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053 箱の底に残ったもの




 アリソンが目を開くと、そこは見知らぬ草原の中だった。

 額に照り付ける光は眩しく、それだけでもう、ここが魔界でないことが分かる。あたりを見渡すと、遠くの方に林と小川、そして隣にはラズの姿があった。


「ラズ、ラズ! 起きてください!」

「ん⋯⋯、っアリソン!?」


 身を起こした彼女は、アリソンを目に映すと少しほっとしたように息をつく。


「良かった、あなたは無事だったのね」

「ラズも無事で良かったです。でも、これからどうしましょう? ここは一体どこなんでしょう、それにベティさんは⋯⋯」


 矢継ぎ早に困惑を口にしたアリソンに、ラズは少し考えるような素振りをした後、答える。


「悪い知らせと、悪い知らせがあるわ。どっちから聞きたい?」

「ど、どっちも悪い知らせじゃないですかぁ!」

「そうね。じゃあまず一つ目からだけど、エリザベスについては諦めなさい」

「諦め⋯⋯えっ?」

「彼女はもう生きてないでしょうね」


 しん、と静まり返った空気の中、アリソンは「どうして」と震える口で紡ぐのが精一杯だった。


「魔界の門を完全に閉じる方法は、あるにはあるわ。でも、それは命を犠牲にするの。⋯⋯昔、イグニスたちが話していたのを聞いたことがあったけれど、まさか彼女がそうするなんてね⋯⋯」


 ラズの説明に、アリソンは俯く。

 魔界を守るために、そしてアリソンとラズを人間界へ無事に戻すために命を落としたのだと思うと、胸が苦しくなる。


「こう言ったら悪いけれど、あたしはエリザベスってもっと貪欲で、得体の知れない何かだと思っていたのよね」

「⋯⋯それは、ちょっと分かります」


 少し苦笑いを浮かべながらアリソンは同意し、二人は黙って互いを見つめる。脳裏に過ったのはきっと、同じ人の姿だ。

 しばらく沈黙が流れた後、切り替えるようにラズが咳払いして続ける。


「それから、二つ目だけど。ここがどこかなんて、あたしには分からない。そしてアンタにも分からないってことは、完全な迷子ってことよ」

「⋯⋯えっ。⋯⋯ええっ!?」

「忘れたの? 魔界の門から人間界に繋げる時は、どこに繋がるか選べないのよ。選べるのは満月の時だけ。そして⋯⋯」

「⋯⋯満月ではなかった、ということですよね」

「その通りよ」


 ただ、とラズは付け足す。


「幸いなこともある。それはあたし達に目指すべき場所、ドルフ村があるってこと」

「あっ⋯⋯えっ、でもドルフ村は⋯⋯」


 言い淀んだアリソンに、「ええ」とラズは頷いてみせる。

 憂鬱げに伏せられた睫毛がこんな時だというのにひどく美しい。

 

「そう、ドルフ村は地図にもない場所。どこにあるか誰も知らないわ」

「⋯⋯つまり、私達はまず自分がどこにいるか、そしてドルフ村が一体全体どこにあるのかを見つけなくちゃいけない、ということですか!?」

「そうね」


 もう全てが悪い知らせしかない、状況はとことん暗い。だというのに、ラズは澄ました顔をしている。がっくりと項垂れたアリソンは、そんなラズを見上げて情けない声で問う。


「⋯⋯どうしてそんなに落ち着いていられるんですか?」

「慌てたって仕方ないじゃない。それに、とりあえずアンタが無事だったもの。それが分かれば十分よ」


 今、さらりととんでもないことを言われたような。

 呆けた顔を晒したアリソンに構うことなく、ラズは「とりあえず人里を探しましょ」と歩き出す。その背を小走りで追っていると、ふいに一陣の風が吹き抜けていく。

 ただの風なのに、どうしてか少し寂しかった。



◇◆◇



 黄昏時。

 林の中を歩いていたアリソン達は、切り株に座り、休息をとっていた。

 林の木は規則的に切られた跡があるため、少なくとも近くに住んでいる人間がいることは確実だ。ただ、それがどこなのか未だ分からないだけで。

 そもそも、人里があったとしても、勇者に襲われて全滅している可能性もある。


「そうだとしても、なんとか地名が分かれば一歩前進するわ」

「まあ、そうですね⋯⋯」


 ラズと膝を突き合わせて、そんな呑気な会話をしていると、ふいに空気を切り裂くような咆哮が轟いた。獣ではない、恐らくは魔物だ。それもかなり強力な。

 顔を見合わせた二人は、無言でそれぞれの武器を手に取り、気配を殺しながら音のした方へ急ぐ。


 そこで目にしたのは、勇者が従えていたワイバーンと、そしてそのワイバーンに向けて斧を向けながら腰を抜かしている初老の男の姿だった。男は木こりなのか、近くには薪が散らばっている。

 エリザベスの説明では、今の状態ではワイバーンを完全に倒すことはできないということだった。それでも、今この場で襲われている男を助けることはできる。

 男がこちらに気づくのと、ワイバーンが首を向けてくるのは同時だった。戦闘体制をとり、目を合わせる。


「アリソン!」

「分かってます!」


 軽い身のこなしでワイバーンの攻撃を掻い潜るラズに頷き、アリソンはフランベルジュを高く掲げる。剣のまとう炎から竜が練り上げられ、炎の竜とワイバーンと互いの吐き出した炎がぶつかり合い混ざり合い、炎の中に飲み込まれていく。そのままワイバーンを飲み込んだ炎は少しの火の粉だけを散らして消える。

 その光景を前に、アリソンは良かった、と安堵を覚えていた。炎が燃え広がり、林を巻き込んでしまったら付近の住民に申し訳ない。

 煙が晴れると、襲われていた男性を自らの防壁魔術の中に引き込んでいたラズが、アリソンに向けて親指を立てる。上手く行ったわね、とその唇が音もなく動くのを捉え、アリソンも親指を立てて返す。

 剣を鞘に仕舞いながら近づくと、ラズが防壁魔術を解くところだった。腰を抜かした男はまだ立てないようで、呆然とした顔でアリソンとラズを見つめている。


「大丈夫ですか? 怪我はないですか?」

「あ、ああ。助かったよ、ありが⋯⋯」


 手を差し出したアリソンに、お礼を言いかけた男はふいに目を見開く。


「お前、まさかドルフ村のアリソンか?」


 驚愕、そしてわずかに警戒の入り混じった声色に、アリソンも目を見張る。

 まじまじと男を見つめ、幼い頃の記憶を手繰り寄せようやく「あっ」と声を洩らしたアリソンに、ラズが「知り合い?」と一瞥と共に問う。それに頷きながら、アリソンは説明する。


「はい。昔、同じ村に住んでいたサージさんです。織物に使う糸を作っていたんですけど⋯⋯」

「それじゃ生活できなくなって、村を出て他の仕事を探しに行ったってわけだ。今はこの近くの村で商売をやってるんだ。今日は薪を切りに来たんだけど、あいつに見つかって⋯⋯死ぬかと思ったよ」

「そうだったんですね、元気そうでよかった⋯⋯」


 彼とは別段親しかったわけではないが、それでもかつて同じ村で共に暮らしていた人間だ。幼いアリソンの頭を撫でてくれたこともある。そんな彼が無事に今日まで生き延びているのは、喜ばしいことだ。

 ホッとしながらサージを立たせたアリソンに、彼はどこか気まずげな顔をする。


「それにしても、あのアリソンがこんな⋯⋯剣なんて振り回すようになってるなんてな。そういうのはもう一人の⋯⋯ジョアンちゃんだったかな? あの子の役目だとばかり思ってたんだが。あの子も元気なのか?」

「ジョアンは、王都で騎士になったんですよ。この前、会いました」

「そうか⋯⋯元気でやってて良かった」


 本当は、元気でやっているとは言い難かったけれど。

 最後に会った時、ジョアンはレインナートに魅了(チャーム)で心をぐちゃぐちゃにされた状態だった上、父であるトマスを結果的に自ら手にかけて。もうあの眩しい笑顔は見れないだろう。

 だが、そんなことはこの場で言っても仕方のないことだった。飲み込むしかない。たとえ喉にどれだけ小骨が突き刺さろうとも。


「良かったら、あたし達もその村に連れて行ってもらえないかしら? 実は、道に迷っていたところなの」


 会話がひと段落したのを見てとったラズがそう言うと、サージは「もちろんだ」と答える。


「ええと、君は⋯⋯」

「あたしはラズ。アリソンの友人よ」

「そうか。村の外に友人ができたんだな、良かったな、アリソン」


 まるで親のようなサージの言葉に、アリソンは一瞬虚をつかれ、それから目を伏せて礼を言った。




 サージの暮らしている村は、ドルフ村に比べれば「町」と言って差し支えが無さそうだった。活気はあまり無かったが、勇者が世界を混乱に陥れいている最中にしては十分な豊かさがある。整えられた道や花壇は、人々が普段の生活を維持しようとしている努力がうかがえた。


「ここには、元は魔術の学校だかなんだかに勤めていたっていう爺さんがいてさ。その人がかけた結界のおかげで、魔物やワイバーンが入って来れないんだ」


 そう説明しながら、サージはアリソン達を自宅に招待してくれた。

 彼の年若い妻や幼い息子達と挨拶を交わし、夕食をご馳走になって妻や子供達が寝静まった後、サージはアリソン達をリビングに呼び寄せる。

 

「それで、何か聞きたいことがあるんだろう?」


 何かを察しているらしい彼に、アリソンとラズは目を見合わせる。信用できるか、できないか。中ぐらい、とアリソンは唇の動きで伝える。

 少し信頼できる。でも、あまり多くは伝えない方がいい。巻き込まないためにも、その方が良いだろう。


「さっきも言ったけれど、あたし達、道に迷っているの。だから地図を見せてもらいたいんだけれど、いいかしら」

「ああ、いいさ。でもどこに行きたいんだい?」

「ドルフ村です」

「ドルフ村よ」


 異口同音に答えたアリソンとラズに、地図を棚に取りに行ったサージの手がビクリと震えるのをアリソンは見逃さなかった。隣にいるラズも同様だろう。部屋の中を静かな緊張感が漂い始める。


「ドルフ村に行きたいって? けど、こう言っちゃなんだがあの村は⋯⋯その⋯⋯」

「⋯⋯どうしても、行かなくてはならない理由があるんです。それに、どんな姿になってもあそこは私の故郷ですから」

「そうか⋯⋯そうだよな。アリソンは村のことが大好きだったからな⋯⋯」


 地図を手に戻ったサージは、納得したように言う。


「俺は、あの村が好きじゃなかったよ。牧歌的と言えば聞こえはいいが、外の世界を知らずに閉鎖的に生きていて⋯⋯息が詰まった。でも、お前にとってはそうじゃなかったんだもんな」


 サージの目には自分と異なるものに向ける憧憬が浮かんでいる。

 どう言葉を返せば良いか分からず、口を開いては閉じたアリソンに、彼は子供を見るような微笑ましい顔で首を振った。


「いいよ、だいたい地図のどの辺りにあるのか分かる。村を出た奴なら大体は分かるんだ。この赤い印がこの村で、ドルフ村は⋯⋯ここだ」

「ここが? でも、これは⋯⋯」


 サージの指差した区域に、ラズが驚いたように声を上げた。

 その理由が分からず首を傾げたアリソンは、彼の指差した辺りに書かれている文字を目で追い、一文字一文字を読み上げる。


「た⋯⋯ち、い⋯⋯り? 立ち入り⋯⋯き、んし⋯⋯? え? 立ち入り、禁止⋯⋯区域?」

「⋯⋯そうさ。ドルフ村がなぜ地図に載らないのか、それは小さいからだけじゃない。載せられないんだ。表向きには未開拓地域ってことになってるが、その内実は立入禁止区域だ」

「なら、どうしてあなたがその内実を知ってるの?」

「これは魔術師の爺さんにもらった地図だからな。まだ堂々と立入禁止区域として指定されていた時代の代物なのさ。最近出回ってる地図には、『未開拓地域』って書いてあるよ。そのくせ誰も立ち入らないんだから、バレバレなんだけどな」


 警戒に目を細めたラズの問いに答えながら、サージは地図を撫でる。


「待って、サージさん。ドルフ村が立入禁止区域って⋯⋯どうしてですか?」

「俺も詳しいことは知らない。けど、お前達が今この時にドルフ村を目指しているのと同じ理由なんじゃないか?」


 違うか? と、存外鋭い目で見返され、アリソンは言葉を失う。

 つまり、旧神の加護が残っているから──だから立入禁止区域に指定されていると言うのだろうか。あの村が。あの小さくて、自然に囲まれた暖かな故郷が。


「行くなら、気をつけて行け。⋯⋯その様子だと急ぐんだろう? 地図はやるから、もう迷わないようにな」

「ありがとうございます、サージさん」

「ちょっと待って。どうしてそこまでしてくれるの?」


 素直に地図を受け取ったアリソンの横で、ラズが口を挟む。警戒というよりは戸惑いに満ちた声色に、サージは苦笑する。


「昔馴染みの娘とその友人の助けになりたいだけさ。それに、命を救ってくれた恩人だからね。それじゃ足りないか?」

「⋯⋯いいえ、疑って悪かったわ。ごめんなさい」

「構わないさ。このご時世だ、少しぐらい警戒するぐらいがちょうどいい。君たちに女神の加護があらんことを」

「ええ、あなたも」


「女神」と聞いて一瞬顔を強張らせたアリソンとは逆に、ラズはさらりと答えてみせる。

 礼を言って彼の家を後にするアリソンとラズに、サージは戸口まで来て見送ってくれた。手を振り返しながら、おそらくもう二度と交わることのない彼の人生が幸福なものであるようにと、アリソンは願った。



◇◆◇


 

 去っていく二人の少女の背中を見送り、サージは白い息を吐く。


「君の娘は随分強くなったよ。なぁ、ゴードン⋯⋯」


 古い友に語りかけ、サージは瞼の裏に懐かしい日々を思い起こす。

 アリソンは知らないようだが、元々彼女の父ゴードンとジョアンの父トマス、それからサージの3人は幼馴染だった。そして、彼女の母マリアはそんな幼馴染3人にとっては憧れの存在だったことも。

 風の噂でドルフ村が邪教徒の村として焼かれたことや、魔人を隠蔽していたと聞いた時、サージは愕然としながらも何もしなかった。幼馴染たちが死んだであろうこと、それも冤罪であっただろうことを察しながらも。同じ頃から王都でトマスという商人の羽振りが良くなったという噂を聞いた時も、それらの出来事を紐付けないようにしてきた。珍しい名でもないし、別人だろうと。ただ偶然、時期が重なっただけだろうと、そうやって都合の悪いことから目を逸らしてきた。


 だから、これは自分の勝手な償いなのだ。そして、もう戻れない少年時代への手向けでもある。


「こんな夜に出立されたの?」


 背後から声をかけられ振り向く。妻が少し眠そうに目を擦っている。


「ああ、先を急ぐらしいよ。君にもお礼を言っていた」

「そう⋯⋯大丈夫かしら、こんなどこもかしこも危険なのに、女の子二人で」

「彼女たちなら、きっと大丈夫さ」

「もう、あなたってば、いつも根拠もなくそう言うんだから」

「すまないね、つい⋯⋯」


 頭をかきながら苦笑し、サージは寝ている息子たちを起こさないよう、扉を静かに閉める。

 寄り添うように夜の闇に消えていったアリソンとラズの姿を思い出しながら、彼は美しい過去の思い出にそっと蓋をするのだった。



最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

これが今年最後の投稿となります。皆様どうぞ良いお年をお迎えください。

また、来年はいよいよ完結を目指して投稿していきたいと思います。次回更新までしばらく時間を頂きますが、お待ち頂けると嬉しいです。


次回更新日:2/3予定

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