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誰もいないこの世界で  作者: 如月月 月
本編『誰もいないこの世界で、彼女は――』
7/24

六話『兆し』

 ◆悪魔王視点◆


『――忌々しい』


 人の手の入らない深い森の中、そこに偶然見つけた穴蔵で、その穴蔵の元住人の死骸を苛立ち混じりに踏みつける。


 呟いたのは、最近この周辺を嗅ぎ回る得体の知れない人間への怨嗟だ。


 ――カミーユ・ブレス。人の身にありながら、我ら悪魔王にさえ迫る不可解な存在である。


『忌々しい……ッ!』


 もう一度、人間で言う足に相当する部分で地面を踏みつける。


「――……」


 その振動で、すぐ近くにあったなにか――否、元は人間と呼ばれたモノが、少しだけ身動ぎした。


『――ヒヒ』


 それを見て、哀れな〝獲物〟へと嗜虐心が湧いた。


 ――そう、我こそは悪魔王。人を貶め、拐かし、弄ぶことを悦にする、人を食らう魔である。


 しかし――


『…………』


 そんな〝獲物〟も、もうすぐ尽きようとしている。


 ――憎き神々との争いに敗れ、一縷の望みをかけて世界跳躍を成した。それには成功したが、しかしここには悪魔王を知る者はいない。


 それはいけない。だが見知らぬ土地、見知らぬ世界で、そうそう人を騙すことなど不可能だ。


 なればこそ、慣れ親しんだところから人を喚べばいいのだという結論に落ち着いた。


 自分の身で一度成功したのだからと、またそれを成したはいいが……しかし、召喚に成功したのは別世界の人間が数名だけだった。


 しかも、初めて試みる他者の召喚だったからだろう。完全な術とは言い切れず、召喚した者らが周囲へ散らばってしまいもした。


 とはいえその者たちに意識はなく、自発的行動もしないらしい。森の只中に棒立ちになるだけの人間たちを回収すれば、それでことは済むはずだった。


 ――この世界の街という未知のものへと触れるリスクを排し、制御可能な人間を手に入れることができた、と言えば聞こえはいい。


 しかし。


『……あぁ、忌々しい』


 そう、ここであのカミーユ・ブレスという人間が出てくるのだ。


 回収しきれていない人間があと二人、となったところで、その人間の目が覚めてしまった。それだけならよかった。悪魔王たる己が、ただの人間に遅れをとるわけがないのだから。


 だが、思わぬ形でカミーユ・ブレスが割って入った。奴は異世界の人間を二人とも保護すると、この私へと牽制をしながら撤退してみせたのだ。


 ――本来であれば、たかが人間相手に私が引くことなどありえない。


 だが、カミーユ・ブレスは別だ。


『ッ、救世主……』


 悪魔王である私だからこそ、一目で気がつくことができた。あのカミーユ・ブレスには、得体の知れないなにかがまとわりついている。


 忌まわしき神の加護にも似た、しかしそれとは決定的に違う、カミーユ・ブレスの敵へと仇なすなにかだ。


 ――この世界独自の加護だろう、と推測するのに、大した時間はいらなかった。


 つまりこの世界の人間には、私でさえ推し量れぬなにかの加護が宿っている可能性があるのだ。


 故に、「忌々しい」。


 忌まわしきかの神々を思い出させるその手法には、虫唾が走る。


『…………』


 ……だがしかし、このまま穴蔵にこもっていることなどできない。


 先も考えた通り、私の食料たる〝獲物〟はもう尽きようとしているのだ。また異世界から喚ぶこともできるが、もう一度散らばりでもされれば今度こそカミーユ・ブレスに見つかるだろう。


 無理にでも、現地調達をする必要がある。カミーユ・ブレスのような救世主とやらが、メガーヌ・ドルジアという女以外にもいるかもしれないが……そこは、無理を承知で調査に乗り出す必要があるだろう。


 勝算がないわけでもない。カミーユ・ブレスの加護は得体の知れないものだが、メガーヌ・ドルジアのものは貧弱なものなのだ。


 つまり、加護を獲得している者の中で格差がある。加えて、あのような加護をそうホイホイとばらまけるわけがない。


 カミーユ・ブレスにのみ気をつければ、その他の人間は御しやすいはず――


『…………』


 最後に残った〝獲物〟に目を向ける。既に精神が枯れ果て、痛めつけても悲鳴をあげないどころか、身体を満足に動かすことさえできない抜け殻同然のものだ。


 元は黒かった髪からは色素が抜け、食事を行わずに長期間無理やり生かされ続けたせいでやせ細ってもいる。――しかし、


 〝皮〟は、まだ使える。


『――ヒ、ヒヒヒッ』


 萎えかけていた嗜虐心が、再び呼び起こされる。


 最後の〝獲物〟は、皮を剥いで中身を平らげ、その魂の隅々まで有効活用してやることにしよう。


 ――人間というものは馬鹿なもので、見た目さえ人間と同じならば容易く騙すことができるのだ。今回も、その手を使わせてもらおう。






 ◆喜多川レイラ視点◆


 教会で暮らし始めて二週間が経った。その間に、ここでの生活にこれと言った変化はない。


 日の出と共に起きて、舞い込んできた雑用や教会の維持作業をしたり、礼拝を取り仕切ったり。


 ここ最近では、これまでカティアさんが行っていた作業を代理で任されることも増え、いよいよ牧師や修道女として一人前になれてきたかなといったところである。


 そんな風に一日を過ごし、寝る前にカティアさんから聖書について教わる勉学の時間を経て、身を清めて就寝だ。


 代わり映えのない、変わることがないと信じられる平坦な日々。――この日常に身を置くのだと、そうぼんやり認められるくらいには、ここにも慣れてきた。


「……あれ」


 日課の礼拝が終わり、信者の方々が帰られた後の掃除の時間。礼拝堂の長椅子を見て、私と一緒に掃除をしていた倉科くんが呟いた。


 他にも掃除を手伝ってくれている子供たちがいるものの、偶然私が傍にいた――と言っても倉科くんが身構えないくらいには距離が離れている――ので、事情を尋ねてみることに。


「? どうしたの?」

「落し物だな、ほら」


 私からは長椅子の背もたれが邪魔になって見えない。それを察して、倉科くんは件の忘れ物を手に取って見せてくれる。


 小さく花の刺繍が施されたハンカチだ。座っている間にポケットから落ちたりしたのだろうか。


「次の礼拝の時まで預かってよっか」

「そうだな」


 私の言った方針に倉科くんも同意する。とりあえず、掃除の邪魔にならず、置いていても汚れないようなところに仕舞っておこう。


 ふむ、それならあそこがいい。ちょうど今からそちらに行くし、ついでに持って行こう。


「私が持って行くよ」

「ん、そうか? すまん、ありがとう」

「どういたしまして」


 律儀にお礼を言いながら、倉科くんがハンカチを差し出してくる。それになにも考えずに手を伸ばし、私はハンカチを受け取った。


 ハンカチを私が受け取り、倉科くんがハンカチを持っている意味がなくなった瞬間。


 ――シュッ、と、微妙に素早く倉科くんが手を引いた。


 ……ハンカチを受け渡そうとしたら、そりゃあ手が触れるほど距離が近くなろうというもの。さり気ない日常の動作とはいえ、女性恐怖症の倉科くんにとっては至上命題である。


 つまり、そういうことだ。


「…………」


 若干……どころではないが、心にグサリと来た今の一連は努めて気にしないことにして、私はその場を離れた。


 ――そう。代わり映えのない、変わることがないと信じられる平坦な日々。


 そんな不変の日常に、倉科くんの〝アレ〟は含まれているのである。


 ――一つ屋根の下、子供たちやカティアさんを混じえながら、二週間という日々を倉科くんと過ごした。


 けれども、倉科くんが私への警戒を解くことはない。


 いつだってあんな風に私を警戒して、欠片も気を抜くことがない。反対に、私は四六時中気を張ることができないので、先ほどのように不意に倉科くんへと距離を詰めてしまって、倉科くんの警戒システムに引っかかって自爆する。


 それが、二週間である。


「……はぁ」


 ……女のプライド、なんてものを引き合いに出す気はない。


 そんなものよりももっと重大なものが、メッタメタのボコボコにされているのだから。


 ――二週間も一緒に暮らして、少なからず時間を共有し、まして同じ苦悩さえ抱く者同士であるというのに。


 ああまでして警戒し続けられ、それが和らぐ気配が微塵もないとなると……なんというか。


 ……私はそんなに危険人物に見えるのかと、正直かなり凹む。


 ◇


 とは言え、日々の生活を疎かにはできない。


 倉科くんの態度が変わらないのは本当に悲しいのだけれど、それと同じくらいに重要なのが普段の生活なのだから。


 ――とまあ、落し物のハンカチを見つけたその日の夕方のこと。


「……? カティアさん、それは?」

「おや、レイラさん」


 教会に併設された孤児院、つまり私たちの居住空間の廊下にて。なぜか妙に上機嫌のカティアさんに遭遇した。


 たしかカティアさんは、さっきまで街に買い出しに出かけていたはず。そこでなにかいいことがあったのだろうか、と私は推測するも、それより彼女が手に持っているものが気になった。


 パッと見は、お香を置く燭台だ。手のひらに乗りそうなほど小さいお皿状のもので、カティアさんはお香と一緒にそれを持っている。


「先ほど街に出た時に、気前のいい行商人の方がいらっしゃいまして。少し試して気に入ったら買ってほしいと、こちらのお香を勧めていただいたんです」

「へぇ、そうなんですか?」


 この世界にも行商人やお香があるのか、などなど……いろいろと気になることはあったけれど、総じて興味惹かれる内容ではあった。


 また、カティアさんの機嫌が随分といい。よほどその行商人と気があったのだろうか。


 彼女の機嫌がいいと私まで嬉しくなってくる。本心から微笑みを浮かべ、私は「よかったですね」と返した。


「はい、ありがとうございます」


 そう言ってカティアさんは満面の笑みを浮かべ、そのお香を置きに自身の寝室へと突撃していった。カティアさんの上機嫌っぷりが微笑ましい。


 ――宣言通り、その日の就寝前に炊いてみたのだろうか。


 翌日から、カティアさんから甘いお香の香りが漂うようになった。


 ◇


 ふと、変なことを聞かれた。


「――レイラさん、カミーユ・ブレス……という方は、ご存知ですよね?」

「? はい、そうですよ?」


 お香を毎晩炊いたりでもしているのか。煙の中に甘さが混じったような嗅ぎなれない匂いをまとったカティアさんが、そう尋ねてくる。


 場所は孤児院の居住空間の廊下、時刻は夕刻。先日ばったり出くわした時と、偶然同じ状況である。


 しかし、カティアさんも変なことを聞いてくるものだ。カミーユさんは光の御子で、街を歩くだけで評判が漏れ聞こえる程度には有名な人だ。カティアさんだって面識がある。


「カミーユさんがどうかしましたか?」

「いえ、大したことではないんですが……少し、どんな方なのか聞かせてくれませんか?」

「……? カティアさん、お会いしたことありました、よね?」

「レイラさんから見たカミーユ・ブレスのことが聞きたいんです。お願いできませんか?」


 ……? つくづくよくわからない。が、まあ、カティアさんなりの理由があるのかもしれない。


 私は微妙に不審に思いつつも、カティアさんの質問に答えることにした。


「まあ、はい。いいですよ。どんなことを聞きたいんですか?」

「性格や人となりを。他にも、あなたの知っていることでしたらなんでも構いません」


 性格や人となり……もちろん、私から見たカミーユさん、ということだろう。その他にも、私の知っていること、となると……。


「……優しい人、ですね。本気でみんなのことが大好きで、裏表のない正義の味方、ですか」


 カミーユさんを簡潔に言い表すなら、そうなると思う。


 掛け値なしの勇者気質で、普通の人間なら打算や偽善が混ざるところを、あの人は本気でみんなの味方をやるのだ。


 カミーユさんの発言には嘘がなく、また邪心もない。無垢な子供の心を持ったまま世界の醜さを知って、なおも笑い飛ばして無垢な心を守り、それでいて破綻していない超人。


 ……うん、〝超人〟だ。その表現が正しい。


「……とてもすごい人、だと、思います」

「そう……ですか。他には?」


 他には……うーん。


 ……ああ、そうだ。重要なものが一つある。


「……男性なのか女性なのか、よくわからないです」

「……はい?」


 カティアさんが不思議そうに首を傾げた。しかし私から見たカミーユさんを語れと言われると、これは避けて通れない。


「カミーユさん、中性的な人じゃないですか。顔立ちは綺麗な女性にも男性にも見えますし、身体付きは華奢ですけど肉付きもあまり……声も、男性でも女性でも通用します。私、ほんとによくわからなくて」

「…………」


 カティアさんが黙り込んだ。なんだか呆れられている雰囲気。


 私とカティアさんで、この問題に対する重要さの認識が噛み合っていない――要は〝滑った〟。


「あ、え、っと……」


 私はワタワタと慌てながら、茶化すつもりで倉科くんを引き合いに出してしまう。


「そ、それにですねっ! ほら、倉科くんが普通に応対しているので、男性なのかなと思わなくもないですけど、えっと……! わ、私以外には、みんな普通ですしっ、あんまり関係ないのかなぁ、とか……」


 ――言いながら、面白くない話になっていっているのがわかってしまって、言葉は尻すぼみになる。


 しかも、なにをとち狂ったか自虐ネタに走ってしまって自傷もしてしまった。倉科くんの対応の差を思い出して、ズキリと心の生傷が痛む。


 だいたい、倉科くんの女性恐怖症をカティアさんは知っているのかもわからない。察せられる程度に倉科くんはわかりやすいけれど、何度も言うがその〝わかりやすい態度〟は私相手の時だけで、つまり女性恐怖症なのか単に私が尋常でなく嫌われてるのかの判断がカティアさんには……。


「――ユズルさんのこと、気になりますか?」

「……へ?」


 カティアさんが、変なところに食いついた。


「え、は、はい。気になります、けど……?」

「……。そうですか」


 一瞬だけ、カティアさんが笑顔を浮かべた。


 ――その笑顔が、なぜだか毒々しいものに見えた。


「あぁいえ、ごめんなさい。聞きたいことは以上です。ありがとうございました」

「い、いえいえ、私も変な話しちゃってごめんなさい」


 その笑顔も一瞬で、まばたきの間にいつものカティアさんになっていた。どうやら用件は終わりらしい。


 話を締めくくったカティアさんに従い、私も締めくくりの一言を言いながらペコペコと頭を下げる。カティアさんは苦笑を浮かべると、「では、また」と言って去っていった。


 ――その場に、お香の甘い香りが残る。


「……うー、んん……?」


 その香りに慣れていないせいか、はたまた本当に違和感があったからか。


 どうしてかは自分でもわからないながら、今しがたのカティアさんに違和感を覚え、私はその場で首を傾げた。






 ◆倉科結絃視点◆


 教会で過ごす日々に完全に慣れ、牧師としてこの先続けていく覚悟も形になりつつあった日。


 ちょうど、この教会でお世話になり始めて十五日程度。


 みんなとの夕食を終え、後片付けに奔走してそれもひと段落したところ。


「――ユズルさん、少しいいですか?」


 俺が部屋に戻ろうとした時に、カティアさんから呼び止められた。


「はい?」


 お互いに敬語を使う仲ながら、約二週間に及ぶ共同生活を送った間柄である。カティアさんが俺の苦手なタイプでないこともあり、俺自身かなり気を許している自覚があった。


 そのため、愛想よくにこやかにとは言えない、よく言えば気を抜いた態度で、俺はカティアさんの方に振り返る。


 ――フワリと、鼻腔に甘い香りがまとわりついた。


「大したことではないんですが、少しだけ」

「はい、なんですか?」


 一拍あけて、カティアさんが口を開く。


「……最近、レイラさんが悩みを抱えているように見えるのですが、なにか聞いていませんか?」


 と、そんなことを言われた。


 少したじろぎ、すぐさま脳裏に浮かんだ答えを言う。すなわち、相談などはされていないと。


「いえ、特には」


 言いながら、ここ最近の喜多川について思い返してみる。記憶の中の彼女に、なにか悩みを抱えているような仕草を探し……そして失敗した。


 なぜ失敗と言うかといえば、ぶっちゃけてしまうと、俺は喜多川が苦手なので普段からあいつを見ることが少ないから、である。


 つまり、判断材料になる記憶がそもそも少なかったのだ。


 あんまりと言えばあんまりな俺の態度だが……苦手なものは苦手なのである。仕方がない。


「そうですか……故郷が同じユズルさんになら、話してもらえるかもしれないと思ったのですが……」


 カティアさんが、喜多川への心配によって肩を落とす。


 この人がここまで心配するのなら、喜多川のそれは相当に深刻なのだろう。それに気づかないほど俺は喜多川のことを見ていなかったのかと、少しだけ罪悪感を覚える。


「……私の方から、ユズルさんに相談するよう促してみます」


 カティアさんが、伏せていた視線を俺に合わせる。


「もちろん、レイラさんが話しやすいと思う相手を選ぶよう、きちんと言いますので。……ですので、もし相談されたら――」

「――はい、それはもちろん」


 胸の中の罪悪感に押されるように、なにより喜多川のことを真剣に心配しているがゆえに、カティアさんの言葉を遮ってまで俺の言葉は口をついて出た。


 カティアさんは、そんな俺の態度になにかを感じたか。口元を隠しながら微笑ましそうに目元をやわらげ、「では、よろしくお願いしますね」と言った。


 それを最後に会話は終わり、各々の生活へと戻っていく俺たち。そうして、


 ――部屋に戻るまでの道で、喜多川の背中を見かけた。


「――――」


 一瞬、話しかけるかどうか迷ってしまった。


 けれど、カティアさんがああすると言った以上、俺が掘り返すのもいけないと自制する。そのまま喜多川の背中を見送って、俺は自分の部屋に入った。


 牧師服の上着を脱いで薄着になりながら、逡巡する。


 ――俺が喜多川へ抱く複雑な感情を、早く明文化しなくてはいけないらしい。


 喜多川が抱く悩みがどんなものであれ、もし俺に相談をされるならばその悩みには予想がつく。その時、彼女に対する対応を決めあぐねるようでは相談相手失格だ。


 ――俺は、喜多川のことをどうしたいのだろう?


 ポツリ、自身に問いかける。複雑な感情があるのはそうだが、結局のところはこれなのだから。


 一つ一つ、気持ちを確かめよう。


 ……喜多川のことは、正直苦手だ。


 上っ面を取り繕おうと腹の中ではなにを考えているかわからない、次の瞬間には俺に牙をむくかもしれない……そんな、天敵(おんな)という生き物であることは間違いないのだ。


 けれども、そういう先入観があろうとも、教会での暮らしを始めてから気づけたこともある。


 料理は美味しい、掃除は丁寧。他人へは礼儀正しく、愛想笑いも綺麗だと思う。


 子供たちのあしらい方にはいかにも〝子供好き〟といった雰囲気があり、子供に囲まれて楽しそうに笑う顔は普通に魅力的だ。


 ……俺と接する時の喜多川は、なぜか変に身構えて緊張しているので態度が固く、あまり好かないのだが。


 気を抜いている時の彼女は、まあ、それなりに可愛いと思う。


 ……。


 ……とにかく。


 喜多川のことは苦手だ。しかし、喜多川の魅力は知っている。二週間も一緒に住んでいるのだから、当然である。


 ――それに、同郷なのだ。


 右も左も分からない異世界で、この繋がりは肉親との繋がりほど貴重。唯一同じ日本人、そこには理屈抜きの依存心があった。


 それはたぶん、喜多川も同じだと思う。彼女にとっても、俺は得がたい存在のはずだ。


 ――俺は、喜多川のことをどうしたいのだろう?


 その問いかけに対する答えは、曖昧なものになってしまう。


 ――俺は、喜多川を手放したくない。けれど、彼女から拒まれるのならばあっさり手放せるくらいに、喜多川への嫌悪感はある。


 しかし情が薄いわけではなく、喜多川から頼られれば素直に応えられる。異性としては魅力的に思っているし、同居人としても信頼している。


 ――天敵(おんな)へ向けた嫌悪感と、喜多川個人への執着と思い。それらが、複雑な形で混在している。


「……はぁ」


 結局、明確な答えなんて出せない。


 これはもう、喜多川から言われること次第になってしまうだろう。例えば、教会を出て別の街で暮らしたい、とかなら、そうか応援するぞ、という具合だ。


 というか、喜多川の抱える悩みも詳しく知らないのだ。もしこれが俺に全く関係ない問題だったりすれば、そもそも俺に相談が来ることもない。


 どうなってもいいよう、事前に答えを用意するのはいいことだが……その一方で、徒労に終わる可能性も残っている。


「…………」


 なんだか急に馬鹿らしくなってきた。とりあえず対応は決められたので、もうそれでよかろう。


「……寝るか」


 そんなことより、就寝の準備の方が優先である。






 ◆悪魔王視点◆


 ――思わぬ収穫だ。


 〝獲物〟の皮を被って人間を装い、街へ入って行商人を殺してすり変わった。そして孤児院を併設する教会があると聞き、そこの修道女に呪具を授けた。


 そこまではただ、神を信仰する場所など目障りだから叩き潰してしまおう、と、そう考えていただけだった。


 それが、思わぬ収穫となったのだ。


 ――カミーユ・ブレスに保護され、私の下から逃げ仰せた異世界人が二人とも、その教会にいたのだから。


 しかも、なんとも面白そうな悩みを抱えていると見える。どこの世界であっても、人間の愛欲とはかくも面白いものだ。


『ヒ――ヒヒヒッ』


 路地の暗闇に、笑い声が微かに響く。


 ――新たな〝獲物〟は、もうすぐそこだ。


 そうだな……次の装いは、占い師なんてどうだろうか?

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