6話
「お、新しい剣か?」
「…ええ」
昨日買った新しい剣を腰に帯びて訓練所にいけば早速騎士に声を掛けられた。
が、昨日の精神的疲労が残る状態ではなんとも素っ気ない返しになってしまった。
昨日は色々とあったが、結局あほルド…陛下のお忍びということもあり、表立ったことにはなっていない。
そのことで咎められることはないだろうけど、どこか気が重い。
「そういや聞いたか?」
「…何でしょうか?」
「なんでも陛下、昨日は猫に引っ掛かれて頬に傷を負ったとか。今はガーゼを張ってるらしい」
「へーソウデスカ」
昨日の証拠はばっちり残っているのか。
まさか騎士に平手打ちされて付いた…とは言えないか。
そもそもお忍びだし。
「おっ、噂をすれば」
「えっ」
その言葉に振り向くと、そこには陛下。その後ろには護衛。
確かに頬にガーゼが張られている。
……気のせいか、護衛騎士の陛下を見る眼が厳しい。
「まっ、いいか。始めようぜ」
「…ええ」
模擬剣を手に、今日の訓練を始める。
今日の相手の彼は、筋力を武器に剣を振るうパワータイプだ。
スピードと柔軟性を生かして戦う私からすると、相性がいい。
「だぁー!くそ、当たらねぇ!」
「当たったら終わりなんですが」
さっきからすごい轟音の風切音が耳元をかすめていく。
そのかわした直後の隙を狙って胴に一撃を当てていく。
腕だけではなく、身体全体が筋肉で鍛え上げられているので、軽く当てた程度ではダメージにもならない。
「そうやってちまちまやられるのは嫌いなんだよ!」
「それはすみません」
ちまちまやるしかないのだから我慢してほしい。
「本気でこい!」
「言いましたね?」
「おう!……あ?」
言ったのは自分なのだから、言い訳は聞かない。
言質を取った直後に、相手の脇を通り背後を取る。
私を見失った騎士の背後で、模擬剣が膝裏を叩く。
「がっ!」
筋肉の鎧の数少ない弱点。
覆いが無い間接むき出しに模擬剣をぶつければ、非力な私でもそれなりのダメージを与えることになる。
さらに膝裏ということで、体勢も崩せる。
その崩れかけた勢いそのままに、首に手をかけ背中側に引き倒す。
こらえようにも膝を曲げさせられた状態ではそれもできない。
そのまま背中から地面に押し倒した。
「ぐぅ!」
「仕舞です」
そこに、首に模擬剣を押し当てる。
降参とばかりに騎士は手を挙げた。
「…はぁ、参った」
「ありがとうございます」
模擬戦の礼をすると、騎士は手を差し出した。
「なんですか?」
「起こしてくれ」
「………」
何をする気かは容易に想像がついた。
体重にもパワーにも差がある私にどうして起こしてくれなどと頼むのか。
しかし、あえてその誘いに乗ってあげることにしよう。
「はい」
「おう!」
私の差し出した手に、上体を起こして喜んで手を伸ばしてくる。
その手が私の手を掴もうとしたところをさらりとかわし、一瞬だけ手首を掴んでやり、離す。
掴み損ねた手が、再び後ろに倒れていく。
「いでっ!」
「ばればれですよ」
「くっそ~…」
私たちの様子に、周囲から笑いが起きる。
負けた腹いせにたまにこうした悪戯が仕掛けられてくるが、まともに引っ掛かったことはない。
が、その笑いが急に止まる。
「ずいぶん楽しそうだな」
キラルド陛下だ。
その雰囲気は威圧感…というよりは、明らかに不機嫌さが見えている。
ついでに頬に張られたガーゼがそれを助長しているように私には見える。
というか明らかに私を見ている…気がする。
…嫌な予感しかしない。
一歩陛下が進んでくる。
…足の向きが明らかに私に向いている。
どう見ても、昨日の件を根に持っているようにしか見えない。
しかし、二歩目が進む前に護衛の騎士の手が陛下の肩を掴む。
「陛下、騎士たちは訓練中です。邪魔はされませんよう」
「こんな腑抜けた訓練でか?俺が…」
「それは団長の仕事です。陛下」
…護衛騎士のプレッシャーがすさまじい。
あの後どうなったのかは知らないけど、あの様子では相当陛下の行動に憤ったと見える。
さらに護衛騎士が陛下に何か耳打ちすると、陛下の顔が苦虫を噛み潰したように変わる。
逆にその様子に護衛騎士の方が満足したのか、満面の笑みに変わった。
「さぁ陛下。次に参りましょう」
「…覚えてろよ」
不穏な空気を発したまま、陛下含む一団は去っていった。
……訓練所に穏やかな空気が戻った。
「何だったんだ、あれ?」
「さぁ?でもなんかすごい不機嫌だったな、陛下」
「…お前、何かしたのか?」
「知りません」
したのは事実だけど、あんなこと馬鹿正直に話せるわけがない。
知らんぷりして訓練に戻ることにした。
****
翌日の昼。
昼食を取ろうと食堂に向かう途中、どこかに向かう陛下一行を見つけた。
一向は陛下の他に護衛騎士、それに数人の令嬢たち。
その方向を見て、どこに向かっているかが分かった。
「…今度こそ見つかるんかねぇ」
騎士の一人がそうつぶやく。
「…未だ居ないんですよね?」
「ああ、らしいな。大丈夫なのかねぇ、この国」
彼がそう心配するのも無理はない。
陛下は未だ未婚。
独身だ。
既に31歳を迎えているのに愛妾どころか正妻である王妃すらいない。
その理由はこの国の特殊な婚姻手段による。
この国の王となるものには、その伴侶を神が教え賜るという伝統がある。
その方法は、国王となるもの、その伴侶となると思われる女性、そして儀式を執り司る大神官が揃う必要がある。
大神殿の奥、『宣告の間』にて、正午…太陽が真上に上がった直後に大神官が祈りをささげる。
『宣告の間』には大きなクリスタルの結晶がある。
祈りと太陽の光が合わさると、クリスタルから二つの光が放たれる。
一つは王となるもの。そしてもう一つは伴侶となる女性を指し照らす。
もし伴侶となる女性がいなければ、光は王しか照らさない。
さらにこの光は、当人たちと大神官にしか見えないという特徴がある。
例え、光が見えなかった女性が自分に照らされたと虚偽の申告をしようと、王と大神官が光を認めない限り婚姻とはならない。
これを『光の審判』と呼んでいる。
そして、この宣告を無視した婚姻をした場合、国に災いがおとずれるのだ。
何代かはこの宣告を無視し、当時王が自ら愛した女性と婚姻を結んだことがあった。
だが、愛し合っていたはずなのに夫婦仲は荒れ、さらに国土も荒れた。
ある時は大飢饉、あるときは隣国の侵攻、ある時は大災害。
だが、宣告を守った婚姻は、たとえ婚姻直後は険悪でもいずれ良好な仲に変わり、国土も恵みに満たされる。
ゆえにこの宣告は王族の義務として執り行われ、その宣告は絶対順守とされている。
この秘密は、王族と大神官、そして伴侶となることが選ばれた者だけが知る、極秘事項だ。
……何故それを私が知っているのか、そこにまた暗い…そして苦い過去がある。
かつて私がまだ『グリエ』だったころ。
15歳となった陛下…当時はまだ殿下、が『宣告の間』にて伴侶を決めようと当時有望な令嬢たちを連れて儀式を行った。
その場には私を含めた警護のための騎士も立ち会っていた。
その時点ではまだ儀式の詳細を私は知らなかった。
が、大神官が何かを告げた直後。
クリスタルからまぶしいばかりの光が輝き……私を、『グリエ』を照らした。
最初、何がなんだか分からなかった。
だが、誰もそのクリスタルの輝きを気づいていない。
気づいていたのは……驚きの表情でこちらをみるキラルド殿下と、大神官の二人だけ。
……そう。
信じられないことに、クリスタルが指し照らす殿下の伴侶が、あろうことか私…『グリエ』だった。
だが、『グリエ』は間違いなく男で。
その事実を知る殿下は絶望していた。
…当時、交流の薄い大神官には『実は女性では?』と疑われた。
その夜、疑いを晴らすための裸の付き合いをしたことを覚えている。
その後、何度か『宣告の間』で儀式を執り行うも、その度に指し照らされるのはすべて『グリエ』。
何度か『グリエ』を外して行われたこともあったが、その場合は殿下しか照らされず。
そしてその事実を知るのは、殿下と大神官、そして『グリエ』のみ。
いくら殿下と大神官も、まさか宣告が『男』を指したとはいえず、これは当時の陛下にすら言えない、最重要機密だった。
…だが、『グリエ』はもう死んだ。
何故宣告が『グリエ』を指したのかは不明だが、もういない。
にも関わらず、未だ陛下の伴侶は決まっていないようだ。
「どうやってやって王妃を決めようとしてるかは知らないけど、本当にきまるんかねぇ?もう国内の令嬢という令嬢全員呼んだんじゃないか?」
「そうなの…」
騎士の言葉になんとも複雑な気持ちが湧き上がる。
かつての自分のせいで結婚できなかったキラルド陛下には申し訳ないと思いつつも、未だ結婚できないままのは不可解だ。
このまま陛下が結婚できなければ……
(…いえ、私が心配することではないわね)
もう私は親衛隊ではない。
陛下に親身になって相談に乗るような、そんな立場じゃない。
きっと、今の親衛隊が陛下を補佐してくれる。
神殿に向かう一行から視線を外し、私は食堂へと向かった。
外す瞬間、一瞬陛下と目が合った……
そんな錯覚を覚えながら。




