいよ後がなくなる。

 その場を部下に任せて別の部屋へ移動して電話に出た。


 「不味いぞ!」


 電話にでるなり相手は慌てている様子だ。

 何か問題が起きたのは間違いないだろう。


 「どうした?」


 「察がガサ入れに来やがった!!」


 「なに?!」


 心辺りは何個もあるがどれもバレずにやっている。

 思い当たるとすれば今日取引に使う麻薬ぐらいだ。


 「まさか……」


 「麻薬なら今頃私の部下が警察に持って行ったと思う。」


 部下を皆殺しにしたエンドトリガーはこちらの部屋へ入り、俺の頭に銃口を向けた。


 「エンドトリガー!!」


 この時間帯で警察がガサ入れにいたと言うことは、エンドトリガーはここにくるまえから、麻薬を警察に届け、俺達をはめるつもりだったのだ。


 「最初から裏切るつもりだったんだな!!」


 「先に裏切らなきゃ死ぬんじゃなかった?」


 「てめぇ!!」


 銃に手を掛けたが遅かった。

 とっくに銃を構えている殺し屋に対し、矢崎は銃をホルスターにしまっているのだ。

 勝敗は一瞬でついた。


 「お腹すいた…そうだ!」


 ニーアは携帯を取り出し、霜田へ電話を掛けた。


 「霜田。この前の仮の件の焼肉は今日の晩で頼む。……?焼肉連れてってくれるって言ってたよね?」


 

 □

 

代田にてを引かれいつ飛んでくるかもわからない銃弾に怯えながらも、何とか外へ出ることができた。

 ここが何処だかはわからないだが、森の奥深く、少なくとも今すぐ警察に頼れる場所じゃないことはわかった。

 だが、それでも落ち着いていられるのはいつも過保護すぎるほどに私を守ってくれる代田がいるからだ。


 「代田!」


 「どうした?」


 「私ッ!!」


 思いを伝えようとしたそのとき、代田に突き飛ばされさっきまで自身が立っていた場所にナイフが数本通過した。

 背後から不気味な笑い声が聞こえる。


 「フヘヘ!よくきずいたな!」


 その男は細身で不健康なほど白い肌、長髪の髪はボサボサで右目だけを出し顔を隠している。

 不気味な笑みを浮かべ両手に扇子のように持ったナイフを再びこちらへ投げつけてきた。

すかさず代田は腰の刀を抜き弾き落とす。

 

「へぇ~やるじゃん!」


 「…目を閉じとけ。もし、見られたら責任をとれる自身がない。」


 そう言うと代田は刀を頭上に構えた。


 不気味な男が笑い声を上げると共にナイフを投げようとした次の瞬間、代田は一気に踏み込みナイフを投げるよりも先に男の腕を切り落とし、すかさず首を跳ねた。

 私は目を閉じられなかった。

 いや、閉じるわけにはいかないと思い必死にその状況を目にやけつけた。

 この世の真実が目の前に広がっている。

 裏で汚れ役を勤める代田のような人達がいるから、この世は成り立っているんだとさっきまで不気味に笑っていた生首を見て理解した。


 「代田。私は…」


 「すべて俺のミスだ。」


 助けてくれたと言うのに頭を下げる代田を私は攻めるきはしなかった。

 彼は最善を尽くしてくれた。

 死ぬかもしれないこんな場所に立った一人で乗り込んでくれた。


 「頭をあげてよ代田!」


 「だが!」


 「いいから!」


 渋々アタマをあげた代田は血まみれでボロボロで、それでも私はそんな彼を見ていると安心できた。


 「怪我してない?」


 「俺は大丈夫だ。……お前こそ大丈夫か?」


 心から心配しているのだろう。

 柄にもなく心配そうに聞いてきた。


 「大丈夫!無傷だよ!」


 「精神的には?」


 正直大丈夫とはいいきれない。

 さっきから吐き気はするし、涙も出そうだが、そんな泣き言言ってちゃこれから先、代田と過ごしていけないだろう。


 「大丈夫だよ!…あっでも!」


 少し不安そうに私の顔を代田が覗いて来たところで笑顔で付け足す。


 「家までエスコートしてくれないとはくかもね!」


 代田はため息をついたあと呆れたからか、安心したからかいつもの仏頂面に戻った。


 「了解」


 □

 「調子はどうだ?」


 「最悪だ。」


 「元気そうで何よりだ!」


 病室のベットに横たわる包帯ぐるぐる巻きの男に対し「元気そう」なんて言うのは喧嘩を売っているようなものだ。


 「あのあとはどうなった?」


 「あの場にいた組員はエンドトリガーが一掃した。誰かさんのお陰であの現場を処理するの大変だったんだぞぉ~。」


 少し茶化すように頭をつついてくる上司に苛立ったが、幸い怪我のせいで動けないため殴りたくても殴れない。

 お陰でクビにならずにすみそうだ。


 「浅田組は?」


 「誰かが浅田組の車両を襲撃してな。そんときに大破した浅田組の車両から麻薬が発見されて浅田組ガサ入れしたら案の定大量の麻薬や大麻がでてきたわけだ。あとは…わかるだろ?」


 「そうか…ならもう理恵の護衛は必要ないな。」


 ふと振り替えると、なんだかんだ長い付き合いだったなと寂しさを感じた。

 普通の学校と言うのを経験した。

 心のそこから守りたいと思える存在ができたのも初めての経験だった。

 いつしかこんな平和ボケした生活も悪くないと思えるまでになってしまった。

 しかし、仕事は仕事。退院したらすぐにでも対テロ活動にふっきしなければならない。


 「次の任務は決まりましたか?」


 「いや、このままお前には田中理恵の護衛を続行してもらう。」


 「どう言うことだ?」


 浅田組が潰れた今、田中理恵への驚異はなくなった。

 護衛する意味がわからない。


 「上からの命令だ。詳しくは本人から聞くといい。」


 霧田は病室をでていき、すれ違い様に理恵が入ってきた。


 「なんでここにいる?」


 「友人のお見舞いにくるのは普通のことだよ。」


 そう言うと理恵はリンゴが山盛りに入ったかごをベット横の机におき、そのうち一つを果物ナイフで切り始めた。

 器用にすらすらと皮をむいていく。


 「夕べの件は気絶してて覚えてなかったってことにしたからそっちで上手いことしてよ。」


 「助かる。」


 「その代わり。これからも私の護衛してもらうから。」

 

「ダメだ。」


 下手に裏社会とつがる事の危険性を理恵は理解していない。

 もしも俺の素性がばれれば人質にされる可能性もある。

 これ以上危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 しかし、理恵は不適に笑いながら一口サイズに切られたリンゴを口に突っ込んできた。


 「もう霜田さんに話をつけてあるから代田に拒否権はないよ。」


 なんとかして説得したいが口に入ったリンゴが邪魔で声を出せない。

 

 「それに…代田ほど過保護で優秀で強いボディーガードは他に知らないから。何より代田といると面白いし。」

 

 やっとリンゴを飲み込んだが言葉を発するよりも先に理恵が一枚の写真を見せてきた。


 「バックレたらこれを霜田さんにわたすから!」


 リンゴを飲み込んだのに説得するきが失せていた。

 

 「わかった。俺の敗けだ。覚悟はしておけよ。」


 「これからもよろしくね代田!」


 

 

「…。」

 

「……。」

 

 「ムグムグムグ。」

 

 「あっ!店員さん!タン追加で!」


 霜田に誘われ(命令)焼き肉屋に来てみれば霜田の他に見覚えのある女と見覚えのない男がいた。

 女の方はおそらくエンドトリガー。

 この白い髪に他にはない異様なほどに落ち着いた府陰気は忘れたくても忘れられない。


 「なに突っ立てんだ。早く座れ。」

 

 昨日の昼間は敵対していたくせに何故か夜には味方をしてくる優順普段なんて可愛い言葉ではごまかしきれない奴を信用できるはずかない。

 

 「食べ放題は始まってるぞ。」


 「……。」


 渋々霜田の前に座る。

 向かい合ってエンドトリガーを見るとただの女の子にしか見えない。

 あれだけ死体を見たあとだと言うのにエンドトリガーはまるで大食い選手のように運ばれてくる皿を積んでいく。

 俺の顔を覚えてないのか、それとも眼中にないのか、俺にたいして全くの無反応だ。

 隣の男は肉を皿からロースターの網へ移し肉を裏返している。

 そのあいまに少し遠慮がちに焦げそうな肉を選んでとっている完璧な気遣いをしつつちゃんと食べて気を遣わせないたぢわりをしていた。

 霜田はばか笑いしながらジョッキに注がれたビールを飲みほしている。

 この場にどうしても馴染めないのは代田だけだった。

 いや、馴染もうとしてないの間違いか。


 「霜田。ちょっといいか?」


 酔っ払った上司連れてエンドトリガーとその連れに話が聞こえないよう少しはなれた入り口へ向かう。


 「どうした?やけに積極的だな。まさかお前!年上が!」


 「違う。」


 十は離れている上司が未だ独身の理由がわかった気がする。

 仕事じゃなくこの酒癖とあるようでない常識だ。


 「なんでエンドトリガーがいるんだ?」


 「仕事仲間だ。アイツらは依頼は完璧にこなしたぞ。」


 「俺は殺されかけたんだぞ?」


 すると霜田はケタケタと腹を抱えて笑った。


 「いつも道理じゃないか!」


 「笑い後とじゃない。」


 自分のミスで部下が死にかけたと言うのにこの上司は責任一つ感じること無く笑っている。

 確かにこの仕事は命がけだ。

 だが、それが無駄に命をかける理由にはならない。


 「安心しろ。エンドトリガーがお前を殺ろうとしたならお前はとっくに死んでる。こんな早く退院できたのもわざと狙いを外した証拠だ。」


 「だが、もしものことがあれば!」


 「大丈夫だ。なんとかなっただろ?私を信じろ!」


 霜田は背を向け席へ戻っていく。

 酔いのせいか少しふらついてはいる。

 

 俺は全部わかっていた。だからこそこんな賭けに出るような方法を選ぶなと霜田を攻めたんだ。

 本当は俺一人に任せられる任務じゃない事は霜田はわかっていたのだろう。

 「マフィアから少女を立った一人で守れ。」そう命令した霜田は他の部下がいなくなったあと「すまない。」と言った。

 責任感じていたからこそエンドトリガーに依頼してすべてを終わらせるように仕向けた。

 退院するまでの間、後始末で忙しいのにも関わらず、欠かさず能天気な笑顔を見せに来ていたのも怪我をさせた罪滅ぼしのつもりだったのだろう。

ふらついてはこけそうになっている酔っぱらいの背中は何故か大きく見えた。


 □


 地上から遥か上空を飛ぶ旅客機に乗客に紛れた赤髪でサングラスをかけた女と白髪交じりの髪をオールバックにして右目を眼帯で覆った筋肉質な体をした老人の姿があった。

 二人は黒いスーツに身を包み通路側に老人、窓際に女で間に座る幼女を守るように左右に座っている。

 

 

 「杉松さん!おきてください!仕事中ですよ!」


 「うるせぇーなぁ~そう慌てんでも依頼人は逃げねぇーよ。凛根。」


 常に気をはっている凛根は、サングラスのスモークで、目元が見えないのを利用し、常に周囲を警戒している。

 対し、老人はスヤスヤと眠るクライアントの少女と一緒に眠りについていた。

 まるで孫と祖父だ。


 「いい加減にしないと給料減らされますよ。」


 一応この老人、杉松は先輩にあたる人物なのだがそれでも仕事中に居眠りを堂々とする姿には感心しない。

 むしろ殴り起こしたくなるほどイラついていた。

 

 「そうカッカッするな。せっかくの美人が台無しだぞ。」


 あくびをしながら軽口を叩いてくる。

 職場が職場ならセクハラで訴えてるところだ。


 「それに獲物は連れたぜ。」


 黒いフードを目元まで被った一人の男が立ち上がり杉松の横を通りかかった。

次の瞬間、男はベルトの金具部分に隠していた小型のナイフをてにとり杉松に向かって差し掛かった。


 「なっ!?」


 「まぬけが。」


 しかし、杉松は座ったまま片手で男の手首をつかみナイフを止めてしまった。

 振りほどこうとしているが、杉松の手は微動だりしない。

思わず舌打ちをしてしまったがきにせず手錠を取り出す。


 「一時的に身柄を拘束する。」


 「おい!なんで今舌打ちしたんだよ?悲しいじゃねぇーか!」


 しかし、男の反抗は続く。

 手錠をかけようとした時男は懐から箱を取り出した。

 黒く、何かタイマーのようなものが数字を表示しており、数本コードが飛び出ている。


 「爆弾だ!解放してそのガキをわたせ!」

 

 逃げ場のない機内で、爆弾と言う単語が不審者のくちから聞こえたせいで乗客はパニックになった。

 悲鳴を上げるものもいれば不安から泣くものまでいる。

 しかし、凛根と杉松は冷静だった。


 「はったりです。」

 

 「そんなわけ!」


 「その小さなナイフならまだ見つかりにくく、法律的にも没収するのはきびしい。でも、爆発物。それもそんな大きさのものを持ち込ませるほど空港の機材とスタッフは無能じゃない。」


 「だそうだ。なんか言い分はあるか?」


 「ッ!」


 「ないなら終わらせる。」


 杉松はその場に立ち上がり男の胸ぐらをつかんで地面に叩きつけた。


 「実戦経験のあるもと軍人をそんながらくたで脅せると思ったその度胸は褒めてやる。」


 きを失った男を拘束し、ひとまずトイレに収容した。

 一仕事終えたところで席に戻る。


 「お嬢さんは無事か?」


 幼女は目をこすり、あくびをしてから答えた。


 「うん。」


 あれだけのことがこんな間近でおきていたと言うのに爆睡していたこの幼女もある意味大物だ。


 「そうか!よく泣かなかったな!偉いぞ!」


 幼女の頭を撫でながら優しい笑みを少女に向ける杉松にたいし、幼女も笑みを浮かべていた。

 そんな命をとられかけた後とは思えない微笑ましい光景を見て私にもこんな時期があったなと過去を思い出した。


 「どうした?お前も撫でてほしいのか?」


 「冗談きついです。そんなことよりきを引き締めてください。」


 これから着陸する国には裏社会が盛んだと聞いている。

 特に「エンドトリガー」と言う殺し屋には会わないことを願うばかりだ。


 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度書いてみたかったダークヒーロー物。

続編も考えていますが、いつ書き終わるかわからないため、まぁぼちぼち書いて出そうと思います。

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