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056 神の問いかけ



 時は少し遡り、まだラズとマルガリータの決着がついていなかった頃。

 アリソンはついに対面した旧神ポラリスと向き合っていた。


『さて、それで? キミは何求めてやって来たのかな、アリソン』


 名前を呼ばれ、アリソンは驚いたようにポラリスを──視覚的には人の形を取った光でしかない存在を見つめる。


「どうして私の名前を⋯⋯」

『ボクは何でも知っているよ。まあ、この地に限られたことではあるけどね』


 例えば、とポラリスは歌うように言う。


『キミの顔は、キミのオバアチャン⋯⋯と言うんだったかな? 彼女が初めてここに来た時とそっくりだよ』

「おばあちゃんを知っているんですか!?」

『うん。いつだったかな、彼女が足を滑らせて怪我をしてしまってね。その時に少し言葉を交わしたんだ』


 本当はいけないんだけどね、と続けたポラリスは苦笑しているようにアリソンは感じた。


「⋯⋯そういえば、この山にある薬草のことを教えてくれたのもおばあちゃんでした。もしかしてそれもあなたが?」

『そうだね。ああ、キミもつい最近、薬草を採取しに来たね? 今代の女神の欠陥品を助けるために』


 薬草を採取することと、「欠陥品」という言葉が一瞬繋がらなかった。数秒かけてポラリスの指し示す意味を理解したアリソンは、頭にカッと血が上り拳を握る。

 アリソンが親の言いつけを破って裏山の薬草を求めたのは、直近ではただの一度。イグニスの怪我を治すためだ。


「欠陥品って⋯⋯! イグニスさんはそんなんじゃ、」

『ああ、ごめんごめん、傷つけるつもりはなかったんだ。だけどね、キミたちが⋯⋯ええと、魔人だったかな? そう呼んでいるアレは、ベガに言わせれば欠陥品、いや、失敗作なんだよ』

「失敗作って⋯⋯どうしてそんな」


 アリソンも、エリザベスの記憶を見せられた時から疑問には感じていた。女神が魔人を排除しようとしている、とはエリザベスの記憶の中にいた彼女の師の言であるが、何故そのようなことをするのか。この世界が女神の作り出したものであるのならば、この世の生きとし生けるものは全て女神の子であるようなものなのに。

 戸惑いを浮かべたアリソンに、ポラリスは『その呼び方は無いとは思うけど、ボクは分からなくもないさ』と前置きして言う。


『だって、強すぎるからね。パワーバランスが悪い』

「パワー⋯⋯バランス?」

『うん。食物連鎖は知ってるかな?』


 ポラリスの問いに、アリソンは頷く。


「草を羊が食べて、その羊を狼が食べるようなこと⋯⋯ですよね?」

『そうだね。食物連鎖はピッタリ噛み合うように設計されているんだけど、それと同じように、世界のパワーバランスというものもあるんだ。一つの種族が栄えすぎないように、ってね。まあキミたち人間は少し多いけど、それはこの大陸に限ったことだから世界規模で見れば問題ないのさ』

「たいり⋯⋯え?」

『ごめんね、脱線しちゃうからその話は追々しよう。魔人に話を戻すと⋯⋯なんというかね、身も蓋もない言い方をすると、魔人は強すぎたんだよ』


 特に再生能力はやり過ぎだったね、とポラリスが顔を顰めた──ようにアリソンは感じた。光の塊に顔を顰めるも何もないのだが。


『⋯⋯ベガは初めはね、ボクが作ったのよりも優れた人間を作ろうとしたのさ。新人類とでも言えば良いのかな? 今のキミたちがどれだけ理解しているかは分からないけれど、まあ、それで強くしすぎて、世界の均衡が崩れてしまうことに気づいたのさ。それで次に生まれたのがキミたち。要は改良版だね』

「改良版、なんですか? 私たちが?」

『そうさ。不思議に思うだろうね、キミたちにとっては魔人の方が強いのに自分たちが改良版だなんて。でもまあ、その理由はさっき言った通りさ』


 だから、とポラリスは続ける。


『だから、ベガは躍起になって魔人という唯一の汚点を排除しようとしているのさ。キミたちの手を借りてね』

「でも⋯⋯でも、じゃあ、どうして勇者を作ったんですか? だって勇者も、魔人なんでしょう?」

『うん? それは簡単だよ。元々勇者は世界の危機に対応して生まれる存在だからね、そのぐらいは強くなきゃいけなかったんだよ。特に、魔人を滅ぼすには魔人ぐらい強くなきゃいけないだろう? ああ、キミも大分魔人に近づいてきているね? 気をつけないとその可愛い剣が使えなくなるよ』


 ──そこまで知っているのか、と目を見張ったアリソンに、ポラリスはほくそ笑んだ、ような気がした。

 ポラリスの言う通りだった。魔人の再生能力を断ち切ってしまう勇者の剣フォルティスがその実魔人にしか扱えぬように、アリソンの持つフランベルジュも人間にしか扱えない。アリソンの身体が完全に魔人へと変質してしまったら、振るうこともできなくなるのだろう。


『ベガは上手いことやってると思うよ、大体はね。ただ、焦れているのかな。最近は少し、うん、素直に褒められないことをしている』


 まるで友人や同僚を庇うような言い方を神がしていることになんだかおかしくなるが、ポラリスにとっては事実そのようなものなのかもしれなかった。どちらも神なのだから。


『おっと、話が長くなってしまってごめんね、久しぶりで楽しくてつい。人と喋るというのは時間を忘れるね。でも、キミにはボクのような時間はないから付き合わせてはいけないね。さあ、キミの願いを言ってくれ』


 ポラリスは、まるで全てを受け入れようとでも言うように両手を広げて見せる。

 そんな旧神の姿を真っ直ぐに見据え、アリソンは息を吸って口を開く。


「旧神ポラリス。どうか、勇者を倒し、この世界に平和を取り戻すため、私に力を貸してください」

『それがキミの願いなのかい? 本当に?』

「だって、死人を生き返らせることはできないでしょう? だったら、私が願えることはもうこれしかありません」


 アリソンが取り戻したかったものは、全てあの日の炎の中に消えた。欲しかったもの、守りたかったもの、その全てが既に取り返しがつかない過去にある。

 ならばせめて、もう誰も勇者に奪われずに済むように。

 ドルフ村の名誉を回復するために。

 そして何より、家族を殺したあの男の心臓を止め、首を落とすために。


「私の欲しいものは、あなたです。あなたの力が欲しい」

『ふむ⋯⋯』


 光で出来た人影は手を顎の辺りに当てて、少し考え込んだ後に言う。


『なるほど。結論から言うと、それは可能だ。さっきも少し触れたから察しているかもしれないけど⋯⋯この世界の雛形はボクが作ったんだ。ボクが作り、やがて滅びてしまった星を、今代の神が引き継いだ。1から作るよりはマシだからね』

「は、はい⋯⋯長から聞きました。旧世界が一度滅びて、神が代替わりして、世界を作り直したって⋯⋯」

『そういうこと。ボクは本来、そのままこの世界には何の干渉もできない空気みたいな存在になって、いずれ朽ち果てるのを待つだけの身だったんだけど、ベガの厚意でこの地をもらったんだ。ここは最初にボクが作った地だから』


 ふわりと浮いたまま少し移動した光は、まるで山の頂から村を見下ろしているようだった。

 ポラリスが見ているのは、かつて村人たちで賑わっていたのどかな村の風景なのか、はたまたかつてポラリスがここから世界を始めた時の光景なのか。そんなことを思いながら、アリソンはポラリスの見ている方向を見ようとするが、アリソンには深い霧と森しか見えなかった。

 緩やかにアリソンに向き直ったポラリスは、殊更に穏やかな声で続ける。


『ここは始まりの地──かつて世界が始まった場所なんだよ。だからここらはボクの加護で魔物が入ってこれないし、ベガも手出しを禁じていた。まあ、手負いの魔人がここに逃げ込んだのは想定外だったし、それを追ってきた勇者も防げなかったけどね。⋯⋯とにかくそんなわけだから、ボクの加護がある地で生まれたキミには、その影響で少しだけボクの被造物の欠片が他の人間よりも多い。だから、キミにボクの力を分け与えることは可能だ。そうすることで、キミは今代の女神の理と因果を超えて、勇者を殺せる』

「じゃあ⋯⋯」

『だけどね、それと同時にこの村にかかっている加護はやがて消える。ボクの力が完全に無くなれば、ここは魔物に襲われる普通の村と変わらない場所になる』


 それに、とポラリスは付け足す。


『それは今代の女神に喧嘩を売るってことだよ。それはキミとキミに与するものだけではなく、キミに力を与えたボクもだ』

「⋯⋯」

『誤解しないで欲しいんだけど、ベガと対立したくないとかそういうことじゃないよ。そういう感情はボクらにはない。ボクらは基本的に、自分が生み出したものを慈しみ、見守り、世界の均衡を美しく保つための存在だからね。ボクが言いたいのは、負けは許されないんだよってことさ。女神の怒りに触れたらどんな目に遭うか⋯⋯きっとキミには想像もつかない』


 それでも抗うのかい、と光は問う。

 少しの間を置いて、アリソンは静かに頷いてみせた。


「それでも、私は勇者を殺します」

『キミが本当に欲しいものはもう取り戻せないのに?』

「これ以上好きにはさせたくありません。勇者にも、そして女神にも」

『⋯⋯なるほどね。なら、最後の質問だ。キミは勇者を倒すことの意味を理解しているね? 勇者とは女神が生み出した世界の危機に対応するための防衛機構だ。キミが因果を断ち切り、勇者を殺せば、恐らくもう勇者は二度と生まれない。その剣を女神にまで届かせようとするのなら──神の加護を失ったこの世界はいずれ滅びる。キミの代ではないかもしれないけれど、いつかは滅びる。それでいいのかい?』


 ポラリスの言葉に、アリソンは迷うことなく「はい」と答える。

 それを受けて、ポラリスはなんだかおかしそうに笑って、ふわふわと輪郭を描く光を波間のように揺らす。

 

『⋯⋯キミって面白いねえ。勇者にこれ以上奪わせない、って言葉はまるで世界を守ろうとしているみたいなのに、本当は誰よりもこの世界に未練がないんだねえ』


 責めてるわけじゃないよ、と付け足したポラリスにアリソンは苦笑する。別に気にしなくても構わないのに。


「私は、ただ家族といたかった。この村でずっとずっと、それまでみたいに生きていたかった。それだけなんです」

『だからそれが無くなった世界が将来どうなろうが構わないって?』

「世界を滅ぼしたいとは思いません。でも、将来滅んでも構わないと思います」

『⋯⋯キミはもう興味がないんだね、未来に。いいのかい、本当に。キミがここに連れてきたあの子⋯⋯なんて言ったかな。えーと、ア──』

「ラズのことですか?」

『あ、そうそう。キミがそう呼んでいる子。あの子と長生きしたいとは、未来を見たいとは思わない?』


 不思議なことを聞くな、とアリソンは首を傾げる。

 長生きも未来も、そんなもの。


「ラズも望んでないですよ、きっと」


 本当のところは彼女に聞かなければならないだろうが、けれど、この答えは間違っていないだろうとアリソンは思った。だって私たちは似たもの同士だから。どちらも求めるものは全て過去にしかなく、互いの存在に慰めを得られはしても、それらが過去の大切なものたちに取って代わることはあり得ない。


『やれやれ⋯⋯方や世界を滅ぼし新世界を作ろうとする勇者で、もう片方は世界が緩やかに滅んでいくことを許容するキミ。どちらも真の意味で世界を救おうとはしていないのに、世界の命運はキミたちに委ねられている。世界にとっては悲劇だね』

「⋯⋯」

『まあ、ボクは構わないよ。創造主は被造物を愛するものだ。それになんと言っても、結局のところ今の世界はベガのものであってボクの世界ではないからね、高みの見物ができるというわけさ。いいよ? キミの願いを叶えてあげよう。ボクの力を貸してあげる。人が女神に一矢報いるところを見せて、そう、楽しませておくれ』


 光の腕が額に翳される。これでもう後戻りはできない、なんて一瞬思って、アリソンは口角を歪める。

 何を馬鹿なことを。今までなら後戻りできたとでも言うのだろうか。戻る場所なんて、もうとっくに、この世界のどこにもなかったのに。



◇◆◇



 ポラリスと別れて歩き出すと、辿り着くまで散々迷っていたのが嘘かのようにあっさりと村まで戻れてしまった。

 地面を踏み締めたアリソンは見えてきたラズの背中に声をかけようとして、息を呑む。


「ど、どうしたんですか、それ!?」


 アリソンの素っ頓狂な声に振り向いたラズは、両手が土で汚れ、頬にもいくらか泥がついている。


「おかえり、アリソン。旧神とは無事に会えたかしら?」

「は、はい⋯⋯会えましたけど、あの、それは一体⋯⋯」

「ちょうど良かったわ。これ、ここに埋めてもいい? それとも、あなたの故郷に敵の死体は埋めたくない? 掘り出してからあなたの意見を聞き忘れていたことに気づいたのよね、勝手なことして悪かったわ」

「いや、えっ!? 埋め⋯⋯ええ!?」


 ラズの言葉に、アリソンは目を白黒させる。

 よく見ればラズの前には確かに、掘り掛けの穴と、それから倒れ伏した赤い巻き毛の女性がいた。この上なく幸福そうな、恍惚とした表情のまま息絶えている彼女は──


「マルガリータよ。マルガリータ・トビアス」


 答えを口にしたラズに、アリソンはそういえばそんな名前だったか、と納得する。エリザベスに見せられた勇者一行の中にいたことは覚えているが、面識のない彼女にはどうにも感情が湧きにくい。もちろん、憎い男の味方だと言うことは変わらないのだが。


「ええと⋯⋯じゃあ、ラズが倒してくれたんですか?」

「そうなるかしらね、だいぶ手こずったけど。⋯⋯で? どうする?」


 ラズの青い瞳に見つめられ、アリソンは「うーん」と少し唸った後、「埋めましょう」と言った。


「ちょうどここ、教会の墓地だったところと近いですし。野ざらしにするのもちょっとあれですから」

「⋯⋯そう」


 そうしてアリソンもラズと共に穴を掘り進めようとしたその時、ふいに村の入り口の方から人の気配を感じ、二人は顔を見合わせる。

 アリソンが腰の剣に手を伸ばすのと、人影が手を振ってくるのは同時だった。


「アリソンさん! ラズさん!」


 呼びかけてくる声と姿に、アリソンは目を見張る。


「ヒナコ? ⋯⋯と、ルーク君? どうしてここに?」


 聖都で出会い、一度は敵対しながらも最終的には共闘した二人。聖都が防壁魔術で守られ無事だと言うことは知っていたものの、どうして彼らがここにいるのか分からず、アリソンは助けを求めてラズを見やるが、彼女も皆目見当つかない様子で見返してくる。

 白いローブを着たヒナコは、最後に会った時よりも少しばかり髪が伸びたように見える。ルークは以前とは違って真新しい服を身につけているほか、背が伸びたようだ。


「わたし、早くお伝えしなければと思って⋯⋯! ああでも、間に合わなかったんですね⋯⋯」


 再会の握手を交わしながら、ヒナコはそう言ってマルガリータを一瞥して目を伏せる。


「間に合わなかったって⋯⋯どういうことですか?」

「⋯⋯天啓を受けたんです。女神様がマルガリータさんをこの地に送ると。そこでマルガリータさんが亡くなることで、全ての仲間を失った勇者レインナートは、真の勇者としての力を覚醒するのだと⋯⋯」


 ──真の勇者?

 戸惑うアリソンたちの頭上で、飛行するワイバーンが咆哮を上げる。それは酷く耳障りで、けれど悲嘆に満ちた慟哭のようにも聞こえた。



最後まで読んで下さり、ありがとうございます。


次回更新日:6/2予定 → 6/16予定 に延期いたします。

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