21話
ついに大会が始まった。その栄えある第一回戦の初戦。その戦いのために私はリングに上がっていく。相手はかつて同じ騎士団所属だが、隊が違ったためあまり面識は無い相手だった。
「…実力は聞いている。本気で行くぞ」
「当然です」
この大会においては実力こそがものを言う。身分差で手を抜くなど相手への侮辱に等しい。互いに模擬剣を手にし、構える。
初戦、けれど戦うのが噂の私ということもあり、闘技場に来ている観客たちの盛り上がりはイマイチだ。騎士団に入れたのは実力か、はたまたコネか。それが彼らの前で明らかになる。
「はじめ!」
審判の合図が下る。相手はどっしりと構え、わずかな隙も見逃すまいとこちらを睨みつけてくる。私が高速で仕掛けるタイプだと知っているからだろう。私と同じ土俵には上がらず、カウンターを仕掛けるつもりだろうか。
「………」
「………」
カウンターを仕掛けるつもりながら、それでいて摺足で少しずつ近づいてくる。完全に待ちのスタイルではないらしい。
タイプは分かった。なら、もう観察する必要はない。
「っ!?」
私はその場で一気に蹴りだした。それでいて剣は相手の視線そのままに突き出す形で。ほぼ水平の跳躍は相手に私の剣との距離感を狂わせる。
「馬鹿!よけろ!」
観客席から怒声が飛ぶ。それでようやく意識を取り戻した相手は、剣が眼前にまで迫っていることにようやく気付き、なんとか頭を横に逸らして剣を交わした。が、これで終わりじゃない。
「はっ!」
「ぐがっ!」
剣の柄が相手の頭を通り過ぎたと同時に脚が地面に着く。その瞬間剣を引き、柄を相手の後頭部へと叩きつける。咄嗟の回避でそれ以上の動きができなかった相手は、その攻撃をもろに受け、昏倒した。
「しょ、勝負あり!」
「………」
ほんの一瞬で着いた決着に、観客の反応は鈍い。が、一拍置いて火が付いたかのような大騒ぎとなった。
「何だ今の!?全然見えなかったぜ!」
「まるで閃光じゃねぇか!人間かよ!」
「おいおいおいこりゃとんでもねぇことになるんじゃねぇのか?」
観客の反応を余所に私は控室へと戻った。…とりあえず私の騎士団入りがコネではなく実力だと認識してもらえて一安心。
控室にいた一部私の実力を疑っていた面々も、さっきまでは訝しげに見ていたのが、急に警戒するような目つきに変わっていた。
「さすがだな」
控室で二回戦を待っていると、陛下が入ってきた。その表情は明らかにうれしそうだ。
「たまたまです」
「そう謙遜するな。本気じゃなかっただろう?」
「………」
それは言わないで欲しかった。陛下の言葉に、明らかに控室の空気がピリピリ感が増している。
「勝ち上がってこい。私のところまで、な」
「はい」
陛下の出番となり、控室を出ていく。残された私は、二回戦に備えるふりをして控室を出た。空気最悪にしてくれた陛下に負けてしまえの念でも送ろうかしら…
「勝負あり!」
念の効果が爪先ほども発揮されず、圧勝した陛下。というか剣を交えた瞬間、剣ごと相手をリング外どころか観客席まで押し飛ばしたその馬鹿力に呆れてしまった。確かに見た目からして鍛えているのはわかっていたけど、その鍛え上げた肉体から繰り出されるパワーは予想以上だった。……あのパワーで組み敷かれたら絶対に逃げられない。あの時、陛下のベッドに押し倒されたときに、直感的に壊される危険を感じたのは間違いなかった。
その後、私も陛下も…そして団長も危なげなく勝ち進んでいく。そして、ついにその時が来た。
「さぁー!今大会1,2を競う注目のカード!キラルド陛下VSガイアス団長だー!」
実況の声が高らかに響くと同時に、観客席が今までで最高潮の盛り上がりを見せる。
ここ数年はずっと陛下が勝ちこしているようだが、実際のその勝敗はぎりぎりで陛下の勝ちらしい。だからこそ、記録上は陛下の勝ちでも、実際にはどっちが勝ってもおかしくない試合運びだとか。それだけに、やはり一部では八百長を疑う声が尽きない。しかし、その声を二人の初撃が吹き飛ばす。
「っ!!!」
盛り上がる観客の声を上回る剣のぶつかる音に、鼓膜が破けたかと錯覚してしまった。圧倒的な膂力でもって剣をぶつけ合うその姿は、それでいて流れるような舞を思わせ、それだけで見惚れるほどに美しい。どちらも力任せで勝ち進み、今もまた力対力を繰り広げているのに、その正反対の美しさも魅せる戦いに見惚れてしまった。
一撃が常に決殺。いつ終わるとも知れない戦いに、戦う二人以外の全員が見とれていた。
しかし、何を思ったか、突然ガイアス団長が剣を振るうのをやめた。それを見た陛下も剣を止める。突然戦いを止めた二人に、観客たちもざわめく。
ガイアス団長はゆっくりと、剣を陛下へと向ける。そして告げた言葉に、私は自分の耳を疑った。
「あなたは国王に相応しくない」
騎士団団長として、国に仕える騎士として、あり得ない発言にさらにざわめきが大きくなる。
「あなたは神殿で相応しい王妃が選ばれなかったからといって、自分の欲を優先し、まだ若いシセリア嬢をむりやり王妃にした」
「何を馬鹿なことを。決定は神殿の意思だ」
「大神官を買収したのだ。大神官は白状したそうだ」
何を言っている?大神官を買収した?
王妃となるものを選ぶのは大神官じゃない。光の宣託だ。大神官の意思などそこには含まれず、買収など見当違いもいいところだ。
しかし、団長の言葉が観客席に広がっていく。そして、そこかしこで陛下の不正を疑う声が上がり始めた。
このままではまずい。そう思い、私は声を上げた。
「違います団長!それは…」
「それは?」
「それ、は……」
否定したかった。しかし、否定するためには国王とその当事者…王妃となるもの、そして大神官しか知ってはならない機密を喋らなければならない。口ごもる私に、団長は何故か悲哀の目を向けた。
「…大丈夫だ、俺は分かってる。あなたが脅され、チェスティス家取り潰しと引き換えに王妃を迫られたことも」
「………はっ?」
団長の言っている意味が分からず、間抜けな声を上げてしまった。
脅されてる?私が?チェスティス家の取り潰し?
「先の襲撃事件もそうだ。一見謎の集団がシセリア嬢を襲ったようで、実は仕組んだのは陛下、あなただ。窮地を救い、シセリア嬢を心から自分に心酔させるために」
「………」
荒唐無稽な出まかせな内容に開いた口がふさがらない。確かにあの襲撃事件の犯人は未だに捕まっていない。誰なのかはわからない。けれど、だからといってそれを陛下が犯人で、しかも動機が私を心酔させるため?
「…誰が貴様にそんなホラを教えた?」
「それは言えない。そんなことをすれば貴様が殺すかもしれんからな」
「貴様…ときたか」
陛下に剣を向けた時点で薄々感じていたが、団長はもう陛下を国王として認めていなかった。むしろ、その目は反逆者を見るかのようだった。
「非を認め、王位を降りろ。そうすればヴィッツ殿下はお許しになられる」
「……そうか、奴が黒幕か」
陛下が怒りをあらわにした瞬間、
「ぎゃあ!」
「ぐあ!」
そこかしこで上がる悲鳴と血しぶき。咄嗟に剣を取ると、親衛隊の面々があちこちで複数の騎士に囲まれ、襲撃されていた。
「…なんのつもりですか?」
親衛隊副隊長は騎士二人の剣を一振りで受け止めていた。
「あのような者を王と仰ぐ、貴様ら親衛隊は邪魔だということだ」
「その言葉、後で後悔させてあげますよ」
いくら新鋭たちが精鋭ぞろいといえど、だからといって複数の騎士を相手どるのは困難だ。けれど、じゃあどうすればいい?私はどうすればいいのか?
周りの観客がこの混乱でわれ先にと逃げ出していく中、私はいつの間にかかつての同僚たちに囲まれていた。
「動くな。動かなければ直に終わる」
「…何が終わるのかしら?」
「…キラルドの時代だ」
団長だけでなく、彼らもキラルド陛下は消える…いや、消すつもりだ。確かに先ほど団長が言った言葉が真実であれば、陛下に対し不満を多少持つのはわかる。けれど、だからといって王位から下ろすのみならず、その命まで奪おうとする。挙句、王のみならず親衛隊まで手に懸けようとするのはばかげているとしかいいようがない。
親衛隊には名のある貴族出身の者も多い。嫡子のものだっている。その者まで排除してしまえば、その家すら敵に回す行為だ。
「奴に与するもの、全て終わる。…だが、貴女だけは別だ。あなたは被害者だからな」
「………」
「あなたは奴に気に入られてしまい、数々の不貞行為を働かせられた。その罪は、奴の命で持って償わせよう」
「………」
…まぁ不貞行為…いろいろ振り回されたり、辱められたことは事実だ。それは否定しない。けれど、だからといって命を奪うのはばかげている。そんなことをしてほしいと思ったことも無い。
「やめて、と言ったら?」
私の言葉に騎士たちは信じられないという顔をした。
「…貴女は優しいな。あんな奴にまで慈悲の心を持つなんて。やはりあなたこそが次期王妃に相応しい」
「…何を言って…いるの?」
騎士の発した言葉の意味が分からない。彼らの目論見通りキラルド陛下を排除するのであれば、私は王妃とはならない。私はあくまでもキラルド陛下の王妃として選ばれたのだから。
「貴女は素晴らしい女性だ。家柄も、教養も、武術も、そしてその高潔さも。だから、ヴィッツ殿下は、奴亡き後はあなたを王妃に迎えると言っている」
「!!」
まさかの内容に背筋に悪寒が走った。キラルド陛下を排して自らが王となるだけでは収まらず、私を王妃として迎えようと考えているなんて。…一瞬でも、ヴィッツ王弟殿下の隣に立つ自分を想像して吐き気がした。だがしかし。
「…王妃は神殿が選ぶこと。そもそも、キラルド陛下に対し、神殿を買収したから排しようとしているのに、ヴィッツ王弟殿下が同じことをしてもいいのだと?」
「神殿は、既にヴィッツ殿下の王妃として貴女が相応しいと告げている。問題ない」
問題ないどころか大問題だ!一体いつ私がヴィッツ王弟殿下の王妃として相応しいなどと告げられたというのか。神殿を無視しているのは一体どっちだと。
ここまでくると、キラルド陛下のみならず、大神官の身すら大丈夫なのか疑わしい。
「貴女はおとずれる時まで待っていていただきたい。すべてが片付いたとき、あなたの幸せは我らが保証しましょう」
…私の幸せを、あなたがたが保証するときましたか。そのあまりの傲慢ぶりに、内心は怒りが、表情では知らず笑いがこみ上げていた。
その笑いをかき消すように剣戟の音が響く。先ほどまでの戦いぶりですら本気ではなかったのか、キラルド陛下と団長の戦いがさっき以上の苛烈さをもって始まっていた。
キラルド陛下は団長に連勝している。だが、今の状況は普段の闘技大会とはまるで違う。団長の目、剣から発せられる雰囲気からして、本気で殺しに言っている。そんな状況で、キラルド陛下が絶対に勝つと断言できるのか?仮に勝てたとして、その後は?団長相手に無傷で済むはずは無く、手負いになるのは確実。そうなれば、次の誰かが陛下の命を狙うのは明白。
どうやってこれを解決させたらいい?どうすればキラルド陛下を助け、これ以上事態を悪化させないようにできる?




