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誰もいないこの世界で  作者: 如月月 月
番外編『A sequel to the story』
15/24

ifルートその一『例えば、最も望む結末に』

もしも結絃とレイラが、なんやかんやで日本に帰ることが出来たら、なifルートのお話、始まります。


ifルートを成立させるため、既存の本編や後日談とはエピソードが若干異なります。

本編終了時にカティアが生存している・結絃とレイラに実は魔法の才能があった、が主な変更点です。

二つ目があまりにもご都合主義だったため本編では断念、しかしネタが浮かんだので書いてはみたい……そんな思いで実現されました。


それではifルートをどうぞ。

 ◆倉科結絃視点◆


 悪魔王との因縁に終止符を打ち、レイラとの間にあった蟠りも多少なりともなくなって。


 そんな騒動が落ち着かない内に――具体的に言うと、悪魔王をカミーユさんがサクッと倒した直後。


 すぐに帰ってきたカミーユさんが、二人分の食器を持ってレイラの部屋から厨房の方へ戻った俺に言ったのだ。


「あ、ユズルくん、ここにいたのかい? 実はね、君たちの努力次第にはなるけど、元の世界に帰してあげられそうなんだ。今、時間あるかな?」


 ――気軽も気軽。いつも通りも極まった、至って普通に微笑むカミーユさん。


 彼は、こともなげにそう言ったのである。


 なんでも、カミーユさんの救世主の力、〝光の御子〟というのは、味方に幸運をもたらしたりすることができるそうで……。


 よくわからないのだが、とにかくカミーユさんが協力した事柄は、成功率が飛躍的に上がるとか。


 そして、そんな幸運補正(特大)に、俺とレイラの努力を合わせると――


「は、はい?」


 ――ともかく、カミーユさんからそう言われた時の俺は、そう聞き返すことしかできなかった。


 ◇


 元の世界に帰る手段は、諸悪の根源である悪魔王が使用した魔法陣を歪めて再利用する、というものらしい。


 その魔法陣というのが、俺とレイラを日本からこの世界へ喚んだ時に使ったものだそうで。


 要は、異世界からこの世界への一方通行だった魔法陣の効果を書き換え、望む地点への転送陣にしてしまう……と。


 世界の主人公たる光の御子その人が一枚噛むのだから、成功するのは間違いないとカミーユさんは言っていた。にわかには信じ難い話だが、それはまあいい。


 問題なのは、魔法陣を書き換える工程。


 この世界にある魔法を使い、無理やりに歪めてしまうことでそれを行うのだが。


「……それを、俺たちが?」

「うん、たぶんできるはずだよ」


 ――その工程を、俺とレイラにやれと言うのである、この救世主。


 説明によれば、魔法陣を書き換える過程で、どうしても「どこに向かうのか」の入力が必要なのだとか。そしてそれを行えるのは、異世界を知る俺とレイラだけ。


 まあたしかに、全く知らない場所に向かう地図を書けと言われてできないのはわかる。まして別の世界だ。次元の壁だとかを超えることになるのなら、当人がやらなくては話にならないだろう。


 ……そもそもの大前提として、そのための技術を俺もレイラも持ち合わせていない、というのが問題なのだが。


 なにを根拠に、カミーユさんはできるなんて言うのだろう……?


「え、えっと……魔法、使えないですよ……?」


 レイラが恐る恐るカミーユさんへと言った。それはもちろんわかってる、と、カミーユさんは「うん」と頷く。


 「うん」ではない。どうするつもりなんだ。


 視線から俺たちの追及を汲み取って、カミーユさんは俺たちに説明を始めた。


「大丈夫、きっとできるよ。――じゃあまずは、この世界にある〝魔法〟という概念について、説明をしようか」


 ◇


 ――身体の中にある魔力をコントロールして、


 ――体外に放出しながら、


 ――魔力そのものを、イメージする形に変形・変質させる。


 それが、この世界の魔法。


 それが俺たちにも使えると言った根拠は、魔力が俺たちの身に宿っているから、だそうで。


 ――「たぶん、この世界に来る前から魔力を持っていたんじゃないかな? この世界に来てから魔力を獲得したなら、制御のやり方なんて知らないだろうし、そしたら今頃生きては……ああいや、不安にするようなことは言わないでおくよ。今そうなっていないなら、そうじゃないってことだからね」、なんて。


 カミーユさんが不穏なことを言っていたのは、すごく気になったけれども。


 その日から、俺とレイラによる魔法の修行が始まった。


 幸いにして、教師には困らなかった。救世主としての加護の他に魔法も使えると言うカミーユさんが、教師役を買って出てくれたのである。


 まずは魔力の感知。身体の中にある不定形の力を知覚するところから。


 静かなところで目を瞑って集中し、身近でカミーユさんの魔法を見せてもらったりして、〝魔力〟というものを体感的に覚える。


 その結果、数時間で自分の身体の中の〝それ〟を見つけた。レイラも似たような具合である。


 ――そこからが、大変だった。


「じゃあ次は、その魔力を動かしてみよう。大丈夫、自覚できたならすぐできるはずさ」


 などと、カミーユさんは言っていたが……数日が経過しても、その兆しは見えない。


 そも、今まで17年間この身体と付き合ってきて、今更魔力なんていう変なものを自覚したところで、すぐにコントロールできるわけがない。


 その事実を痛感させられる数日間。その間にも、教会での仕事は訪れる。


 魔法の修行は、休日や空いた時間に行った。今まで空いた時間にしていたこの世界の勉強は、いつかここを出ていくと決まったせいでご無沙汰である。


「レイラ、疲れてないか? 魔法の修行に障るだろ、ちょっと休め」

「あ……ごめん、ありがとう。でも結絃くんも疲れてるでしょ? 一緒に休憩しようよ」

「む、それもそうか……じゃあそうする。隣、いいか?」

「え、う、うん……どうぞ」


 ――その数日間の間に、レイラとの距離は縮まった。


 元より、この世界でただ二人だけの日本人。貴重すぎる同郷の人間で、同じ境遇の者。言わば運命共同体だ。


 そこに、かなり大変な作業である魔法の修行を、共に行うという要素も加わって――レイラからの呼び名が「結絃くん」と改められたのをきっかけに、俺たちの仲は加速度的に深まっていった。


 ……と、思う。


 レイラの態度が、一部凄まじく遠慮がちでぎこちないのを除けば、仲が深まったと言えるはず。


 ……。


 ……同居、していて、下の名前で呼びあっていて、お互いにお互いを好きだというのを知っていて。


 その上仲までいいのだし、これはもう恋人のようなものなのでは……ないが、それはともかく。


 そういえば、俺はレイラに想いを告げはしたものの、きちんと恋人としての交際の申し込みはしていない。


 日本の故郷に無事帰ることができたら、改めて正式に申し込もう。同居生活に苦がないのだから結婚にさえ不安はないし、それならいっそ結婚を前提に、というのでもいい。


 ……うん、モチベーションが上がった。魔法の修行、頑張ろう。絶対、二人で日本に帰ろう。


 ――それからまた数日。その分、俺たちの魔法技術も向上していった。


「「…………」」

「――うん、もういいよ、楽にして。二人とも、すごく上達してきたね」


 桶の上の空中に水の玉を浮かべ、それを維持し続ける。そんな魔法を、今しがた成功させることが出来た。カミーユさんからも褒められた。


 この通り、魔力のコントロールだけでなく魔法の発動まで漕ぎ着けた。レイラと競い合うようにして技術を上達させ、師匠であるカミーユさんから「これなら「魔法が使える」って胸を張っても問題ない」とお墨付きをもらったくらい。


「じゃあここから、魔法陣を歪めるための練習に入ろうか。まず、なにをどうするのかをきちんと頭に入れておいてね」


 ――魔法陣は、実のところそこまで重要じゃない。


 イメージを形にするこの世界の魔法なら、〝元の世界へ帰るゲート〟かなにかを、直接魔法で作ってしまえるのだ。わざわざ魔法陣を歪める、なんていう方法をとるのは、手順の省略のため。


 〝世界を渡る魔法〟を作るのは、とても時間がかかる。水や火といったわかりやすい物体ではない、新しい概念にも等しいイメージを成す技量を獲得するなんて、今からやっていたのでは遅すぎる。


 故に、元々異世界からなにかを召喚することのできる魔法陣を使って、そのハードルを下げてしまおうという話なのだ。


「だからね、君たちがするのは、言葉通り〝魔法陣を歪める〟こと。魔法陣は今、〝違う世界からこの世界へなにかを喚ぶ〟という効果になっているとイメージして。その効果の部分だけを変えて、あとは魔法陣をそのまま利用することで世界を渡る。――そういう感じだよ。今の説明でわかったかな?」


 カミーユさんの確認に、俺とレイラが頷いた。


 要するにそういうこと。「魔法陣を歪める」とはそっくりそのままの意味だ。


 〝違う世界からこの世界へなにかを喚ぶ〟という効果を、〝俺たちを元の世界へ帰す〟のような効果にすればいい。


 それだけ行って魔法陣を使えば、魔法陣は〝俺たちを元の世界へ帰す〟という効果を発揮し、目的完了――そういうわけだ。


「うん。じゃあ早速、それを見据えた訓練を始めようか。これは僕が作った魔法具なんだけど、これの効果を――」


 ――そしてそこから、カミーユさんの満足する水準に俺たちの技量が届くのに、一ヶ月。


 ◇


 いよいよ作戦を決行する、という日の前日。


 ……その日は、なんというか、その。


 阿鼻叫喚、だった。


「やだぁ! ユズルせんせい、いっちゃやだぁ!」

「いやだぁ!!」


 魔法の修行を始めた時から、この日が来ることをきちんと言っていたものの……やっぱり、前日ともなればこうもなろう。


 小さい子が一人泣き始めたのを皮切りに、その涙が全員に伝播していき、初めは泣いている子を宥めていた年長組も涙目になり始め――今では、もう収拾がつかない。


「う、ぐすっ……みな、みなさん、先生たちを困らせてはダメですよ、ぐすっ」


 泣く子を宥めるプロフェッショナルであるカティアさんも、鼻水と涙でろくに喋ることができていない。


 かく言う俺やレイラももらい泣きしそうな勢いで、それはもう本当に阿鼻叫喚だった。


 子供たちは最早引き止める言葉を発することもなく、俺の牧師服を握り締めて大泣きだ。そんな子たちが両脇に二人。宥めようとしてくれている年長組も近くにいるが、その年長組も半べそ状態で不安そうに俺を見上げている。


「み、みんな、泣き、泣き止んで? ね?」


 レイラも似たような状況で、彼女も困り果てている。「ごめんね」と連呼して宥めようと試みているが、逆効果になっているようにしか見えない。


 挙句の果てに、レイラも涙を浮かべながら俺の方を見てきた。助けを求める視線、というより、引き止める子供たちの勢いの強さと涙で心が折れ、「もう私帰りたくない……」と訴えてくるような視線である。


 なんというか……こうなるのは当初から予想できていたため、きちんとレイラと話し合いはしている。その結果、カティアさんもいるのだからとここを出ていくことに決めたのだ。


 その決心が揺らぎ、帰還を諦めるのならばそれでもいい。今夜にでも、もう一度話し合うべきだろうか。


「あー……ほら、とりあえずご飯だ。今日は豪華なご飯にするんだろ? 泣いてばっかだったら作れないぞ?」

「うっ、だって、だってぇ……!」

「うん、そうだな、ごめんな。さ、でもご飯の準備もしなくちゃダメだ。もうちょっと頑張ろうぜ?」


 泣く子供を宥めるのは、あまりやったことがなかったけれども。根気よくそういう風に呼びかけると、最後には弱々しく頷いてくれた。


 それを合図に、周りの年長組も協力してくれて、俺とレイラの送別会の準備がようやく始まる。


 ――カミーユさんとメガーヌさんが、そんな俺たちを離れたところから見守っていた。


 当事者でないとどうにもできない問題なのだから協力はできないと、心配そうに。けれども微笑ましいものを、眩しいものを見るように、目を細めながら。


 ◇


 その夜は、子供たちと共に眠った。


 本来なら男女別に別れて眠るのに、今夜だけは特別だと、カティアさんまで一緒になって一つの大部屋で。


 ――泣き疲れた子供たちが眠るのを待ってから起き上がって、少し離れた場所のレイラに声をかける。


「……レイラ、起きてるか?」


 眠ったことによって力の抜けた手から、自身の服を外しつつ。小さな子供たちからしがみつかれている現状をなんとか脱出し、レイラも同じように起き上がる。


「……うん、なぁに?」


 子供たちにあてられてレイラも泣いていたためか、彼女の声は少し掠れていた。


「話があるんだ。付き合ってくれるか?」

「………うん」


 俺がそう言うと、レイラは少し間を開けて頷いた。薄暗いせいで、表情はよくわからない。


 床に雑魚寝をしている子供たちを、踏まないように部屋の出口へ二人で歩いていく。扉に手をかけたところで、背後で誰かが起き上がる気配が。


「……せんせい?」


 寝起きでぼんやりしているものの、聞き慣れた子供たちの内の一人の声。アルドだ。


「どこ行くの……?」


 できれば誰にも見つかりたくなかったが、こうなったのは仕方ない。元よりやましいことをするわけではないのだし、アルドならわがままも言わずにすんなりと聞いてくれるだろう。


「ちょっと二人だけで話したいことがあるんだ。すぐに戻るよ、みんなを起こさないように待っててくれ」

「……そっか。いってらっしゃい」

「ああ」


 アルドは、予想通り納得してくれた。不安そうな声なのは、仕方がないとはいえ少し胸が痛くなる。


 なるべく早めに戻ってこようと決意し、俺とレイラは部屋から外へ。


 行く場所は……俺の自室、で、いいだろうか。


 ――ガチャ……


 俺の部屋に到着し、扉を開けてレイラを招き入れる。「お邪魔します……」と呟きながら入ってきて、それきりレイラは部屋の中で立ち尽くした。


 座る場所に迷っているのだろう。椅子とベッドに別れて座ってもいいが……なんとなく、隣に座ってほしいと思った。


「……こっち、座ってくれないか?」

「えっ……う、うん……」


 ベッドに座って、俺はレイラに示すように自分の隣を叩いた。


 レイラは、俺から少し離れた隣に腰を下ろした。若干遠慮がちで、俺に気を使っていることが伺える。


 ――あの夜は、これだけでも嫌な気分を覚えたけれど。


 今はもう、そんな気持ちはない。


 ……随分、俺も変わったものだ。


 この世界に来て、約一ヶ月半。その間、運命共同体として在りながら同居までしていた。考えてみれば、レイラほど魅力的な女性に、これだけの状況が揃って惹かれないはずがないのだ。


 つまりは、トラウマを吹き飛ばせるくらい俺はレイラに惚れ込んだということで、果たしてレイラはそれをわかっているのだろうか?


 今更他の女を好きになることなんてできないだろうし。それにレイラ以上の女性がいるとも思えない、なんて……ちょっと特殊な環境だったが、女嫌いの俺がここまで入れ込むのだから本当にすごい。


 ――だから、そんなレイラの願いは、できるだけ叶えてあげたいのである。


 雑談をする時間はない。すぐに戻ると言ったのだし、さっさと本題を切り出そう。


「レイラ。……帰りたく、なくなったか?」

「…………」


 レイラも、ある程度その質問を予想していたのか。驚くことはなく、彼女は沈黙する。


「………まだ、決めたくない、かな」


 やがて、レイラはそう言った。彼女はそのまま続ける。


「……わかってたはず、なの。日本に帰るってことは、あの子たちと会えなくなるってことなんだって。……ぜんぶ、全部ちゃんと、考えて……帰るって、決めたんだけどなぁ……」


 言葉に、だんだんと涙が滲んでいく。震えていく声では、それ以上言葉を紡ぐことができないようだった。


 ――日本に帰りたい。これは本当だ。


 家族に会いたい。友達に会いたい。この世界は不便だし、住んでいた時間は日本の方が長いのだ。郷愁の念ならもう山ほどあって、故郷を夢に見ることもある。


 だけど――この世界にも、愛着があるのだ。


 カティアさんや子供たち、カミーユさんにメガーヌさん。知り合いなら他にもたくさんいて、そのみんながいい人ばかりで。


 彼らは、見ず知らずの異邦人に、たくさん親切にしてくれた。仲良くもしてくれた。お世話になったことは数知れず、恩返しなんて到底できていない。


 ――この世界に残るか、それとも日本へ帰るか。その天秤には、これだけのものが乗っている。


 ……どちらかを選べと言われたら、もちろん選ぶことができる。もう一方を、選ばなかった方を、切り捨てることができる。


 だけど、その選択に躊躇を覚えてしまう。あともう少しだけ選ばないでいたいと、そう願ってしまう。


 それはきっと、俺もレイラも、同じ思いだ。


「……でも、でもっ……!」


 耐えきれず、レイラの頬に涙が伝った。俺も鼻にツンと来て、せめて零さないようにと上を向く。


 ――ああ。


 ああ、そうとも。


 この世界のことが好きだ。この世界に住む人が好きだ。みんなが好きだ。


 ――それでも。


「……帰りたい、よっ……帰り、たい、よ……!」


 ――この世界を捨てて、故郷へ帰りたい。


 とても、嫌だけど。


 とても、とても手放したくないけれど。


 その抵抗も躊躇も、この世界の人々への気持ちも、それら全てを秤にかけて――


「……ああ、帰りたいな。帰りたい」

「っ……! ……う、うあ、あぁぁ……!」


 ――俺たちは、それを選ぶのだ。


 レイラの肩を抱き寄せる。レイラは胸の内の感情を爆発させるように、より一層泣き声を強くしながら、俺の胸に縋りついてきた。


 レイラの体温や感触、感情……それらを至近距離で感じながら、女嫌いの俺がそれでも彼女を突き放そうと考えないのは。


 いつもなら、レイラのことが好きで我慢しているから、だけれど。


 ……今だけは、俺もなにかに縋りついていたいから、と。


 そんな、情けない理由だった。


 ◇


 こっそり寝床に戻って、翌朝。


 昨日よりはよっぽど落ち着いている子供たちと、また少し豪華な朝ご飯を食べて。


 いよいよ、別れの時。


「せんせい〜……」

「うぅー……」


 昨日も大泣きしていた子が、またしても涙を滲ませてしがみついてくる。心が締め付けられるように痛んだが、なんとか彼らの頭に手を乗せて口を開くことができた。


「こーら。あんまり泣くな、男だろ?」

「だって……」

「ああ。でもな、ほら」

「……?」


 こっそり、その子にカティアさんを見るよう促してやる。カティアさんは、昨日の騒ぎに負けず劣らず涙を潤ませていた。


「……な? カティア先生はすごい人だけど、それでも挫けそうな時がある。そういう時こそみんなが頑張って、支えてあげるんだ」

「…………」

「俺もレイラ先生も、ずっと応援してる。頑張れよ?」

「……っ」


 今一度、俺の服にしがみついてくる子供たち。けれども泣き声はなく、必死に堪えているようだった。俺は静かに頭を撫でてやりながら、彼らが気持ちの整理をつけるのを待った。


 やがて、おずおずと彼らが離れていく。


「……せんせいも、頑張って、ね?」

「ぐすっ……頑張って、せんせい」

「おう、ありがとな。頑張ってくるよ」


 泣きすぎて目を腫らしながら、それでも気丈に笑ってみせたその子たちに、合格だと言うように俺も精いっぱい笑って。


 ――俺たちは、教会を去った。


 胸に巣食う悲しみは、今は置いておこう。この感情も持って日本へ帰って、そこで初めて悲しみに暮れよう。


 そうでないと、先生も頑張ってと強がってくれたあの子たちに、申し訳が立たない。


 ――〝男が泣いてはいけない〟。小さな子供に言い聞かせる鉄板の言葉で、その実ただの見栄っ張りなのだけれど。


 頑張るために必要な言い訳としては、充分優秀だった。


 ◇


 ――カミーユさんが護衛についてくれて、森の中を悪魔王の住処まで進む。


 俺の左手にはレイラの手が、それも固く握り締められていた。彼女にとってこの森は鬼門だ。そう思って手でも握るかと俺から提案してみたが、それは正解だったらしい。


 それでも、郷愁と覚悟を胸に、恐怖と戦いながらレイラは森を歩く。彼女は弱音を吐くこともなく、することと言えば耐えるために俺の手を握るだけ。


 その覚悟と強さに応えるために、俺はより一層気持ちを引き締める。


「――ここだよ。暗いから、足元に気をつけてね。明かりは僕がつける」


 足でまとい二人を抱えて周囲を警戒しているからか、いつもの柔らかさは鳴りを潜め。カミーユさんは些か硬い声色でそう言うと、辿り着いた洞窟を示した。


 彼は空中に手を翳し、魔法によって光の玉を洞窟の中に浮かべた。それは現代日本で目にした照明器具と大差ない明るさをもたらし、洞窟の中が満遍なく照らされる。


「魔法陣はもう少し奥だ。行こうか」

「はい」

「……はい」


 カミーユさんの言葉に、俺とレイラが手短に返す。カミーユさんは一つ頷くと、洞窟の中に足を踏み入れた。


 奥に進むにつれ、洞窟の中に明かりを灯していくカミーユさん。彼の後ろをついて歩きながら、俺はなんとなく〝それ〟を感じていた。


 ……変な匂いがする。妙に嫌な予感を覚える、とても不快な匂いだ。


 実際に見た悪魔王の性格を思うと、この匂いの正体に察しがついて――だからこそ、不快な感覚を覚えるのだ。


「……ここだ。それじゃあ始めよう。これまで練習したことをきちんと発揮できれば問題ないよ、あまり緊張しすぎないようにね」


 以外に広い洞窟の最奥。地面へと書かれた円形の模様の前に到着し、カミーユさんが振り返って声をかけてきた。


 俺の左手はレイラに握られたまま……つまり、レイラと隣り合ったままで、俺はしっかりと頷く。


「はい、大丈夫です」

「……私も、大丈夫です」


 ――半分は、強がりだった。


 ことは世界を渡る大偉業。失敗すれば、俺もレイラもどうなるかわからない。


 もしなにか失敗してしまえば、失われるのは俺の命だけではないかもしれないのだ。どんな影響が出るかも、全くわからないのだ。


 ――好きな子の人生さえ賭けた大一番が、怖くないはずがない。


 でも、だからこそ。


 好きな子の望みを叶えるためにと、覚悟だけで前を向く。


「……。うん、よろしい」


 そんな俺たちの顔を順番に見て、カミーユさんは頷いた。師匠からは、なんとか合格がもらえたようである。


「最後に手順の確認だ。まず、ユズルくん」


 そうして、最後の確認作業が始まる。今まで散々これを見据えた特訓を重ね、幾度となく予行演習だってしたものだ。口からはすんなり答えが出た。


「はい。俺とレイラが魔法を施して、今からこの魔法陣を歪めます。〝違う世界からこの世界へなにかを喚ぶ〟という効果を、〝この世界から地球の日本へ、俺とレイラを送り返す。日時は11月29日のお昼〟……記憶などを全て保持したまま、召喚される前に遡って送り返すように」

「うん、そうだね。じゃあ歪めた後は? レイラちゃん」


 今度はレイラへとバトンが渡される。口を動かすことで少しでも緊張をほぐそうという、カミーユさんの心遣いだろうか。


「はい。私たちが魔法陣を歪めた後は、カミーユさんが魔法陣を起動します。魔法陣の効果が書き換わっている間に起動すれば、私たちが歪めた通りの効果が発動するはずなので。その間、私たちは魔法を維持し続けます」

「うん、完璧だ」


 彼女の回答へも、カミーユさんは満点をくれた。彼は魔法陣に視線を移すと、ややあって口を開く。


「……君たちと過ごした日々は、とても楽しいものだった。君たちのことが好きなんだよ、僕。――絶対に成功するさ。難しいことだけど、君たちにはそれが可能なんだ」


 ……あぁ、もう。ここに来て、未練を増やさないでほしい。


 絶対に、失敗できなくなってしまった。……いいや、失敗できない理由なら元からたくさんあったけど、また一つ上乗せされてしまった。


 自然と左手に力がこもって、俺はレイラの手を握りしめる。応えるようにレイラも握り返してくれて、最後に腹を括れた。


「――さて、そろそろ始めよう。準備はいいね?」

「「はい」」


 カミーユさんは、視線を向けずに俺たちへと確認した。俺たちも彼へ視線を向けることはない。最早見るまでも言うまでもなく、俺たちは息を合わせた。


 ◇


 ――魔法は、すんなりと使えた。


 レイラと一緒に魔法を使い、特訓の成果を遺憾なく発揮して大成功。カミーユさんがそれを待ってから魔法陣に魔力を送り、その効果が発現する。


 視界が光に埋め尽くされ、身体の感覚が消失する。一番怖かったのは、音さえ消えてしまったことと、左手の愛しい感触がなくなったこと。


 ……あぁ、そうだ。向こうへ帰ったら、真っ先にレイラに会いに行かないと。


 そうして、告白を――

ところで……片耳ピアスには意味があり、右耳は守られる者、左耳は守る者を表すそうです。

守る者である男性は利き腕のある右側をあけておくことで、その相手を守るらしく。

守るべき女性がいる左側……左耳のピアスには、その相手を守るための誓いが込められているとか。


これを踏まえた上で、カミーユに連れられて森へ入った結絃が、レイラと繋いでいた手はどちらだったかを読み返してみると、つまりそういうことになってます。

以上、かなりわかりづらく仕込まれたネタでした。

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