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誰もいないこの世界で  作者: 如月月 月
番外編『A sequel to the story』
23/24

ifルートその八『嵐の到来』

 ◆倉科結絃視点◆


 ――レイラと、平日はほとんど毎日放課後に会い、休日にはデートの約束をする。


 異世界では毎日顔を合わせていたため、今の環境は少し落ち着かない。だがそれは仕方がないことだと、代わりにレイラとなるたけ頻繁に会うようにして我慢している。


 レイラも同じ気持ちなのか、積極的に会う予定を取り付けてくれる。そんな様子で他の友達との付き合いは平気なのか、と思わなくもないが、優先してもらえるのはありがたい。


 ――ところで。


 寄り道のしすぎで、近場にあるちょっとしたデートスポットはもう行き尽くしてしまった。代わりに行きつけの店もできたが……とはいえ次の休日デートは、少し電車で遠出して見知らぬ土地を歩いてみないかという話になった。


 異世界という、全く異なる文化の街を歩くのは、以前二人して楽しんだことがあるのだ。ならばこの世界でも似たようなことはできるだろうと、そういう話。


 ――今日がその当日。レイラと駅前で待ち合わせをして、ワイワイと話しながら行先を決め、切符を買って電車へ乗る。


 通勤電車ほどではないが、休日の朝ともあってこの時間は混む。俺たちのように若い男女で乗っている人も少なくなく、彼らも目的は同じだろう。


 行先は一つ隣の駅。電車はすぐに到着し、見慣れないホームから外へ出る。


「どの辺行く?」

「あっちの方、なんか結構賑わってないか?」

「お、じゃああっち行こう」


 俺はさり気なくレイラの手を握り、キュッと握り返してもらう。肩がかすかに触れ合うほどの距離で並び、俺たちは目的地に突撃した。


 雑貨屋や喫茶店などのある通りのようだ。初めて来る場所なだけあって全てが新鮮で、俺もレイラもテンションを上げる。


「――わ、このストラップ可愛い」

「ん……色違いでお揃いにするか?」

「いいね〜、買っちゃお!」


 即決でレイラがストラップを二つ確保、光の速さでレジに持ち込み、包装は断ってすぐさま鞄につけた。俺も鞄につける。


「んふふ」


 ホクホク顔でレイラがドヤ顔になり、嬉しそうに俺の方へ寄って離れていた手を繋いだ。俺も自然と口元が緩み、俺たちは雑貨屋巡りの続きを。


「へー、アクセサリーとかも売ってるんだ……」


 レイラが、先ほどの雑貨屋とは反対側に目を向けて呟いた。視線の先には、言葉通りアクセサリーを扱う店が。


 高級感漂う代物でなく、値段を見てみれば高校生でも手が出せるようなものだ。しかし綺麗なデザインで、安物には見えない。


「…………」


 店に入るなり、陳列されたそれを熱心に見入るレイラ。端から端までじっくり見つめていく彼女は、アクセサリーに夢中になって俺の行動に気を配っていなかった。


 するりと手を離し、足音を立てずにレイラから離れる。俺は、先ほどレイラが見ていた、彼女に似合いそうなネックレスを手に取った。


 リング状のハート型ペンダントトップをチェーンでぶら下げる、いかにもなネックレス。シルバーのそれは、レイラのような美人の首元に下げればさぞ似合うことだろう。


 レイラがまだアクセサリーたちに見入っていることを確認。ささっとレジに行き、素早く会計を終わらせる。若い女性の店員さんも察してくれたのか、小声で包装を断ると手早く値札を外してくれた。


 俺はレイラの下に戻り、彼女の邪魔をしないようにしながらネックレスを背中に隠した。近づいてきた俺に気づいたのか、レイラが棚から視線を上げた。


「? 結絃くんはなにか買ったの?」


 ……鋭い。


 いや、当たり前か。いくら夢中になっていたとはいえ、手を繋いでいた連れがいなくなれば普通気がつく。そしてレジの方から近づかれたとあれば、これほどわかりやすいものもない。


 大人しく認めることにして、俺はレイラの正面に回った。


「ああ。レイラに似合いそうなネックレスを」

「えっ、じゃあ私も……」


 と、レイラは慌てて俺に似合うアクセサリーを探し始めた。俺は苦笑して、そんなレイラを呼びとめる。


「ありがとう。その前にちょっといいか?」

「? なぁに?」


 俺はレイラに、手に持ったネックレスを示す。チェーンは既に外して両手に持っており、今から着けさせてほしい、という意思表示だ。


「あっ――えと」


 レイラは俺の意図に気がついて、自分はどうしたらいいかを少しだけ迷う。数瞬ワタワタと視線を泳がせて、ハッとなった彼女は、自身のロングストレートの白金髪をかき上げた。


 首筋に両手を差し込み、うなじを露出させるように髪を持ち上げる。そのポーズを完成させて、準備完了を報せるようにレイラは俺を見た。


「…………」


 ――好きな女性が、目の前でそんなポーズをしている。


 その事実は割と心にくるものがあったのだが、なんとか堪えて。


「着けるぞ」

「うん」


 俺はレイラに抱きつくようにして彼女の首に手を回し、うなじのところでチェーンを繋げる。このまま抱きしめてしまいたい衝動を我慢し、レイラから離れた。


 ネックレスをつけたレイラを、正面から見据える。彼女の顔に視線を固定し、意識を胸元に向けてネックレスを見た。


 ――うん。


「やっぱり似合ってる。綺麗だ」

「っ……」


 褒め言葉はすんなりと口から出た。素直な本心だけあって、抵抗はまるでない。


 レイラは気圧されたように言葉に詰まり、もごもごと「ありがとう……」と言った。頬は少しだけ赤くなっていて、照れたことが伺える。


「ゆ、結絃くんはどんなのがいい? リクエストとかある?」

「んー……レイラと同じようなネックレスがいい。同じのはないみたいだから、他のをレイラが選んでくれ」


 ネックレスならなんでもいい、という旨のリクエスト。レイラは「りょうかい」と言い、ネックレス売り場の方へ視線を走らせる。


 ――彼女が選んだのは、ゴールドのリングにチェーンを通した意匠のものだった。


 手早く会計を終わらせたレイラが、俺と同じく包装を断って戻ってくる。


 俺に倣って、レイラも俺にネックレスをつけてくれるらしい。彼女がつけやすいよう少し屈むと、レイラが俺の首に手を回した。


「…………」


 ……いい匂いがする。レイラの胸がドアップで目の前に迫ってきて、かなり落ち着かない。


「――結絃くんも似合ってる。かっこいいよ」

「ありがとう」


 レイラが離れ、俺は体勢を元に戻した。彼女ははにかみながら褒め言葉を言ってくれて、俺はそれに微笑んで返す。


 自身の首元を見下ろし、俺はゴールドのリングを手に乗せてみる。


 ……なんだか、見覚えのあるような色合いだ。


 いや、見覚えはあって当たり前だ。今も目の前にいる、愛しの恋人の髪の色に似ているのである。


「……レイラの髪の色に似てるな」

「あ、やっぱりわかっちゃうかな……?」

「ん?」


 なんとなくポツリと呟くと、レイラが変な反応をした。「わかっちゃうかな」というと、つまり……。


「えっと、その……ちょうどデザインも結絃くんにピッタリだったから、つい」


 狙ってやっているらしい。随分可愛いことをしてくれるものだ。すごく嬉しい。


「――嬉しいよ。ありがとな、レイラ」

「ど……どういたしまして」


 礼と返礼を交換し、俺はレイラに手を差し伸べる。レイラが照れながらその手を取って、またいつものように手が繋がれた。


「次はどこに行く?」

「えっと……そろそろお腹空かない? レストランとか行きたい」

「了解。俺もお腹空いてきた。それじゃあ――」


 ◇


 見つけたレストランにて食事を終える。食べ慣れないメニューを頼んで一口交換し合ったり、なんて一幕を挟んで会計を終えたところ。


「ごめん、ちょっとお手洗い。先に出て待ってて?」

「ん、わかった」


 レイラがそう言ってトイレの方へ行った。俺はレストランから出て、駐車場脇でぼんやりと街を眺める。


 酷く見慣れない街並みだ。それもそのはず、来たことなんてないのだから。


 ――けれども、見慣れている。


 空には見晴らしの悪い蒼穹が、地にはコンクリートと街路樹が、街はカラフルで人は騒がしい――そんな、現代日本という風景を、俺は見慣れているのだ。


「……ほぅ」


 そろそろ冬休みも見えてきた真冬のこの頃。俺は悴んだ手に息を吐きかけて寒さを紛らわせる。


 ――ふと、異世界で出会った人々のことを思い出した。


 カティアさんや子供たちは、元気にやっているだろうか。俺たちがいなくなった悲しみを忘れてくれているといいのだけれど。


 カミーユさんとメガーヌさんは、きっと世界を救う旅をしているはずだ。あの人たちが負けるところは想像できないし、今もどこかで穏やかに笑っているかも。


 ……いけない、ちょっと泣きそうだ。


 せっかくのデートでそれはいただけない。思い返すのをやめることは名残惜しいような気もするけれど、今は気持ちを切り替え――


「――あれ? 結絃じゃん」


 その時、横から知り合いの声がした。


 年末年始かお盆くらいにしか会わない間柄ながら、幼少期からとても仲のいい親戚……というか、従姉妹。俺の母方の親戚の従姉妹で、苗字は違うのだが、下の名前が――


「……(けい)?」

「おー。どうしたんだよー? こんなところで」


 声のした方に振り返ると、思った通りの人物がそこにいた。


 原西(はらにし) (けい)。俺の従姉妹で年齢は同い年。盆暮れ正月に会うだけなのに、慧の気質がそうさせるのか、女のくせに俺の女嫌いに引っかからない稀有な輩だ。


 彼女の性格は、よく言えばサッパリとした男勝りな性格。悪く言えば、非常にガサツで女っぽくない。


 小さい頃から距離が近かっただけあり、俺が完全に女嫌いになる前からの付き合いなのだ。慧と俺との距離感が、男友達か肉親に向けるほどの超至近距離であるというのも関係している。


 ――ガシッ、と、慧が俺の首に腕を回した。


「なんだよー、こっち来るなら連絡しなよ、水臭いなー」


 気安い間柄の男同士でやるような、相手の首をホールドしてじゃれ合う、挨拶のようなもの。こういうことを頻繁かつ気軽にやるからこそ、俺は慧のことを女として意識できないのである。


 慧の身体付きそのものは中学生くらいからかなり女っぽくなってきたので、いつもは男親のような気持ちで小言を言っているのだが。


「……そういえば、お前の家ってこの辺だったな」

「忘れてたの?」

「おう」


 耳元で騒ぐ慧に、俺はそのことを思い出す。そう、こいつの家はこの辺なのであった。地名しか覚えていなかったのでピンと来なかったのだ。


 今回の行先を決めたのは、出発前にレイラと行った雑談。なので完全にノリと勢いで決めており、ここになったのは偶然である。


 覚えていたのならここにはしなかった……というか、慧のこともレイラに紹介したいのだ。もし覚えていたのなら、デートの日にここに来るんじゃなく、レイラにもきちんと話した上で顔合わせの場を設けたかった。


「そっか。結絃、実際に来たことはなかったもんね」


 慧は、自分のことを忘れられていたというのにサッパリとそれだけだった。根に持つことは根に持つタイプだが、大して気にしない事柄についてはこいつはいつもこんな感じである。


「ならなにしに来たの? 遊び? 一人?」


 矢継ぎ早に放たれる質問は、正しくマシンガントークと言うのが相応しい。


 追加で「私ん家来る? 今日母さんいるし、なんかたかれるよー」とまで言い、自らの母親を従兄弟への釣り餌にさえしている始末。


「あのな……」


 どう断わったものか、そしてこのアホ娘にどう小言を言ってやろうか……そんな風に、頭痛さえ覚えたような気になりながら俺が頭を悩ませたところで。


 ――タッタッタッ!


 背後から――すなわち、レストランの出入口から。


 地面を強く踏み鳴らし、大層慌てているような足音がした。


 ――俺は既視感を覚える。


「ゆっ、結絃くん! 待たせてごめん!!」


 俺と慧が振り返るより早く、その声が強く響いた。次の瞬間に、俺と、俺の首を腕で捕まえている慧との間に、その人物が割り込んでくる。


 レイラだ。


「うああっ?」


 密着状態にあった俺と慧との間に無理やり割り込むのである。当然強引で力任せなものとなり、それを受けた慧が戸惑いの声を上げながら一歩下がった。


 ――身体を使って俺から慧をブロックしたレイラが、離れた慧から更に距離を離そうとして俺を押し退けた。


 レイラは俺の腕に抱きつき、「この人は私のものだ」と主張するように密着してきて、首だけ振り返って肩越しに慧を睨みつける。


 慧が目を丸くして、困ったように俺とレイラを見比べた。


「えぇ……?」


 ……たぶん、慧の頭の中では様々な混乱があることだろう。


 慧も俺の女嫌いは知っている。俺が怯えていないのがそも不思議に映るだろうし、レイラの外見は日本人だらけの中だとインパクトがある。顔立ちまで完全に外国人なのだ。言葉が通じるのか、という疑問も出てくる。


「この人は私と先約があるので。お引き取り願えますか」


 ……しかもレイラは、仕方がなかったとはいえ変な勘違いをしているらしい。


 彼女は底冷えするような声色を慧に向けており、それはさながら縄張り争い中の野生動物のよう。先週もあったばかりだし、また俺が逆ナンに遭っていると思ったのだろう。


「あー……えっと、そうじゃなくて……」

「じゃあなんなんですか」


 そんなレイラを、とりあえず落ち着かせようと試みる慧だが。レイラはもう既に戦闘態勢、敵と見定めた慧からの発言なんて聞き入れやしない。


 ……えぇと、どうすれば止まるだろうか、この怒れる恋人は。


 とりあえず俺もレイラに声をかけてみる。


「……レイラ?」

「大丈夫だから。待ってて」

「いや、あいつは……」

「大丈夫」


 大丈夫ではない。俺の話も聞いてくれそうになかった。


 ……ええい、こうなったら無理やりだ。


「レイラ」


 彼女の前を遮るように、レイラが抱きついているのとは反対の腕を回して彼女の肩を掴む。それによって彼女の思考を乱し、俺に意識を向けさせた。


「知り合いなんだ」


 そうまでしてようやくレイラが俺に顔を向けてくれて、告げた言葉にも返答をくれる。


「……え? しりあい?」

「そう、知り合い。従姉妹だ」


 俺の言葉に追随し、慧が激しく頷く。


 首を縦に、猛烈に振るその姿……首だけ見るなら、強かに揺らされた赤べこかなにかである。


「い……いとこ……?」


 レイラが呆然としながら慧を見た。「え、だって……」とうわ言のように零し、もう一度俺を見る。


 俺は頷いた。


「ほんとに従姉妹なんだ」


 数秒後、早とちりをした申し訳なさと羞恥心で、レイラは真っ赤かつ小さくなるのだった。

約6900文字の前回。その内容は、この話の布石として「レイラが早とちりをするために結絃に逆ナンの前科をつけとこう」程度にしか考えていなかったのですが、どうしてあんなに書いてしまったんでしょうか。

ちなみに今回は約5700文字。これも予想以上に長くなったので分割して次回に続きます。次回は約6900文字です。

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