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誰もいないこの世界で  作者: 如月月 月
番外編『A sequel to the story』
20/24

ifルートその六『例えば、最も望む結末に』

 ◆倉科結絃視点◆


 レイラが思ったより乗り気だからと、勢いだけで今晩約束を取りつけて、すぐにその時はやってくる。


 暗い夜道をレイラ一人に歩かせるのは論外だからと、俺がレイラの家にまで彼女を迎えに行って。


 トークアプリで到着を知らせると、玄関で待っていたかのような速度ですぐに扉が開いた。


「よ」


 俺は片手を挙げて、出てきたレイラに挨拶をする。男友達へ放つような気楽極まるそれは、思ったよりもすんなりと自然なものだった。


「あ、えと……こ、こんばんは」

「ああ、こんばんは」


 家の塀の前で待つ俺に、玄関からレイラが駆け足で近づいてくる。初めて見る彼女の私服姿、とても可愛くて綺麗で魅力的だ。


 ……しかしそんなレイラは、なんだか妙に気まずそうで、緊張しているようにも見える態度だ。


 今夜の目的を思い出し、俺は気を引き締め直す。


「ご両親に挨拶とかしなくて平気か? 夜遅くに娘さんを連れ出すんだし……」

「えぇっ!? い、いいよっ、恥ずかしいから……!」


 緊張から一転、顔を真っ赤にして慌てるレイラ。それでいいのだろうかとモヤりとはしたが、本人がそう言うならばと俺は提案を引っこめる。


 ……あとで、菓子折りでも持って挨拶しに来よう。そのためにも、俺の挨拶をレイラに了承してもらわなくては。


 結婚の約束だってしているのだし、避けては通れない。


「そうか。……じゃあ行こう。ファミレス、で、いいか?」

「う、うん。いいよ」


 ややぎこちなく会話をして、俺の先導で歩き始める。すぐ後ろにレイラがついてきている気配がして、その間の距離に少し寂しくなった。


「――――」


 俺はわざと一歩分歩みを遅らせ、背後のレイラに並ぶ。ピクリと反応したレイラの視線には応えず、無言で彼女に手を差し出した。


「……あ……」


 俺の意図に気がついたらしいレイラ。恐る恐る、本当に躊躇いがちに、彼女は指先で微かに触れるようにして俺の手をとる。


 ――女嫌いの俺が積極的になって、逆にレイラは遠慮がちになるなんて、どんな皮肉なんだろう。


「レイラ」

「は、はい」


 たぶん、俺がなにを言ってもレイラは行動を変えない。レイラにとって重要なのが、俺の言葉ではなく、俺の仕草であるから。


 俺の気持ちはともかく、長年染み付いた反射までは、まだほんの少しだけ、レイラを例外とは認めていないから。


 ――だけどそれでも、どうしても言いたいことがある。


「気を使ってくれるのは、ありがたいけどな。……レイラだけは特別なんだ。気にしないでくれて大丈夫だから」

「で、でも――」

「それに」


 レイラの言葉を遮って、俺は言いたいことを思い切って口にする。


 ヤケクソの思いで、遠慮がちすぎるレイラの手をこちらから大胆に握って、


「俺は、レイラとこういうことしたいって思ってるんだ。俺に気を使って遠慮してるなら……それ、寂しいから嫌だ」

「――――」


 ……あぁ、くそ。


 レイラの隣に並んだの、失敗だった。


 ……この無様な赤面顔を、横顔だけとはいえ見られてしまう。


「…………」


 ――それでも、レイラの態度は変わらなかった。


 ◇


 男友達や家族と、何度か来たことのあるファミレス。夕食時ともあって混雑しているそこへ、レイラと二人で入る。


 軍資金は充分あるし、彼女へ貢ぐのなら躊躇いもない。昨日の喫茶店のように奢ろう……と、俺は密かに考えつつ。


「…………」

「…………」


 手を繋いだきり喋らなくなったレイラに、俺はどうしていいかわからなくなっていた。


「ほら、メニュー」

「う、うん……ありがと」


 そんな事務的な会話はできる。窓際のテーブル席に対面に腰掛けているので手は離れ、そういった意味でも平静は戻ってきていたが。


 にこやかな雰囲気など、全く以て。


「ご注文お伺います」

「ドリンクバー二つと、この定食を一つ。レイラは?」

「わ、私は……これをお願いします」


 注文を終えて、レイラの飲みたいものを聞いて俺が単独でドリンクバーへ。飲み物を調達して、どうしたものかと頭を悩ませつつ俺は席へ戻る。


「はい」

「ありがと」


 レイラの前に頼まれた飲み物を置いて、彼女の対面に腰掛ける。沈黙が痛い。


「……レイラ、今日はいきなり怒って悪かった」

「えっ……」


 口火を切るのは俺。開口一番、今日の一件について、まずは一番初めにレイラを叱りつけたことを謝る。


「なんか……周りの男連中にレイラが注目されてて、それが面白くなくて不機嫌になってたんだ。すまん」


 言い訳にしかならないが、理由もちゃんと話して、俺はもう一度レイラに謝った。彼女からも、自分にも非があったからとワタワタと慌てながら謝り返され、一つ目の謝罪が終わる。


 その次は、レイラの方から謝られた。


「あの、私も……私の友達が、今日はごめんなさい。あの子、ちょっと頑固なところがあって……連れていくべきじゃなかったって、反省してる……」


 それについては、レイラの友達――理子ちゃんと呼ばれていたアイツ――が怖かったのは本当なので、俺からはなんとも言えないところだ。


「――お待たせしました〜」


 そこで、注文していた料理が店員さんにより届けられた。会話が途切れ、沈んだ空気のまま手を合わせて食べ始める。


 俺は手を動かしながら、頭の中の考えをまとめて……レイラに伝えたかったことを、今一度思い返した。


「……レイラ。お前の友達……芹沢、だったか?」

「ぅえっ、なんで名前……?」

「俺の友達が芹沢の彼氏でな。あれを見てたらしくて、あの後そいつからも謝られたんだ。その時に聞いた」


 驚くレイラに説明を行って、話の本題から逸れたそれを修正する。


「芹沢の言ってることは……まあ、言い方はキツかったが、間違いじゃなかった。怖かったけど、あいつに言われたこと自体には納得してる」

「…………」


 レイラが目を伏せる。口を開かずとも、彼女が申し訳なさを感じているのはよくわかった。


「それに、ああいう奴はよくいるからな。怖いのは怖いが、慣れてる。レイラが悪いわけじゃないよ」

「……っ」


 レイラが、俺の言葉を聞いて唇を噛む。なんとなく、俺が「慣れてる」と言ったことが嫌なんだろうと察した。


「……違うの、私が悪くてっ……結絃くんこそ……!」


 押し殺したような、けれど激情を込めたレイラの声。俺の言う言葉が認められずに、真っ向から反論する言葉だ。


 ここで、俺が悪い私が悪いと言い争いをしては、平行線の水掛け論である。


 ――だから少し、やり方を変える。


「ああ。レイラの悪いところはたくさんあるぞ」

「っ、え……?」


 レイラから一気に勢いが消え失せ、打ち捨てられた子供のように傷ついた瞳で彼女は俺を見る。


「――っ」


 俺はそれを見て尋常でなく心が痛くなって、とてつもなく後悔した。しかし言い始めてしまったものは仕方がない、言うしかないのだ。


「……まず、そうやってなんでも自分のせいにするところだ。俺も人のことは言えないが、レイラはちょっと度が過ぎてる。それ、見てて悲しくなるからやめてくれ」

「う……」


 レイラは、俺との間にトラブルが起きると途端に自罰的になる。全てを自分の責任だと解釈する様はまるで、俺との関係で気を使わくてはいけないのは全て自分の方だと言っているかのようだ。


 冗談じゃない。気を使わなくてはいけないのは俺だって同じだ。俺が女嫌いだからと、過剰なまでにレイラが気にしているだけなのだ。ことはそこまで深刻じゃないのだと、きちんと彼女に言わなくてはいけない。


「それと、今日の一件の後、「一旦会わないようにしよう」って言ったヤツ。……あれ、すごく間違えてる」

「……、え……?」


 ――いろいろと、レイラに言いたいことはある。


 それをこんな風に泥臭くぶつけるなんて、破局寸前のようでとても不安だ。


 だがしかし、これだけは言わなくてはいけない。結局のところ、ここに全て帰結するのだから。


「俺はレイラのことが好きなんだ。辛い時は、好きな人の傍にいたい」

「……あ……」


 俺がどれだけ女が苦手でも、レイラは例外だ。……反射的な行動はともかく、気持ち的には絶対そうだ。


「だから、いい加減レイラもわかってくれ。レイラなら大丈夫なんだ。……具体的に言えば、手を繋ぐのすら遠慮するとか、今日みたいに「会わないようにしよう」って言うとか、そういうのやめてくれ」


 ――態度だけでは伝えられず、今の関係を維持していては進展もしない。


 だから懸命に言葉にして、レイラにそのことを伝えきる。


 「要するにお前が好きだからなにも気にすんな」と、些か乱暴な話なのだが……俺とレイラは恋人だし、これは好意を伝えて「イチャつきたい」と要求するようなものだ。たぶん大丈夫なはず。


「…………」

「…………」


 俺は言葉を吐き切って、レイラは口を開けない。「やめてくれ」とばかり要求してしまった自身の発言を振り返り、俺は焦りながらレイラにバトンを渡す。


「……レイラもなんか、俺に直してほしいところとかあったら、気にせず言ってくれ」

「えっ……そ、そんな、結絃くんに直してほしいところなんて……」


 レイラの言葉は途中で途切れる。真っ先に思い当たるのは、やはり俺の〝これ〟。


「……女と話しただけで怖気付くところ、とか、か?」

「ち、ちがっ……!」


 レイラは顔を青くして、切羽詰まった声を出した。彼女からしてみれば、そんなことは要求できないだろうけれども……でも、不満には思っているはず。


 だって、こんなものがあるから――


「ちがうよっ、結絃くんが〝そう〟なのは、しょうがな――」


 レイラは切羽詰まったまま、早口でそれを言おうとした。その言葉が予想できたからこそ、俺は途中でそれを遮る。


「――しょうがなくなんかない」


 いかに、好きな人といえど。


 それを言われるのは、我慢ならない。


 俺が今最も苛立っている問題を、「しょうがない」の一言で流すことだけは、レイラであっても認められない。


 ――レイラの言葉だからこそ、認めたくない。


「俺がこんなだから、レイラが遠慮するんだろ。それは嫌なんだ。俺がこんなでさえなければ、もっとずっと簡単だったのに」


 ……あぁ、俺もレイラのことは言えない。俺だって自罰的だ。


 俺の目には、俺が作った〝女嫌い〟という壁が、レイラの行く先を阻んでいるように見える。こんなものなんてなければいいのにと、どうしてもそう思ってしまう。


 ――声には自然と怒りがこもる。俺が発した自らを責める言葉に、レイラは酷く悲しそうな顔をした。


「……すまん、レイラに怒ってるわけじゃないんだ」

「うぅん……ちゃんと、わかってるから」


 俺は自分に怒っている……それをわかっているとレイラは言う。彼女の悲しそうな顔の理由は、それしかない。


 ……こんな話がしたいわけじゃなかった。それを今一度謝ろうとして、レイラに先を越される。


「ごめんね、変な話になってる」

「……いや、それは俺も悪かった」

「……うん。そこはお互い様」


 語尾を持ち上げて、レイラは苦笑した。


 ――なにかを吹っ切ったように、その仕草は軽やかだった。


「それで、もう一個ごめんなさい。結絃くんが自分のせいにしてるのを見て、君が言ってることがわかったよ。……こんな思い、させてたんだね」


 レイラは申し訳なさそうに言った。彼女は、控えめに不満を込めて気持ちを口にする。


「私もちょっと、そういうの嫌かな。……うぅん、かなり嫌だった」


 う、と俺は言葉に詰まり、レイラから視線を逸らした。


 俺の言ったことがわかってもらえて嬉しいけれど、それはそれとして俺も申し訳ない――そんな俺の内心を心得ているかのように、レイラは気にせずに続ける。


「これからお互い、こういうのは禁止。私もやらないから、結絃くんもやっちゃダメ。それでいい?」

「――ああ、もちろん」


 欲しかった答えがレイラからもたらされ、俺はハッキリと頷いて返した。


 レイラは、向こうで教会の子供たち相手にやっていたような口調で、お姉さんぶりながら満足そうに微笑む。


「うん。じゃあ私ももう一つ」


 俺からの一つ目の要求と、レイラからの要求は同じだった。俺からは二つ要求していたので、レイラも同じようにもう一つ要求してくる。


「私も気にしないから、結絃くんも気にしないこと」

「……? なにをだ?」

「結絃くんが、女の子が苦手なところ」


 俺は思わず、目をぱちくり。


 ……俺の女嫌いを気にしているのはレイラの方ばかりと思っていたが、レイラから見ると俺も気にしているように見えるのだろうか?


「……えっと、俺ってそんなに気にしてたか?」

「えっ、してるよ。気づいてなかった?」


 うんと頷く俺。レイラも目をぱちくり。


「だって結絃くん、「俺がこんなだから」って言ってたから……」


 あぁ……そういえば、それがあった。


 「俺がこんなだから、レイラが遠慮するんだろ」、と。そうやって、自らの女嫌いに原因を求めるなということか。


 一つ目の要求と同じものだが、つまりそういうこと。気にしていたのは俺の方もだった。


「なるほど、言われてみればそうだ。すまん、気づいてなかった」

「うぅん。……えっと、私は、結絃くんに遠慮しない。結絃くんは、自分を責めない」


 「これでフェア……かな?」とレイラは首を傾げた。吹っ切れた時の勢いが途中からなくなって、今になって不安になったのだろうか。


 ともかく、フェアかどうかを言うなら、まあ……。


「結局俺が直すところは一つだけじゃないか。フェアじゃないぞ?」

「あっ、そうだ……」


 レイラはそこに気がついて、「うーん」と頭を悩ませ始めた。


 空気はもうすっかり軽い雰囲気。止まっていた手を動かして食事を再開し、俺はレイラが考え終わるのを待つ。


「……でも私、結絃くんに直してほしいところって、ほんとにないんだよ?」

「――――」


 ピタリと俺の手が止まった。


「結絃くん、結構理想的で私のタイプだし、なのに不満なんて……」

「…………」


 続いた言葉の内容があまりにあまりで、俺は顔ごとレイラから目線を逸らす。


「――ぇあ」


 それによってレイラも、自身の発言の大胆さを悟ったらしい。顔が赤くなり始めた。


「えっ、えと、そ、そういうことだから、これでフェアでいいのっ」

「……そうか。ならそういうことでいいな」

「う、うんっ」


 無理やり話は終わらされた。


 ガツガツと、俺たちは会話を切り上げて食事の方に集中する。二人揃って照れ隠しをやって、手を動かす内に気持ちが紛れてくれることを期待した。


 ……あまり、効果は出なかった。平静を装えるくらいに、余裕が戻った程度である。


「デザートとか頼んでなかったな。なんか食べたいものとかあるか?」

「えっ……な、ないです。だいじょうぶ」

「そうか?」

「そ、そうなの」


 そういえばと思い出したことをレイラに聞けば、なぜか歯切れの悪い態度でそう言われた。追及するのもよくないだろうかと、俺は「じゃあもう出ようか」と席から立った。


 レイラも席から立ち、お会計へ。さりげなくレイラより前に出て、レジ対応をしてくれた店員さんとは俺がやり取りをする。手早く会計を終わらせ、レイラと連れたって店の外へ。


「ごめん、これお金……」

「いいよ。奢らせてくれ」

「う、でも……」

「いいから。かっこつけさせてくれないか?」


 駐車場から歩道へ行くまで、歩きながらそんな会話がなされる。俺の言葉に、レイラは申し訳なさそうに要求を引っ込めた。


 ――これにて今夜の予定は達成である。あとはレイラを送り届けて俺も家に帰るだけだ。


 レイラの家へと向かいながら、俺は横断歩道での信号待ちで彼女に話しかける。


「今日はありがとな。急だったのに来てくれて」

「うぅん、今日がいいって言ったの私だし」


 並んで立つ俺たち。間には、恋人が並んでいると言うには些か寂しい空間があって、俺はそれを縮めてレイラに手を差し出した。


「――――」


 心得ているとばかりに、レイラはすぐに手を繋いでくれる。もはや言葉はなく、そして遠慮もない。


 先ほど、そういう遠慮はしないようにするという話をしたばかりだ。次はレイラから誘ってもらえたりするかもしれない。


 そして次の話題へ。


「レイラ、明日って予定あるか?」

「っ、な、ないよ? 朝から」


 ……どうしてだか、レイラが妙な反応をした。


 なんだろう。次会う予定を話したくて、直近の休日である明日はどうかという話をしたいだけなのだが。


 まあいい。朝から、と言うからには、たぶんたっぷり遊ぶ時間がとれるということだろう。


 ……ガッツリとデートプランを考えようにも、下調べや準備は今からはできない。となると、そういったものが必要ない場所で、かつ一日楽しめるようなところ、そしてデートに最適なところとなると……。


 ――そこで横断歩道の信号が青に。レイラの歩調に合わせながら、ゆっくりと歩き始める。


「……なんか映画とか見ないか? その後お昼ご飯がてらデパートとかに入って、午後はそこで買い物とか」


 そうして俺はそんな案を考えつく。デートなんてしたことがないのでよくわからないが、まあ無難ではないだろうか。


「え……うん、いいと思う」

「じゃあ、明日はそうするか。待ち合わせはどうする? また家まで迎えに行こうか?」


 反対はされなかったので、じゃあそれでいいかと決定し。俺はレイラに、当然のように待ち合わせのことを尋ねた。


 ――なぜか、レイラが大層驚いた。


「えっ?」

「ん?」


 あれ、そんなにおかしなことを聞いただろうか――そう思って、俺は首を傾げた。レイラは一気に顔を赤くして、急に慌て始める。


「な、なんでもないっ、なんでもないよ! ま、待ち合わせ、待ち合わせだね! えっと――!」

「……?」


 なんだったんだろう。そうは思っても、大して気になることでもないので気にしないことにして。


 映画館はここのごく近所ということもあり、映画館前に現地集合することになった。時刻は午前10時。


 ――タイミングよく、レイラの家に到着した。


「……じゃあ、また明日な、レイラ」


 昨日も言ったこの言葉を、俺はレイラへと投げかけた。妙に名残惜しく感じるのは、繋がれた俺とレイラの手の感触のせい。


「うん、また明日」

「……あー、やっぱりご両親に挨拶とかしなくていいか? 時間も遅いし……」

「い、いいってば。気にしないで」


 無意味な言葉で、離れるまでの時間を先延ばしにしようとさえしてしまう。


 レイラが、家の門に手をかけようとして……繋いだ手を離さない俺に、振り返って不思議そうな顔を向けてきた。


「? 結絃くん?」


 小首を傾げたレイラ。彼女の綺麗な白金髪が揺れ、玄関から漏れる微かな明かりを受けてキラキラと輝く。


「――っ」


 もう少しだけでいいから、まだ離れたくない――なんて。


 その素直な気持ちが勝手に口から飛び出してくれれば、どんなに楽なことか。


「……今日は、ほんとありがとな」

「…………」

「また明日」


 最後に、自分を納得させるためにそう言って。俺はレイラの手から、自身の手を離そうとして――


 ――ギュッ


「結絃くん」


 逆にレイラの方から強く握り締められて、それは失敗に終わった。


 レイラは、なにか強い意志を感じさせる真剣な表情で、同じく真剣な口調で言ってくる。


「遠慮、しないんでしょ?」


 ……その通りである。


 俺の負けだ。遠慮をしないレイラは案外グイグイ来るのかもしれないと、俺は少し気恥ずかしくなる。


「……そうだった。ちょっと、わがまま言いたい」

「うん、どうぞ」


 俺の白旗代わりのそれに、レイラは満足そうに表情を緩めて頷いた。


 ――羞恥心を吹っ切るために、俺からも手に力を込めて握り返して。


 グイ、とレイラの手を引っ張り、彼女をこちらに引き寄せて受け止める。


「ひゃっ……!?」


 ――レイラと離れたくないから、その気持ちを我慢するために抱きしめたい。


 俺が言うわがままは、そんな代物。


「……もう少し、このままいたい」

「っ……」


 レイラが、俺に抱きしめられながら小刻みに頷いた。


 ――レイラを正面から抱きしめると、彼女の口元が俺の肩に当たるくらいの身長差。俺の頬にはレイラの髪が当たり、それはとてもサラサラとした感触を返してくれる。


 レイラの背中に回した腕に、俺は優しく力を込めた。


 片手は未だにレイラと手を繋いでいるので片腕だけで、それだけでも折れてしまいそうなくらい華奢な彼女の身体に、気持ちを伝えるように。


 ……女の子の身体は柔らかいとか言うけれど、それは本当だった。胴体に感じる胸の感触はもちろん、他のところだって。


「……レイラ、どうしよう」

「えっ……どうしたの……?」


 俺は彼女を抱きしめながら、レイラの耳元で囁くように言葉を紡ぐ。本当に困ったことになったので、それをレイラに相談したかったのだ。


「もっと離れたくなくなった……」

「へっ……!?」


 そう。レイラと離れたくない、という気持ちを堪えるために、じゃあもっとすごいことをして気持ちを満足させよう――とこんなわがままを考案したはいいが。


 今度は、この状況を手放したくなくなってしまった。また同じ方法で解決を測れば、その時も同じことになりそうである。


 それに、抱き合う以上のことをここでやるというのも考えものだ。どう考えても引き際はここである。


 なので、


「……レイラ、大好きだ」

「……! わ、わたし、も……」


 ちょっと息苦しい思いをさせるかもしれないが、少しだけだからと躊躇いを捨てて。腕に込める力を増やして、数秒だけレイラを強く抱き締める。


 俺は同時に言葉を吐き出して、胸の中に溜まったものを消化した。新しく想いが湧き出て収拾がつかなくなる前に、思い切ってレイラから離れる。


「ありがとう。ごめんな、急に変なことやって」

「う、うぅん……だ、だいじょうぶです……」


 全く大丈夫そうには見えない顔色のレイラだが、これ以上は本当にレイラのことを手放せなくなってしまう。ご両親もいるのだからと自重して、俺は最後にレイラと繋いでいた手を離した。


「じゃあ、今度こそまた明日な、レイラ」

「ま、また明日……」


 熱に浮かされたように頼りない足取りで、レイラは門を開けて家の中へ入っていった。なんとなくその足取りが心配で、俺は彼女が玄関から中に入るまでを見届ける。


 ……。


 なんというか。


「……彼女がいるって、かなりいいな……」


 女嫌いの俺が、そんなことを思う日が来るなんて。


 そう思わせてくれたレイラは、めいっぱい幸せにしてやろう――


 ――そう決めて、俺は踵を返して帰路に着く。


 俺の脳裏には、明日もレイラに会えるという喜びと、今しがた行った行為の余韻があって。


 ――柄にもなく、浮かれてしまった。

ifルートを書くにあたって必ず書かなくてはいけない話、『例えば、最も望む結末に』、文字数が全部で約4万5千文字。日本に帰って新しい関係で日常がスタート、というだけの内容でどうしてここまで書けてしまったのか、自分でもよくわかりません。

次回からのifルートでは、新キャラによるテコ入れを行ったり、結婚前提のお付き合いにて発生するあれこれを片付けたりするお話になります。気長にお待ちくださいませ。

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