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4.『無頓着な女』


 ここ一ヶ月は、ほとんど家から出なかった。

 別に体調が悪いとか、精神的な疲れがどうとか、そういうのではない。

 ただ、私は基本的に気分屋だし、好んで外に出るタイプでもない……というだけ。


 だから、このレストランに足を運ぶのも一ヶ月ぶり――なのだが。


「お久しぶりですね。座っても?」


「……私はあなたのことが怖くなってきましたよ」


 当たり前のようにロルフが現れた。

 もちろん、私が今日ここに来ることなんて、誰にも伝えていない。

 まさかとは思うが、この人は本当に毎日ここで張り込んでるのだろうか。


 そこまでする魅力が私にあるとも思えないから、疑惑が確信に変わることはないだろうけど。


「おや、今日のお召し物はいつにも増して素敵ですね。よく似合っておいでですよ」


「……柄じゃないですけどね」


 なんとなく――そう、なんとなくだが。

 今日家を出る時、『お洒落』という言葉をかなぐり捨てたようにボロボロの服装が目に入って、悩んだ末に私が持っている服の中で一番マシなものに着替えたのだ。


 いつも、どこに出かけるにしたって着ていた服が、なぜ今になって突然気になりだしたのかはわからない。

 だけど、いてもたってもいられなくなった。


「一番マシな服がこれって、本当に私の無頓着さには自分で驚かされましたけど」


「いえ、とてもよくお似合いです。可憐、ですよ」


「……なんだか、恥ずかしいです」


 改めて服装について言及されると、妙に羞恥心を煽られる。

 やっぱり、私にお洒落は似合わないのではないかと思ってしまうのだが、少なくともこの人にとっては悪いものでもなかったようだ。一安心。


「それで、この一ヶ月は何をされてたんですか?」


「それがですね――」



 実に、一年ぶりである。

 なにがって、髪を切るのがだ。


 町には、理髪店というものがある。

 お金を払って、髪を切ってもらうのだ。


 それくらい自分でやれよと言われそうではあるが、これがまた腕利きで、自分でやるより遥かに綺麗に仕上げてくれるのだ。


 幸いお金は余るほどあるので、この暮らしを始めてからは理髪店に通うようにしていたのだが、段々それも面倒になって足が遠のいていた。


 そんなこんなで一年。ボサボサに伸びきった髪は、実にみすぼらしく見えるものだ。

 なぜ今の今まで気にならなかったのか不思議なくらいに。


 それに気付いてしまえば、髪を切りたいという衝動を抑えることは困難だった。


「お邪魔します」


「あら、ディアナさん。随分久しぶりですねー。どうぞどうぞ、おかけになって」


 促されるまま腰掛けると、改めて自分の髪のボサボサ具合が目に入る。

 というか、毛量がすごい。

 冬は暖かくていいが、夏になれば蒸れて大変なことになりそうだ。うなじが大洪水になる前に切りに来てよかった。


「どんな感じに切りましょーか?」


「うーん、お任せします。とにかく、みすぼらしくない感じで……」


「じゃあ、スッキリさせちゃいますねー。それにしてもディアナさん、本当に綺麗な髪ですね……食べちゃいたいくらい」


「食べないでください」


 手際よく、私の髪が軽くなっていく。

 相変わらず素晴らしい腕だ。

 まだ途中だが、既に私の芋臭さは消えかけていると言っていいだろう。


「それにしても、かなり伸ばしましたねー」


「そうですね……切る理由もなくて」


「ははん、じゃあ急に切りたくなったのは……好きな人でもできましたか?」


「―― え、いや、別にそんなこと」


 ない。

 たしかに最近は、前よりも人の目が気になるようになったし、なんとなくあの人のことを考える時間も増えたし、変化はあった。


 だけど、別に好きってわけじゃあ……ない。


「……え、本当に!? 誰ですか!? うちのディアナさんを誑かすのはどこの誰なんですかっ!?」


 のだが、どうも違った捉え方をされたらしい。


「ここのディアナさんになったつもりはありませんから! っていうか、違うってば!」


「そんなこと言ったって、私にはわかりますよ……はーあ、ついにディアナさんにも好きな人が……」


「違うのに……」


「仕方ありませんね……私も応援します! ディアナさん、きっと叶えてくださいね、その恋!」


「違うのに!!」


 否定すればするほど、あの人の顔が脳裏に色濃く浮かんでくるのを、気付かないふりすることはさすがにできなかった。


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