表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Feed them  作者: 森八月
2/5

episode1 春の川

新しい住人として加わることになった開斗は、アパートの仕来りや

他の住人との絡みに戸惑いを感じる。

だが次第に打ち解けて共同生活の暖か味を知るのであった。

桜の花びらが散り散りとなりながら川を染め

る季節。

新たな人生が始まる。



「すみませーん」


少し古びたアパートの玄関にまだ少年ぽさが

残る透き通った声が響く。


「誰かいませんかー?」


声の主には返事がない。

眼の前に延びる廊下と脇にある階段。

人の気配を感じない。


「おかしいな?今日のはずなんだけど・・・」


「不動産屋に連絡しようかな」


携帯に手をかけたその時、2階から声が聞こ

える。


「はいはーい」


ゆっくりとした口調で返事がきた。

階段を降りてきたのは、かなり背の高い男

だった。

明るい茶色の髪には寝癖が付いているが、

その顔立ちは日本人離れしていた。

くっきりとした二重の目、シュッとした顎。

まるで王子のような雰囲気を出していた。


(え、外人?)


一瞬そう見える程の外見。

寝ぼけた表情をしながらその男は開斗を見

つめる。


「あれー、直道の友達?まだ帰ってきてな

 いけどー?」


背中をかきながら寝ぼけ声が響く。


「直道って誰ですか?俺は今日からここに

 お世話になるんですけど」


「だから、直道はまだ帰って来てないよ?」


「こっちこそだからだよ!直道って誰?話

 聞いてる?」


少し苛立った声をあげて開斗は相手を見つ

める。

しかし、相手もまた困惑した表情で見つめ

返していた。


「んじゃー君、誰?」


この人は馬鹿なんじゃないか?

ひょっとしたら日本人じゃなくて会話が成り

立ってないのでは?

いや、ちゃんと日本語を話してはいる。

やっぱり馬鹿なのかもしれない。


お互いに気まずい雰囲気の中、か細く中性的

な声が聞こえる。


「あの・・・桐島さんですか・・?」


二人の後ろにビニール袋を持った男が立って

いた。


「おー、総ちゃん!なんか知らない小学生が

 きてるんだけどさー」


背の高い男は馴れ馴れしく言い放つ。

メガネをかけたその男は苦笑いを浮かべなが

ら会釈をした。


「あの・・・遅れてすみません。管理人をし

 ている榊 総一朗といいます。」


色白で華奢な体つきをし、自信がなさそうに

している瞳の横には印象的な泣きぼくろがあった。


「やっと話が通じる人に出会えた!」


冗談ではなく本当にそう思っているような言い

方だった。


「桐島 開斗です。お世話になります!」


「え、新しい住人?ならそう言ってよー」


「俺はちゃんと言ったよ!」


総一朗は二人のやり取りを見て困惑しながら

背の高い男を促した。


「自己紹介をしたほうが・・・」


「あ、そうだね。俺は降矢 亜蓮。19歳。

 よろしく!」


「え、19なの?マジで?」


「おう、君は中学生くらい?」


「なんでさっきより学年が少し上がってるん

 だよ!しかも中学生が一人暮らしするわけ

 ないだろ!俺は18歳!大学1年生!」


即興の漫才のようなやり取りの中、お互いの

自己紹介が終わる。


「桐島さんの部屋は2階になります」


3人で2階に上がると、長い廊下に8つのド

アが並んでいた。下には猫用のドアもある。


「あの・・・猫は自由に出入りできるように

 なっています」


「桐島さんは202になります。降矢さん

 はお隣の201です」


「げ、マジで?隣なの?」


「喜べ少年!お兄さんに何でも相談しろよ!」


「少年じゃねーし!しかも、なんか慣れなれ

 しいよな・・・」


202と書かれたドアを開けると、リノベー

ションされたばかりのキレイなフローリング

が見える。

八畳一間でクローゼットが付いている。


「うわー、外観はちょっと古いけど部屋は新

 しいんだ」


「そうなんだよ、見た目爺だけど中身は若者

 なんだよ」


よくわからない例えする亜蓮をスルーし、開

斗は早速荷物を置き始めた。

すでに運ばれているベッドや電化製品を確認

し、部屋の様子を眺めていた。


窓から見える景色は見晴らしがよく、少し遠

くには都庁が見える。

アパートはちょうど坂の上なので商店街も見

渡せていた。


「これが東京かー」


ワクワクした表情を浮かべ、開斗はこれから

の生活を想像していた。


「あの・・すみません。アパートの中を少し

 案内しようと思うのですが・・・」


か細い声が申し訳なさそうに聞こえる。


「あ、はい!お願いします」


「せっかくなので二階から案内しますね」


3人が廊下に出ると、目の前に大きな猫が座

っていた。

通常の猫の何倍もあるその姿は堂々とし、風

格を漂わせている。


「あ、この猫はうちの飼い猫でノートリアス

 です」


ノートリアスと紹介された猫は体重10kgのメ

インクーンだった。


「で、でかい・・・」


ノートリアスは開斗を一瞥すると、1階へと

降りていった。

アパートの猫代表として新しい住人を見に来

たのだろう。


「2階は8部屋と奥にトイレと物置があります」


3人は1階に移動すると、今度は違う猫が出

迎えていた。

その容貌は先程とはまた違う意味ででかい体

をしている。


「すげー、デブ猫・・・・」


「この猫はフジ子です。うちのアパートの門

 番をしています」


フジ子と紹介されたその猫は、全てが肉々し

くふてぶてしい顔をしていた。

大きなあくびをすると巨体をのそのそと動か

し外に出ていった。


1階は6部屋と食堂、そして浴場という内容で

あった。


「食事は皆さん食堂でされています。桐島さ

 んも食事付きなので 今後は朝と夜は食事

 が出ます」


「うちの飯、すげー美味いんだぜ!献立も豊

 富だしな!」


なぜか自慢げな亜蓮をまたもスルーし、食堂

の中を開斗は見ていた。

広々としたそのスペースには長いテーブルが2

つ並び、奥には40インチの液晶テレビがある。

その横には家庭用の冷蔵庫があった。


「この冷蔵庫は住人用で、自分たちの飲食物

 を入れています。自由に使ってください」


「名前書いてないと誰か飲んだり食べたりす

 るから注意な!」


(そんなことするのあんただけだろ・・・)


と思いながら開斗は冷蔵庫を開けると、中に

はバナナがあり「アレン」と書いてあった。


(食べられたのか・・・)


キッチンは意外に大きく、元社員寮の名残を

見せていた。


「食事は同じ住人の財前さんに用意していた

 だいてます」


「住人?専用の人じゃなくて?」


「はい。財前さんはとても器用な方で、一人

 で何でもこなしてくれて助かっています」


住人なのにそんなことまでするなんて、きっ

と太っていてご飯が大好きな人なんだろうと

開斗は想像した。


「次はお風呂場です」


6畳程の脱衣場があり、洗濯機が2台ある。

その奥の扉を開けると浴場があった。

イメージとしては少し小さめの銭湯といった

ところか。


「うわー、結構広いんですね」


「皆さんだいたい同じ時間に一緒に入ってい

 ます」


「え!みんな同じに入ってるんですか!?」


「ん?そうだよ?なんかおかしいか?」


いや、おかしいだろ。と顔をしてる開斗を見

て総一郎は苦笑いをする。


「皆さん最初は驚くんですけど、すぐに慣れ

 ますよ」


アパートの説明が一段落すると、玄関の方か

ら大きく男らしい声が聞こえてきた。


「ただいまー!」


振り向くと、少し色黒の精悍な男がやってきた。

服の上からでもわかるほどの筋肉質で、体の

厚みが凄い。

しかし、その体の上にある顔は非常に優しげ

で温和な笑みを浮かべていた。

開斗の想像とは真逆のタイプであった。


「お、総一朗君。その人はこの前言ってた新

 しい住人?」


「はい。桐島さんです」


「桐島 開斗です。よろしくお願いします」


「財前 譲治です。何でも言ってくれ」


そう言って差し出してきた手はとても大きく、

全てを包み込んでくれるような雰囲気があった。


「譲治さんー、腹減ったー」


「お、すまんすまん。準備するよ」


譲治は大きな体でキッチンに入ると業務用冷

蔵庫から色々と取り出していた。

その手さばきは長年の経験を感じさせるほど

熟れている。


「そろそろ他の人も帰ってくる時間です

 ね・・」


総一朗は窓の外を見つめていた。

気づけばもう夕方を過ぎている。


「はー、疲れた」


「ただいま!」


今度は二人分の声が聞こえる。

大人と子供の声だ。

大人の方は細身のスーツを着こなし、さりげ

ないオシャレ感を出している。

子供の方は小学生のようであどけなく可愛い

顔をしている。


「了、直道。お帰り」


キッチンから譲治の温かい声が響く。


「渡久地さん、直道君。お帰りなさい」


「了兄、直道お帰りー」


「あれ?こっちの子は直道の友達?なんてウ

 ソウソ。例の新しい住人かな」


「・・・・」


「了兄、やっぱそう思うよね?」


「いや、思わねーだろ。冗談だよ」


了は少し皮肉めいた表情をしながら挨拶をし

てきた。


「渡久地 了って言うんだ。よろしく」


ウインクをしながら見つめてくる瞳は薄茶色

で、その雰囲気は男でも色気を感じるほどだ

った。アシンメトリーの髪型から出る耳には、

ピアスが揺れている


「桐島 開斗です。よろしくお願いします」


横で少しモジモジしながら直道が礼儀正しく

挨拶をしてきた。


「財前直道です。小学2年生です。よろしく

 お願いします!」


「君が直道君か。初めてだけど初めてじゃな

 い感じするよ・・・」


それぞれの自己紹介が終わり、テーブルに食

事が用意される。


「それではいただきます」


譲治の声で夕食がスタートする。


「今日はハンバーグだ。美味そう~」


亜蓮は大きな目を更に大きくさせて見とれて

いる。


「譲さんの料理は何でも美味しいだろ」


了はやれやれといった口調で箸を付ける。


「本当だ!このハンバーグ美味しい!」


開斗は今まで食べてきたハンバーグの中で一

番と言わんばかりに喜びを現した。


「でしょー!父ちゃんのハンバーグは世界一

 なんだよ!」


直道は誇らしげに語った。


総一朗は無言で食べている。

団らんが食卓を彩る。

(なんかこういうのいいな・・・・)

開斗は初日ながら温かい食卓を楽しんでいた。


「もう一人住人の方がいるのですが・・・」


消え入りそうな声で総一朗が説明する。


「キースさんね!あんまりいないんだよ

 なー」


「キース!?外人?」


「そうそう!アメリカ人がうちに住んでる

 んだよー」


「言葉通じるの?」


「少なくとも亜蓮より全然日本語上手いよ」


皮肉を絡ませながら了が笑う。


アメリカ人なのに日本語がペラペラ?どんな

人なんだ?

開斗は謎めいた住人を想像しながらお茶を飲

み干した。


他の話を聞くと、どうやら自分と亜蓮以外は

全員1階に住んでるようだった。

理由としては、1階はリノベーションされて

なく和室で居心地が良いとのこと。


食事が終わり一息つくと、次は風呂の時間と

なった。


「本当にみんなで入るの?」


「無理にとは言いませんが・・・」


「桐島君。最初は恥ずかしいと思うけど、み

 んなで入るのも結構楽しいもんだぞ」


「そうそう、男同士で背中を洗うってのは親

 交を深め易いしねー」


周りの勢いに押され、開斗はしぶしぶ入るこ

とになった。

一旦部屋に戻り、着替えの準備をしていると

ドアをノックされた。


「おーい、開斗。風呂行くぞー」


亜蓮が呼んでいる。

もう呼び捨てなのか、と思いながらドアを開

けるとタオルを腰に巻いただけの姿で亜蓮が

立っていた。


「は!?なんでそんな格好してんの?」


「なんでって、風呂入るからに決まってるだ

 ろ?」


「いやいや、おかしいだろ。脱衣場で着替え

 るでしょ、普通」


「こっちのほうが楽だろ?」


駄目だこの人・・・

本当の馬鹿なんだろう。

開斗は諦めて亜蓮と1階に降りる。

下では総一郎が待っていた。


「管理人さん、この人おかしいですよね?」


開斗はすがるように問いただす、が


「降矢さんは面倒くさがりですから・・」


受け入れてる?!なんなんだいったい・・・。

俺がおかしいのか?

開斗は少し自分の常識を疑い始めていた。


脱衣場に入ると既に譲治、了、直道が準備し

ていた。

少し恥ずかしげに脱ぐと、譲治の体に目が奪

われる。


なんという体だ。

世の中年はだらしない体という概念を根底か

ら覆す。

まるでローマの彫刻のようなその肉体。

無駄な脂肪が少しもなく、色の浅黒さが一層

に筋肉を引き立てている。


「なんなんだよ、あの体・・・」


「譲治さんスゲーだろ。俺も最初見た時びっ

 くりしたわ」


亜蓮がなぜか誇らしげに頷く。


「なんの仕事してんの?格闘家?」


「いや、タクシーの運転手だよ」


「は!?」


浴場では6人が並んで体を洗い始める。

自然と年齢順となった。


「ねぇ、直道君。いつもこうなの?」


「ん?そうだよ?楽しいよ」


「そうなんだ・・」


「そうだよ。あ、背中洗ってー」


最初は年齢の若い方に向かって背中を洗うよ

うだった。

ふと直道の背中を見ると大きな傷跡があった。


「え、このき・・・」


一瞬、開斗は尋ねようとしたがすぐに止めた。

こんなに小さい子にも聞いてはいけない事が

あると思い、言葉を飲み込んだ。


背中を流し終えると、今度は反対に向く。


「今度は僕が洗うね!」


「開斗、今度は俺の背中頼むぜ!」


なんなんだ、この昭和のノリは・・・。

しかし、なんとも言い難い居心地の良さも感

じ始めていた。


やがて全員が浴槽に入る。

だが開斗だけは恥ずかしげに前を隠している。


「おいおい、男しかいねーんだから堂々とし

 ろよー」


亜蓮はまさに堂々としながら足を広げている。


「あんたは堂々としすぎなんだよ!少しは隠

 せよ!」


「桐島君。ここではこれが普通なんだよ」


譲治はそのローマ彫刻のような体にお湯をか

け始める。

イタリアの豪華なお風呂にこういう置物が

ありそうだ。


「そりゃ財前さんみたいな体ならそうでしょ

 うけど・・・」


(でも、やっぱり恥ずかしいな・・・)


隅で座ると、目の前に総一朗がいた。

(え、女の子?)

メガネをかけていない総一朗は、まるで少女

のような顔をしていた。

度の強いメガネのせいか、裸眼だと目が一際

大きくなっている。


「か、管理人さん?」


「は、はい・・・」


色白の肌に華奢な体。湯船に浸かって火照っ

た肌は薄桃色に染まっている。

眼の前にいるのは男のはずなのに、ドキドキ

してしまう自分がいた。


「何見とれてんのよ。総ちゃんは男だぞー」


亜蓮の声に開斗は我に帰る。


「総ちゃんはみんなの姫だから、競争率高い

 ぞ?」


了はそう言うと意地の悪い笑顔を見せた。


「え、何言ってんですか。俺は別に・・・」


「お前ら、あんまり桐島君を苛めるな」


譲治が困っている開斗に助け舟を出す。


「王様のお達しが出たことだし、お開きかな」


総一朗は隅で恥ずかしそうにうつむいていた。



風呂上がりは食堂でアイスを食べ、ニュース

を見ながらその日の出来事をみんなで話し合

っていた。


「開斗、明日はこの辺案内してやるよ。有り

 難く思えよ!」


アイスを二本持った状態で亜蓮が吠える。


「俺、まだ返事してないんだけど・・・」


「総ちゃんも一緒ね!」


まるで規定事項のように予定をねじ込む亜蓮。



開斗の初日の夜は静かに更けていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ