以前変わらない意思で
玄関に着き、俺はベルを鳴らした。
「はい! 少々お待ち下さい!」
そう言ったすぐ後、一人の少女が出迎えてくれた。
「こんにちは! 僕はドクターベイシムの助手のゾーイです!」
ゾーイはまるで新雪のような綺麗な白い短めな髪と、その前髪で片目が隠れているのが特徴的な10代前半の少女であった。
「すみません、ドクターベイシムさんはいらっしゃいますか......?」
「はい! 少々お待ち下さい......!」
そう言ってゾーイはすぐにベイシムを呼びに行った。
「ベイシム先生ー! お客様だよー!」
階段の踊り場からゾーイが呼びかけた。
「患者さんか?」
二階からベイシムらしき男性の声が聞こえてきた。
「今日はどういったご用件でしょうか?」
ゾーイが俺達に訊ねた。
俺は少し考え、応答した。
「診察を受けさせてください。」
「わかりました!」
ゾーイは再びベイシムに呼びかけた。
「患者さんだよー!」
「わかった。それじゃ診察室にご案内しなさい。」
「承知しましたー!」
ゾーイが俺達のもとへ戻ってきた。
「それではこちらにどうぞ!」
俺達は診察室に向かった。
診察室には壮年の男性が木製の椅子に座っていた。
「今日はとう言った体の不具合を?」
村の名医らしく落ち着いた口調でそう言った。
「いえ、すみません......。今日はベイシム先生にお話したい事が有ってきました。魔女病についてです。」
「魔女病......。」
初対面の印象から大きく変わり、早くもベイシムは二言目から冷や汗をかきながらそう呟いた。
「はい、その時に処方された薬草の記録を拝見させて頂きたくて......。」
「ああ......いや......えーと......す、す、すまない......その記録は今は持ってないんだ......。何しろ10年前の記録だがらな......。」
ベイシムは動揺しすぎて目が泳ぎまくっていた。
こりゃ確定だな......。
「むむっ......! ベイシム先生......嘘ついてる顔してます......! 私の着替えを覗いちゃった時もそんな顔してました!」
ゾーイはじりじりとベイシムを見つめた。
「こら! 余計な事を言うんじゃない......! 色んな意味で......。」
「ベイシム先生......疾しい事をしていないなら、すぐに記録を見せれる筈です......!」
ゾーイは内容はともかくベイシムが嘘付いている事が許せないようだ。
なんか俺が聞かなくても良さそうだな......。
「さっ......さあ......何のことやら......。」
「先生......? 言わないならもっと秘密を皆さんに言っちゃいますよ? 例えば寝ている私の......」
ゾーイは少々気迫を込めながら問い詰めた。
「まっ......待ってくれ......! わ......わかった......! 言うよ......! 10年前のあの時、ヒフキ病の患者に、処方すべき薬草を実は間違えてたんだ......。アビアの実をジャータの実と見間違えて患者に出してしまったんだ......。」
ベイシム続けた。
「事態は悪化していき、プレッシャーに耐えきれなくなった私はミスを黙っていたんだ......。」
「それで村人は、自然と、魔女の施し物が原因だと思い込み、それを利用して、『活性の魔女』であるコーデリアさんに汚名を着せる展開になった......という事ですね......。」
「そうだ......。」
やはり、予想した通りの展開であった。ヒューマンエラーが全ての元凶だった。
「ちょっと待ってくださいね......。あっ、見つけた。」
ゾーイは植物学の百科事典を持ち出し、アビアの実の写真が乗っているページを開いた。
「あー! これ、先生が最初に僕に教えてくれた薬草じゃないですかー!! アビアの実とジャータの実は間違えやすいから気をつけろって……。」
「そうだ、魔女病事件は......私の最大の失敗だからな……早めに教えといて楽になりたかったんだ……。」
少々沈黙が続いた後、ゾーイは言った。
「先生......。」
ゾーイの目は何かを催促しているようだった。
「ああ、わかっている......。」
ベイシムは正座し、地面に手を付いた。
「『活性の魔女』......いや、コーデリアさん.......。貴方の顔に泥を塗るような真似をしてすまなかった......。心から謝罪する......。申し訳ない......。」
ベイシムは土下座をした。
彼自身も罪の重さは理解しているようだった。
「当然この程度では償いにはならないだろう......。憤りを感じているだろう.......。この罪償いは......私が医師を辞めてけじめをつけるとするよ......。」
しばらく沈黙した後、コーデリアさんは言った。
「......決めました。罪の償いは今後もケイスター村の医師として暮らす事です。」
「えっ......?」
「罪に囚われて、医師を辞めるだなんて言わないで下さい......! ベイシムさんの治療が......皆さんには必要なんです......! ベイシムさんは......ケイスター村の頼れる名医さんなんです......!」
「だから......私の事は気にせず、これからも医師として皆さんを支えて下さい......!」
コーデリアさんは微笑みながらそう言った。
「あぁ......ありがとう......ございます......。」
ベイシムは放心していた。
その様子はまるで女神から許しを得た、罪を懺悔した男のようであった。
「これで終わったな......。」
と思ったその時、
「魔物だああああああああっっ!!! 逃げろおおおおおおッッ!!!」
ほっとしたのも、つかの間、突如として外から男の叫び声が聞こえた。
「ジャレオ様!」
「ああ! 皆、外に出るんだ!」
俺達は慌てて外に出ると、先ほど俺達を追ってきた兵士がステルスウルフと交戦していた。