序章/絶望の果て
氏名 夏宮 道隆
性別 男
死亡したところ 自宅
死亡の原因
(ア)栄養失調、及び脱水症状
(イ)一切の食事・水分補給を行わなかったため
(ウ)母親が死亡したことによる精神的憔悴
(エ)母親は乗用車との多重交通事故により、出血多量・臓器破裂等で即死
死因の種類 自殺
以上の通り診察する。
▽
ある男がこの世を去った。
その男は周辺住民から結構なマザコンと知られており、それなりの頻度で母親とお出かけ、または食事に行ってる姿が見られた。
だが、その母親が交通事故により死んでしまった後は、一切外に出ることなく…そして、餓死してしまった。
母親が死んだ直後はその母親を悼んで結構な人が来たものの、男が死んだときには誰も、何もやってくれなかった。
警察を始めとした行政も必要最低限しか行わず、亡骸も縁者が全くいないことから、無縁仏として埋葬された。
男は、この世界から忘れ去られたのだ。
▽
男が気づいた時、周りは闇そのものであった。
夜闇なんて生ぬるいものでなく、もはや自分という存在すらあやふやになりかねない闇。
手足の感触もない。これは死ぬ前々日ぐらいからそうだったのだが…
「目覚めましたか、哀れな魂よ」
唐突に響く女性の声…だが、男は反応しない。
「哀れな魂よ、目覚めたことは分かってるのですよ」
女性がもう一度声をかけるも、やはり反応しない。
「…ふんっ!」
突如周囲が白く染まる。だが光と言うにはあまりにも眩しすぎ、先ほどが「一面の黒」ならば今度は「一面の白」である。
「うっ…」
「話をする気になりましたか、哀れな魂よ」
三度目である。ここでようやく、男は声の方向に意識を向けた。
「哀れな魂よ、あなたは絶望の果てに死にました。その絶望が、愛した母親の命を奪われたことに端を発したことも知ってます」
「なら…ほっといて、くれ…もう、用は、無い…」
「…本当に、全てを諦めたのですね」
「ああ…」
男にとって、母親は全てであった。母親がいて、母親と平穏な暮らしが出来るからこそ、日々の活力が生まれる。そんな男なのだ。
つまり、母親亡き世界は彼にとって無であった。「母親のため」が通用しなくなった世界は、彼にとって無味乾燥だった。
それを知ってか知らずか、女性の声が語りかける。
「…あなたの母親も、あなたを遺して死んでしまったことを悔やんでいました」
「………」
「そして…私に、あなたの話を色々してくれましたよ」
「…!!」
男の意識が強まる。
「お前は…俺の、母ちゃんを…!」
「ええ。そして話の最後に、あなたが早々に死に、ここに来てしまった時にやって欲しい、ということを頼まれました」
「何を…!」
「…あなたは、「異世界転生」という言葉を知ってますか?」
異世界転生。
男はいわゆるオタクであったが、異世界転生というものはほとんど知らず、巷の評判でのみ知るに留まっていた。
「…よく、分からん…」
「簡単に説明すると、あなたが生きてた世界とはまた別の世界で、文字通り第二の人生を送ることです」
「………」
男の意識が明らかに弱まっていく。
「…あなたの母親も、その異世界転生を行いました」
「えっ!?」
「そして、あなたの母親に頼まれたことは…」
驚愕で固まった意識が、何かの力で弾け飛ぶ。
男は自分の正体を失い、そして、次に目覚めた時は
「…母ちゃん!…な、なんだここ…」
町の近くの草原であった。しかも男の身体には重大な異変が起きていた。
「声が高く…うわ…うわっ、無い、無い…!これじゃ俺は…!」
―――女じゃないか!!