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7話

訓練所の視察に来る陛下の視線に胃を痛める今日この頃。

何度も来る陛下が、その視線が私に向けられているのは数日も経てば周知の事実になっていた。


「…おい、今日も見られてるぞ」

「…知ってます」


訓練で剣を交差させた相手からこっそり耳打ちされる。

背中にひしひしと視線を感じつつ、決してそちらに目を向けないように集中する。

既に頬のガーゼは取れている。

なのに、その厳しい目つきは変わらない。


(そんなしつこくなるように殿下を教育した覚えは無いのに…)


たまにあの生意気なだけの殿下だったころを思い出してしまう。

生意気で帝王学から逃亡し、市街地で『妹』扱いされた私を揶揄い、きっちり仕置された殿下。

10歳も年の差があったのだから、むしろ弟のように接していた。

私からすると、今の陛下はまるで不貞腐れているようにも見えてしまう。

…が、勝手に下着を選ばれてしまいそうになった私が被害者だと訴えたい。


「隙あり!」

「無いです」


つい思考がよそに流れていたけれど、隙などない。

下からの振り上げを半歩ステップでかわし、むき出しの肘に模擬剣を叩きこむ。


「っつう!」


相手の手から模擬剣が零れ落ちる。

勝負ありだ。


「…お前、ほんと的確に急所つくよなぁ」

「お褒めにあずかり光栄です」

「…厭味ったらしいし」




一通りの訓練が終わり、各自が自分の部屋に戻っていく。

そんな中で、私は布巾片手に訓練所に戻ってきていた。


「ふぅ…」


段差に腰かけ、模擬剣を一本手に取ると、布巾で柄から切っ先まで磨き上げていく。

刃を潰してある模擬剣は、血で汚れることも無いし、訓練だから綺麗である必要はない。

けれど、この剣があるから騎士たちは安全に訓練を積むことができる。

…そう考えれば、汚れたままにしておくことはできなかった。


『グリエ』の頃から、時折行ってきた習慣だ。

訓練を行う、そのために日々役立ってくれる模擬剣を綺麗にしていく。


一本、また一本と磨き上げ、戻していく。

…ふと、誰かが近づいてくる気配を感じる。

ちらりと横目で確認すると、その巨大な体躯は見覚えがある。


…ガイアス団長だ。


「…お疲れ」

「お疲れ様です」


少し離れたところに並んで腰を下ろした団長は、正面を向きながらも時折こちらをちらちら見てくる。

告白(?)を断ってからはずっとこんな距離感が続いている。


…今のガイアス団長の心境は分からない。


私は過去告白されたのは団長の一回だけで、結婚を強要されたのはカウントしていない(カウントにすら値しない)。

『グリエ』の頃も、夜会にたまにでて令嬢の相手をしたことはあったけれど、結局婚約すらせずに人生を終えた。


……告白を断ったあとの対応の仕方が分からない。

告白を断られた心境も分からない。


『何もせず放っておいてやれ』という有り難いアドバイスを他の騎士からもらったので、それを遵守するしかなかった。


しかし、振られた相手からこうして近くに来られたらどうすればいいのか?


「……昔な」

「……」


独り言なのか、語り口なのか、わからないので黙っておく。


「そうやって……同じように剣を磨いてたやつがいたんだよ」

「………」


磨き終えた剣を置き、別の剣を手に取る。


「誰に言われたわけでもないのに剣を磨いてな。いろいろと細かいところに気を配る奴だったから、『偽侍女』とか『女執事』とか言われてたんだよ」


ちょっと待て、女執事は初耳だ。


「女みたいなやつで……本当に女だと思ったんだ…」


ガチンと音を立てて剣を戻し、私は立ち上がった。

これ以上聞いてたらあの黒歴史が語られるに違いない。


「失礼します」


私は振り返らずその場を後にした。

もうあの黒歴史は振り返りたくない。

あの時の団長の顔がトラウマなのに。

絶対に勘弁してほしい。


項垂れ、絶望に打ちひしがれる団長の姿を私が見ることは無かった…





***




今日は王宮内の巡回警備の日。

二人一組となり、王宮内を巡回していく。

王宮の外は兵士によって警備されているが、王宮内はその機密保持と安全性の為に身元が保証されている者以外は基本は入れない。

王宮内は騎士、王宮外は兵士が警備にあたる。

ちなみに親衛隊は王族直属の護衛であり、王宮警備はせず王族警備のみだ。


警備のためのルートは特に決まっておらず、自由に巡回していいことになっている。

これは巡回ルートを決めてしまうと、万が一の際に時間帯によって死角が生まれてしまうことを懸念しているからだ。

だから、特定の一か所にとどまったまま…でも罰せられることは無い。

真面目な騎士が多い中でも、やはり不真面目な人はいるもので。


「いいじゃんいいじゃん、ちょっと一緒に休憩しようぜ?」

「………」


そう言って先に中庭のベンチに座り、自分の隣を叩いて私に座るよう催促してくる男。

以前、結婚強要男を叩きのめした際、青くなっていた男の一人だ。

あれ以降、表立って私をそういう目で見てくる者はいなくなった。

が、やはり時が経過するとそういう輩が復活してくる。

しかも、直接誘うと実力で叩きのめされるのを怖れて、こうして搦手で誘ってくる。


さらに言うと目の前の男はたしか子爵家の三男だったはず。

……これでも侯爵家の三女の私。

家のつながりを求められているのは明らかだ。


「仕事中です」

「だーかーらぁ、ちょっとくらいいいじゃん、休憩しようぜ?」


手を伸ばし、掴んで座らせようとしてくる。

あと一歩届かない距離まで離れ、どうしたものかと考える。


………結論、放っておくか。


無言でその場を離れていく私に、三男騎士が走り寄ってきた。


「そう焦んなって!」


伸ばされた手が私の腕を掴む。

掴まれた腕に痛みを覚え、咄嗟に振り払った。

瞬間、男の顔に屈辱の色が浮かぶ。

その目が、「女のくせに」と物語っている。


…時折、「シセリア」であることに憤ることがある。

こういうときに。

女であることで下に見て、男だからといって上だと勘違いする。

だから男女関係などない。

実力で見るべきだ。

それを分からせるために一芝居売ったというのに、どうやら骨の髄までは理解してもらえていないみたい。


『グリエ』の頃は立場で明確に分からせた。

…その手段は今は取れない。


「…ずいぶんと楽しそうだな、貴様ら」


聞き覚えのある声に騎士と揃って声のほうに顔を向けると、そこにはキラルド陛下。

後ろには護衛騎士もいる。

咄嗟に頭を下げる。

三男騎士も頭を下げ、礼の態度を取った。


「お前たち、今は何をしていた?」

「はっ、城内の警備の最中でございます」


任務をそのまま答えると、気温が数度下がる気配がした。

…明らかに怒っている。


「その警護の最中にここでいちゃつくとは…いい度胸だな貴様ら」


まさか陛下に見つかるとは。

だが、絶対に訂正したいことがある。


「いちゃついてはおりません」

「貴様…シセリア、私に口答えすると?」

「お咎めは受けますが、いちゃついていたとだけは絶対に否定させていただきます」


お咎め、と聞いて隣の三男騎士が震えだす。

この程度でビビりだすくせにさぼろうとか馬鹿じゃないのかしら…?


「いちゃついていた、でなければなんだ?」

「口説かれてました」

「ちょっ、おまっ!?」


正直に答えた私に三男騎士が慌てだした。

誠意大事。

嘘良くない。



……何故だろう、空気がさらに冷たくなった。



「いいだろう、貴様らの腑抜けた根性、私直々に叩きなおしてくれる」





「ひ、ひぃぃ!」

「情けない声を出すな!それでも騎士か!」


場所はかわって訓練所。

私たちの代わりに別の騎士を警備に行かせ、残された私たちは陛下直々に剣の稽古を受けていた。

……主に三男騎士がメインに。


いくら模擬剣といえど、さっきから轟音を奏でる剣戟は直撃すればただでは済まない。

三男騎士は反撃する余裕もなく、ひたすら避けるか受けてふっとばされるかしかしていない。

…一応騎士の端くれだけあって、無様に直撃することはないようだ。


一方私は…


「なるほど!いい腕だ!」

「ありがとうございます」


護衛騎士の一人と手合わせしていた。

さすが、騎士の中でも選ばれた者しかなれない、親衛隊の一人。

その強さは並の騎士よりも一つ頭抜けている。


「少し本気でいってもいいかな?」

「どうぞ」

「余裕だね。……しっ!」


さっきより速度が上がった剣をかわし、そのがら空きの胴に突きを放つ。

が、既にそこには剣が戻され、盾代わりに塞がれてしまう。


「これにもついてくるとは参ったね」

「余裕で防いでよく言いますね」


今のは入ったと思ったのに。

久々の手ごたえのある相手に、少しずつ感覚が戻ってくる。


「はっ!」

「くっ!?」


首元を狙った一撃も直前で防がれた。

面白い、これも防げるなんて。


「消え…!そこか!」


一気に地に伏せ、回り込んで放った突きも紙一重でかわされる。


(素晴らしいわ……親衛隊はこうでなくっちゃ)


若干物足りないと思っていた。

並の騎士相手では負けなしになっていたから。

だから、適度に加減する必要があった。


それを、しなくてもいい相手が嬉しい。


一度大きく後ろに跳ぶ。

距離ができたことで、護衛騎士も大きく息を吐いた。


「…噂には聞いてたけど、君の実力は本物だな」

「私も、久々に手ごたえのある相手で楽しいですよ」

「ははっ、光栄だね」

「では、そろそろ本気でよろしいですか?」


私の言葉に護衛騎士は顔を引きつらせた。

何かおかしなことを言ったかしら?


「……ごめん、聞き間違いかな?今までは本気じゃなかったと?」

「そうですが?」


即答したら護衛騎士は項垂れてしまった。

が、すぐに顔を上げ直した。

その顔は、真剣そのものに変わっている。


「いいよ。『本気』でやろう」


護衛騎士の纏う雰囲気が変わる。

その気迫に、背筋がぞくぞくしてくる。


「いくよ」

「どうぞ」


応じた直後、轟音のような蹴り出し。

眼前まで一瞬で詰められたと同時、既に剣が振り下ろされている。

半身ずらして振り下ろしをよける。

そこから反撃…としようとし、踏みとどまる。

振り下ろしが地面をかすって一回転し、今度は横なぎに変わった!


(振り下ろしはフェイクね!)


本命の横なぎはさきほどの倍の速度。

狙いは胴。

後ろに跳んでは間に合わない。


その場で上に跳躍。

同時に剣を離す。

横なぎの剣がぎりぎり足の下を通り過ぎ……わずかに後ろに向けて倒した剣の柄を叩く。

柄を叩かれた剣は、柄の方から後ろに勢いを増して倒れるが、その反動で切っ先が逆方向に跳ね上がる。

跳ね上がった切っ先が護衛騎士の顎を……かすめた。


「おしい」

「っぶない!」


そのまま一回転した剣を受け止め、同時に地面に着地。


「はっ!」


そこを狙った足払い。

けれど、軽い身体は着地した直後でもすぐさま次の動きに移れる。

そのまま後方に跳び、さらにその足払いの脚に剣を振り下ろす。


「ぐっ!」

「くっ!」


足と剣。

明らかに剣に分があるのに、力の無い振りでは足にすら負けて、弾かれる。

だが、鉄の塊を蹴った護衛騎士も無事ではない。

戻した足が満足に地面を踏めていない。


足に注意がいった一瞬の隙。

一気に地面をけり、必殺の突きを放つ。


「がっ!」


突きは護衛騎士の肩口に突き刺さる。

刃を潰した模擬剣と言えど鉄の剣。

その重さと私自身の体重、そして速度を載せればそこそこの威力になる。

さらにこの角度なら…


「っこのぉ!」

「!?しまっ…」


今度は私の反応が遅れた。

まさか『肩を外されて』もまだ反撃されるとは思わなかった。

外した肩とは反対の腕が私の騎士服を掴み上げる。

そのまま地面に叩きつけられた。

その瞬間、何かちぎれる音がする。


「…!…ぐぅ!」

「…あっ」


背中を打ち、強打で一瞬息が詰まった。

掴まれ、地面に転がされた状態はまずい。

咄嗟に腕を外そうとして……腕が勝手に外れた。


「えっ?」


見上げれば有利なはずの護衛騎士が、明後日を向いている。

しかも何か気まずそうに。


「……すまない」

「…?」


何を謝られているのか……わからず、ついと視線を下ろす。


「っ!」


一気に顔が熱くなる。

こちらから視線を外した護衛騎士の意図がようやく理解できた。

見れば騎士服のボタンがちぎれ跳び、サラシで巻いた胸元が大きく露出していた。

咄嗟に両腕を交差させて隠す。

けれど、見られてしまったことには変わらない。

恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまい、私も護衛騎士から視線を外す。


……が、何故かその外した先でキラルド陛下とばっちり目が合ってしまった。

陛下の足元で三男騎士は完全に撃沈している。


「……」

「……」


無言で見つめ合うこと1秒。

何故かとてつもなくやましいことをしてしまったような感覚に襲われ、それ以上陛下と目を合わせてはいられなかった。

反対側に目を向ければ………今度は口をあんぐりと開けて真っ青に絶望した団長。


(……何でこんなちょうどこっちを見てるのよ…!)



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