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誰もいないこの世界で  作者: 如月月 月
番外編『A sequel to the story』
18/24

ifルートその四『例えば、最も望む結末に』

 ◆喜多川レイラ視点◆


 ――私には、親友が一人いる。


 中学校に入学した時に席が偶然隣で、それがきっかけで話すようになり、趣味と気が合って一緒に遊ぶようになり、そんな付き合いがかれこれもう四、五年も続いている、そんな親友。


 名前を、芹沢(せりざわ) 理子(りこ)。ちょっと気が強くて頑固な子だけど、それがありがたい時もある頼もしい女の子だ。


 ――その親友が、朝学校へ登校した私に、鬼気迫る形相で問い詰めてきたのである。


「レイラ、昨日の男って結局なんなの――?」


 ――そもそもの事の発端は、昨日の放課後、結絃くんに告白された後に家に帰った時のこと。


 結絃くんとお茶している間に、理子ちゃんからトークアプリにて着信が来ていたのだ。


 結絃くんとの会話に夢中で気づかなかった、と焦りながらそれを開くと、内容は『さっきの男なに』。追加で『早く答えて』やら『返信求む』と、しつこく返事を催促されてもいる。


 これはまずいと、なんとかごまかしの文面を作成しようとわたしが頭を悩ませたところで、タイミングよく理子ちゃんから無料通話がかかってきた。


 既読がついたのをたまたま見つけ、今なら行けると踏んで掛けてきたのだろう。大正解である。


「も……もしもし?」

『で、あの男はなんなの』


 開口一番、容赦なく本題に切り込んでくる理子ちゃん。割と普段からバカ話に興じたりする間柄なだけに、ここまで単刀直入だと逆に恐ろしかった。


「あぁ……えっとぉ……」

『「えっと」、なに?』


 問い詰め方も恐ろしい。理子ちゃんは完全にキレていた。


「……ゆ、結絃くんは……」

『へぇ? やっぱりあの男、結絃って言うのね』

「え、や、「やっぱり」?」


 なんとかごまかそうとした私の言葉に被せ、理子ちゃんは不機嫌そうな重低音でそう言ったのだ。


 「やっぱり」と言うからには、理子ちゃんは結絃くんのことを知っているのだろうか? だとしたら、どこで……?


『ふん、私の彼氏に聞いたのよ』


 私の疑問には、理子ちゃん本人が答えをくれた。理子ちゃんが結絃くんを知っていたのではなく、知っている人から聞いたということらしい。


 そういえば理子ちゃんには他校の彼氏がいて、近所に住んでいるとか言っていた。よもやその彼氏さん結絃くんと同じ学校だったりしないだろうな、と私は思ったが、理子ちゃんの追及によって思考を中断する。


『それで? レイラはどうやってあの男と知り合ったの?』

「あ、そ、それはぁ……」

『それは?』


 背中に嫌な汗が垂れた。結絃くんとどのようにして知り合ったか、果てはどんな経緯であんな間柄になったか、それを説明しなくてはいけない。


 バカ正直に異世界云々を言うなんてことは不可能だ。となると上手い言い訳が必要になるが……そんなもの、すぐに思いつくわけがない。


「……そ、それは、ね……」

『…………』


 人間、咄嗟に嘘を吐くのは苦手な生き物だ。嘘を吐くには事前に心構えと台本が必要で、それがなくてもできる人には天性の才能がある。それか長年の訓練をしている。


 そして私にそんなものはなく、この瞬間に嘘を吐くことはできない。無理に言えば即座にバレ、「そんなにあの男との関係を知られたくないの――?」などとなってしまうことは明白だ。


「…………」

『…………』


 沈黙が痛い。進退ここに窮まった。


 ――救いの女神は、その瞬間に訪れる。


「――レイラー! ちょっと手伝ってー!」

「えっ、あ、はーい!」


 生粋のロシア人ながら、長年の日本暮らしによってすっかり日本に染まった母の、流暢な日本語による呼び声……それを言い訳に、私は無理やり通話を切ることにした。


「ご、ごめん、理子ちゃん。お母さんからなんか呼ばれちゃった。また今度、ね?」


 立ち上がりながら、私は耳元の携帯に向けて一縷の望みを投げかける。


『……。……また今度(・・・・)、ね』

「は、ハイっ!」


 その望みは叶ったものの……無駄に語気を強めた世にも恐ろしい理子ちゃんの念押しで、私の背筋は自然と伸びるのであった。


 ――これが事の発端。そして今日、私の周りには多数の女子生徒が群がっていた。


 群がる生徒たちの筆頭、指揮官として君臨するのが、我らが姉御の芹沢理子女史――もとい、我が親友の理子ちゃんである。


「そうだよ、喜多川さん! 昨日のあれ、なんだったの?」

「すっごい仲良さそうだったけど、やっぱり彼氏?」

「てかすごいイケメンだった! 他校の男子だよね?」


 理子ちゃんの他にも、仲のいい友人たちが率先して質問攻めを行ってきている。


 ……今更ながら、昨日はどうしてあんなに目立つことをしてしまったのか。


 ホームルームが終わった瞬間に教室からダッシュで駆け出して、校門の前で待ってくれていた結絃くんの下に突撃し、にこやかに誘いを受け入れて手まで繋いで退場だ。


 思い返すと、噂どころか騒ぎになって当たり前である。ただでさえ、私は見た目と出自で目立つというのに。


 ……いや、そうじゃない。どうやってごまかそう。馴れ初めを聞かれたら嘘を言うしかない。


 の、惚気けて話を逸らすとか……?


 ……な、なにを話せば、惚気になるんだろうか……?


「き、昨日のあれは、迎えに来てくれると思わなくて、テンション上がっちゃってて……あ、あと、あの人は私の彼氏、で……」


 私の激しく目は泳ぎ、言葉は尻すぼみ。どんなことを言おうかと悩む内に、芹沢女史……理子ちゃんが、一番聞いてほしくないことを聞いてくる。


「――馴れ初めは? あんた、浮いた話なんて今まで一つもなかったのに、どこであんなの捕まえてきたのよ?」

「…………」


 そう、私は今まで、彼氏なんぞというものにはとことん興味がなかった。


 心惹かれる異性がいなかった、というのが主な理由だ。告白をされたこともあるし、恋バナを行ったこともあるけれども、そのどれにも心が動かなかったのである。


 それを、理子ちゃんは知っている。どんな男にも興味を示さなかった私が、どうして前触れなくあんな相手ができるのかと、怪訝に思っている。


 ――仕方ない。嘘だとバレるリスクはあるけれど、ありきたりな話で煙に巻こう。


 大丈夫、昨夜台本は考えてきた。あとは、さも本当のことを言うように、演技に気を払うだけ――!


「は、初めて会ったのは、つい先週……で」

「ふぅん?」

「一人で歩いてたら、落し物しましたよーって、声かけられて……」

「へぇ?」

「……そ、それが、結絃くん、で……」

「それで?」


 ――せ、芹沢女史の圧がすごい。


 言い訳のしようがない、絶賛〝悪いこと〟中の私。やましいことはもちろんあって、それ故眼前の理子ちゃんが怖くて怖くて仕方がない。


「……ゆ、結絃くんの、方から、この後暇ですかって、誘われて……」

「――――」


 理子ちゃんの眉がピクリと動く。しかし周りの女子たちは、そのエピソードに黄色い悲鳴を上げた。


 昨日の騒動の際、結絃くんから誘われてその後は喫茶店へ入った。それをみんなに見られていたなら、結絃くんの方から積極的に誘われたと言った方が説得力がありそう……そういう腹積もりだったのだが、なぜ理子ちゃんは引っかからないのか。


 まさか、理子ちゃんは結絃くんの女性恐怖症を知っている……?


「そ、その後、レストランでご飯食べて、連絡先交換して……寝る前に電話とかしてたら、付き合ってみようって話に……」


 理子ちゃんの反応を伺いながら、私は用意していた台本を全て吐き切った。街中での些細な接点からナンパに繋げ、両者とも乗り気で連絡先の交換を挟み、交際に発展……我ながら、無難極まるシナリオを考えたものである。


 しかし、無難とは安全策ということでもある。そこそこ信憑性もあるその話に、周囲のみんなは食いついてくれた。


「…………」


 ――そんな中、一人だけ納得していなさそうな理子ちゃんの視線が、とっても痛かった。


 ◇


 一ヶ月半ほどとはいえ、勉強の最前線から離れていた影響は痛すぎる――


 それを自覚した一日が終わり、これは帰ってから気合を入れて勉強しようと思いつつホームルームを乗り切る。


 今度は終了と同時に飛び出すなんてことはせず、「今日も彼に会いに行くの?」などと姦しい女子たちの追及も躱し、私は生徒玄関へ急いだ。


 気を使われたのか、放課後の寄り道の誘いは誰からもされなかった。それなら構わないと、はばかることなく結絃くんの下へ直行しようとする私。


 ――追い縋るのは、やはり芹沢理子女史。


「――レイラ、あの馴れ初めって嘘よね?」

「う゛っ……」


 廊下を早足で歩く私に、背後からついてきた理子ちゃんがズバリと言った。私の口からは声が漏れ、これはもう無理そうだと白旗をあげる。


「……うん。ごめん、嘘だった」

「やっぱり」


 言いながら、理子ちゃんは私に並ぶ。なんとなく足を止めて彼女の方に向き直ると、そんな私の行動にはなぜか不思議そうな顔が返ってきた。


「? どうしたのよ。あの彼氏に会いに行くんじゃないの?」


 ……そんな理子ちゃんの態度こそ、不思議なのだけれど。


「……お、怒らないの?」

「は?」


 容赦のない「は?」が返ってきた。それに気圧されながら、私は理子ちゃんにそれを聞く。


「う、嘘吐いたこととか……」

「嘘を吐いたこと自体はどうでもいいわ。理由が気になるだけね。本当のことはこれから聞くつもりだったし」


 さすが芹沢女史、男前である。サッパリと清々しく、しかし強引な答えは実に彼女らしい。


 ……けれども、本当の馴れ初めなんて話せない。ここはもう、言えない理由を素直に言ってしまった方がよかろう。


 私は足を動かすのを再開して、理子ちゃんと並んで歩きながら口を開いた。


「……ごめん。本当のことは話せないの」


 無言で先を促す理子ちゃんに、私は続けて理由を話していく。


「そ、その、理子ちゃんが心配するようなことはなにもないよ? 結絃くんが悪い人だとか、危険なことに巻き込まれたとか、そういうことは本当にないの」

「……そう。じゃあどうして?」


 微かに、理子ちゃんの肩から力が抜ける。心配をかけていたのだとそこでやっと確信を持てて、私の肩からも少し力が抜けた。


「……すごく、変な話だから、かな」

「変な話?」

「うん。荒唐無稽、って言えばいいのかな。私でも信じられないような話だから、言えなくて」


 ようやく、理子ちゃんに嘘を吐いた理由を言うことができた。肩の荷が降りたような気持ちになれて、親友に嘘を吐くことが意外と堪えるということに気がつく。


「……その、変な話の中で、あの男と?」

「そう。結絃くんとその時知り合って、いろいろ助けてもらったりして。それで、結絃くんのことを好きになったの」


 つまるところは、こういう話。


 詳しく話すと、異世界に行ったり教会兼孤児院で先生として同居したり……となってしまうが、要するにこうなのだ。


 ――結絃くんと過ごした日々を振り返り、自然と私の頬が綻んだ。たとえ普通に恋人になったとしても知り得なかっただろうことを、私は先に知ったのだ。そのことが、堪らなく嬉しかった。


「――――」


 横から理子ちゃんの視線を感じる。どうしてだか、私の顔を見て呆気に取られているようだった。私は気にしないことにして続きを話す。


「そんな感じで、結絃くんも私のことを好きになってくれたらしくて……それで、全部解決して戻ってこられたのが昨日のお昼で、結絃くんに会うのに必死で、昨日はあんなに慌ててたの」


 「あの後、結絃くんから正式に告白されて、OKもしました。け……結婚を前提に、お付き合い中です」と、私は若干照れながらそこまで報告する。


 これで、理子ちゃんに伝えられる経緯は全てだ。次はこれからの話。タイミングよく、私たちは生徒玄関に到着した。


「でね、この後結絃くんの学校まで行って、昨日の結絃くんみたいに出待ちしようと思ってるんだけど……」


 これが本題だ、と言っても過言ではない。私の言っていることは、つまり男子校の校門で出待ちをするということであり、自分で言うのもなんだが私はかなり目立つし騒ぎになるだろう。割と危険かもしれない。


 それでも出待ちをしようと決心したのは、そんなのはどうでもいいから早く結絃くんに会いたいと思っているからであり、男たちに絡まれたとしても結絃くんが守ってくれそうだという希望的観測もあるからだ。


 ……が、理子ちゃんがそれに納得してくれるかは別である。だから私としてはこれが本題、ここから理子ちゃんを説得しなくてはいけないと思っているのだが。


「……はぁ。出待ちじゃなくて、別の場所で待ち合わせにしなさい……って言っても、聞かないのよね?」


 理子ちゃんは、上履きから靴を履き替えながらため息を吐きながら言った。私も履き替えつつ「うん」と言うと、理子ちゃんはもう一度大きなため息を吐く。


「しょうがないわね……なら私も付き合うわ」


 うん。まあ、そんなことになるんじゃないかと思っていた。


 理子ちゃんの彼氏が結絃くんと同じ学校なら、理子ちゃんもその彼氏さんを待つことができる。妥協案としては悪くない。


 ――しかし、続けられたそれは、あまりよくわからなかった。


「どうせ、あんたの彼氏と一緒に私の彼も出てくると思うし。レイラだけ置いとくよりマシよね」


 理子ちゃんの彼氏さん――千葉くんというその人は、結絃くんのお友達で。理子ちゃんが結絃くんのことを多少なりとも知っていたのは、その千葉くんからいろいろ聞いていたから、だったらしい。


 ――そのことを道中聞かされながら、理子ちゃんの案内で結絃くんの学校に到着し、予定通り出待ちスタートである。

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