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村娘Aが勇者を殺すまで  作者: 藤森ルウ
第4章 王都編(上)
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幕間 フリージアに赦しを



 白い薔薇を敷き詰めた寝台の周りを、ふらふらと紫煙が漂う。部屋の隅で小さな暖炉がパチパチと音を立てる部屋の中、気怠げな息を吐いた赤い巻き毛の美女──マルガリータは、ちらりと寝台の上を見やる。

 薔薇の上には、何が起きたのか分からない、という表情で目を大きく見開いた男が倒れている。口から落ちた血がぼたぼたと溢れ、周囲の薔薇を赤黒く染めていく様を無感動に見つめたのち、男の胸元にそっと顔を近づけた。心臓の音はしない。男は絶命している。

 それを確認した彼女の顔に、ふっと安らいだ笑みが浮かぶ。


「おやすみなさい、私のBonita(かわいいひと)


 しなやかな指でそっと男の瞼を閉じさせたマルガリータは、血のついた服で体に付着した男の血液を余すところなく拭き取ったのち、汚い色に染まった服を暖炉の中に放り捨てる。そして用意していた新しい服に着替えると、部屋の扉を閉め、窓から路地裏へと降り立った。

 しんと冷えた空気を肺一杯に吸い込んだ彼女は、軽やかな足取りで歩き出す。光の差さない路地裏から、街灯で明るく照らされた大通りへ。まだ早朝だというのにどこか浮かれた雰囲気が王都を包んでいるのは、もうすぐ国王の誕生祭だからだろうか。

 歩き慣れた道を行くマルガリータに、すれ違う人々が振り返る。甘やかな香りに、類い稀な美貌に、あるいは余分なものなど何一つないその白い肢体に、誰もが目を奪われずにいられない。特に、男たちは。


「マルガリータ様、今からお帰りですか?」


 声をかけてきたのは、レインナートの行きつけの店で働く青年だった。純朴そうな(なり)をしていたから、良く覚えている。


「勇者様のお好きな菓子を入荷したんです、伝えておいてくださいますか?」

「ええ、伝えておくわ。ありがとう」


 立ち止まってにっこり微笑んだマルガリータに、青年が顔を赤くして目を逸らす。彼のウブな反応を楽しみたい気持ちもあったが、今日は既に満足しているので手を振ってその場を離れる。

 どうせ男なんて一皮剥けばみんな同じだと知っているのに、どうして試さずにはいられないのだろう。何度試したって、同じ結論に辿り着くだけなのに。


 湖の中央に高くそびえ立つ王宮を見上げ、その一室にいる勇者と呼ばれる青年のことを想い、マルガリータは立ち止まって息を吐く。

 この世で違うのは彼だけだ。彼だけが、マルガリータの心を照らしてくれる。


「おかえりなさいませ、マルガリータ様」


 マルガリータの姿に気づいた門番の声掛けに、彼女は反射的な笑みを浮かべ、艶やかに小首を傾げてみせた。



◇◆◇



 同じ頃、王都のとある屋敷の2階では、ひとりの少女が窓に向けて椅子を大きく振り上げていた。


「どっ、せーーーいっ!!」


 威勢のいい掛け声と共に投げられた椅子は、しかし窓に傷ひとつ付けることなく地面に落ちてしまう。

 落胆を隠せない様子の少女の背後で、緑髪と糸目が特徴的な少年が肩を竦める。


「無駄だよ、その窓には強力な防壁が掛けられてる。⋯⋯君が窓を割ろうとするのはこれで何度目なの、ジョアン」

「知ってるなら手伝ってくれたっていいじゃない、ミゲルの意地悪」


 頬を膨らませて振り返った彼女に、ミゲルと呼ばれた少年は首を横に振る。


「それはできない。君のお父さんから、君が変な気を起こさないように説得するのを手伝ってくれと言われているんだ」


 彼の言葉に、ジョアンはむすっとした顔で詰め寄る。


「パパの言うことなんて放っといて、手伝ってくれればいいじゃない!」

「そういうわけにはいかない。君を説得するという名目で、僕はここに来ているんだから」

「ただの名目なんだから、裏で何するかは自由だよ! こっそり手伝ってくれれば⋯⋯」

「⋯⋯僕は君のお父さんに信頼されて出入りを許されている。その信頼を裏切って、君のその変な気に加担したらすぐに追い出されるだろう」

「あーんもうっ! 融通効かないんだからーっ!」


 ひとしきり詰め寄るも、ミゲルに手伝う気がないと分かった彼女はバタリとベッドの上に背中から倒れ込む。


「あーあ。たった一人のバディまで、アタシの味方になってくれないなんて⋯⋯」

「⋯⋯君が勇者さまに友人の無実を訴えるなんて、無茶なことを言うからだ」

「どーして無茶なのよ! だって本当だもん、アリソンやゴードンおじさん達が魔人を匿うなんて、そんなことするはずないんだから⋯⋯」


 ぐすん、と鼻を鳴らした彼女にミゲルは手を伸ばしかけて、やめた。

 ベッド脇に座った彼は、壁にかけられ、久しく振るわれていないジョアンの剣をぼうっと見つめる。


 ミゲルがジョアンと初めて会ったのは、新入騎士団員の選抜試験だった。

 田舎から一旗上げに来た彼女と、男爵家の末っ子の自分。騎士になることを子供の頃から夢見ていた彼女と、穀潰しになるよりはと騎士になることを選んだ自分とでは、育った環境も騎士への思い入れも全く違ったが、不思議とウマがあったものだ。

 自然とつるむようになって、二人で一緒に任務を任されることも多くなり、彼女の性格はよく知っているつもりだった。だったけれど。


「⋯⋯本当に、君って天真だね」


 ぼそりと呟き、ミゲルは横になっているジョアンを見やる。


 彼女は言う。幼馴染一家と故郷が魔人を匿ったと「誤解」しているレインナートに直訴して、幼馴染や村への罪を取り消してもらうよう頼むのだと。幼馴染の身の上にかけられた冤罪を払拭して、どこかに隠れているであろう彼女を見つけて、もう大丈夫だと言ってやるのだと。

 彼女は考えもしない。国の上層部は、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。彼女の父が王都の中心区に屋敷を買えたのは、他でもない彼女の村に()()()()()()()()なのだと。こうして彼女を外に出さないでいるのは、彼女が不用意なことをして彼女自身も罪を被ってしまわないようにするためなのだと。


「君のお父さんが、君にはずっとそのままでいて欲しいと願う気持ちがよく分かる」

「なにそれ、鳥籠の鳥でいろってこと?」


 顔を顰めたジョアンに、そうじゃない、とミゲルは心の中で答える。

 そうじゃない、ただ──


「⋯⋯君の知る世界が、君にとっての世界のままであり続ければいいと思うだけだ」

「なにそれ、どういう意味?」

「分からないままでいい」

「はあ? ちょっとミゲル、意味が分かんないってば。説明してよ」

「だから、分からなくていいんだ」


 分からなくていい。知らなくていい。

 世界の裏側が見えないところで、世界は白と黒で出来ていると信じたまま、死ぬまで笑って生きて欲しい。

 意味がわからない、とぼやく彼女の顔にかかった前髪をよけてやりながら、ミゲルはそう祈るように願った。



◇◆◇



 門番との会話もそこそこに切り上げ、マルガリータはペタペタと音を鳴らしながら人気のない廊下を歩いていた。本来であれば音を立てないように歩くのが王宮内にふさわしいマナーだが、自分達に与えられている区間には他の人間はいないため、そのように過度に取り繕う必要もないので楽だ。

 ああ、早くレイに会いたい。彼に会って、その微笑みでこの身の汚れをかき消して欲しい──夢見る少女のような、あるいは恋に恋する乙女のような陶酔感で以って彼女は彼の寝室を開く。


「レイ──、あら?」


 町ですれ違った青年や門番に向けた妖艶な笑みとは違い、誕生日プレゼントを貰えると心から信じている子供のような笑みを浮かべて扉を開いたマルガリータだったが、すぐに手を口元に当てて、目を丸くする。

 蝋燭の一つも灯されていない部屋の中は、豪奢な調度品の破片があちこちに散乱し、シーツは破け、さらには床にはレインナートの()()()()と思しき少女たちが死んだような目をして転がっていた。強盗でも入ったのかと疑うところだが、そうではないこともまた明白。不幸中の幸いは、この全てを目撃したのは裂かれたカーテンの隙間から見える晴天だけであろうことだった。


「⋯⋯っ、マルガリータ⋯⋯? おかえり、遅かったね⋯⋯大丈夫かい?」


 部屋の惨状を確かめた彼女に、ベッドの上から部屋の主であるレインナートが声をかける。顔を歪め、絞り出すような声に、マルガリータの胸が締め付けられる。

 ああ、()()()()()でまでこちらを気遣ってくれるなんて、本当に彼はなんて──

 けれどそれを言ったところで、何かが変わるわけではない。だからマルガリータは諦めて微笑み、彼に歩み寄る。


「ええ、大丈夫よ。いい気晴らしになったわ」


 そっと傷口に触るように労わりながら彼の手を取る。握ることはしない。それはマルガリータの役目ではないから。

 母親のように、あるいは姉のように、慈しみを込めた彼女の笑みに、レインナートは安心したように「そっか」と子供のように息をついた。


「ごめん、みっともないところ見せて」

「謝らないで。周期だということを忘れてたのは私よ」

「そ⋯⋯っ、ぁあ゛あッ!!」


 レインナートが何かを言いかけて、痛みに呻き声を上げる。と、同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その瞬間、部屋の中に隠しきれない鉄の匂いと、肉の腐りかけたような異臭が立ち込め、二人は顔を顰める。


 部屋の中にいたのは、レインナートと物言わぬ3人の少女たちだけではなかった。もうひとり、マルガリータとレインナートを除いて今となっては勇者一行の最後の一人となった、重騎士ドワイトが勇者の首筋に歯を突き立て、滴るその血を吸っていたのだ。


「ドワイト、ドワイト⋯⋯落ち着け、俺は大丈夫だ。お前の中の魔の力が鎮まるまで飲んでいいから」


 自らの血を飲むよう仲間に促し、レインナートはけれど肉の裂かれる痛みに歯を食いしばる。そんな彼の様子に、マルガリータも目を伏せる。

 普段、鉄兜に覆われて見えないドワイトの顔は、もはや人とは呼べない恐ろしいものになっている。ひび割れた皮膚、その隙間から垂れる濁った泥のような体液、どう手を尽くしても隠しようがない異臭、切っても切っても額から新たに生えてきてしまう角──視線を下に向ければ、彼の顔を覆っていた鉄兜はひび割れた状態で部屋の隅に転がっていた。また魔術をかけ直して、修理してもらわなければ。

 だが、その程度の工作は安いものだ。命に比べれば、この程度。


「マルガリータ、君まで付き合うことはないんだよ」

「いいえ、レイ。私たちは仲間でしょう? ⋯⋯ラフィもきっとそう言うわ」

「⋯⋯ありがとう」


 そっと重ねた手のひらは、震えていない。当たり前だ。彼はもう出会った頃の、夢と希望に溢れ、魔を恐れていた少年ではない。

 それでも、私は。私だけは──


「勇者さま、お食事をお持ちいたしまし⋯⋯ヒィッ! ば、化け物っ!!」


 開きっぱなしだった扉が動いたかと思うと、メイドの少女が手にしていた盆ごと食事を床にぶちまけ、地面に尻餅をついていた。

 少女は逃げようとするが、うまく力が入らせいで立ち上がれず、震えながら後退りをしている。


「やれやれ、食事を持ってくるよう頼んだ覚えはないんだけどなぁ⋯⋯」

「大臣の差金かもしれないわね、あなたに取り入りたい人はいくらでもいるもの。⋯⋯それで、どうするの?」


 マルガリータの問いに、レインナートはさして悩むそぶりも見せずに「うーん」と呟く。


「仕方がないから犠牲になってもらうとするよ。悪いね、マルガリータ」

「あら、どうして私に謝るの?」

「だってあの子は女の子だ。君は死んだ男しか愛せないけれど、女の子が酷い目に遭うのは好きではないだろう?」

「⋯⋯そうね。でも、これは仕方のないことだもの。大丈夫、分かっているわ」


 そう、私だけは分かっている。

 ドワイトを生かすため仕方なく彼を異形のモノにしてしまったあなたの苦労も、本当は人を殺めたくはないあなたの優しさも、側にいる私だけはずっとずっと、分かっている。


「ああそういえば、セネカが死んだわ」


 レインナートが怯える少女を魅了し、手懐け、部屋の中に入って扉を閉めさせると、マルガリータはふと思い出して口を開く。

 彼は少なからずとも驚いたようで、目を丸くする。


「⋯⋯魔人にやられたのか?」

「分からないわ。ただ、かけておいた『目印』がさっき消えていたの。あなたには伝えておいた方がいいと思って」

「そうだね⋯⋯うん、ありがとう、マルガリータ。残念だよ、彼にはまだまだ力を貸して欲しかったのに⋯⋯縁がなかったのかなぁ」


 虚空を見つめて呟いたレインナートに、マルガリータはやるせない気持ちを隠せず、顔を背けた。





最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

もし面白かったら、評価や感想など頂けると嬉しいです。


なお、今回のサブタイトルに使用したフリージアの花言葉は「あどけなさ」「純潔」「親愛の情」、英語の花言葉は「innocence(純潔)」「friendship(友情)」「trust(信頼)」となっています。その他にも色によって「憧れ」や「無邪気」などがあります。

フリージアが誰を指しているのかなど、色々と想像して楽しんでもらえたら幸いです。


次回更新日:2/27予定

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