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幕間 聖女はかく祈りて



『どうしても一人で行くのかい?』


 レインナートが魔界を強襲するより、少し前のこと。

 背中に向けてかけられた言葉に振り返りながら、マルガリータは薄く微笑んで彼を見つめる。


「ごめんなさいね、レイ。でも、あなたに頼ってばかりもいられないもの。私たちは仲間──そうでしょ?」


 そう言うと、レインナートは『それはそうだけど』と、あまり納得いかない顔をする。その様子に、マルガリータは苦笑する。

 分かっているのだ、こんなふんわりした理由では彼を心から納得させられないという事ぐらい。けれど、マルガリータはレインナートに本当のことを言うわけにはいかなかった。


 だって、女神の「お告げ」があったなんて、どうして彼に言えるだろう?


 彼は、女神を信じていない──というより、女神を聖書に書かれるような慈悲深く慈愛に満ちた存在だとは捉えていない。慈悲があるのならば、彼の愛しい恋人ラファエラを死なせるはずがないと思っているからだ。レインナートにとって女神とは世界を守る「機能」でしかなく、そこには慈悲も慈愛も、意思もない。

 そんな彼に、女神に啓示を与えられたなどと伝えたところで、心配をされるか、信頼を損ねるだけのことだ。ならば、墓まで持っていく方が良い。


「ねえ、レイ」

『なんだい、マルガリータ』

「私、あなたと出会えて良かったわ」


 唐突なマルガリータの言葉にレインナートは目を見張り、視線を逸らし躊躇した様子で口を開く。


『──⋯⋯マルガリータ、ごめん。俺は君の想いに、』

「いいのよ、それで」


 いいの、と彼の言葉を封じるように繰り返して、マルガリータは微笑む。


 マルガリータの気持ちに彼が言及したのはこれが初めてだ。彼はずっと知っていて知らぬふりを通してくれていたし、マルガリータもそれを知っていた。

 謝ることなどないのだ。彼が自分を性愛の対象としていないからこそ、マルガリータは安心して彼を愛せた。それは自分に欲情した男たちを殺して初めて愛する愛とは違う、マルガリータの人生において唯一人に捧げた真の愛である。


「それじゃあ行ってくるわ、レイ。武運を祈るわね」

『⋯⋯いってらっしゃい』


 少し心配そうに見つめてくる彼に手を振り、背を向けてマルガリータは己の道を行く。

 目指す先は始まりの地、ドルフ村。旧世界を作った神の力が未だ眠るというその地に行けば、我らの望みは叶うと女神は言った。

 ならば、自分は行くしかない。誰よりも愛しい、誰よりも大切な男を欺いてでも、成し遂げなければならない。


 全ては、愛する彼を完全な勇者にするために。



◇◆◇



 同じ頃。

 結界で守られた聖都、その大聖堂の中でヒナコはステンドグラスから差し込む光を見上げていた。


「ここにいたのかよ、探したぜ」

「⋯⋯ルーク」


 振り返ったヒナコは、赤い髪の少年の姿に目を細める。

 長髪を揺らしながら近づいた彼は、首を傾げてヒナコを見つめ返す。


「結界なら良い感じだぜ。あの大司教が残してくれた魔力貯蔵の技術のおかげで、向こう3年ぐらいは結界を維持できるってよ」

「そっか、ありがとう。被害を受けたひとがいなくて本当によかったです」

「ああ。けど⋯⋯聖都が安全だって聞きつけて、ここを目指してくる奴らがいるらしい。受け入れるには結界を開けなきゃいけねえが⋯⋯」

「⋯⋯そんなことをしたら、待ち構えているワイバーンが入ってきますよね」


 ルークの言いかけた言葉を引き継いで、ヒナコは息を吐く。

 少しの沈黙に、先ほど自分の身に起きた出来事が脳裏に蘇る。未だにその意味を測りかねている出来事に、ヒナコは少し躊躇しながら口を開く。


「ねえ、ルーク。もしもわたしが、女神様の言葉を聞いたって言ったら、どうします?」

「はぁ? そりゃ⋯⋯アンタの頭に治癒術をかけるぜ。こんな風に」

「ふふっ、もう。無駄遣いしちゃいけませんよ?」


 額に手をかざしてくる彼に笑いながら、ヒナコは目を伏せる。

 やっぱり、普通はそうだ。女神が存在するとされているこの世界でも、特別に信心深い人でなければ、女神の啓示なんて信じることはない。

 そもそも、あれは本当にあったことなのだろうか? 疲れからくる幻聴だったのかもしれない。


「ヒナコ」


 ふいに名前を呼ばれ、ハッとする。ルークを見ると、彼は優しい眼差しでヒナコを見つめていた。


「自分を疑うな」

「⋯⋯ルーク」

「何があったんだ? 話してみろ」


 ルークの言葉に、ヒナコは心の緊張が解けていくのを感じる。

 そうだ、彼は頭ごなしに否定するような人ではない。一緒に悩んで、考えてくれる人だ。


「実は⋯⋯女神様の声を聞いたんです」

「⋯⋯それは」

「冗談ではなくて、本当に。でも、わたしは⋯⋯その内容を実現させたくはありません」


 目を見開いたルークの手を取り、ヒナコは続ける。


「お願い、ルーク。わたしと一緒に、女神様に抗ってください」


 女神の意思に背くことがどれだけ困難なことなのか、異世界から来たヒナコには想像もつかない。それでも、立ち向かいたいと思った。


 全ては、あの恐ろしい男を完全な勇者にしないために。





最後まで読んで下さり、ありがとうございます。


次回更新日:11/25予定 → 12/30 に延期します。申し訳ございません。

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