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村娘Aが勇者を殺すまで  作者: 藤森ルウ
第2章 聖都編
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幕間 それでも道は続く



「本当に、それでいいんだね?」


 確認するような口調、いつも通り「親しみのある勇者」の顔をしていても、レインナートの言葉の端々からは隠しきれない威圧感が滲んでいる。まるで、逆らってはいけないと本能で理解するよう仕向けるような挙動。

 けれど、彼と相対する修道服の少女は、怯えるように両手を胸の前に重ねながらも、しっかりと頷いた。


「はい。わたしは、聖都(ここ)に残ります」

「⋯⋯そう。分かった、君の意思を尊重しよう。だけど、気が変わったらいつでも連絡してくれ。俺たちは仲間だからね、きっと君を迎えに来るよ」


 少女の頭を、髪を包むウィンプル越しにポンと撫でたレインナートはにこやかに笑う。

 全てを焼き焦がす太陽のように、彼以外の全てをかき消す強烈な笑顔。

 頭の上に置かれた手の重さに、少女は今更ながら、己の選択の重さに慄いた。



◇◆◇



 聖都の郊外に、金をふんだんに使った豪奢な馬車が止まっていた。馬車を引く白馬がぶるる、と鼻を鳴らし、御者がその頭を撫でる。

 その横で、待ち人を待つ3人の男たちが立っていた。


「女って、ホント準備に時間が掛かりますよね。勇者様が待ってるんだから、もうちょっと早く来てくれたっていいと思うんですけど」

「まあ、そんなに急かすことはないよ。たまにはこうして、のんびりと人を待つのも楽しいものじゃないか」

「⋯⋯さすが勇者様、僕みたいな凡人とは考えることが違う」

「ははっ、そう自分を卑下しないでくれよ。君の魔術も充分すごいじゃないか」


 深緑のフードを深く被った黒髪の少年、セネカは不器用な笑顔を浮かべてレインナートと雑談していた。肩の辺りまで伸びた髪と中性的な顔立ちのせいで一見少女のようにも見えるが、セネカはれっきとした男だ。女だったらなぁ、などとレインナートが笑顔の裏で胡乱なことを考えているのも知らず、彼は「勇者様に比べたら僕なんて」と乾いた謙遜を口にする。

 そんな二人から少し距離を置いて立っていた、全身を鎧に包んだ重騎士ドワイトがふいに顔をあげた。それに気づいたレインナートもセネカから視線を外し、ドワイトの見つめる方角を見やって笑う。


「ああ、来たみたいだね」


 聖都の方角から、踊り子のような衣装をひらひらと風に揺らし、赤い巻き毛の美女マルガリータが走ってくる。だいぶ長い距離を走ってきたというのに彼女は息を切らすことなく、いつものように人を惑わす妖艶な笑みを浮かべ、レインナートに両手を投げ出す。


「ごめんなさい、レイ! 待たせてしまったわ」

「いや、気にしてないよ。っと、衣装に返り血がついているよ。ほら、ここ」

「あら嫌だわ、恥ずかしい。教えてくれてありがとう」


 物騒な会話を囁き合う二人は、会話の聞こえない距離にいるセネカとドワイトから見れば、腕を絡めあっている男女のじゃれ合いに見えなくもなかった。会話の内容を完全に誤解したセネカは、目深に被ったフードでも隠しきれない侮蔑の眼差しでマルガリータを見やる。

 一方のマルガリータは、そんな少年の視線と勘違いに気づきながらも、わざと見せつけるようにより深く腕をレインナートに絡めて笑った。


「ところで、ニーナちゃんは本当にここに残るつもりなの?」

「ああ。意思は変わらないようだったよ」

「そう⋯⋯レイでも説得できない女の子なんて珍しいわね」

「せっかく勇者様が直々に説得したのに、無下にするなんて身の程知らずですね。あいつ普段から、弁えてます、って顔してる癖に、そういうところがあるんですよ」


 残念そうに首を振るレインナートに、すかさずこの場にいない彼女をこき下ろすセネカ。今度はマルガリータが蔑みを込めた一瞥をセネカに投げやったが、レインナートと話すことに夢中な彼はそれに気づかない。もし気づいていたなら、「踊り子風情が」と怒り狂ったことだろう。


「まあ、彼女には彼女の、俺たちには俺たちの、そして大司教には大司教の考えがあるということさ」

「大司教というと⋯⋯タンブルウィード大司教のことかしら?」

「うん。どうも彼は⋯⋯っと、続きは馬車に乗ってからにしよう。王都まで長旅になるだろうからね」

「本当ですよ。僕の転移魔術なら一瞬なのに⋯⋯今からでも馬車は断りません?」

「うーん、君の気持ちも分からないでもないけれど、いくら俺でも大司教の好意を無下にはできないよ。それにこんなに立派な馬車、滅多に乗れるものじゃないだろう?」


 セネカの提案を苦笑いで退けたレインナートは、マルガリータが馬車に乗るのに手を貸している。苛立つセネカは、足元の石をさりげなく蹴り飛ばす。

 もしもこの場にニーナがいたなら、セネカは日頃からしているように、彼女の悪いところを適当にあげつらって鬱憤を晴らしたことだろう。だが、その彼女はいない。

 怒りの行き場を失った少年が馬車に乗り込むのを見届け、最後に重騎士ドワイトが乗り込み、馬車はゆっくりと走り出した。


 

◇◆◇



「──なるほど、それが大司教の考えということね。でもそれじゃあ、ニーナちゃんが可哀想じゃないかしら」

「俺もそう言ったよ。でも他でもないニーナがそれを受け入れて選んだんだから、俺たちにできることは、信じて見送ることだけだと思うんだ」


 馬車の中、隣り合って座ったレインナートとマルガリータがそんな会話を交わす。レインナートの正面、ドワイトの隣に座るセネカは、ささくれだった気持ちのまま「どうでもいいよ」と呟く。


「確かにニーナの治癒術は凄いらしいけど、治癒術(そんなもの)が何になる⋯⋯んですか。勇者様の剣と、僕の魔術、それにドワイトさんの防御とマルガリータさんの支援があれば、一掃できない敵なんていないんだから」


 何になる、と吐き捨てそうになって、慌てて敬語を付け足したセネカの言葉は自信過剰で傲慢なものだ。

 だが、それが正しい実力によって裏打ちされていることを、この場の誰もが知っている。


 聖剣フォルティスに選ばれた勇者、レインナート。その一振りは山を砕き、海を分けるというのは、あながち誇張でもない。

 全身を鎧で覆う重騎士、ドワイト。王都を守護する騎士団を率いていた、鉄壁と名高い彼に、傷をつけられるような魔物はおろか魔人もいない。

 酒場から勇者に引き抜かれたという、異例の経歴を持つマルガリータ。彼女は数多くの支援魔術や敵を惑わす幻惑の魔術を得意としており、さらには交渉術の高さなどでパーティを影から支えている。

 そしてセネカ。天才魔術師と名高い彼は最少年だが、既に多くの成人の魔術師でも扱えない式を会得しており、赤子の手を捻るように複雑な魔術を思い通りに操ることができる。


 そんな4人が揃っているのだ。治癒も何も、そもそも怪我をすること自体が無い。

 その意味では、確かにセネカの言う通り、例え並外れた治癒術の使い手であろうと、ニーナが役に立てる場面は無かった。


「大体、異世界からやって来たとか、嘘くさいし。あんないちゃもんを公表するなんて、聖都も何を考えてるんだか」

「いや、彼女が異世界から来たというのは事実だよ。召喚の儀には俺も立ち会っていたからね。確かに彼女は、俺たちとは全く違う世界からやって来た人間だよ」

「⋯⋯だとしても、とにかく、必要ないですよ! あいつの治癒術なんて、僕たちには無用のものだ。そうでしょう?」

「⋯⋯そうだね。()()俺たちに聖女の奇跡は必要ない。だけど、もしもっと早くに出会えていたらって、思うんだ」

「レイ⋯⋯」


 憂いを帯びたレインナートに、マルガリータが気遣わしげに声を震わせる。しばし俯いた後、再び顔を上げたレインナートの顔には、いつもの勇者らしい笑顔が戻っていた。


「ごめん、ちょっと昔のことを思い出してしまってね」

「⋯⋯過去は戻らないですよ、勇者様」

「うん、分かっている。俺たちは前に進むしかない。きっとラフィも、それを望んでいる⋯⋯」


 ──ラフィ?

 

 ドワイトやマルガリータよりも後になって勇者一行に加わったセネカには、レインナートが思いを馳せている人物が誰なのか分からない。よもや離脱したニーナのことではあるまい。

 それなのに、自分以外の3人が分かったような顔をしているのが癪に障る。セネカはグッとフードを深く被り直し、唇を噛む。

 だがセネカにとっては幸運なことに、馬車が大きく揺れたことで馬車の中に広がっていた奇妙な空気は破られた。きゃっ、と悲鳴をあげたマルガリータを支えたレインナートは窓から顔を出し、「何があった?」と御者に問う。


「すみません、巡礼者がいたので避けようと」

「巡礼者⋯⋯ああ、あれか」


 聖都から去っていく馬車とは反対に、今から聖都に向かうらしいみすぼらしいマントの二つの背中を見やり、レインナートは納得して頷く。


「ご苦労なことだ、ただの偶像を拝みに遥々やって来るだなんて」


 窓を閉じたレインナートが、吐き捨てるようにそう言うのを聞き、セネカは思わず目を見開く。


「勇者様は、女神の存在を信じていないんですか? だって⋯⋯」

「『だって、聖剣に選ばれ勇者となったのも女神の導きじゃないんですか』って? ははっ、君もまだまだ子供だなぁ! 夢見るお年頃ってやつだ」


 快活に笑いながらも、レインナートの目は笑っていない。

 それが分かったからこそ、セネカは子供扱いに対する文句の声を引っ込めた。頬杖をついたレインナートは、閉じた窓の向こうを見つめなて、ぼうっと呟く。


「もし、女神なんてものが本当にいたなら彼女は──ラフィは死んでないさ」


 再び、あの張り詰めたような、過ぎ去ったものを惜しむような空気が馬車の中に満ちる。そして今度こそ、空気を打破してくれるような揺れは起きない。


 全員が無言のまま、豪奢な馬車は広い街道を走り抜け、王都へ向かって真っ直ぐに突き進んで行った。



◇◆◇



 その頃、聖都のとある民家の前で、一人の男が弱りきった顔で立ち尽くしていた。

 彼は友人である家主を訪ねてきたのだが、どれだけノックしても一向に返事が帰る気配はなく、男は首を捻る。

 確かに友人は、用事がなければ滅多に外出しない気難しがり屋ではあるが、友人の来訪を無下にするような性格ではなかった。

 そんな友人に、近頃「高貴な女性」の影があると聞き、男はこうして祝いに来てやったのだが。


「⋯⋯具合でも悪いのか?」


 だが、それなら尚更見舞いの一つぐらいはさせて欲しいものである。痺れを切らした男は、鍵がかかっているはずのドアノブを回す。

 と、ガチャリと軽い感触と共に、ドアは開いてしまった。


「⋯⋯は? いやいや、不用心すぎるだろ⋯⋯」


 友人の家の中は、明かりが灯っていなかった。他人の家で魔術を使うのは気が進まないが、仕方なくランプに明かりを灯してやる。


「おーい、いないのかぁ?」


 家の中には強い花の香りに混じって、やや鉄臭い臭いが漂っていた。友人には花をいじる趣味もなければ、鍛治の興味もなかったはずだ。妙な胸騒ぎを感じ、男は足早に室内に踏み入って行く。勝手知ったる他人の家だ、どこに何があるかぐらい分かる。

 カツカツと階段を登って、寝室を開く。


「おい、大丈⋯⋯ッう、うわぁああああああああ!!」


 ドアを開けた彼は、叫んだ拍子に勢いよく尻餅をつく。

 信じられない。いや、信じたくなかった。目の前の光景を。


 寝室のベッドの上には、むせ返るような香りを放つ赤い薔薇が敷き詰められている。

 だがよく見れば、その薔薇が元は白いことが分かる。赤く見えるのは、ベッド中に広がる血溜まりの色に染まっているからだ。

 その血溜まりの中心で友人は仰向けに、目を驚愕に見開いたまま死んでいた。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

短いですが、これで年内最後の更新となります。来年もお会いできると嬉しいです。


また、誤字報告してくださった方、ありがとうございます。とても助かりました。


次回更新日:1/3予定

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