表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の向こう岸の彼女  作者: 篠也マシン
4/4

四話(完結)

 翌朝、僕は世界の端に座り、向こう岸を眺めた。彼女の姿は見えないが、彼女の家の煙突から煙が上がっているのが見える。幼い頃、彼女の家で食べた朝ご飯を懐かしく思った。

「『必ず会いに行く』と書けなくなったのは、いつからだろう」

 僕たちはもう大人と言ってもいい年齢になった。子供の頃、必ず再会するという強い気持ちを手紙に書くことで、お互いを支え合ってきた。だがそれが困難であることが分かると、僕はそれを書くことができなくなった。手紙は近況を報告するだけのものになり、僕たちの心の距離は広がっていった。

 グリが僕の肩に止まった。

「テガミ、トドケル」

「そうだね。素直な気持ちを書こう」

 僕は紙とペンを手に取った。

 きっと僕の不安な気持ちが彼女を不安にし、お互いの距離をより広げる結果になったのだろう。今の僕がするべきことは、空を飛ぶ翼を作ることではなく、彼女を支えるための言葉を紡ぐことだろう。秘密にしていた計画を彼女へ話そう。夢のような話だけど、頑張っていると伝えることが小さな希望になるはずだ。

『久しぶりだね。実は君に秘密にしていたことがある。ずっと忙しかったのは仕事のせいじゃないんだ。僕は都の学校に通いながら、あるものを造っている。それは鳥のような翼を持つ空飛ぶ船だ。これが完成すれば世界を越えることができるけど、今の技術では造るのが難しい。先日できたばかりの試作船も、飛ぶことができずに壊れてしまった。でも僕は船を造ることをあきらめない』

 ケガをしたことはふせておいた。これぐらいの秘密は許してくれるだろう。そして僕は幼い少年のころのように強い気持ちを手紙に込めた。

『いつか必ず君に会いに行く。だから僕を待っていてほしい』

 手紙を書き終えると、世界の向こう岸に彼女が立っていることに気づいた。僕が大きく手を振ると、彼女が手を振り返した。僕がまた彼女の支えになれたら嬉しい。僕は手紙と想いをグリに託した。

「あれ?」

 不思議なことに、グリは向こう岸ではなく僕の家の方向へ飛んでいった。

「おーい、どこ行くんだよ」

 振り返ると一人の女性が立っていた。グリは女性の腕に止まる。

「手紙、届けてくれてありがとう。早速読ませてもらうわね」

 彼女は慣れた手つきで手紙を開き、時間をかけて読む。僕は言葉を発することができず、その様子を呆然と眺めていた。

 しばらくすると彼女は手紙を閉じた。

「あなたが忙しい理由はこういうことだったのね。まったく、私に秘密で頑張るなんて許せないわ」

「――なぜ、君がここにいるんだ」

 世界の向こう岸にいる彼女が、僕の目の前に立っていた。

「世界を越えて来たのよ」

 彼女は小さな笑みを浮かべた。

「私も秘密にしていたことがあるの。聞いてもらえるかしら?」

 僕はうなずくしかなかった。


「数年前、私の世界である仮説が発表された。それは世界は平らではなく丸いというもの」

 彼女は空に丸い円を手で描いた。

「私とあなたの世界がつながっているかもしれない、そう聞いて心がおどったわ。でもこの仮説を証明するには、世界をぐるりと歩いて一周するしかない。それに――」

 彼女が描いた円を真ん中で切る。

「もし裂け目が世界の反対側まで続いていたら、一周してもあなたの世界へは辿り着けない。でも私はあなたに会うため賭けに出た。『ずっとあなたを待ってる』だけでは嫌だったの。だから手紙にその言葉を書かなくなった。私は仕事を止め、世界を旅する調査隊へ入った。何年もの間、あなたの姿を見ることも手紙を出すこともできなくなるのは、本当に辛かったけどね」

 彼女は寂しそうな笑みを浮かべた。

「幸いなことに、裂け目は反対側まで続いていなかった。とても長い旅になったけど、あなたに会えたことで、世界が一つにつながっていることが確かめられた」

 僕は世界が丸かったことよりも、彼女が目の前にいることに驚いていた。

「私と一緒に来た人たちは、都に行っているわ。今頃大騒ぎでしょうね」

「ちょっと待ってくれ! 旅に出ていたはずなのに、どうしてさっきまであそこに――」

 僕が向こう岸を指さすと、そこにも彼女が立っていた。こちらに向かって元気よく手を振っている。

「まだ気づかないの? あれは私の妹。すいぶん大きくなったでしょう。私とよく似ているから、代わりを務めてもらったの」

「じゃあ僕宛の手紙は? 姉妹だからといって筆跡まで同じわけがない」

「何通も書き溜めておいたのよ。いつも似た内容で不安にさせたのなら謝るわ」

 数年前、向こう岸の彼女を見た時の違和感。それは妹と入れ替わっていたからだったのだ。それに手紙の内容について、的外れな心配をしていたことを恥ずかしく思った。

「……なんで秘密にしてたんだよ」

「決まってるじゃない。あなたを驚かせたかったから」

 彼女は悪戯な笑みを浮かべた。だが僕にはそれが嘘だと分かった。本当は心配かけたくなかったのだろう。

「世界を一周する、そんな方法があったなんて」

「私も空を飛ぶなんて思いつかなかった」

 グリが彼女の腕から飛び立ち、僕の腕に止まる。僕はグリの背中を優しくなでた。

「君には会えたけど、僕は空飛ぶ船を造ることは止めない。帰りは僕が向こう岸まで送っていくよ」

「うん、期待してる」

「それに、空飛ぶ船があれば君の妹の夢も実現できる」

『大きくなったら、みんなで暮らそうね』

 彼女はその言葉を思い出し、顔を赤く染めた。

「実はもう一つ秘密にしていたことがあるんだ」

 幼い頃から僕と彼女は家族のように過ごしてきたが、気持ちを伝え合ったことは一度もなかった。どれだけ強い想いでも、言葉にしなければ世界を越えることはできない。

「――ずっと前から、君のことが好きなんだ」

 彼女は幼い少女のように笑みを浮かべる。

「その秘密を打ち明けてくれるのを、ずっと待ってた」

 目を閉じると、昨日まで僕と彼女の世界を隔てていた境界は消え去り、優しい音が世界に響いた。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ