episode3 東京の夜
大学生活が始まった開斗は早速サークルに入ることになった。
新歓コンパに参加することになったが、都会の洗礼を浴びることになる。
開斗が上京して2週間が経ち、大学生活も
始まっていた。
「すみません、今日はサークルの飲み会
があるので晩御飯はいりません」
朝食の時間に開斗の声が響く。
「了解。桐島君、楽しんでこいよ」
新しい門出を祝う父親のように譲治は微笑む。
「そうかー、開斗もついに大学生かー」
「俺はここにきてからもう大学生だよ!」
最近では日常となっている開斗と亜蓮の漫才
が展開する。
「んで、どんなサークルなんだい?」
「まだよく分からないんですが、オールラウ
ンドに楽しむとこみたいです」
「なんか楽しそうでいいなー」
「亜蓮、お前はサークル入ってないの?」
「いや、入ってるんだけど飲み会には頼むか
ら来ないでくれって言われててさー」
「勧誘の時は呼ばれたんだけど」
「あ、なるほどね」
本人は撒き餌に使われたことを理解していな
いようだった。
「場所はどの辺りでやるんだい?」
「1次会が高田馬場で、2次会は新大久保
みたいです。帰りは10時くらいだと
思います」
「それじゃ行ってきます!」
開斗は準備をすると、駅へと向かった。
「オールラウンドサークルねぇ・・・」
「どうしたの?了兄」
「いや、別に・・・」
学校が始まってはいるが、まだ友達と呼べる
者はいない開斗にとって、新歓コンパは楽し
みであった。
(どんな人が来るんだろう・・・)
同じ学年だけではなく、上級生との交流もで
きそうな場なので失礼の無いようにと気を引
き締めた。
夕方になるとそれぞれのサークルが高田馬場
駅前に集合し始める。
仕切っている者が大きな紙にサークル名を書
いて大声で先導していた。
(うわぁ・・・凄い人だかりだ)
「pleasureの人はこっちきてねー!」
自分のサークル名が聞こえたので移動すると
そこには30人ほどが集まっていた。
「だいたい集まったかな?んじゃ出発!」
代表らしき男が歩き始めると、その後を追う
ように動き始める。
1次会の場所は歩いてすぐのチェーン店の居
酒屋であった。
座敷に通されると適当な形で座り始めた。
「なるべく女子と男子は交互になる感じで座ってね」
上級生の女性が促した。
開斗の隣に座ったのは、黒髪のまだあどけな
さが残る女の子であった。
緊張している様子がわかる。
「あ、よろしくね。俺、桐島って言うんだ」
女の子は多少驚いてはいたが、丁寧に自己紹介をした。
「私は児島、児島 香菜っていいます。
なんか今凄い緊張してて・・・」
確かに色白の頬が赤くなっている。
「そ、そうだよね。俺もなんかドキドキして
て。あ、俺は開斗っていうんだ」
傍から見ると中学生のように見える二人。
初々しさが浮き出ている。
「俺、新潟から来たからまだ都会に慣れて
ないんだ」
「え、私、山形なんだ。近いね」
「え、そうなの?どのあたり?」
出身が近いせいか二人の間にあった緊張が解け始める。
「おーい、1年。まずは乾杯してから盛り上
がれよ」
「あ、すみません・・・」
二人は顔を赤くしてうつむいた。
「そんじゃpleasureにようこそ~!」
乾杯の音頭が始まり宴が始まる。
二人は未成年ともあってソフトドリンクを飲んで
いたが、同じ新入生の中にはアルコール
を飲んでいる者もいた。
「私、全然お酒とか飲めなくて・・・」
「無理して飲まなくても大丈夫だよ」
周囲がうるさくなってきたこともあって、
二人は声が聞こえるように少し距離を縮め
て話していた。
地方あるある話で盛り上がっていたところ、
上級生が絡み始めてきた。
「おい、そこの中学生。ソフトドリンクとか
部活の打ち上げかよ」
開斗は一瞬むっときたが、自分を抑えて対応した。
「まだ俺ら未成年なんで、すみません」
「大学生でそんなこと言ってる奴いねーよ!
飲もうぜ」
既に酔い始めてる男は香菜に酒を勧めてきた。
「すみません、私飲めなくて・・・」
「いいじゃん、ここで大人の一歩を勉強する
んだよ」
しつこく絡む男に開斗が立ちはだかる。
「先輩、飲めないって言ってるんだからやめ
てください」
男は一瞬真顔になると舌打ちをする。
「お前、何しにきてんの?」
男は席を立つと違う新入生へと絡みに行った。
「桐島君、ごめんね。私のせいで・・・」
「え、いや、いいよ。俺が勝手にしたんだ
し」
お互いに微笑み合いながら、地元ネタでまた
盛り上がっていた。
「お店の人に早く出ろと言われたんで、2次
会に移動しまーす」
代表の男がアナウンスする。
「え、もう2時間経ったんだ?」
「ね!あっという間だねー」
二人は時間の速さに驚いていた。
「お前ら二人、ずっと話してたじゃん。俺ら
とも話せよ」
少し酔った他の新入生が茶化してくる。
ほぼ全員が2次会に参加することもあって、
新大久保まで集団で歩き始めた。
「なんで馬場じゃないのかな?」
「なんか店取れなくて新大久保になった
みたいよ」
韓流ショップが立ち並ぶ駅前近くに移動する
と、またもやチェーン店に入った。
「1次会でだいぶほぐれたから、2次会は全
開でいくぜー!」
上級生たちが勢いよく飲み始めていた。
酒の勢いも増して周囲が阿鼻叫喚と化す。
「なんか凄いね」
「そ、そうだね」
「ごめん、ちょっとトイレ」
開斗は立ち上がるとトイレに向かった。
用を済ませ扉を開けると話し声が聞こえた。
「やっぱあの山形のロリは可愛いわ」
「やばいっしょ」
「押してこうぜ」
3人の男が香奈を狙っているのが聞こえた。
(やばい、児島さんが狙われてる。止め
なきゃ・・)
開斗は話し声の主を止めようとしたが躊躇した。
この場で言っても冗談としてはぐらかされて
しまう。
かと言って止めなければ児島さんが危ない。
いったいどうすれば…
席に戻ると、先ほどの声の主達が香奈の周り
を囲んでいた。
「少しくらい飲めるっしょ」
香奈に強引に勧めているのを見て、開斗は
決心した。
「先輩達、俺と勝負しません?」
「何言ってんの?俺らはこの子と飲みたい
のよ」
「児島さん、飲めないんで代わりに俺が飲み
ます」
「それとも俺に負けるの怖いとか?」
「言うねぇ。よし、マサト、お前いけ」
「え、俺?」
代表に名指しされた男は戸惑っていた。
「桐島君、大丈夫なの?」
「新潟出身だし、酒は強いんだ」
開斗と上級生との飲み比べが始まる。
様々な酒が運ばれては飲み続ける二人。
開斗の勢いが衰えないのを見た代表は、
携帯で同級生の女にテキストメッセージ
を送った。
(紗枝、邪魔なのがいるから手伝ってくれ)
(ん?どうしたん?)
(お前、可愛い系の男好きだろ?こいつ
やるよ)
(本当?なら手伝うよ)
10杯目が運ばれる前にマサトはトイレに
駆け込んだ。
「俺の…勝ち、です、ね」
開斗は安堵した矢先、無情な声が聞こえた。
「次は俺な」
二人目の男が名乗り上げた。
「え…」
「楽しそうな事してんじゃーん!私も混ぜ
てよ」
上級生の女も混ざり始め、開斗は囲まれていた。
新大久保の夜はまだ終わらない。
一方、アパートでは食堂で住人が集まっていた。
「開斗めー、いつになったら帰ってくるん
だ!」
「俺はそんな弟に育てた覚えはないぞ!」
亜蓮がムーチョの顔を伸ばしながら唸って
いる。
「お前の弟じゃないだろ・・・」
了がタマミを撫でながら一応つっこむ。
「確かに・・・帰りが遅いかもです
ね・・・」
総一郎が心配そうに時計を見つめる。
時計の針は11時を指していた。
遅くなるなら連絡もありそうな時間ではある。
「開斗君の方が先に大人になるのが嫌なの
か?」
「何言ってんだよ、了兄。俺のほうが大人
だよ」
「あれ、そうなん?いつのまに大人になった
んだ?」
「だって、俺のほうが年上でもう20になる
んだよ。俺のほうが大人じゃん!」
「いや、そうじゃなくてな・・・」
噛み合ってない二人を見つつ、譲治が促した。
「確かにちょっと心配だな。亜蓮君、連絡
取れる?」
「おいっす!連絡してみます」
開斗の携帯にかけてみるが、なかなか出ない。
「おかしーなー。出ないぞ」
「お楽しみ中かもしれないしな」
「あ、出た。もしもしー!何してんだー?」
「た、助けて。児島さ・・俺じゃ、お、追え
な・・・」
すると女の声に変わる。
「ちょっとー、何してんの。そんなの切っ
て」
電話が切れてしまった。
「どういうこと?」
不穏な空気が流れる。
憶測が飛び交う中、先ほどまで茶化していた
了が真面目な顔をした。
「譲さん、亜蓮。迎えに行こう。総ちゃんは
直道とここで待機してて」
「わかりました」
「譲さん、車お願い」
「おう」
3人は譲治の車に乗り込むと開斗を迎えに行
った。
金曜ともあって道が混んでいたが、うまく
裏道を使って新大久保駅に到着した。
「俺はパーキング探してくるから、了と亜蓮
君は先に行ってて」
二人は車から降りると、駅前にたどり着く。
飲みすぎた学生達がそこかしこで倒れている。
この中から開斗を探すのは至難だろう。
「了兄、どうする?」
すると、了はタバコを取り出してゆっくりと
吸い始めた。
「ちょ、了兄。なに暢気にタバコ・・」
「ちょっと静かにしてろ」
了は煙を出しながら熟考し始める。
「亜蓮、開斗君の写真を出してその辺の女に
声かけろ」
「おっけー!」
「わりー、この子見た?」
周囲のまだ酔ってなさそうな女子に声をかけ始めた。
「わ、超イケメン!やば!」
「いや、俺じゃなくてこの子」
「お兄さん、やばいって!」
亜蓮の周りにゾンビのように集まりだす
女子達。
「了兄、助けてくれー」
「いいから情報聞きだせ」
すると、割と意識がしっかりしていた女子が
開斗の情報を出してきた。
「あれ、この子、確か紗枝先輩と一緒に消え
たよね」
「どっちのほう?」
「んー、わからないなー」
了はその情報を聞いてさらに考える。
(馬場大のオールラウンドサークル・・・)
(2次会を新大久保にする代表・・・)
(児島という子を追う必要・・・)
(電話を途中で切った女・・・)
(2次会後の計画を踏まえて、この辺の地理
に詳しい動きができる・・・)
この辺はラブホテルが多いが、2つに区域が
分かれている。
仮に紗枝という女が開斗君を連れ込むにして
も、女だけの力では難しいだろう。
少なくとも男は二人はいるはず。
サークルの代表と共に動くとして、あまり目
立った場所には行かないだろうから・・・
たぶん、百人町の2丁目辺りだろう。
「了兄、助けてくれー」
亜蓮は酔った女子ゾンビの渦に巻かれている。
「すまん、亜蓮。お前の骨は拾ってや
る・・・」
了は亜蓮を置いて百人町2丁目方面に走った。
ラーメン屋の角を曲がると、細い道が伸び
ている。
そこにはラブホテルの看板3つほど見えた。
途中、譲治から電話がきた。
「了、今どこだ?」
「譲さん、2丁目方面にきて。ラーメン屋の
角を曲がったとこ」
「わかった」
了が細道を走ると、最初のラブホテルの前
で開斗と女が揉めていた。
「開斗君、無事か?」
「あ、と、とぐ・・ちさん。たすけ・・」
そこにはかなり酩酊した開斗がいた。
女のほうも結構酔っていそうであった。
「あんた、誰?でも、よく見るとイケメン
だね」
「俺はその子の知り合いでね。迎えにきた
んだ」
「そうなんだー?まぁ、この子かなり酔っ
てるし、お兄さんが代わりに相手してくれ
るならいいよー?」
了はタバコを取り出してゆっくり吸い始める。
煙を狼煙のように上げると、ピアスが月明
かりに輝いた。
「悪いが、お前じゃ起たないよ」
「はぁ?調子のんなよ?」
女が憤慨している間、了は開斗の介抱をする。
「大丈夫か?」
「お、おれは、いいんです。児島さん
が・・・」
「電話で言っていた子だな?どうした?」
「この、先、の、ほうに、連れて・・・」
開斗は這いながら進もうとしていた。
「了、桐嶋君、大丈夫か?」
譲治が駆けつけてきた。
「譲さん、この先に酔っ払った女の子を連れ
た男が!」
「名前は?」
「こ、こじ、ま」
「下の名前は?」
「か、かな」
開斗が精一杯の声で答えた。
「わかった。了、桐嶋君を頼む。後は俺に
任せろ」
「譲さん、男はたぶん二人かも。気をつけ
て」
譲治はうなずくと、その体を躍動させた。
風でなびく髪が夜に同化し、漆黒の馬のよう
に細い道を力強く走る。
途中で大学生らしき男が一人地面で寝ている
のを確認する。
(あれが二人のうちのどちらかかな・・・)
目の前には2つのラブホテルの看板が見える。
手前には人影はない。
奥の看板には・・・入り口手前まで歩く二人
の姿が見えた。
(いた!あれか?!)
譲治は勢いよく走り、二人の前で急停止し
た。
隆起する肉体が、ただならぬ雰囲気を醸し出し
ている。
「ちょっといいかな?」
「なんだよ、おっさん。邪魔しないでくれ
る?」
男の方はほとんど酔っていないが、女の子の方
は千鳥足状態であった。
「君はこの子の彼氏か?」
「ん?そうだけど。問題ある?」
「彼氏ならこの子の名前は何?」
「児島だよ。そんなのあんたに関係ねーだ
ろ?」
「いや、ある。見たところその子は未成年
だ。彼氏でも未成年に飲ませたら罰則を
受けることになる」
「うぜーな。俺らの勝手だろ」
「もし、その子が君の彼女じゃないなら、
さらに強姦罪も適用されるぞ」
「だから彼女だって言ってんだろ!」
「なら下の名前を言ってみろ。彼氏なら言え
るだろ?」
「え、下の名前・・・?」
「言えないのか?」
男は香奈を地面に座らせると、ため息をつい
た。
「警察ごっこは楽しいか?おっさん!」
そう言うと譲治に殴りかかってきた。
しかし、その手は譲治に当たることはなく、
そのまま手首を掴まれると関節を捻られて
地面に叩きつけられた。
「いてー!折れる!折れるって!」
男は喚き散らかす。
関節技を決めたその姿は、ネオンの光を浴び
てまるで現代彫刻のモニュメントのようだっ
た。
譲治は足でその状態をキープしたまま電話をかけた。
「あぁ、俺だけど。久しぶり。ちょっと近く
に来てるんだけど渡したいモノがあって
ね。場所は・・・」
少し経って了と開斗が合流した。
「よ、よかった。児島さん、無事だったん
だ・・・」
開斗は安堵した瞬間、そのまま寝てしまった。
「ナイトの休息か。よく頑張ったよ」
了は肩を貸しながら開斗の頭を撫でていた。
しばらくしてパトカーの音が聞こえてきた。
到着した刑事と譲治が話し合っている。
二人は知り合いのようだった。
押さえつけられていた男がパトカーに乗せ
られると刑事はつぶやいた。
「お前、この人に殺されてないだけマシだ
ぞ」
刑事は譲治に笑いかけると、パトカーと共
に消えていった。
4人は近くのファーストフード店に行き、
一息つくことにした。
香奈は酔いが冷め始め、意識が戻ってきた。
飲み会での出来事を少しずつ話しはじめた。
・開斗が自分の代わりに先輩達と飲んでいた
・飲む相手が増えてきて酩酊状態になってい
た
・その間に自分もノンアルと言われて飲まさ
れたのがアルコールだった
・最後は代表含む男2人と上級生の女性にこ
こまで連れてこられた
「桐嶋君、新潟出身だからお酒強いって言っ
てたんですけど・・・」
「それはたぶん君を安心させるためのウソ
だよ」
「なんでそんなウソを・・・」
「不器用な男ってのはそうするしかないん
だ。見たところ、酒飲むのも初めてだと
思う」
開斗は席でぐっすりと眠っていた。
香菜の自宅はすぐ近くらしく、タクシー乗り
場まで3人は見送った。
「まぁ、一件落着ですかね」
「そうだな。勇敢な桐嶋君の大活躍だった」
「総ちゃんも心配してるだろうし、そろそろ
帰りますか」
開斗をおんぶし、駅へ向かう途中、二人の声
が揃った。
「あ!」
「あ!」
亜蓮を忘れていた。
急いで亜蓮を探しにいくと、駅前には酔った
女子ゾンビ達がさらに群れを成して徘徊して
いた。
そこに亜蓮の姿はない。
「遅かったか・・・」
「骨も残っとらんな・・・」
了はタバコに火をつけようとした時、上から
声が聞こえた。
「たーすけてくれー!」
上を見るとTシャツがボロボロになった亜蓮が
電柱に登っていた。
「何してんの?」
「逃げてんの!見りゃわかるでしょ!」
「お、開斗は無事だった?よかったー!」
4人は合流すると、譲治の車に揺られてゆっ
くりとアパートに帰るのであった。