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3話

無事に手続きを終え、晴れて騎士の端くれにはなれた。

一度屋敷に戻って報告を済ませ、改めて荷物を持って王宮へと向かう。

一応侯爵家の令嬢だけれど、騎士となるならば身の回りの支度は自分で行うもの。

当然身支度にドレスなど必要ない!と全て置いてきた。

母は、せっかく有力貴族の子息が多くいる騎士たちに売り込むようにと、ドレスを強引に持たせようとしてきたけど。

騎士として、同僚として働く場なのにそんな男女関係を持ち込むなんて…と呆れてしまう。

場所は侍女の宿舎であり、多くは持ち込めないのを盾に強引に置いてきた。

必要になったら送ってもらうと譲歩も見せて。


そんなわけで始まった騎士生活。

かつては着慣れた騎士服を身に着けていく。

デザインはそのまま。

なので、当然男物だ。

さすがに私一人の為に新たにデザインすることもできず、現行のままということになった。

ただ、既存のサイズでは明らかに大きすぎてぶかぶかなので、特注で私サイズで作ってもらった。

胸はサラシで締めれば問題ない。

大きくないことを嘆いたことはなく、むしろ小ぶりで助かったとも言える。

腰に支給された剣を差し、訓練所へと向かう。


そうして始まった騎士生活だが、特に問題は無かった。


なにせ、こちらは元親衛隊副隊長。

騎士隊のルールやマナー、暗黙の了解まで知り尽くしている。

勝手知ったる我が家よろしく、あっという間に馴染んでいった。

周りの騎士も、最初こそ初の女性騎士ということでどう接していいのかとおっかなびっくり状態。

しかし、半年も経過したころにはすっかり慣れ、遠慮のない関係まで築けていた。


が、しかし、である。

髪が背中の中ごろまで届くほどには伸びたころ。

事件は起きる。


「なっ、いいだろ?次期伯爵の俺だったら、こんな思いをさせないからさ」

「………はぁ」


場所は訓練所の裏手。

いくら有力貴族の子息たちがそろうとはいえ、結局彼ら自身は生活能力は低い。

なので、こういった目立たない場所にゴミやらなんやらが放置されていることが多い。

そういったのを掃除するのが、『グリエ』だったころからの日課だった。

本来は侍女侍従の仕事なのだが、どうしても性分なのか気になってしまい、都度掃除していた。

……おかげで、隊の一部からは『侍女』みたいだと揶揄する声もあったが(もちろん後にきっちり仕置しておいたけど)。


そうした日課の最中に忍び寄ってきたこの男。

確かに伯爵家の嫡男であり、次期伯爵はあながち間違いではない。

しかし、どうにも一部の騎士たちは私について大きな誤解をしている。


「そうやって品定めしてるんだろ?なら俺は一番有力だぜ?」

「………はぁ」


彼らは母と同じく、私が嫁入り相手を品定めするために騎士になった。

そう思い込んでいる。

そんなつもりは欠片も無い。

うんざりする気分を表には出さず、けれど徐々に顔から表情が消えていく。


「……わかりました」

「ははっ!物分かりがいいじゃねぇか」


私の返答をどう受け取ったのか、ずいぶんと男の機嫌がよくなる。

が、私の返答は男の考えた通りのものではない。


「私に勝てたら、いいですよ」


続く私の言葉に、さらに男が顔を愉悦に歪ませる。


「…へぇ、いいぜ。公衆の面前で俺のものだってアピールしてほしいんだな?」

「…はぁ」


男の言葉に、ついに表に出さずにいたうんざり感が顔に出た。

思わず漏れたため息。

もうこれ以上言えることは無いとあきらめた方が良さそうだ。

私は裏手から訓練所へと歩き出した。

男もついてくる。






「…………」


地面に顔から倒れ伏した男。

その男を、私は氷点下のまなざしで見下ろす。


勝負開始からわずか2秒。

私の放った『本気』の刺突が男のみぞおちをとらえ、呻く余裕すら消しさって勝敗は決した。


周りで見ていた騎士たち。

その反応は様々だが、地面の男と同じ考えをしていた者たちは明らかに顔色を無くしていた。


「次は?」


私の言葉に騎士たちがどよめく。

私が初めて見せた『本気』に明らかに動揺している。


騎士になってから半年。

これまで『本気』は見せてこなかった。

16歳という年齢に女性、そして騎士になりたてということを考慮して、あえてそれほど強くないと思わせてきた。

陛下との一戦もまぐれと言っていた。

妙な嫉妬ややっかみを受けたくなかったから。


しかし、それが今日のような状況を作り出したのであれば、もう隠すことはしない。


「この男と同じことを考えていた方々、面倒なのでここで決めておきましょう」


にっこり言い放つ私に、コソコソと逃げていくものが数名。


「私に勝てば、恋人でも妻でも愛人でもなってあげますよ。勝てれば」


切っ先で地面を叩けば、何名かがごくりとつばを飲み込む。

これでもう、この男と同じような輩は出ないだろう。

そう思っていたら…


「じゃあ俺が行こう」

「へっ?」


まさかの人物登場に間の抜けた声が出てしまった。


「団長!?」


騎士の一人が驚きの声を上げた。

名乗り出てきたのはまさかのガイアス団長だった。

しかも、そのみなぎる闘志が決して冗談ではないことを伺わせる。


「俺が勝ったら妻になってもらう。いいんだな?」


さらにきっちり条件まで確認してきた。

これには私のみならず、全員が驚いている。


「団長がついに女性を望んだ!?」

「これで団長にも春が…いやしかし」

「いくらなんでも、ちょっと…なぁ」


騎士の反応様々。


「お前ら五月蠅い!」


少し顔が赤くなった団長。

普段は豪快な笑顔が特徴だけれど、今はほんのり頬を染めながら真剣にこちらを見つめてくる。

すごく……本気っぽい。

本気っぽい、のだがここで本音が漏れてしまった。


「…さすがに年上すぎるのは…」


私、16歳。

団長……今年40歳。

両親と近い年の方は想定していなかっただけに、そんな本音が漏れた。


「だ、ダメなのか…?」


私の本音が聞こえ、途端に意気消沈する団長。

そんな様子はかわいいと思うけれど、だからといって……である。

…正直言えば、私はまだ結婚するつもりはない。

『グリエ』の記憶もあって、男の価値観もあると余計に男に対する感情も湧き辛い。

まして40歳の団長……。

そしてさらに言えば、『あの時』の事を思い出してしまい、トラウマにも似た感覚が蘇る。


はっきり言えば嫌だ。


「申し訳ありませんが、さすがに団長の伴侶にはなりたくないので本気でいきます」

「ぐはっ!?」


私の言葉だけで団長は血反吐を吐いた。

そのまま地面に崩れ落ちる。


「うわぁ……あんなはっきり言われたらもう無理だわ…」

「シセリアえげつねぇ」

「まぁ団長相手はなぁ…」


意見様々な外野は無視。

そのまま崩れ落ちた団長に近づき、崩れ落ちが演技ではないことを確認する。

その頭に軽く剣を振り下ろし、そっと当てておく。


「私の勝ちですね」


高らかに宣言し、勝利をアピール。

宣言を聞いても団長はピクリともしない。

そんなにショックだったのだろうか?


「平然と追い打ち…えげつねぇ…」


何か聞こえるけどそれも無視。


こうして、団長の恋(?)は終わった。



***



そんな事件の後。

当然と言えば当然だけれど、周囲からの私の評価はガラリと変わった。

特に団長すら例外なく(言葉で)沈めたことから、その視線に羨望のようなものが混じり始めている。

私としては妙な考えを持つ輩だけを黙らせられればそれでいいと思っていたのに、思わぬ効果まで出始めて逆に困惑気味だ。


困惑ついでに迷惑ごとも増えた。


「あ、シセリア様!」


間借りしている侍女寮から仕事に向かう途中。

今日もか…とうんざりしながら振り返る。

そこには一人の侍女。


「あの!実は私…」


もじもじと上目遣いにこちらを見ながら、何か言いたげにしている。

その何かが予想つくだけに私は呆れるしかない。


「私は仲人ではありません。騎士の誰かとの取次は致しません」


そうきっぱり言い放つと、侍女は目に見えて落ち込んだ。


こんなことが立て続けに起きている。

実を言えば、あの事件の前までは侍女の間でも私を、騎士たちの品定めのためにもぐりこんだ令嬢扱いで、陰では散々言われていた。

ところが、明確に私が結婚の意思が無いことを示したあの事件は侍女たちにも知れ渡り、そうでないと知るや、今度は私を騎士との仲人にと利用する者が現れた。


実際のところ、仲人をしたことは一度も無い。

明確にその場で断り、一切騎士側にもそんなことは言っていない。

そんなことを知って侍女側に手を出そうとする騎士が出ても困るからだ。

やるなら私の知らないところでやって欲しい。

そんなところだ。


「でも!シセリア様しか頼れる方を知らなくて…」

「………」


勝手に頼られても私の知ったことではない。

本当にうんざりする。


「シセリア様に紹介していただければきっと…」


王宮で侍女をしているのは大抵貴族の娘だ。

彼女らの最終目的は有力貴族の嫡男に見初められること。

そのためには手段を選ばない。

彼女らも必死だ。

今日も家からはさっさと落とせとでも言われているだろう。

それは分かる。


『グリエ』だったころには、登城してきた令嬢のみならず、こういった侍女からあれこれ声を掛けられることは頻繁にあった。

伯爵家令息にして、若干25歳にして親衛隊副隊長。

彼女らから見ればずいぶん優良物件に映ったことだろう。

…仕事に支障が出てきたときには本気で切れかけたこともあったが。


「…時間です。失礼させてもらいます」


このままでは遅れる。

そう言って訓練所に向かう私の腕を侍女が掴む。


「頼みます!もう私…」


そんな悲壮な顔をされても知ったことではない。

ここで私は、必殺の断り文句を使う。


「…なら、あなたに一人だけ紹介してあげます」

「あ、ありがとうございます!」


途端に喜色の表情へと変わる。

その表情が次の瞬間には絶望に代わる。


「団長を紹介してあげます。未婚だし、地位も立派。きっとあなたも気に入りますよ」


微笑んでそう告げると、あからさまに侍女は顔色を無くした。

……こうやって団長を紹介するたびに、団長の人気の無さを実感する。


「失礼します…」


諦めたのか、とぼとぼと帰っていく侍女。

ようやく解き放たれたと私は訓練所へと向かった。


……私自身も拒絶した手前あまり言えないが、団長の人気の無さには少し同情する。

悪い人ではないが、結婚相手となると踏み込めない。

綺麗系ではなく、圧倒的な筋肉でごついのが団長だ。

顔も決して悪くは無い。……悪くは無いが………無理。

それをタイプだという令嬢が現れることを心から願う。



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