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二度転生令嬢の落ち着く先  作者: 蒼黒せい


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8話

騎士服をはだけさせられ。

正面には動揺して腕は放したけどどいてはくれない護衛騎士。

横にはばっちりと目が合い、しかもなぜか殺気よりも怒り狂っているかのような陛下。

反対側には、陛下と対照的に絶望の団長。


……一つ言えることは、私がずっと胸元をはだけたままでいることで…


別に男の価値観があるとはいっても人前で…ましてや男性の前で肌をさらして平気でいられるわけじゃない。

というか、護衛騎士は別方向見てるとして、陛下と団長はこちらを凝視しないでほしい。


…本気で恥ずかしいんです。


「…す、すまない、今どける!」


ようやく今の自分の状況を理解してくれた護衛騎士が、私の上からどけてくれた。

さらにその上着を脱いで私の上にかけてくれた。


「…その、すまない。わざとじゃ……」

「……わかってます」


本気で闘うことを求めた私が悪いのだから。

そう、これは不慮の事故。

決して意図的なことじゃない。


私には大きめのその上着を纏い、はだけた胸元を隠す。

地面から起き上がると、こちらに歩み寄る足音。

キラルド陛下だ。


「陛下!これは私の…」

「五月蠅い」


護衛騎士が言いつのろうとしたのを却下した。

それどころか、護衛騎士にはそれ以上目もくれず、まっすぐに私に向かってくる。


真正面に私の前に立ち、仁王立ちしてくる。

慌てて頭を下げようとすると、頭に手をかけられて下げることを許されない。


「………」

「………」


嫌な沈黙が場を支配する。

目のきつさが、口から見える歯の軋み加減が、相当に怒っていることを教えてくれる。

…何故そこまで怒っているのかはわからないけど。


すると、いきなりこちらに両腕を伸ばすと、私の腕を掴み……広げさせた?!


「きっ……!!??」

「………」


上げかけた悲鳴が漏れて終わるほどに今の状況が理解できない。

腕が広げられれば、大きめの上着も効果をなさない。

陛下の眼前にはサラシに包まれた私の胸が晒される。


「………!!」


頂点に達しようとした羞恥心が私の口から言葉を失わせる。

キラルド陛下はじっと私を……胸元を見下ろしてくる。

その視線は決して外されることなく、しかもなぜか真顔で。


何故私は、陛下に胸を凝視されなくちゃならないの!?


あまりの理不尽さに恥ずかしさと悲しさ、怒りもあるような気もするけれど、もう自分にどの感情があるのか分からない。

高ぶり過ぎた感情が、視界を滲ませていくのに時間はかからなかった。


なのに……私の辱めはこれで終わりじゃなかった。


「……邪魔だな」


涙をにじませた私に気付かず、片手が陛下の手から解放される。

けれど……その手は私の胸元に伸び…

また、何かがちぎれた音がした。


「いやああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


ちぎられたサラシを、すぐに手で押さえる。

なんとか…なんとか落ち切らなかったけど、一度ちぎれて緩んだものは戻らない。

大きくは無いけれど、それでも締め付けていた胸が本来のサイズに戻る。


「…本当に女のようだな」


ぽつりと呟かれた言葉に、何かが壊れた。

女かどうか確認したかった?

だから辱めを?

こんな公衆の面前で?


衣服は破かれ、隠していたサラシも千切られて手で押さえなければ、陛下どころか他の騎士や…団長にまで、女性としての部位を晒すことになってしまう。

そこまで追い詰められている私に、陛下の一言は絶対に許せなかった。


許せなくて……なのに胸にこみ上げるのは怒り……ではなく。


「ひどい……」


溜まった涙が零れ落ちた。

その涙の軌跡は、一滴では終わらない。

とめどなくあふれる涙は頬を濡らし、顎を伝って胸元に落ちた。


涙で濡れる胸元を見て、ようやく私の涙に気付いた陛下が、今更ながらに慌てだした。


「な、何故泣く?!」


自分がしていることが女性に対してどれだけひどい行為なのか、自覚すら無い陛下にもう怒りも湧かない。

ずっと掴まれていた腕を離されたとき、もう立っていることすらできなくなった私は地面に座りこんだ。


「ひぐっ…う……うぅ……」


静かに嗚咽を漏らす私に、周りの人たちは誰も動けなかった。




そうしてどれだけ経ったか。

嗚咽が収まりかけたころ、いきなり上に持ち上げられた。


「えっ……」

「………」


背と足の下に手を入れられ、抱き上げられていた。

抱き上げたのは…陛下。


「………」


無言でその場を離れていく。

それに焦ったのは護衛騎士だ。


「お、お待ちください陛下!どちらへ…!」


まだダメージがある足で、おぼつかない足取りだがそれでもしっかりついてくる。


「…俺の部屋だ」

「はぁっ!?」

「っ!?」


どこへと聞かれた陛下の答えに、護衛騎士は意味が分からないと頓狂な声を上げ、私は息を詰まらせた。

こんな状態で陛下の部屋へ…?

これから自分の身に何が起こるのか、その『恐怖』に身をすくませるしかなかった。

その私に気付いた陛下は、声を落として呟いた。


「…何もしない」


そう小声で言われても、もはや陛下の行動には信用できることなどない。

……逃げたくても、一度こみ上げた恐怖は身体から抵抗する力を奪っていた。


「お前は侍女を連れてこい」

「今の陛下を二人きりにはできません!」

「ならこの場で大声で呼べ」

「っ!ええ、そうしますよ!」


直後、護衛騎士が文字通り大声で侍女を手配していた。

その間も陛下の部屋へと向かう歩みは止まらず、私の心は徐々に恐怖に支配されつつあった。

もう陛下の顔を見るのが怖くて、目をつむるしか無かった。



陛下の自室と思しき部屋に着くと、とても柔らかな場所に下ろされた。

それが陛下のベッドだと分かると、なおさら怖くなる。

目を周りに向ける余裕もない。

これからどうされてしまうのか……見えない恐怖に身体を縮こまらせていると、陛下は何故かそのまま離れていった。


「…もうすぐ侍女が来る。それで……整えてもらえ」

「えっ………」


どういうことなのかと図りかねていると、駆け足の侍女が数名現れ、入れ違いに陛下たちは部屋を出ていった。


涙に顔を濡らし、衣服ははだけ、サラシも千切られた私を見た侍女たちが痛ましげに表情を変える。


「失礼します」


ベッドに寝かせられたままの私の背中にそっと手が差し入れられ、抱き起された。

その侍女は、そのまま私の頭を自らの胸に抱きしめてくれた。


トクン、トクンと心臓の音が聞こえる。


「…もう、大丈夫ですよ」


頭の上から落ちてきた言葉。

その言葉の意味を理解した時、私はようやく安堵することができ、また涙がこぼれた。




いくつものボタンがちぎれ跳んだ騎士服はすぐには修復できないうえ、ボタン以外にも補修箇所が必要な個所があった。

すぐには直せないとのことで、やむなく私の部屋から代わりの騎士服を持ってきてもらうことにした。


その間、激しい戦いで汗ばんだり、土の地面に叩きつけられて汚れた髪を見咎められ、入浴することにした。

……陛下の部屋のお風呂に。


陛下用にいつでも入浴できるようにと常に湯船には湯が溜めてある。

いくらなんでも畏れ多いと遠慮したけど、陛下に許可され、強引に入浴を命じられては断り切れない。

汗を流し、髪を洗い……少しだけ入浴することにした。


(……甘かった、のかな…)


こんなことになるなんて考えていなかった。

こんなことが起きたことが無かった。

…『グリエ』の頃は。


当たり前だ。

『グリエ』は男だから。

例え、上半身裸になったからといって、そんなことに騒がられることもない。

むしろ全裸の付き合いもあったのだから、その程度で騒ぐはずもない。

…『本当に男だったのか』と別の意味で騒がれたことはあったけど。


でも。

私は、『女』だから。

肌を晒すことも、不用意に接触することだって許されない。

許しちゃいけない。


そして、私自身甘い。

『女』であることを甘く考えていた。

実力なら、決して男の騎士に引けを取らない。

負けるなんて、早々ない。

あんなに『女』として見られ、誘われたり求婚されているのに、どこか他人事のように感じていた。

けれど、今回のことで強烈に『女』であることを意識させられた。

たいして大きくない胸に、何も感じたことが無かった。

隠せばそれで済むと思った。

なのに……


「………イヤ…」


湯船につかり露わになった胸を、両腕が覆い隠す。

イヤだと、はっきり思った。

見られたくないと、痛烈に感じた。


騎士であることに性別なんて関係ない。

男でも女でも、やるべきことをやればいいだけ。


そう思って再び騎士を目指し、なったというのに。

順調に、一介の騎士として頑張り続けてきたというのに。


泣きじゃくる姿をさらし、どうやって元通りにすればいいんだろうか。


ぐるぐると取り留めのない思考の渦に囚われ……私はいつの間にかのぼせていた。






「………ん」


ふと、私は『目覚める』という感覚に気付いた。

全身を柔らかな何かで包まれていることに気づき、視界を巡らせればそれがベッドだとわかる。


「……もうちょっと…」


もぞもぞとベッドの中にもぐりこみ直す。

とても柔らかで温かなベッド。

何か懐かしいような香りまでしてすごく心が落ち着く。

もう少しこの中で微睡んでいたい……そう思い目を閉じ……


「じゃない!」


思いっきり起き上がって布団を跳ねのけた!

直前の自分の記憶がふと蘇り、寝た覚えがないどころかそもそも入浴中だった。

なのに、今はベッドで寝ている。

いや、これは寝かされていた?


着ている服は薄手の服でとてもゆったりしている。

というか、寝間着?

触ればその滑らかさと白さからかなり上質な生地でできていることがわかるが……これは私の服じゃない。


入浴中、だんだん頭がぼーっとしてきて……そこから先の記憶が無い。


(…もしかして…のぼせた?)


「…はぁ……」


1日に二度も失態をやらかしたことに、絶望と呆れのため息が漏れる。

こんな騎士がいたら、もし『グリエ』なら容赦なく仕置している。


気分が沈みながらも、ここはどこだろうと首を巡らせると、先ほどまでに見覚えがある景色だった。

陽はまだ落ちていないが、既に西日が差している。

間違いなく、先ほど寝かせられた場所と同じ部屋…陛下の寝室だ。


「………」


寝室に寝かされていたという事実に今更ながら動悸が起こる。

室内に他の人間の姿は無く、簡素ながら高級感に溢れ、落ち着いた室内だ。

殿下の頃から華美なものを好まなかったが、それは今も健在のようだ。

さっきの侍女たちに世話されていた時と違い、少し落ち着いた今では動悸は消えないが室内を確認するだけの余裕もできた。


ふわふわでしっかりとベッドメイキングされたベッド。

陛下に寝かせられたころには恐怖で何もわからなかったのに、今ならちゃんとわかる。

……懐かしいと感じた香りがまさか陛下のものだということも。


(何で陛下の香りを懐かしいなんて…)


急に気恥ずかしくなり、気を紛らわすように室内へ視線を巡らす。

そこで、まさかのものを見つけてしまった。


「何で……」


ベッドを降り、それの元まで歩いていく。

そこにあったのは……『グリエ』の愛剣だった。

柄も鍔も鞘も、どれもが見覚えがあるものだ。

紛れもなく、『グリエ』が使っていた剣。

何故この剣がここにあるのか。

何故陛下の寝室にこの剣があるのか。


そう思いながら、ついかつての愛剣に手が伸び……


「触るな!!」


後ろからの怒声に体がびくりと震える。

伸ばしていた手が引っ込み、その聞き覚えのある声の主の方へ顔がゆっくりと振り向いていく。


「…陛…下……」


そこにいたのはキラルド陛下だった。

ドアを開け、そのままで私を睨みつけている。


驚き、硬直する私に陛下の視線は厳しい。

決して、他人には触れさせない…そんな強い意志が見える眼だ。

その目が、どれだけこの剣を大切に思っているのかが分かる。

けれど…


身体を硬直させた私の様子に気付いたのか、陛下は一度頭を振り、そして再度私へと視線を戻す。


「気付いたのか」

「…はい」


表情は変わっていないけれど、視線は和らいでいた。

一方で私は混乱の極みだった。

ここは陛下の部屋…寝室で。

何故私はそこに寝かされていたのか。

何故ここに『グリエ』の愛剣があるのか。


つかつかと歩み寄る陛下に対し、私はその場を動けずにいた。

どうしていいのかわからないというのもあった。

目前まで近づいた陛下が手を私に向かって伸ばす。

その手がどこに向かうのか、分からない恐怖に一瞬身をすくめてしまった。


「…大丈夫だ」


陛下から柔らかな声色の声が落ちてくる。

その声は、決して傷つけようとも無感情のものでもなく、慈しむ温かさがあった。


そのまま待つと、陛下の手は私の額に当てられた。

手の温もりが額から伝わってくる。

数秒経って、手が離れていった。


「もう、大丈夫そうだな」

「お手を煩わせて申し訳ありません」


深く頭を下げる。


「気にするな。……私の勝手な行動で、シセリアには無駄な負担をかけた。すまない」

「陛下が謝罪することでは…」

「いいんだ」


言葉が遮られる。

遮った言葉は、どこか悲し気で。

でも優しくて…


陛下は再び歩み始めると、『グリエ』の剣に近づいていった。

その鞘に、そっと陛下は手を載せた。


「この剣は……私を、命を賭して守ってくれた、大切な人の形見なんだ」

「形…見」


そうだ。

『グリエ』は死んだから。

だからその剣は『グリエ』の形見。


「本当は…遺族に返すべきだ。だが、これだけは私の手元に置きたかった。あいつが……グリエが俺を守ってくれた証が欲しかった」

「………」


そこまで『グリエ』が想われていたことに驚く。

年上なのに時には『妹』のように扱われ、その我儘に振り回され、時には仕置して。

確かに『グリエ』にとっては守るべき時代の王であり、そして…弟のように想っていた。

しかし、陛下……キラルド『殿下』にそこまで想われていたことに驚いた。


「グリエは、私を守るために戦い…死んだ。私を逃がして…死んだ。私が強ければ、グリエと共に戦えれば、あいつを死なせずに済んだんだ…!」


その言葉はまるで慟哭の様で…

隠しきれない強い後悔の念が滲んでいた。


(だから……)


だから陛下は強くなった。

騎士団長すら上回る力を身に着けた。

『グリエ』が死んだから。


剣を前に、懺悔をしているような陛下。

その姿は、まるで陛下ではなく…当時の殿下のように見えてくる。

国王として雄々しい姿も、威風堂々たる威厳も、今は無い。

ただ…泣きじゃくるだけの子供のように思えた。


(どうすればいい……かしら)


もう『グリエ』はいない。

ここにいるのは、シセリアだから。

例え私が……『グリエ』の心を代弁したところで、陛下の心に届くだろうか?


(届く届かないの問題じゃないわね)


そっと陛下へと歩み寄る。

そして、鞘に手をかけた陛下の手に、そっと私の手を載せる。


「陛下……」

「………」

「『グリエ』…様は、きっと喜んでおられます」


私の言葉に陛下の目は見開き、そして怒りに変わった。


「君が…あいつの何を知っている!?私たちの何を知って、そんなことが言えるというんだ!」


間近で発せられる怒声。

だけど、そう言われるのは想定内だから。

私は動じず、言葉を続ける。

怒りに染まる陛下に、微笑みを向けて。


「陛下が…生きてらっしゃるから」

「!?」

「命を賭してまで守りたかった存在を守りきれたのなら……これ以上に喜ばしいことはありません。まして、その方が…立派に王位を継いだのであれば、尚更です」

「……」

「そんな陛下のお姿は、きっと『グリエ』様の誇りです」


そう、誇りだ。

こんなにも立派になった陛下。

その姿を、王位を継ぐことができたから、私は『グリエ』を過去のものとし、今『シセリア』として生きることを決めた。

『グリエ』にはもう、心残りは無い。


「ですが……あまりそのような気持ちを持ち続けるなら…」

「………」


陛下からの言葉は無い。

だから、これはきっと…未だ囚われている陛下に『グリエ』からの最後の言葉。


「『仕置』、しますよ?」

「!!」


にっこり告げれば、陛下の目が驚愕に見開かれる。

陛下の手に載せていた自分の手を戻し、陛下の下から離れる。


「君、は……」

「介抱していただき、ありがとうございました」


礼をし、顔を上げる。

もう『グリエ』はいない。

ここにいるのはシセリア。

ただの侯爵令嬢で、一介の騎士。

『グリエ』にはこれ以上囚われてほしくないから。

できれば、色んな意味でかつての愛剣をこの手にしたいところだけど、今は無理そうなのであきらめよう。


…結構、いい値段したんだよね、この剣。

デザインも気に入ってるし。


その後、修復を終えた騎士服に着替え、部屋を後にした。

共に部屋を後にした陛下は終始無言だった。


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