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村娘Aが勇者を殺すまで  作者: 藤森ルウ
第5章 王都編(下)
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045 王者の選択




 慟哭を上げて泣き崩れたジョアンに、アリソンは何も言えなかった。


 だって、彼女がこんなことに巻き込まれたのは、きっとアリソンのせいだ。アリソンが勇者の仲間のドワイトを殺したから、報復として彼はジョアンを操ってアリソンを殺させようとしたのだから。

 だと言うのに、一体なんて声をかければいい? 「気持ちはわかるよ」? 確かに大切な家族を目の前で失う気持ちは誰よりも分かるが、アリソンは操られて自らの手で彼らを殺めた経験は無く、彼女の絶望は想像することしかできないのに、理解を示す言葉をかけてしまうのは軽率に思えた。

 何も言えずに口を閉ざしたアリソンにかわって、ミゲルがジョアンの肩を抱き寄せる。トマスに縋りついて静かに泣き濡れたジョアンの、その深い悲しみに寄り添う彼の姿にアリソンは目を伏せて地面を見つめた。


 少し離れたところから一連の動きを見ていたレインナートが、ぼそりと呟く。

 

「⋯⋯使い物にならないね」


 彼は温和に見える緑の目を退屈そうに伏せ、はあ、とこれみよがしにため息までついてみせる。

 感情を逆撫でする仕草にアリソンは憤りを感じて顔を上げたが、レインナートはなおも続けて言う。


「よく見たらラフィに似た部分があったから、使()()()()()()んだけどなぁ。まさか、肉親ひとり殺したぐらいで壊れてしまうなんてね。ハンフリーといい、ジョアンといい、俺の人を見る目は悪くないと思ってたのに、自信を失くしそうだよ」


 呆れたように、そして心底不思議そうに言ってのけたレインナートに、アリソンは歯を噛み締める。

 ──そうだ、この男はこういう人間なのだった。

 世界は自分の思い通りになるのが当然で、そうならないのを不思議に思う無邪気な傲慢さ。他人がどう思うかなんて想像すらしない、共感の欠如。自分に利用されることを恩恵とでも思っていて、勇者である自分は何をしてもいいとでも思っている彼は、聖者の顔で躊躇なく他人を踏み躙るのだ。


「救いようがないわね」

「救いようがないですね」


 同時に同じ言葉を口にしたアリソンとラズは、互いに顔を見合わせる。

 そして、アリソンはトマスをそっと地面に下ろすと、剣と盾代わりの木の板を構え、ラズはどこからともなく数本の短剣を取り出し、二人は揃ってジョアンとミゲルを勇者から遮るようにして立った。


「へえ、まだやる気があるんだね。少しばかり炎の魔術が扱えるからって、調子に乗るのはやめた方がいいと思うけど⋯⋯まさか、俺に跪いて許しを乞うて生き延びたことを忘れたのかい?」

「忘れるはずないでしょう。あんな⋯⋯っ」


 ──あんな屈辱は。

 家族を、村を、イグニスを殺した仇に向かって、地面に頭をこすりつけ己とラズの命を繋いだ夜の事は、どうしたって忘れようがない。

 悔しくて悔しくて、自分の無力さを恨んで憎んで、だからこそ。


「だからこそ⋯⋯あの屈辱を忘れていないからこそ、あなたと戦うんです。家族とイグニスさん、そしてジョアンを操ったあなたを、絶対に許さないって決めているから⋯⋯!」

「アリソンの言う通りよ。それにどうせアンタだって、あたし達を見逃してくれるつもりはもう無いんでしょ? だったら、ここで逃げたところで意味がないわ」

「うん、それもそうだね。君たちに情けをかけたせいでドワイトは死んだのに、ラフィに似てもいない君たちを生かしておく理由はもう無いよ。馬鹿な村娘なのによく分かったね、頭を撫でてあげようか?」


 ラズの言葉にうっそり笑ったレインナートは、片手に剣を、そしてもう片方の手に魔力を集める。

 いつでも動けるように地面を踏み締める足に力を込め、アリソンは勇者を見据えた。

 研ぎ澄まされた意識が四方八方から引っ張られるような感覚。自分の息遣いと心臓の音以外、何も聞こえなくなる。機織り機の(リード)を一気に引き寄せた時に糸が真っ直ぐ張り詰めるように、緊張が広がり、研ぎ澄まされていく。

 交わした視線の先、この世で最も憎い男の緑の目が細められ、そして──


「そこまでだ、勇者よ!」


 新たな戦闘が始まろうとしていたその場の空気を止めたのは、国王の一声だった。横目に見ると、遠く離れた背後の方で、多くの騎士たちに守られた国王夫妻とフィリップ王子が立っている。


「国王陛下⋯⋯? 何故ここに? 目くらましは⋯⋯っ、そうか、君が解除していたのか」

「まあね。アンタが人払いした場所で戦ったら、何が起きても誰も来れないもの。上手くジョアンと縁が近い人間だけを呼び寄せたつもりだったんでしょうけど、残念だったわね」

「ははっ⋯⋯やってくれたなぁ、本当に!」


 国王の到来に驚き、目を見開いたレインナートは、続けてラズを見やる。ラズの愉悦そうな微笑に笑い返しながらも、彼の目は笑っていない。


「国王の御前ですよ、何を笑っているのです!」


 王妃の叱責に、レインナートは視線をそちらに向けるが、だからといって隙が生まれたわけではない。

 今、集中しなければならない相手は国王ではなくレインナートだと判断し、アリソンは彼に対する警戒を維持する。剣なんて下ろす気はない。もちろん向こうも同じで、いつでも攻撃に転じられる状態のままだった。

 それを見咎めた国王が、声を低くする。


「双方、剣を収めよ! ⋯⋯下ろさぬのならば反逆と見なす!」


 互いに剣を向け合ったままのアリソン達は、国王の言葉にすぐには動けなかった。

 レインナートが数秒考えるような素振りを見せて剣を下ろすのを見て、アリソンは少し躊躇った後、剣を下ろす。隣にいるラズも、暗器を身体のどこかにしまったようだ。


「陛下、これは一体⋯⋯」

「そう慌てるでない、まだ幕は開いたばかりだろう。勇者よ、質問なら話の後でいくらでも答えてやろう。今は黙って、国王たる私の言葉を聞いてはくれないかね?」


 質問の体を取ってはいるものの、つまるところそれは命令だった。

 一瞬、あからさまに嫌な顔をしたレインナートも、従わないわけにはいかない。人好きのする笑顔を浮かべ直した彼が口を閉ざすと、国王は満足げに微笑む。

 次に、国王はアリソンとラズ、そしてミゲルとジョアンを見やると、こちらに来いと言うように手招きをする。ラズを見ると、彼女は黙って頷き、国王の元へと向かう。

 糸が切れたように動かなくなってしまったジョアンに手を貸そうとするも、それより早くミゲルが彼女を背負って歩き出す。だらりと力なく垂れたジョアンの手に、言葉が見つからない。感傷を振り払って、アリソンはレインナートを警戒しつつ、その後を追うようにして国王一家と、彼らを護衛する騎士の傍らに立つ。


 明確にできた線引きを前に、レインナートは常のように薄気味悪いほど柔らかな微笑を浮かべ、一部始終を見ている。強者の傲慢、あるいは勝利を確信している者の余裕。

 しかし対するアリソンは、国王の方を覗き見ることしかできない。隣にいるラズも、状況を把握しようと周囲の様子に気を配っているのが見て取れる。国王もレインナートに思うところがあるのは知っているが、何をするつもりなのか分からないうちは、どうしても不安だ。特に、国王夫妻の話をまだラズと共有していない今は。


「さて、勇者レインナートよ。お前に幾つか確認したいことがある。女神ベガに誓って、事実のみを述べよ」

「どうぞ、何なりと」


 国王を前にしながらも、首を傾げてにこりと笑う勇者の不遜な態度に王妃が眉を顰め、フィリップが王妃のドレスの裾を握る。これが弟だったら抱き締めてあやしているところだが、相手は王子なので安心させるように視線を交わすのが精一杯だ。


「レインナートよ、お前に資金援助をしていたタンブルウィード大司教が、聖都を支配するために親類を聖女に仕立て上げ、本物の聖女を末端の修道女として働かせていた。お前はこれを知っていたか?」

「──そうなのですか? 彼がそのようなことを? しかし、聖女のニーナは何故それを訴え出なかったのですか? 彼女はどうも、自分の責務に恐れを抱いているところがあったし、同意の上だったのでは?」

「それは違う。聖女はお前から逃れるために、大司教の要求を飲むしかなかった。⋯⋯ここに、彼女からの手紙もある。その上、真実を暴かれた大司教が街を破壊したため、聖都は大変な騒ぎだった、ともな」


 国王が懐から紙束を取り出すと、勇者の温和な笑みがピクリと僅かに歪む。


「⋯⋯へえ、そんなことが?」

「そうだ。聖女としては信徒が不安を抱かないようにこの事を広めたくはなかったが、聖都は巡礼者が後を立たない場所ゆえ、誰の耳にも入らないようにする事は不可能だ。だから、結局は噂が一人歩きする前に、私に手紙をしたためることにしたというわけだ。お前の告発も兼ねてな」

「⋯⋯」


 勇者の沈黙に、周囲の騎士たちがあれこれ囁き合うのを見るに、国王夫妻も護衛の騎士たちに全てを伝えていたわけではないらしく、騎士たちも勇者を擁護する者と批判する者とに分かれていたようだ。

 それが今、明らかに批判へと天秤が傾くのを誰もが感じていた。


「次に、魔術師セネカについて。彼は故郷で人々を昏睡に陥らせ、死に至らせていたという。これもお前が関与しているのかね」

「まさか! 俺は勇者ですよ。人々を傷つけるだなんて、そんなことをするはずがない」

「ほう? では、彼女の所業はどうなるのだ?」

「彼女⋯⋯?」


 訝しげなレインナートの声に、国王は鷹揚な仕草でパチンと指を鳴らす。すると、後方から護衛騎士の間をかき分けて、二人の騎士が一人の女性を連れてくる。

 身体を拘束され、口も喋れないように猿轡をされた彼女は、踊り子のような露出の多いひらひらした衣装を身にまとった赤い巻き毛の美女だった。一度見れば二度と忘れられない美貌と、憂鬱げな紫の瞳に、男性騎士のため息が聞こえる。

 その姿に、アリソンは息を呑む。エリザベスが水面を通して見せてくれた光景でしか知らないが、彼女は紛れもなく、勇者の今となっては最後の仲間であるマルガリータ・トビアスであった。


「マルガリータ? どういうことですか、陛下。彼女は俺の──!」

「君の仲間、か。連続殺人犯であっても?」

「⋯⋯どういう意味です?」

「調べはついている。勇者一行が立ち寄った場所で、度々バラの上に死体が捨て置かれる事件が起きているらしいな。聖都や、あろうことかここ王都、御前試合の最中でもだ! その犯人は彼女、マルガリータで、お前もそのことを知っていて隠蔽に手を貸していた。違うかね?」

「⋯⋯」


 言葉を返さない勇者に、騎士たちの間のどよめきが大きくなる。

 やがて、全員の視線を集めた彼は、ふう、と息を吐き、国王を見据えた。


「ええ、確かに俺は手を貸していました。では問いますが、彼女が殺した人間は替えの効かない能力を持つ人間ですか?」

「口を慎め! 替えのきく人間など、」

「そんな綺麗事は結構です。俺は、彼女が殺したのは俺や、仲間たちのような──代わりのいない能力を持つ人間なのかと聞いているんですよ」

「勇者、貴様は⋯⋯」


 開き直ったような勇者の態度に、多くの騎士たちが絶句する。

 だが、それを気にもせず彼は話を続ける。


「違うでしょう? いなくなっても気づかないような、あるいは取るに足らない無能だ。ならば、そのぐらいのことは大目に見てもらいたい。むしろ、国の治安を悪くするような人間を減らせて良かったのではないですか? 彼女が殺した中には、婦女暴行の罪に問われていた男もいたはずだ──まさかそこまで調べていて、殺された人間の身元は調べていなかっただなんて仰らないでしょう?」

「では、あなたの仲間は世の中をより良くするために、殺しをしていたとでも言うのですか?」


 口を挟んだ王妃に、レインナートは「そう言って差し支えないかと」と答える。

 このような場だと言うのに堂々とした態度に、どう反応すればいいのか、周囲の騎士たちも図りかねているようだった。

 どよめきの中、再び話を進めたのは国王だった。


「ならば、私の子供たちは? 息子のダグラスは、娘のミルドレッドは。何の罪も犯していない彼らは、お前に殺され、お前に心を狂わされたのではないのか!?」


 国王の発言に、周りを囲む騎士たちの間に動揺が広がる。国王一家を除いてただひとり冷静さを保つアリソンに、ラズが「知っていたのか」と目で問いかけ、アリソンは黙って頷く。


 騎士たちの視線を浴びたレインナートは、目を丸くした後、ふっと笑って答える。


「──そうだとして、何か問題でも?」

「なっ⋯⋯」

「私たちの息子は殺され、娘は魅了(チャーム)で誑かされてから捨てられたせいで廃人同然になったのですよ。それをなんなのです、その態度は⋯⋯!」


 あっけらかんとしたレインナートの態度に言葉を失った国王に変わって、王妃が怒りをぶつける。

 しかし、レインナートは「やれやれ」と呆れたような顔でなおも言葉を続ける。


「今更こんな話を持ち出すなんて、陛下は判断力が衰えているようだ。いいですか、陛下。魔人を殺せる聖剣を扱い、世界を救えるのは俺だけなんですよ? たとえ俺が誰を殺していようと、あなたは俺をどうにもできない。それとも、あなたの息子や娘のために世界を破滅に導くとでも? できないでしょう、陛下。あなたは王なのですから」

「⋯⋯ああ、そうだったな」


 奇妙なまでに低く、静かな国王の声に、アリソンは背筋が凍る思いだったが、レインナートはそうではなかったらしい。

 やっと分かってくれたか、と言いたげな笑顔を浮かべて、彼はにこやかに語りだす。


「そうですよ。だからもうこのくだらない茶番はやめましょう。ああ、それにしても騎士の連中を連れて来てくれるなんてちょうどいいな、勇者である俺に刃向かったこの女たちを捕らえて欲しかったんです。暴走したドワイトから民衆を守ったとかなんとか持ち上げてたのも、大方俺への牽制だったんでしょう? もう必要ないですよね? ああ、男の方はハンフリーの子息なので、謹慎ぐらいで済ませても──」

「聞いていなかったのか、勇者よ。私は、そう()()()な、と言ったのだぞ」


 ペラペラと喋っていたレインナートは、それを遮った国王の言葉に笑顔のまま固まる。

「もう一度言うぞ」と、前置きした国王は、心底軽蔑しきった眼差しを勇者に向けて言う。


「私は既に、魔人を倒すことができる鉱石オリハルコンの在処を見つけた。だから、もうお前である必要はどこにもない。分かるか? 不要なのだ、聖剣に選ばれし勇者などという時代遅れの存在は」


 そうして、国王はレインナートに向けて人差し指を突きつけ、宣言する。


「さあ、偽の英雄譚は終わりだ。我が忠実なる騎士たちよ、そこにいる勇者を──いや、大罪人レインナートを捕えよ!」




最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

長く続いた王都編も終わりに近づいてきましたが、如何でしたでしょうか。

アリソンとラズの物語はまだまだ続きますので、ぜひ村娘Aが勇者を殺すその時まで、引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。


次回更新日:5/13予定

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