第1話/その名はミツル・ナツミヤ
マザコンはひとしきり自分の状況を確認し、落ち着いた。
分かったことはいくつかあって
・詰め物してたとか股に挟んでた…とかは一切無しの、ガチで女になってしまった。しかも胸が結構デカイ。
・髪の色はくすんだ銀色…というか大体白髪。これは顔を見るのが怖い。
・すぐ近くの街から見るに、ファンタジーRPGのような世界であるらしい。
・最低限の上着と下着は着ている。ただし替えはないので襲われたらやばい。
・最低限の食料は近くのバッグに入っていた。そこそこ旨かった。
・一般的な木製の弓矢が近くにあった。矢は鉄製で鋭く、十分武器になりそう。
・個人情報になりそうなものは一切無かった。名前からして何もない状態。
「これが…異世界転生、なのか」
マザコンが思い悩む。マザコンの中には、この世界に来る前…すなわち、母ちゃんとの楽しい思い出、母ちゃんの死を知った瞬間の絶望、自分の死の間際の虚無、そして何もない空間で女性の声と話した内容、等々の記憶がしっかり残っている。最後のは少しあやふやだが。
だが、異世界転生というものは小説の一カテゴリとして存在してるのを知ってただけで、その小説のいずれかを読んだこともなければ、経験したこともあるわけがない。
とは言え、ファンタジーRPGなら触ったことはあるため…
「…まずは、街に行かないと」
マザコンは、街に向かうことにしたのである。
▽
近くにあった街は、名前を「モスウッド」と言う。
かつては魔王の脅威に脅かされた町だったが、今ではその心配も解決し、特産品のオレンジをきっかけとして発展していった。
冒険者的にも、周りに手頃なダンジョンがあるので腕試しと潜る人が結構いるそうだ。
そんな街に入ろうとしたマザコンだが、なんと入り口で止められてしまった。
「失礼ですがお嬢さん、お名前と目的は?」
「あ、えっと…えっと…」
「うーむ…失礼ながら、ちょっと着いてきてもらえますか」
「あっ、はい…」
街の入り口を守る衛兵に連れられ、いわゆる詰所に入ったマザコン。
取り調べか…と思ったマザコンに差し出されたのは、羽ペンと紙であった。
「まずは、ここに名前を書いてください」
「はい…」
ここでマザコンは考えた。
俺の前世は男だから、女としてあの名前は使えない。
しかもここはファンタジーな世界っぽいから、多分漢字も使えない。
そして、この世界では俺に関して何の情報もない…つまり一から作れる、けど母ちゃんとの繋がりである名字は残したい。
そうして考えた結果、出した名前は。
「ミツル・ナツミヤ…」
「はい、お…じゃない、私はミツルって言います」
「ナツミヤ…いや、まさか…」
「いやいや、単に偶然と言うかあやかってファミリーネーム変えた一家だろ?」
「だといいんですけどね…分かりました、それで、目的は?」
「目的は…母ちゃんを探す手がかりがあるかな、って」
「母親ですか…ちなみに、お名前は?」
「母ちゃんは…結花って言います」
結花の名前を出した途端、詰所の空気が凍った気がした。
「ユイカ・ナツミヤ…!?」
「多分そうです」
「いやいや、これは出来すぎてる…」
「待て待て、あの方に隠し子なんている気配ないだろ?多分同姓同名の別人だって」
「だと良いのですが…」
「あの、その「ユイカ・ナツミヤ」についても聞かせてください」
「え、魔封の勇者ユイカを何も知らないで探してんのか!?どんだけ人里離れたところに住んでたんだよ!?」
「あ、あはは…」
言えない、人里離れたどころかこの世界関係ないところに住んでたとは。
「ユイカ・ナツミヤというのは…まあ端的にいや魔物たちと手を組んで、悪魔共を封印した女勇者だ」
「人間と魔物が疲弊していたところに悪魔が襲いかかり、双方が追い詰められてしまったのですが…その悪魔を追い払い封じ込めたのが、かのユイカ・ナツミヤなのです」
「へぇー…」
どうやら、この世界では人間と魔物が敵対せず、手を組んでいるようだ。
そして母ちゃんは、そうなった世界を壊そうとした「悪魔」と呼ばれる第三勢力を撃破したことで勇者となったらしい。
「お分かりいただけましたか?」
「あ、はい、分かりました」
「同姓同名の別人だろうけど、あまり焦って探そうとするんじゃないぞー!」
「はい…」
「では、元の場所まで案内します」
こうしてマザコン…ことミツルは、この世界における母ちゃんの名前と偉業を聞き出すことに成功したのであった。
▽
さて、街に無事入れたミツルであったが、飯はあっても金はない。
しかも魔物は人間と手を組んだ、という話だったのでうかつに狩れないし、悪魔というのもこの世界では滅んだらしい。
つまり、金を稼ぐ手段が見当たらない。
悩んだミツルは、試しに酒場に行ってみるのであった。
「あの…」
「なんだい?」
「お金を稼ぐために、お仕事を探してるのですが…」
「あいよ…お嬢さんはどうやってお金を稼ぎたい?」
「どうやって…いや、分からなくて…でも、弓矢ならあります」
「なら、肉集めをしてもらおう。このウサギと、この鳥を出来るだけ捕まえてきてくれ。日が沈む前には持ってきてくれよ」
「えっと……うん、分かりました」
「頼んだよ」
▽
そもそも最低限の荷物しか無かったため、酒場で貸してもらった獲物を入れるカゴを背負って、最初に目覚めた森まで戻ったミツル。
前世ではゲームでこそ弓矢を扱ってたが、現実でそんな物は使ってない…はずだったのだが。
「…見えた!」
二羽、三羽、四羽…次々とウサギや鳥が仕留められていく。
使い始めこそ、弦を胸にぶつけたりと痛い目にあったものの、比較的すぐに手に馴染んだ。
どうやら例の女性がなんかやってくれたようだ。これがいわゆる「チート転生」、あるいは「俺Tueeee」というものだろうか。でもゲームにチートを使うのはどうかと…マザコンはそれ以前の問題ではあるが。
そんなこんなで、日が赤くなる頃にはカゴ一杯にウサギや鳥が折り重なっていた。
「こんなもんだな…それじゃ、戻るか」
▽
「おー…これだけあればしばらく困らないな」
「お…私もちょっと驚きました」
「それじゃ、これが今回の仕事料だ」
そう言って渡されたのは、金貨が10枚と銀貨5枚。
ミツルにはまだ通貨単位がわからない。ということで聞いてみることに。
「えっと…これは?」
「これはお金、単位はゴールドだ。これだけあれば、町外れの家は買えると思うぞ」
「分かりました…お世話になりました!」
「毎度あり」
こうして仕事を終えたミツルは、その日の内にモスウッドの外れに「拠点」を手に入れたのであった。
こじんまりとした、言ってしまえばあばら家なのだが、雨風はちゃんとしのげるので文句はなかった。ゲームでも最初の拠点はこんなもんである…とミツルは納得していた。
ここから、マザコン・ミツルの母ちゃん探しが始まる。