034 再起の道標
『まあ、それでそんなにボロボロなんですの? ひどい顔色ですわよ、亡者かと思いましたわ』
「そ、そんなにひどいです⋯⋯?」
「こっちは片足折れてるのよ、顔色がいい方がおかしいでしょ⋯⋯」
井戸に映るエリザベスの言葉に、アリソンは苦笑いし、ラズはげんなりとした様子でぶっきらぼうに答える。
レインナートとの戦い、そして屈辱的な敗北から少しの時間が経ち、今はもうすぐ夜明けといった時間帯になっていた。夜明け前の空が一番暗いとはよく言ったもので、辺りは薄暗い黒に染まっている。
そうして夜の闇に紛れて誰にも見つからずに奴隷商人の店から脱出したアリソンたちは、人気の少ない井戸を覗き込み、井戸の水を通して繋がっている魔界のエリザベスと会話をしているのだった。
「それにしても、よくコレ持ってたわね」
「えっと、偶然ポケットに入れっぱなしだったみたいで⋯⋯」
エリザベスと会話するためには、魔界を発つとき彼女に託された小瓶の中身を水のあるところに少し垂らす必要がある。それを垂らすことで、水を操れるエリザベスはこちら側の様子を見ることができるようになるためだ。
その小瓶をポケットから取り出して見せたアリソンに、エリザベスが水面の向こうで嫋やかに扇を口に当てて微笑む。
『あらあら、わたくしの一部をそんなに大切に持って頂けているなんて⋯⋯嬉しいですわ。これからもわたくしをお側にぴったりと持っていてくださいませ』
「⋯⋯その言い方、語弊がある気がするんだけど気のせいかしら。とにかく、勇者には負けたけどあたし達は生きてるわ。馬鹿な勇者がみすみす見逃してくれたおかげでね。つまり⋯⋯」
『つまりまだ諦めていない、というわけですわね? それを聞けて安心しましたわ。ですが、これに懲りたら勇者の顔を見た瞬間に襲い掛かるような無謀な真似はやめてくださいませ。で、報告はそれだけですの?』
首を傾げた彼女に、アリソンとラズは他に伝え損ねていることがないか視線を交わし合う。
特になかったはずだと確認しあった二人は、井戸に向き直ってそれを伝える。
「ええ、報告することはそのぐらいよ」
「あっ、魔界の方はどうですか? ベティさんは何かお変わりありませんか?」
『わたくしを気づかってくださってますの? フフッ、ええ、変わりないですわよ。長も引き続きあなた方の活躍には期待していますわ、それを忘れずこれからも励んでくださいませ』
「は、はい。ベティさんもお元気で⋯⋯!」
優雅に一礼すると、エリザベスの姿はすっかりかき消え、その場にはただの井戸だけが残る。
本当に便利な異能だ、とアリソンは思う。自分も炎を使って同じことができたりしないだろうか、なんて考えてもみるが、魔界にいる時に力の使い方を教えてくれたエリザベスが何も言わなかったということは、きっと炎では同じことはできないのだろう。
「アンタ、エリザベスと結構仲がいいわよね。魔界にいた頃からベティさんって呼んでたし」
「それは⋯⋯ベティさんがそう呼んで欲しいって言ってたので。ラズはベティさんって呼ばないんですか?」
「彼女とはそこまで親しいわけじゃないから、あたしは遠慮しておくわ。⋯⋯ああ、そういえば、前にセネカの故郷にいた時はアンタが垂らしたのよね? エリザベスにもらったやつ」
「あ、はい⋯⋯ラズがまだ目を覚ましてなかった時に」
──嘘は言っていないが、本当でもない。
本当はセネカを殺した後、彼の心臓を井戸に落としてエリザベスに受け渡した際にも少しだけ言葉を交わした。
だけど、そのことはラズに話してはならない。何故なら、家族を生き返らせるために勇者達の心臓を集めていることは内密だからだ。死者を生き返らせる術があることを人に話すと、エリザベスは泡となって消えてしまう。彼女からそう伝えられた時から、アリソンは約束を忠実に守っている。
「そ、それよりっ。ラズの足を治したいんですけど、治癒術の使える人って王都にもいますよね?」
「いるわよ、いくつか庶民でも入れるような治療院があったはず。でもその前に考えなきゃいけないことがあるから、すぐに行くわけには行かないわ」
「えっ、なんでですか? だって早く治さないと⋯⋯!」
「落ち着いて考えてみなさいよ、怪我の原因、表沙汰にできないでしょ。何か理由を考えておかないと」
「た、確かに⋯⋯!」
それはそうだ。まさか、奴隷商人の店を襲い、そこで偶然遭遇した勇者に折られましたと言うわけにはいかないだろう。
「転んで折った⋯⋯は、ちょっと無理がありますよね⋯⋯じゃあ、階段から落ちて折った、っていうのは?」
「悪くないけど、他の怪我やら返り血やらが説明できないわね」
「あっ⋯⋯うーん⋯⋯」
「まあ、夜明け前のこんな時間じゃ治療院も開いてないでしょうし。ゆっくり考えておきましょ。一回宿に戻ってから行くって手もあるんだから」
ふう、と疲れたようにため息をついたラズは背を井戸に預けてずるずるとその場に座り込む。
疲れたように──というか、事実疲れたのだろう、昨晩は一睡もせずに暴れ回ったのだから。アリソンも戦っている最中は気づかなかったが、関節の端々が痛むような気がする。
「あの、また訓練に付き合ってくれますか?」
「あなたなら、もうあたし相手じゃなくてもその辺の魔物やゴロツキを薙ぎ倒しに行ったらいいじゃない」
「ええー嫌ですよ、だってラズの方が強いじゃないですか」
「⋯⋯それもそうね?」
「でしょう?」
ラズの横に座ったアリソンは、彼女の腕にするりと自分の手を絡め、ぎゅっと掴む。
東の空が白んできているのが、屋根と屋根の間からよく見える。ラズの瞳みたいな色から、どんどん薄くなっていく。
「⋯⋯ラズは、いなくならないでくださいね」
朝焼けに消え入りそうなほど小さな呟きは、誰に伝えるためでもなく、ただ溢れてしまっただけの独り言だ。
けれど、目を閉じたアリソンの耳には確かに「馬鹿ね」と澄んだ声が聞こえていた。
◇◆◇
「よし、これで動くはずですよ〜。ちょっと歩いてみてくださいな」
「ど、どうですか?」
「⋯⋯ええ、問題ないわ」
「よ、良かったぁ〜!」
安心して胸を撫で下ろすと、ラズを診ているおっとりとした癒し手の女性は「よっぽど心配していたんですね〜」と微笑む。
「魔物と戦った後に、功績狙いの暴漢に襲われるなんて災難でしたね〜。もう足は問題なく動くと思いますけど、他に怪我はありますか〜? 付き添いの方も」
「他にはないわ。ありがとう」
「わ、私も大丈夫です!」
「そうですか、良かったです〜。あ、騎士団の方に届出は出します〜? ツテがありますけど」
「あ、それはえっと、」
「実は後ろから襲われたから、相手の顔をよく覚えていなくて。それに命も無事だったことだし、あまり事を荒げたくないの」
「そうですか⋯⋯では街中で出くわさないよう、お気をつけて。お大事にしてくださいね〜」
ひらひらと手を振った癒し手に、もう一度「ありがとうございます」と頭を下げて、二人は治療室を出る。あとは受付で代金を支払うだけだ。
治療院の中は、癒し手の治療を待っている人たちがそこかしこに散らばっていた。待合室も人が行き来しているが、決して乱雑な空気ではなく、木製の温かみのある椅子やローテーブルで落ち着いた雰囲気がある。
柔らかいソファに腰掛けたラズの隣に立ち、アリソンは「大丈夫ですか?」と彼女の様子を伺う。
「本当にもう、歩いて大丈夫なんですか?」
「心配性ね。治癒術を見るのは初めてじゃないでしょ?」
「それはそうですけど。折れた足が一瞬で治るのはやっぱり、凄過ぎて信じられないっていうか⋯⋯」
「まあ、一時は神の奇跡と言われていた行為だものね。その気持ちは分からなくもないけど、落ち着いてちょうだい。あたしは本当に大丈夫だから」
苦笑したラズに促され、アリソンは周囲の人々がチラチラとこちらを見ていることに気が付く。声が大きかっただろうか、それとも物珍しい様子が目立っていたのか。
少し気恥ずかしくて視線を落としたアリソンの手を、ラズの細い指が握る。まるで支えてくれているかのようなその手を、アリソンも握り返す。
目の前の温もりが確かに此処にあるものだと確かめるように、アリソンは親指でそっと彼女の手の甲をなぞった。
「これからどうします?」
数十分後、治療院を出た二人は並んで王都の街並みを歩いていた。煤や血で汚れた服装のせいか、ジロジロと無遠慮な視線が突き刺さるが、さして気になることもでない。
隣を歩くラズに問いかけると、彼女は「とりあえず宿に戻りましょ」と答える。
「体も洗いたいし、服もこれじゃ目立ってしょうがないわ」
「あはは⋯⋯確かに」
血だらけで、所々破れているドレスを見てため息をつくラズに、アリソンも苦笑する。きっとこの汚れを落とすのは大変な作業になるだろう。
「いっそ新しい服を買うのもアリね」
「えっ、でもまだ着れますよ!?」
「別に買い替えるってわけじゃないわよ。替えがあれば、今回みたいなことがあった時に助かるでしょ? それに、あなたを着せ替え人形にするのも面白そうだし」
「え、ええー⋯⋯? 楽しいんですか、それ?」
そんな風になんでもない話をしながら、アリソンはこっそりラズの様子を伺う。見たところ、先ほどまで足が折れていたのが嘘のように軽やかに歩けているようだ。特にいつもより歩きづらそうにしているとか、足を引きずっているなんてこともない。
癒し手のことを信用していないわけではないが、やはりどうしてもこの目で見るまでは安心できなかった。
「それにしても、ラズさんの考えた説明を信じてもらえて良かったですね」
「まあ、功績の横取り狙いで襲われるのは王都付近ならそこそこある話だもの」
「そうなんですか?」
「ええ、王都では主に騎士団が魔物の討伐に当たっているけれど、それでは間に合わない分は民間のいわゆるギルドや、規模の大きいところでは私兵団や傭兵を雇っているのよ。被害が大きい魔物の討伐には懸賞金もかけられているから、以前は賞金稼ぎのハンターもいたらしいわね。最近はレインナートがいるせいか、だいぶ魔物が減ったから前ほど儲かってはいないみたいだけれど」
「へえー⋯⋯」
魔物が人々の生活を脅かしている、とか、魔人の瘴気によって魔物が発生していると思われているが実際はそうではない、だとか、そういった知識はあるものの、正直なところ魔物の脅威を説明されてもアリソンにはピンとこない。アリソンが生まれ育ったドルフ村の周囲には魔物がいなかったし、旅の道中も、魔物より徒党を組んで襲ってくる人間の方が厄介だったものだからいまいち実感が湧かないのである。
曖昧に首を傾げたアリソンを見たラズは、「聖都の門番を覚えてる?」と聞く。
「あれは入ってくる人たちの精査だけじゃなくて、魔物から街を守る役割でもあったのよ。あなたの村でも、自警団とかそういうのはなかったの?」
「うーん、ドルフ村の近くには魔物は出なかったので⋯⋯」
「魔物が出ない、ねえ⋯⋯そういえばあなた、魔界から出戻るまで魔物を見たことがないって言ってたものね。でも、それって相当珍しいことだと思うわよ。教会じゃないけど、女神の御加護でもあったんじゃないかって思うぐらいだわ」
「えっ。でも別に信心深くなかったですよ、うちの村」
女神の加護──聖都に潜入するにあたって「遠方からはるばるやって来た巡礼者」という設定を使っていたが、よくよく考えるとあまりに大嘘すぎて苦笑する。巡礼どころか、教会の教えだってろくに知らないのに。
巡礼者のローブを被って門番をやり過ごした時のことを思い出しながら「女神の加護説」に異議を唱えたアリソンに、ラズは「それは分かってるわよ」と答える。
「ただの例えよ。ドルフ村が信仰深くなかったことなんて、あなたを見てれば分かるわ。どちらかといえば、信仰統一以前は独自の文化を築いていた村で生まれ育った、って感じだもの」
「独自の文化⋯⋯」
言われてみれば、という程度のものだが、アリソンには思い当たる節があった。
例えば、機織りをしながら祖母が聞かせてくれた今ではもう忘れられているような、村の古いしきたりの話や、裏山でとれる不思議な薬草のこと。他人に話してはいけないと、両親にも言い含められていたあれらは、きっとラズのいう「独自の文化」だ。
道すがら、それをラズに伝えると、彼女は「まさにそれね」と頷く。
「他人に話したら邪教徒だと認定されかねないから、あなたのお婆さまは内密にするように言ったんだと思うわ。全く、くだらないことをするわよね、信仰を統一するだなんて。どれだけ行動を制限したところで、心の中まで制限できるわけがないのに」
「ラズさんのお家は信心深かったんですか?」
「⋯⋯そうでもないわ。まあ、困った時の神頼みとか、食前の祈りとか、あとはお祭りに参加する程度だったかしら」
そんなことを話していると、ラズは一軒の店の前で足を止めた。看板の文字は少しくすんだピンク色で、大きな窓際には綺麗な洋服を着たトルソーが並んでいる。
てっきり宿に向かって歩いているのだと思っていたが──予想外の状況に目を白黒させるアリソンに、ラズが笑いかける。
「さて、問題よ。この看板横の文字、読めるかしら?」
「は、はいっ! ええっと⋯⋯"当店では、お洋服の修繕や洗濯も承っております"⋯⋯?」
「そういうこと。さ、新しい服を見繕うわよ。着せ替え人形さん?」
「そ、それ、本気だったんですか!?」
「本気に決まってるじゃない。いつものワンピースも似合うけど、たまにはちょっと冒険してみてもいいと思わない?」
「で、でも、こんなおしゃれなお店⋯⋯っていうか、お金足ります!?」
「高級店じゃないだから大丈夫よ。ほら、行くわよ!」
にこりと笑ったラズは、逃してくれそうにない。
結局、治療院からずっと繋いだままの手を引かれて、アリソンは店の中に連行されて行った。
◇◆◇
「ご来店、ありがとうございましたー!」
元気の良い店員の声に送られながら、真新しい服を身に纏ってアリソンとラズは店を出た。
店に入った時はまだ日がそんなに高くなかったのに、今はすでに日が熱く降り注ぐ時間帯になっている。そんなに長い間店内にいたのか、という驚きと、これぐらいで済んでよかった、という安堵が同時に浮かぶ。山のような服を持ったラズに試着室に押し込められた時は、もう二度と出られないのではないかと思ったものだ。
ふと視線を感じて隣を見ると、ラズがじっとこちらを見つめていた。もしかして考えていることが顔に出ていたのかと慌てるが、そういう雰囲気の目ではない。
「ラズ? どうしたんですか?」
「⋯⋯別に。ただ、あなたはやっぱりその色が似合うって思っただけよ」
ラズの言葉に、アリソンは自分の格好を改めて見下ろす。
いつも着ている服とよく似た若草色のタックスカートと、半袖の少し裾が短い上着から覗く、ピッタリと身体にフィットした亜麻色の長袖のトップス。本当はトップスも半袖にしようと思っていたのだが、ラズに長袖の方が似合うと勧められたのだ。どれもあまり柄のないシンプルなものだが、風通しの良い素材が気持ちいい。
顔を上げると、こちらを見ていたラズと目が合う。黒いマキシ丈のティアードギャザーワンピースが風に合わせてひらひらと揺れていて、いつものタイトなドレスとは違って軽やかな印象だ。動きやすさを考慮してか左足側に深いスリットが入っていて、スカートの合間から覗く肌色に思わず目線が引き寄せられるが、彼女が普段着ている左右に深くスリットが入ったドレスに比べると色香はそれほど感じず、それよりも初夏の空が似合う爽やかさがある。靴もいつものヒールではなく、厚底がコルクのような素材でできたウェッジヒールのサンダルに新調していて、服と相まってバケーションに来た観光客のように見える。どうせなら麦わら帽子も追加したらどうかとアリソンは提案したのだが、髪が潰れるのが嫌だからと却下されてしまったので、アリソンが代わりに被ることにした。
「それを言うなら、ラズだって。やっぱり黒と白がよく似合ってて、大人っぽいです」
「そう? 結局、冒険するチャンスだったのにお互い普段通りの色を選んじゃったわね」
やっぱりいつも通りが一番落ち着く、ということだろうか。山のような試着をした上で、結局似たような色をした服を選んでしまうのだから、仕方がない。
唯一いつもの服から大きく変わったところと言えば、麦わら帽子以外ではアリソンの耳に鈴蘭を模したイヤリングがぶら下がっていることぐらいだ。鈴蘭は、揺れるたびに微かな微風の音を鳴らしていてなんだか涼しげな気持ちになる。
「服の直し、早く終わるといいですね」
「気が早いわよ。1週間かかるって言ってたじゃない」
「そうですけど⋯⋯やっぱりあっちの方が慣れてますし」
「それはそうね」
今度こそ宿に戻るべく、二人はゆったりとした足取りで歩き出す。
宿に戻って、それから、それから⋯⋯どうすればいいのだろう。
朝はラズの怪我が気掛かりで、そして先ほどまでは山のような服の試着で気が紛れていたが、落ち着いてくるとレインナートに敗北した事実がのし掛かってくる。
いつ、どうやって、あの男を殺せばいい。どうすればまた近づいて、今度こそ息の根を止められるのか。
ぼんやりと思考を巡らせているアリソンに気を遣ってくれているのか、あるいは自身も同じことを考えているのか、道中でラズが話しかけてくることはなく、妙に静かな空気が二人の間を流れていく。
この通りを抜ければ宿屋だ、というところまで来て、入口に何やら人だかりができているのが見えた。人だかりは数人の若い男女と宿の従業員、そして数人の騎士団員という組み合わせだ。
あまり目立たぬよう、関わり合いにならない方がいいだろう。そう思ったものの、騎士団員の中に見覚えのある緑髪を見つけてしまい、アリソンは思わず足を止める。
「ん? 君たちは昨日の⋯⋯」
「あ⋯⋯こ、こんにちは、ミゲルさん。こんなところでどうしたんですか?」
緑髪の彼は、先日、菓子を運ぶのを手伝った少年ミゲルだった。
アリソンとラズに気づいて声を上げた彼は、ペコリと会釈すると、隣の同僚に「知り合いだ」というようなことを手短に伝え、こちらにやって来る。
「実は昨夜、ある店舗が襲撃を受けるという事件があったんだ。それで、聞き込みをしているところだ」
「そうなんですか⋯⋯それは大変でしたね」
「ああ。⋯⋯君たちは何か知らないかい?」
「残念だけど、力になれそうにないわ」
「そうか⋯⋯いや、いいんだ。せっかくの観光なのに、事件の話なんて聞かせてすまない」
申し訳なさそうな顔をする少年に、アリソンは首を横に振る。
「そんなことないですよ。でも、騎士団って忙しいですね。魔物も倒さなくちゃいけないのに、事件まで調べなくちゃいけないんですか?」
「いや、普段はここまですることはあまりないんだ⋯⋯でも今回は、もうすぐ御前試合だから。上層部も緊張しているんだ」
「御前試合?」
「誕生祭の日に合わせて行われる、王都の屈指の大イベントよ。みんなが見てる前で、騎士たちが強さを競うの。確か三日後ぐらいじゃなかったかしら」
「⋯⋯よく知ってるね。そう、三日後だ。特に今年は、騎士団長のドワイト様が数年ぶりに参加されるということで、例年よりも観光客も多いし、レインナート様もいらっしゃっているし⋯⋯国民に少しでも不安を与えるようなことは減らしておかなくてはならないんだ」
ドワイト、という名前にアリソンとラズは視線を交わし合う。
ドワイト──勇者一行のひとりだ。
「そう、大変ね。⋯⋯それじゃ、仕事の邪魔しちゃ悪いからあたし達はこれで。行くわよ、アリス」
「えっ──あっ、はいっ!」
呼ばれた名が自分を示しているのだと咄嗟に気づかず、ラズに小突かれたアリソンは慌てて返事をする。道を開けたミゲルに会釈をして、宿の中へと足早に向かう。
「決まったわね、次の目標」
「御前試合、ですか?」
「ええ。ドワイトは、マルガリータと並んでレインナートと付き合いの長い仲間よ。その割に謎が多い人物ではあるけれど、彼の試合を見ればその実力が分かるし対策を考えられるかもしれないわ」
「じゃあ三日後、どうにかして御前試合に潜り込まなきゃですね?」
「そうね⋯⋯その件についてなんだけど──」
肩を寄せてひそひそと言葉を交わし合う二人を、ミゲルだけがじっと見つめていた。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
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