4話
「団長、こちらの確認もお願いします」
「……うむ」
持ってきた書類を団長に渡すも、その反応は小さい。
明らかに私に戸惑っているのがわかるが、そこまであからさまだと逆に困る。
現に、それに気づいた他の騎士たちがひそひそ声で話始める。
「団長、つらそうだなー…」
「そりゃそうだろ。振られた相手に今まで同じ態度はなぁ…」
「お前ら五月蠅い!!」
団長はドンと机を叩きならし、ひそひそ声で話していた騎士たちを叱責する。
しかし、すぐ近くにいる私を思い出したのか、こっそりとこちらを見上げてくる。
「では失礼します」
このままここにいても意味は無いと私は早々に退室した。
扉を閉める直前、誰かの深いため息が聞こえていた。
ガイアス・アドラー。
40歳。
騎士団団長にして、侯爵位を持つれっきとした貴族だ。
性格は豪快、見た目は熊のような図体で令嬢からの人気は皆無。
『二度目』となる告白を断ることとなり、少し気の毒に思ってしまう。
そう、二度目。
先日が二度目だが、実は『グリエ』の頃にも一度告白されている。
『グリエ』は親衛隊副隊長まで上り詰める程度には実力はあったが、その見た目に難があった。
非常に華奢だった。
筋肉が付きづらいのか、どんなに鍛えても手足は細く、胸板も厚くならない。
身長も平均男性以下。
顔立ちは整っていたけれど、やや幼げで年相応には到底見えない。
伸ばした髪を切るのが面倒で、適当に伸びた髪を後ろで縛っていた。
それも要因だったかもしれない。
さらに、『侍女』と揶揄されたのは、見た目だけではない。
細かい掃除や気配り、ついでに言えば料理という趣味もあったため、入団当初は本気で『女』だと思う者がいた。
その中にガイアスも含まれていた。
シャワーや入浴を共にしたものには、しっかりと男の象徴を誇示したから理解してもらえたが、何かと用事を済ませてから入浴する私はいつも時間ギリギリだった。
それを、『女だから一人でお風呂に入りたい』と勝手に妄想する者まで。
そんな女疑惑を本気にした男がガイアスだ。
まだ当時24歳の彼。
24歳なのに既に30後半の老け顔と揶揄されていた彼が、本気で恋したのが…『グリエ』だった。
本気で告白された。
真面目に告白された。
結婚してくれと言われた。
一生愛すると言われた。
その時の『グリエ』の目は完全に死んだ魚だっただろう。
もちろん男であり、同性愛者でもない『グリエ』は断り、そしてその夜、男の証拠を見せつけた。
あの時の彼の絶望した表情はトラウマだ。
何一つ悪い事をしていないのに、あそこまで絶望されてしまうとまるで私が男なのがいけないのかと錯覚してしまうほどだった。
あの罪悪感がこみ上げ、いっそ受け止めてしまうべきだったか?とも思う。
が、本能が全力で拒否している。
……しばらく彼には近づかない方がいいかもしれない。
彼のためにも、私のためにも。
***
訓練所の近くで出店が出ている。
騎士団には出入りの商人がいる。
訓練用の木剣、模造剣、そして警護の際に帯びる実剣だ。
金がある貴族なら実剣は特注で作るものだが、中には次男・三男と資金に余裕がない彼ら用に、既製品も売られている。
そうして並べられた品々を前に、私は品定めをしていた。
元々ただの令嬢で稼ぎが無く、手元にあるのはここ半年の騎士としての務めで貰った給金のみ。
特注できるほどの資金ではないので、今までは支給された実剣を使っていた。
が、そろそろ自分の手に合った剣が欲しいと思い、こうして来ている。
「おや、これはまた可愛らしい騎士様ですな」
「ありがとうございます」
世辞に素直に礼を言うと、商人は驚いた顔をした。
「…失礼、女性だったんですね」
どうやら彼は私を、小柄な少年騎士だと思ったようだ。
それを声を聴いて改めたらしい。
度々ある間違いで、やはり騎士=男という意識が当たり前だ。
今更その間違いを指摘するつもりもない。
並べられている剣を眺める。
値段も様々、サイズも様々。
装飾も様々で、剣本体よりも高そうな鞘があったりと眺めていて飽きない。
そんな中で、私はお目当ての剣を探した。
目当ての剣…細剣だ。
『グリエ』は見た目は華奢だったが、だからといって筋力も見た目通りではない。
普通の剣も軽々と扱う筋力はあったし、大剣でも問題ない。
そのうえで、『グリエ』は細剣を選んだ。
戦闘スタイルは『一撃必中』。
剣を振り回す大振りはせず、突きで確実に人体急所を貫く。
むやみやたらと剣を交差させたりせず、かわして反撃、仕留めに入る。
警護という任務の都合上、常に周囲には警護対象がいる。
そんな中で、ブンブン剣を振り回して警護対象に当たったでは話にならない。
無駄に戦闘時間を費やすわけにもいかないので、結果的にこのスタイルになった。
一通り見て回るも、お目当ての細剣は売られてなかった。
「細剣は無いのですか?」
「あ~…すみません。あまり需要が無いので今日は持ってきていないんですよ」
店主の言葉にがっくり肩を落とすしかなかった。
「次回はお持ちしますんで」
「……いえ、結構です」
次回は一月後だ。
それまでは待てない。
次の休みで街にくりだすことにしよう。
***
「気を付けてください」
「ええ」
城の門番に見送られ、私は街へと歩を進めていく。
休暇の今日は細剣を買いに行く。
恰好はTシャツにジャケットにズボン。
髪は首のあたりで紐でくくり、後ろに流している。
男か女か判断しづらいような恰好だけど、剣を買いに行くだけなのだからわざわざオシャレする気も無い。
…むしろ、ワンピース姿で剣を吟味してたら逆に怪しい。
今回は、以前『グリエ』の頃に足を運んだ刀剣屋へと向かった。
記憶の中の道順をたどると、記憶の中の通り…よりは少し古ぼけた店がそこにあった。
あれから16年…いや、この店で武器を買ったのはもっと前、20歳になった頃だから20年くらい前か。
古ぼけてもしょうがない、いやむしろまだ店が残っているだけでもすごいと思うところだ。
懐かしい気持ちを感じつつ、店のドアをくぐる。
「いらっしゃ…い」
店主と思われる親父さんが客が入ってきた気配を感じて声を掛け、私の姿を見て一瞬言葉を詰まらせる。
女一人で珍しいのか、それとも男か女か判断が付かなかったのか、どちらかは分からない。
壁や床に所狭しと剣が立てかけられている。
王宮に出入りする武器商人に比べると、値段や品質では少し見劣りする。
装飾も武骨なものが多い。
が、今回はそこまでは求めない。
細剣ならよしとしよう。
ぐるりと見渡し、お目当てのものを見つけた。
「………うん」
細剣を手に取り、感触を確かめる。
剣の輝きは申し分なく、質は悪くない。
重さもちょうどいい。
「店主」
「…なんだ?」
「素振りがしたいのだけど、場所はあるかしら?」
「……こっちだ」
声を掛けるとより一層怪訝そうな顔をされけど、こちらの求めに応じ店主は奥へと進んでいった。
その後についていくと、家の裏庭へと出ることができた。
むき出しの地面に巻き藁。
既に切込みが入っているのを見ると、ここで試し切りをさせてもらえるようだ。
少し離れたところに佇んだ店主は、いつの間にかその腰に剣を帯びている。
その風格たるや、そこいらの騎士に遅れは取らなさそうだ。
おそらく、試し切りと称して剣を強奪しようとするものを返り討ちにできるに違いない。
組んだ腕の筋肉の盛り上がり具合が、ただの平民ではないことを示している。
…一手申し込んでみたい。
私は細剣片手に巻き藁に近づいていく。
軽く素振りをして、剣と腕との具合を確かめる。
…これなら問題は無さそうだ。
普段はこれより重い剣を扱っているから、扱い自体は問題ない。
というか軽過ぎて逆になかなかそこに感覚が戻…いや、慣れてこない。
数度素振りや突きを行い、そして巻き藁へと向き直る。
「……はっ!」
「っ!!」
渾身の突きを放つ。
細剣は巻き藁を貫通した。
巻き藁に深々と突き刺さった細剣を見て、店主が息を呑んだのが分かった。
久々の細剣による突きの感覚に心が震える。
本来のスタイルが戻ってきたことに喜びすら感じた。
同時に、突きさす瞬間の抵抗の少なさから、思った以上に細剣の出来が良いことも教えてくれた。
(思った以上にいい剣ね)
思わぬ掘り出しものについ嬉しくなってしまう。
巻き藁から細剣を抜……こうとして、ぴくりとも動かない。
「ん?」
押しても引っ張っても、上下にゆすろうとしても動かない。
(やっちゃった……?)
全く動かない。
「やっ!」
巻き藁を蹴り、その反動で抜こうとしてもさっぱり動かない。
巻き藁に刺さったままの細剣を前に冷や汗を垂らし始めたところで突然店主の笑い声が響いた。
「くっくっくっく……なんだ、抜けねぇのか」
口元を手で押さえ笑いをこらえようとしても、声が笑ってる。
さすがに羞恥を隠しきれず、頬が赤くなるのが分かる。
「貸しな」
佇んだままの店主が近寄り、刺さったままの細剣を握る。
「ふん!」
気合一発。
腕で引き抜くと同時に巻き藁を蹴り、その反動で細剣が抜けた。
「おお!」
さすがの腕力!
と感嘆の声を上げたところ、店主は何故かそっぽを向いた。
「…で、どうすんだ?買うのか?」
「買います」
剣自体は悪くないし、それどころか良いくらい……それにこんな羞恥を見せて買わずに立ち去れるほどの図太さは、私には無い。
支払いを済ませ、剣と鞘を納めた袋を私に渡すと、店主は独り言のように呟いた。
「…20年前だったか。同じことした坊主がいてよ。つい懐かしくなっちまったぜ」
その言葉に、忘れていたあの記憶……
そう、素振りで巻き藁に剣を振るい、そして抜けなくなってしまうという醜態をさらしたのを思い出した。
(20年経っても同じことやってるなんて…!)
忘れていた黒歴史…恥ずかしくて騎士のだれにも話していないことを思い出させられ、顔が真っ赤になってしまう。
そんな私の反応に気付かないのか、店主はそのまま言葉を紡いだ。
「そいつ、ずいぶん出世したらしいが……もう死んじまったらしくてよ。お嬢ちゃんは死ぬなよ」
そう言って店主は店の奥に引っ込んでいった。
掛けられた言葉に、自然と口から言葉が紡がれた。
「…『今度は』…死にませんよ」