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村娘Aが勇者を殺すまで  作者: 藤森ルウ
第3章 悪夢編
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幕間 魔術師の憂鬱



「いつもいつも、私たちのこと馬鹿だと思っているんでしょう!? どうにか言ったらどうなのよ、セネカッ!!」


 そう言って、母は平手打ちしようとした手を防壁魔術にしたたかに打ち付けて無様に蹲る。その姿を見て、僕は少しだけ驚く。

 だって、予想外だった。


 そうだよ、いつも馬鹿にしてた。

 

 ──よく分かったな、馬鹿なのに。



◇◆◇



 思えば、生まれ落ちた瞬間から世界は僕に対して不公平だった。

 親や兄弟といった血縁、環境、容姿、そして才能。そのどれもが、生まれた瞬間に女神によって決められている。さらに、どれだけ恵まれた才能を持って生まれ落ちたとしても、生まれた先でその才能が認められるかどうかも女神の気まぐれひとつで勝手に決められてしまう。

 どれだけ優秀であろうと、それを理解できない愚かな環境に生まれ落ちてしまえば、才能を伸ばすことはおろか己が優秀であることに気づけないかもしれない。僕が自分が「特別」であることに気づけたのは、不幸中の幸いと言っていい。

 それでも、真に幸運なのは才能を持って生まれたものではなく、その才能を理解できる優秀な人々のもとに生まれることであり、僕にその幸運はなかった。


「あの子、いつもブツブツひとりで何か書いてて怖いわ⋯⋯」

「話しかけない方がいいぜ、あいつ頭おかしいから」


 幼い頃から、僕には難解な魔術式が手に取るように分かった。

 この世の法則、どこに何を書き加えれば世界を僕の好きなように変えられるのか。その面白さを知った時こそが、物心のついた瞬間だった。

 小さくて古臭い故郷には僕の知的欲求に応えられる人間がいなかったため、ひたすら一人で探求し研究を重ねてばかりいたら、気づけば周囲からは異端児として扱われるようになっていた。


 馬鹿な奴らだ。自ら己の愚かさを晒すなんて。


 両親もそうだった。父は僕を君悪がって家に寄り付かなくなり、母親はいつも腫れ物を触るみたいに接するかヒステリーに責め立てるかのどちらかだ。

 僕が見ている世界をおかしいと決めつけ、自分達が愚かなのだと認められない凡人たちからは子供じみた嫌がらせも受けたが、それが僕の才能を挫折させることはなかった。だって僕は正しく、彼らよりも上位のものを見ている。そんな僕が膝をつくだなんて不条理、許されるわけがない。

 そうやって僕はたった一人、砂場から羊皮紙まで、どこにいてもひたすら式を見つけ出し、改良し、世界を思いのままに変えることに熱中していた。


 あの日、王都の魔術学院で教授を務めているのだという老人に声をかけられるまでは。


「君、その式はどこで学んだのかね?」


 いつものように裏庭の地面に木の棒で式を書いていた僕が顔を上げると、そこには一人の老人が立っていた。

 見かけない顔、訛りのない標準的な発音、質の良い素材を使ったローブ。彼がよそ者なのは、ひと目見れば分かった。

 いや、そもそも老人が話しかけてきた時点で気づくべきだったのだ。この村で好き好んで僕に話しかける人間なんて、誰もいなかったのだから──もちろん、僕の才能を理解できない愚か者に話しかけられたところで気が散るだけだし、全く構わないのだけど。


「いや、これは自分で⋯⋯」

「自分で!? なんて素晴らしい才能なんだ! このまま埋もれているなんて惜しい、学院に来るつもりはないか? いや、来てくれ! 頼む!」


 上げていた顔を戻して自分で考えたのだと小さく答えた僕に対して、老人は凄まじい熱狂加減で捲し立てる。警戒する僕に、彼は「怪しいものではない」と言いながら、自分の肩書きを記した名刺を見せてくれた。

 ──王立魔術学院の教授。

 再び顔を合わせた僕に老人、いや教授はニッコリ笑う。


「どうだね、もっときちんと魔術を学んでみたいとは思わないかい?」


 初めてだった。僕の才能を理解できる大人と出会ったのは。

 言葉を返せないでいる僕の手を取り、教授は、シワの数からは想像もつかないほどギラギラと目を光らせて言った。


「君の両親は私が説得しよう。特待生として、君を我が学院に迎え入れたい!」


 教授の手を取った時、ここから人生が変わると、そう思っていた。



 学院での勉強は、そこそこ楽しかった。

 10歳の若さで飛び級で入学した僕のことを誰もが羨んだし、僕が大人でも難しい式を軽々と書き出す度にみんなが僕に尊敬と畏怖の眼差しを向けた。

 けれど、やはり世界は不公平なのか、あるいはこれが「選ばれしもの」への試練なのか、僕は周囲から排斥されることになる。


 きっかけは、入学から数年経った頃のこと。

 僕を学院に誘った教授であり、僕が師匠と仰いだ彼の研究内容が周囲の賛同を得られなかったのを発端として、少しずつ少しずつ、上手くいっていたはずの歯車が狂い出した。


「魔人の異能(アビリティ)を人間に移し替えるなんて、考えただけでも悍ましい!」

「なんでも教会から密かに遺体を譲り受けて、研究に使ったとか⋯⋯」

「気持ち悪い⋯⋯あの師弟には道徳ってものがないの?」


 ──結局、魔術師だって愚かな凡人ばかりなのだ。

 魔人の異能(アビリティ)を人間が行使できるようになるなんて、面白いじゃないか。

 遺体なんて、どうせ死んでるんだから痛みもないし、それに今回実験に使()()()魔人の異能(アビリティ)が死者の思念を読み取るものだったんだから仕方ないだろう。自分達が理解できない高次のものを、道徳なんてくだらない言葉で濁すなよ。


 どうして理解されないんだろう。どうして理解してくれない?

 僕と師匠の崇高な研究は成功したというのに、少し目を離した隙に侵入者がいたとかで被験体は消え、実験結果やその過程を記した資料は燃やされ、研究は無かったことにされた。

 あまつさえ、学院は恐ろしい実験を主導して危険思想を広げようとしたとして彼を追放し、実験に協力した僕を謹慎処分にしようとした。


 謹慎? この僕を?

 大の大人でも易々とは解読できない式を使いこなし、転移魔術をはじめとして新たな式だって作り出せたこの僕を!

 今考えても、正気とは思えない判断だ。あれだけ魔術への探究を後押しし、世界の叡智を集めたこの学院でさえも愚かな群衆の思想に流されてしまうというのか。

 だから、どちらが正しいのか示してやった。

 禁書に記された魔術を解放し、学院中に散布した。後ろ指をさしてきたあいつは行方不明に。手のひらを返したあいつは彷徨える亡者に。愚かな理論を振りかざしてきたあいつは首なし死体に。

 そして、師匠を追放しようと提案したあいつは僕の従順な使い魔の餌に。

 完璧だった。僕の魔術は全て成功し、僕の実力を、正しさを示せたはずだったのに。


「セネカ・レミントン。君の行いのせいで未来ある若者が命を落とし、また数多の若者が学院を見限り去っていっている。この事態を放置するわけにはいかない、君は退学処分とする」

「君が起こした事件は本来であれば重罪で死刑もあり得るが、これらの事件は学院内だけで処理することに決まったため、公式に君が罪に問われることはない。その代わり、今日中に荷物をまとめて出て行ってくれ」


 学院長の言葉が、全く理解できなかった。

 反論する隙も、反撃する隙も与えられなかった──部屋の中は魔術を無効化する式で張り巡らされていたから。それなければあんな邪魔な老いぼれ、とっくに消してやっているのに。

 生徒が死んだ? 学院から出ていった? ただの凡庸が消えたところでどこに問題がある。僕ひとりで何人分の魔術師になると思っているんだ?

 学院の内々で処理したから外部からは分からないなんて、慰めにもならない。故郷の愚か者たちに理解されなかったのは仕方ないにしても、なぜ、同じ魔術師である彼らも理解してくれないのか。

 僕には力があるのに、どうして誰も認めてはくれない?

 王都の道端に呆然と立ち尽くした僕の肩を叩いたのは、勇者と呼ばれる男、レインナート・ローウェン。


「君、すごい才能の持ち主なんだって? 俺たちと一緒に来ないかい?」


 差し伸べられた手に、再び夢を見た。

 勇者と共に魔人を倒し、世界を救い、世界を跪かせる夢。今まで僕の行いを認めてこなかったことを今度こそ世界は悔い改め、僕の前にひれ伏すに違いない。

 けれど夢は所詮夢で、勇者は鼻持ちならない男だった。せめて対等ならまだ救いがあったのに、あの男は僕を認めているようでその実どこか高みから見下してばかり。どうしてもっと僕を褒め称えない? 魔人討伐の時だって、魔人との実戦経験がまだないからなんて理由で、役立たずのニーナと一緒に後方支援に回して。

 しかも、あの踊り子が裏で暗躍し、大司教に姪だと信じ込ませた女の出自も目的も定かでないのに、レインナートは付き合いが長いからなんて馬鹿げた理由で僕よりも彼女を信じた。勇者といえど、こうも目が曇っているのかと失望するしかない。


 だが、今度こそ僕は幸運を掴み取る。使い魔を通じて、勇者を狙う不届き者を見つけたのだ。

 魔人討伐の任務の際に殺し損ねたらしい、死に損ないの村娘たち。彼女たちを倒せば、迫り来る危機を救った恩人として、レインナートもようやく真の意味で僕の力を認めるに違いない。パーティに必要なのは踊り子風情のマルガリータでも、役立たずの治癒術しか使えないニーナでも、何を考えているのか分からない鉄仮面のドワイトでもなく、この天才魔術師セネカなのだと、きっと世界が認める。僕がいてこそ世界は救えるのだと、誰もが称賛するに違いない。

 まさか村娘たちが僕の故郷付近にいるとは思わなかったが、それも好機でしかない。

 僕が勇者たちと行動を共にするようになり、その名声が各地に届く頃になってようやく僕を讃え始めた生まれ故郷。あれだけ僕を忌み嫌っておいて、今更そんなことをするなんて吐き気がする。まずは頭を地べたに擦り付けて謝るのが先だろう? まあそうしたところで許しはしないが。


 故郷を舞台に、悪夢という劇場を組み立て、今度こそ僕は与えられるべき栄光を手にする。世界とはそうあるべきだ。

 なのに、なぜだ。なぜ、なぜ、なぜ!!!



「さあ、長かった悪夢を終わらせましょう──ここがあなたの墓場です、魔術師セネカ!」


 

 そうやって、高みから見下しているのは僕であるはずだった。

 逃げられるはずのない悪夢を崩し、宵闇に染まった精神世界の中で少女たちが僕を見下ろす。灰をかぶったような頭の女と、黒髪のどこかで見たような顔をした女。

 僕が負けるはずはない。どう考えても実力では僕が優っているはずだ。それなのになぜ──怒りと疑問と焦燥に締め付けられた僕を、炎の双眼が射抜いた。




最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

久々の更新がセネカの言い分回になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。悪夢編もあと2回くらいで完結すると思いますので、引き続きアリソンとラズの物語にお付き合い頂けると嬉しいです。


次回更新日:1/30予定

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