027 光焔
「そっちの扉は?」
「だめです、倉庫でした。ラズさんは?」
「⋯⋯汚部屋だったわ」
「そ、それは⋯⋯残念でしたね」
「本当にね。誰の部屋だか知らないけど、せめて生き物が暮らしていける状態にして欲しいわ」
二度と見たくないと言いたげに扉をきつく閉めたラズが、心底恨めしそうに吐き出すのを聞いてアリソンは苦笑する。
炎を纏った剣フランベルジュを探し、空間のねじ曲がった扉を手当たり次第に開けているが、なかなか狙い通りの場所へは辿り着けない。
一体ここには幾つの扉があるのか。扉に刻まれた、羽を広げた鳥の彫刻を撫で、アリソンは息を吐く。
「ラズさんと私の記憶を元にしてる、ってことですけど、もしかして魔界中のありとあらゆる場所に通じてるんでしょうか⋯⋯」
「そう言っても過言じゃないわよ。全く、こればっかりは地道にあたるしかないわね」
「気が遠くなるような作業ですねぇ」
ため息をつきつつ、通路の反対側の扉を開いて身を乗り出したアリソンは、肺に広がる独特の香りにすぐさま扉を閉める。どうやら香料を扱う店につながっていたらしい。
そんなアリソンの様子を横目に見ていたラズは、同じように扉を閉めながら、物言いたげな視線を向ける。
「その割にはあなた、あまり堪えているように見えないけれど?」
「うーん、こういう作業をは嫌いじゃないので⋯⋯えっと、ほら、機織りみたいというか。ずっと同じことを繰り返すの、結構得意だったんですよね」
「ああ、それは分かるわ。あなた、集中力が取り柄だものね」
「そうですか?」
「ええ。あなたの強みだと思うわ」
唐突な賞賛の言葉に振り向くと、ラズは静かに微笑んでいる。
からかってアリソンの反応を楽しんでいる、というわけでもないようだ。
「ラズさんに褒められると、嬉しいですね」
「そう?」
「そうですよ。だって、ラズさんは私の師匠みたいなものですからね」
アリソンに剣を教え、導いてくれたのはラズだ。そんな彼女から素直な賞賛を貰えば、誰だって嬉しいに決まっている。胸の内のくすぐったい気持ちを舌に乗せて伝えたアリソンに、ラズはぶっきらぼうに「そう」とだけ答える。照れ隠しか、あるいは単に気に留めていないだけなのか。
それはさておき、次の扉を開いたアリソンは、そこに広がる風景に目を見張る。
「ラズさん、また廊下が出てきちゃいました!」
「は? ⋯⋯ああ、1階の廊下に繋がってたってこと。なら、向こうの扉も洗いざらい開けてかないと駄目ね」
今、アリソンたちが立っているのが何階の廊下なのか、アリソンには見当がつかない。けれど扉の先にはこことよく似た、窓から見える景色が少し違っているだけの、扉の立ち並ぶ黒い廊下が広がっていた。
吸い込まれるような黒を前に、ぎゅっと手を握ったアリソンは口を開く。
「あの、ラズさん。提案なんですけど、手分けして探しませんか? ほら、向こうもたくさん扉があるみたいですし、一緒に探していたらなかなか見つからないんじゃないかなって」
「いいの? 目を離した隙に、あなたをここから現実に無理やり戻しちゃうかもしれないって考えないの?」
「うーん、ラズさんはそういう卑怯な手は使わないんじゃないかなって⋯⋯」
「あら、随分買いかぶってくれるのね?」
くすくす笑うラズにからかわれ、アリソンは「もうっ」と痺れを切らしたように切羽詰まった声を出す。
「いいからラズさんは向こうをお願いします! もしこっちでフランベルジュが見つかったら、合図を送りますからっ」
「ちょっ、分かったから押さないでってば!」
ぐいぐいと背中を押されたラズが振り返る前にアリソンは取手を勢いよく引く。扉の閉まる重苦しい音が二人のいる場所を別つ。
「ああ、良かった。間に合ったぁ⋯⋯」
ほっと息をついて、アリソンは振り返る。
暗い廊下の中、視線の先にいるのは、頭を押さえて狂人めいた血走った目で辺りを見渡している、魔術師セネカ・レミントンだ。
こうして見つからないよう、息を潜めていると、まるでかくれんぼをしているみたいだとアリソンは思う。
村の近くの川辺や林の中、弟のルノーと幼馴染のジョアンと3人で遊び回った懐かしい記憶に、胸が温かくなる。ルノーは体が弱いから、具合がいい時や、日差しが強くない日にしか一緒に来れないことをよく不満に思っていて、そんな弟のために、ジョアンと綺麗な花をよく摘んで帰ったことを思い出す。
そしてそんなルノーは、かくれんぼがとても上手で、日が暮れてもなかなか見つからなくて、村中の大人を巻き込んだこともあった。
弟は表情豊かだったのに、今となっては笑った顔か、最後に見たあの、目を見開いた姿しか上手く思い出せない。
「⋯⋯お姉ちゃんに力を貸してね、ルノー」
胸に手を当ててひとり呟くと、アリソンは顔を上げて、大きく両手を叩く。
獣のように、音に反応してぐるんと首を回し、血走った目を大きく見開いたセネカに、アリソンは勢いよく叫ぶ。
「──鬼さん、こちら! 手の鳴る方へ!」
セネカがなりふり構わず飛び掛かってくるのを見てとったアリソンは、ラズを押しやったのとは別の扉を開き、体を滑り込ませる。
扉の先は小さな店の中に繋がっていて、出入り口と裏口の、二つの扉があった。
どちらに逃げ込むべきか──追いかけてくるセネカの気配を感じながら思案するアリソンの耳に、ふと何かが沸騰しているような音が響く。音が裏口の方から聞こえてくることに気づいたアリソンは、そのまま導かれるようにして裏口の戸を開ける。
「クソッ、舐めやがって! 僕から逃げられると思うなよ!」
バタンと大きな音を立てて、セネカが店の中に入ってくる。閉ざされた二つの扉を前に、彼は息を荒げ、手身近な椅子を蹴飛ばした。
◇◆◇
「いたた⋯⋯っ、まさか階段があるなんて⋯⋯」
地面に尻餅をついたアリソンは、直前の出来事を思い起こしながら呟く。
裏口の扉を開けて一歩踏み出した後、すぐ目の前にあった階段に反応できず、そのまま滑り落ちたのだったか。黒い石畳の地面にぶつけたせいで痛む背中をさすりながら立ち上がると、10段近くある階段が後ろにあり、その上に木製の扉があった。あそこから落ちてきたのだろう、どうりで痛いせいだ。
部屋は小さな四角形で、地下特有のじめじめとした湿気の高さが気持ち悪い。灯り一つない周囲に、ここにラズがいたら──と頭に浮かんだ甘えに、アリソンはぶんぶんと頭を振る。
ラズに頼ってばかりじゃダメだ。明かりがないから何だ、目が慣れれば見えてくるじゃないか。
部屋に他の扉がないか調べようと一歩踏み出した時、つま先が何かにぶつかる。顔を上げると、そこにはアリソンの背丈を優に超える書架があった。
「わぁっ、すごい! 本がこんなにたくさん⋯⋯!」
書架に並んだ、使い込まれた革張りの本や羊皮紙の巻物たちに、思わず感嘆の声が漏れる。本の中身は図鑑なのか、少しの挿絵と共に、難しそうな文字の羅列が並んでおり、文字の読み書きを覚え出したばかりのアリソンにはとても解読できない。かろうじて海の生物について書かれていることがわかる程度だ。
きっとこの部屋の主は、読書好きなのだろう。だけど、こんなに湿気に満ちた地下に本を置いても大丈夫なのだろうか。紙は水に弱いと聞いていたのだが。
暗闇に慣れてきた目で辺りを見渡すと、大きな釜が目に入った。アリソンの身長と同じぐらいの、人がすっぽりと中に入れてしまいそうな釜。踏み台らしき箱に立って中を覗き込むと、中には紫色の液体がぐつぐつと煮えている。
紫色の芋でも煮ているのか、と思ったものの、顔を近づけると凄まじい臭いが鼻につく。まるで腐敗した肉を煮たような。
慌てて顔を背けたアリソンは、壁際に大きな水槽が置いてあることに気が付く。人間が横になっても余裕があるような巨大な水槽だが、いったいどんな生き物が飼われているのだろうか──疑問に思って近づくが、中には何もいない。
そういえば、この空間にはアリソンとラズ、そしてセネカ以外の人間だけでなく、動物も見かけなかった。
──いったい、この部屋で何を飼っていたんだろう?
人が丸ごと入れてしまいそうな、腐敗臭のする釜。巨大な水槽。海の生物について書かれた本。
まるで人から遠ざけたいかのように、地下にこれだけのものを閉じ込めた理由は、何なのか。
何か、踏み行ってはいけない場所に入ってしまったような感覚に、アリソンは後ずさる。後ずさったところで、書架がすぐ背に迫っているのだが。
どん、とぶつかった衝撃で、書架の本の隙間に挟まれていた小瓶が地面に落ちる。反射的に「あっ」と手を伸ばしたアリソンの鼻腔にふわりと、甘い蜜のような香りがまとわりつく。小瓶の中身は香水だったようだ。
「この香り⋯⋯」
あまりに強い匂いに鼻を抑えたアリソンは、小瓶を拾おうと前屈みになったまま動きを止める。
この香りは知っている。この香りは──
「見つけたぞ、この、田舎女があぁッ!」
「っ、セネカ⋯⋯!」
扉から現れセネカを迎撃するため、アリソンは剣を構える。それを見て、彼はより一層苛立たしげに舌打ちをする。
「ああもう、鬱陶しいなぁ! 大人しく僕に殺されなよ、それがお前の役割だろ!」
「役割? 意味がわからない! 人に勝手な役目を期待しないでくださいっ!」
放たれた氷のつぶてを弾き返しながら、アリソンは彼の声に負けじと叫ぶ。
「だいたい、あなたは何を考えてるんですか? この町はあなたの故郷でしょう、どうして巻き込む必要があったんですか!」
「巻き込む? ハッ、これだから凡人は! そっちが勝手に巻き込まれに来たんだろ!」
巻き込まれに来た、とはおかしな言い方だ。
てっきり彼はアリソンとラズが町に来ることを知っていて、アリソンとラズを殺すついでに町を巻き込んだのだとアリソンは思っていたが、違ったのだろうか。
階段を駆け上がり、彼の首元へ振るった刃をすかさず防壁魔術で防いだセネカが、闇を纏った黒い雷を放つ。壁を蹴って横に飛び、地面へ降り立ったアリソンの目の前で、雷に触れた壁が黒く変色し、ボロボロと崩れていく。
「⋯⋯もしかして、逆なんですか?」
「は?」
「町のみんなが巻き込まれたんじゃなくて、私たちが巻き込まれた側だったなら、あなたは自分の故郷の人たちを、こんな悪夢の中に閉じ込めて殺す気だったんですか⋯⋯!?」
「今更? そうだよ、そこにお前らが現れた時は笑ったよ。こんなにしぶといのは想定外だったけどね!」
唸るような風の刃が、書架を切り裂いていく。その場に散らばった本や巻物、インク瓶に、例え虚構だと分かっていても、やるせなくなる。部屋の主がこの惨状を見たら、卒倒してしまうのではないだろうか。
「どうしてそんなことを? あなたの故郷なのに!」
「⋯⋯故郷だから、だよ。くだらない!」
本気で疑問に思って問うたアリソンの言葉に、セネカは不愉快そうに眉根を吊り上げ、苦々しく吐き捨てた。
◇◆◇
「ほんっとうに、馬鹿みたいに部屋が多いんだから⋯⋯!」
また目当ての場所ではなかった扉を閉め、ラズはため息をつく。
アリソンと二手に分かれてから、すでに何十と扉を開けては閉めているが、一向に目的の場所へは辿り着けていない。
──早く見つけなければ。アリソンが、この空間から完全に出られなくなってしまう前に。
足早に次の扉へ手を伸ばした瞬間、大きな揺れが起こる。同時に、肌を刺すようなピリピリした殺気に、ラズは反射的に周囲を伺う。
しかし、発生源はどこか遠く──少なくとも、近くの扉からは繋がっていないらしく、誰の気配も感じ取ることができない。
最後に見たアリソンの顔を思い描いたラズは、ギリッ、と自らの腕に爪を立てる。
「あんなこと言っておいて、アンタが先にくたばったりしたら許さないんだから⋯⋯っ」
「さっさとくたばれよ、死に損ない!」
「それはこっちの台詞です! 魔術師セネカ!」
半壊した、誰のともしれない部屋の中で、アリソンとセネカは互いを強く睨みつける。
双方ともに譲らない戦いは、佳境を迎えていた。あちこちの壁は壊れ、瓦礫が散乱し、壊れた床や壁の合間からは真っ暗な暗闇が覗いている。
「ったく、今さら帰る場所もないくせに抗うなよ、ムカつくんだよッ!」
その帰る場所を奪ったのは誰だと思っているのか。
あんまりな発言に、頭の奥がカッと熱くなる。
「ふざけないで⋯⋯! 自分の故郷を壊すような、人の痛みの分からない狂ったあなたには言われたくない!」
「うるさいうるさいッ! 狂ってるのは僕の才能を認めようとしなかったアイツらだ! 僕は正当な復讐をしただけだ!」
頭を振りかざしたセネカの手から、黒い爆風が放たれる。迫り来る風を避けるのではなく、あえてそのまま身を任せたアリソンは、天井近くまで舞い上がった。流れるように天井を蹴り、爆風の中心であるセネカ目がけ、降下する。
ヒビの入った防壁魔術で凌いだセネカが舌打ちをする。防壁の爆発に備えて距離をとったアリソンに、彼は「あいつらが悪いんだ!」と、癇癪を起こした子供のように喚き立てる。
「王都の魔術学院の奴らもそうだ! 僕と先生の崇高な研究を理解しようともしないで、あまつさえ嘘つき扱いしやがって! だから退学に追い込んでやったんだ! 学級崩壊? 問題児? 冗談じゃない! 間違ってるのは僕じゃない、あいつらの方だったのに!!」
声高に叫ぶセネカの言葉に、アリソンは眉を顰める。
脳裏をよぎるのは、ラズの記憶を巡る旅の中で垣間見た光景。ケースの中に詰め込まれた彼女と、魔術師らしき老人。そして彼を慕う少年⋯⋯。
繋がった点と点に、そういうことか、と歯を噛み締める。
──コイツが、在りし日の彼女をあんな目に遭わせたのか。異能という名の、消えない呪いを刻み込んだのか。
怒りに震えた体の奥底から、憎悪の火が湧き上がってくる。
「崇高? 他人の身体を切り刻むことのどこが⋯⋯!」
「黙れ! お前みたいな育ちの悪い村娘に何が分かる! 凡人も! 雑魚も!! 大人しく跪いて地面を這って、僕を崇め讃えていればいいんだよッ!!」
どれだけ感情的になろうと、癇癪を起こしていようと、ラズの言う通り、彼はその実力だけが確かだ。放たれた黒い雷を剣で弾きながら、アリソンは自らその渦中に飛び込んでいく。前へ、前へと、たとえ一歩でも近づきたい。
近づけまいと油断しているのか、あるいは自分の情緒に飲み込まれて気づけないのか。セネカは、アリソンが近づいてきていることにはまるで注意を払っていない。
あと一歩。あと半歩。
あと少しで、無防備な彼の首に剣を突き立てられる──
「そんな簡単にいくわけないだろ、馬鹿か」
──何が起きたのか、一瞬わからなかった。
少年の首に、アリソンは確かに剣を突き立てたはずだ。それなのに、背中から腹部を貫いている杖はなんだ。
「上手くいきすぎて、申し訳なくすらなってくるよ。ごめんねえ、自分そっくりのコピーを作ることもできるんだ。何せ僕は、天才魔術師だからさぁ!!」
ぐぐっ、と引き抜かれようとする杖をガッと左手で掴み、腰を無理矢理に捻って、後ろで高笑いする少年の首へ今度こそ剣を突き立てようとする。
肉を削がれようが、腹を抉られようが構わない。骨さえ絶てたのならば、己の勝ちだ。
けれど、剣は薄い防壁越しに阻まれてしまう。ギリギリと、どれだけ力を込めたとて、どれだけの思いを乗せたとて、あと少しが届かない。
「無駄なんだって。無駄無駄無駄ッ! お前がどれだけ思いとやらを込めたって、僕には届かない。信念なんてモンじゃ、実力の差は越えられないんだからさぁ!」
「あなたの言うことなんて聞きません! そんな壁、絶対に越えて、絶対にあなたを殺してみせる!」
「あっそう? じゃ、せいぜい死ぬまで足掻いてなよ、退屈しのぎにはなるかもね。ああ、お前が死んだら、あのラズとかいう女に見せてやろうっと。凡人の分際で僕に逆らったこと、たっぷり絶望させてからお前の後を追わせてやるよ! アッハハハハハハ!!」
頭の奥がカッとする。そのせいか、剣先がまた少し彼の首に向けて近づくが、防壁を破るにはまだ足りない。そもそも防壁を破ったとして、爆発をどう避ければいいのか。
ああ、ここにフランベルジュがあったなら──歯を食いしばりながら、そう思わずにはいられない。
こんなにも怒りを感じているのに、こんなにも憎いのに。殺気ばかり磨いたところで、致命傷ひとつ与えられないなんて屈辱でしかない。
本当に、セネカの言う通りなのだろうか。この胸で燃えている「思い」程度じゃ、殺せないのだろうか。
悔しさに視界が滲んだ時、ふいに何かが引っかかった。
その正体に理性が辿り着く前に、心が辿り着く。
『これから先どんなことがあっても、その炎を忘れないで。今のあなたなら──』
幻の己が自分に伝えた言葉、その意味。
『心の事象がそのまま形になる精神世界では──』
言った当人であるセネカでさえ理解しきっていない、その真意。
「⋯⋯? なに、やっと状況が読めた? やっと諦めたの?」
剣を下ろしたアリソンに、勝利を確信したセネカが、わざとらしい作った声で尋ねてくる。
それに答えず、アリソンは──炎を拡げる。
「炎ッ!? 嘘だ、おかしいだろ、僕は火の魔術なんて使って⋯⋯ッ」
「あなたが教えてくれたんじゃないですか。ここは精神世界だって。心の事象がそのまま形になるって──!」
心の中の、憎悪の炎を形にする──精神世界でなければできない荒技だ。
家族を殺されたあの日、そしてエリザベスに復讐という道を示されたあの瞬間から、胸を焦がしてやまない憤怒の炎。それを引き摺り出し、部屋の中を包み込んだアリソンはセネカの首に手を伸ばす。皮一枚の防壁が軋み、セネカの顔に焦りが浮かぶ。
分かってみれば、簡単なことだった。剣を探すまでもなく、ただ燃え続けるこの炎を解き放てばいいだけだったなんて。
ぶわぁっ、とアリソンを中心に広がった炎は、部屋から壁から、無茶苦茶につながった扉から、全ての場所を包み込んで燃やしていく。
「自分が馬鹿にしていた『思い』に追い詰められる気分はどうですか?」
「は、はは⋯⋯っ、ただの炎なんかで僕を殺せるとでも⋯⋯ッ!?」
「⋯⋯僕が間違ってました、ごめんなさいって、言うだけのこともできないんですか? 育ちの悪い村娘よりも育ちが悪いんですね」
「お前ッ⋯⋯! ぐっ、いや、忘れたのか? 僕の防壁を破ったら、爆発するんだ! お前も死ぬんだぞ!」
死ぬのは困るなぁ、と頭の片隅で考えながらも炎は止まらない。死んだら勇者を殺せない。
だけど、死ななきゃセネカを殺せないというのなら──
「そうはさせないわよ!」
部屋の中に広がる炎と闇を切り裂くようにして、閃光が走る。
頭上を見ると、白い光と共に、フランベルジュを携えたラズが降ってくる。
「アリソン、見つけてきたわよ! これでぶちまかしてやりなさい!!」
放り投げられたフランベルジュを受け取った瞬間、部屋を満たした炎が輝きを増す。
ラズが自分に防壁魔術を張り、近くに着地したのを確認したアリソンは、セネカに向き直る。腹部の痛みなんて、もうとっくに気にならない。
「ひ、火が増えたからって、なんだって言うんだよ! どうせ全部爆発に巻き込まれて消えるんだぞ⋯⋯!」
「そうですか? だったら──」
だったら、その爆発ごと、この空間を抱き込んで焼き尽くすまでのことだ。
「う、嘘だろ⋯⋯いくら魔人の力を持ってるからって、ただの村娘如きにこんな芸当が⋯⋯!」
天才なのにこんなことも分からないのか、とアリソンは沸騰した頭の片隅でぼんやりと思う。
この炎の原動力がアリソンの内で燃えている憎悪や憤怒、嘆きの感情である以上、この炎に限界はない。この悲しみが、この怒りが、この憎しみが鎮まることはない。全てを焼き尽くして、全てを消し去ったとしても、きっと消えることはない。
留まるところを知らずに広がった炎は、とうとうセネカの防壁魔術を焼き切る。瞬間、生じた爆発をも飲み込み、炎は歪な虚像の空間を取り込んでいく。
そうして炎の眩い、白い光が虚像を切り裂き、全ては再び闇の中に沈んだ。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
元々の更新日が法要の日程と重なるため、2回ほどお休みを頂きます。なので、今回が年内最後の本編の更新となります。
その代わりと言ってはなんですが、年内に2章終了時点での登場人物のまとめを投稿しようと思っているので、良かったら興味のある方は見てくれると嬉しいです。
今年もお世話になりました。
来年も引き続き、アリソンとラズの物語に付き合って頂けると嬉しいです。
次回更新日:1/16予定




