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部屋を探したあとは訓練をする


アランジを終えマリアとシンクが向かったのは、マリアが目覚めたときにはじめて目にした花畑だった。2人は今日もあのカプセル部屋を探しに来ていた。

目ぼしい箇所を見つけ念入りに探すが、やっぱりカプセル部屋への道は見つからない。

「ここまでにしましょう」

「うん」

マリアは、しゃがんでいたシンクを見下ろしてポツリと告げた。シンクは例の、赤と青で出来た珍しい花を嬉しそうに眺めていた。

「本当に探していたのかしら?」

「探してたよう」

シンクは立ち上がって声をあげた。

「ほら、あそこの木の陰とか。あとあっちの草むらの中とか」

そう言って、探していたという場所をあちこち指差す。確かに探したのだろう、地面には僅かにシンクの足跡がついていた。

「そうね…。ちゃんと探してくれたのね。ありがとうシンク」

「…!えへへ、どういたしまして」

「どうしたの急ににやけて」

シンクがやけに嬉しそうにするので、マリアは不思議に思って尋ねた。シンクは照れたときの幼子がするように、頬をぷくぷく膨らませた。

「だってマリア、目覚めてはじめてありがとうって言ってくれたもん」

「…そうだったかしら」

マリアは目覚めてからのことを思い返す。確かに、シンクに感謝の言葉を言った覚えはない。マリアはシンクの言葉を聞いて少しだけ反省した。マリアはシンクに感謝の気持ちが無いわけではない。ただ、シンクがぶっ飛んだ発言をするので感動が薄れてしまっているだけなのだ。

とはいえ、ありがとうを言っていないのは事実。

「シンク、ごめんね。あなたにはなんだかんだで世話になってるのに、私は今までお礼も言わずに」

マリアは頭を下げた。シンクはぶっ飛んでいるが、彼がいつもそばにいてくれているからマリアは元気でいられるのだ。記憶が全く無いマリアにとって、いつもそばにいてくれるシンクの存在は心強かったのだ。

マリアに謝られたシンクは、目を丸くして慌てた。

「えっ、あ、ううん。謝ってほしかったわけじゃないんだ。マリアにありがとうって言われたなぁ、嬉しいなぁって思っただけだよ」

「シンクは本当に素直ね」

マリアは笑った。マリアの笑顔を見たシンクは、

「えへ…」

いつものように顔を緩ませたのだった。

「シンク、手伝ってくれてありがとう。今日の探索は切り上げましょう。…また、手伝ってくれる?」

「もちろんだよマリア!」

シンクは任せてと言わんばかりに胸を張って請け負った。僅かに吹いた風が、シンクの髪を揺らした。



「マリア、どこに向かってるの?」

「訓練場よ。昨日キャナリが言ってたでしょう。昼過ぎまでに来ないとお仕置きって」

言いながらマリアは背筋を凍らせる。キャナリの言うお仕置きとはなんなのだろうか。遅れたら地獄を見ることは明らかだろう。

「おはようございますマリア様。本日も特訓いたしましょう」

訓練場にいたキャナリはマリアの姿を見つけるや否やそう声をかけた。他の兵士たちも一斉にマリアのほうを向く。心なしか昨日より兵士の人数が多い。

「キャナリ、兵士を呼んだわね…?」

「気のせいでは?マリア様、本日も昨日に引き続き投剣体術回避術魔術の訓練を日が沈むまで行いましょう」

キャナリはしれっと受け流しさらっと鬼スケジュールを発表した。マリアはおずおずと、

「キャナリ、私昨日の訓練で身体中筋肉痛なの。だから今日は…その、軽めにお願い?」

「わかりました。では、体術から始めましょうか」

「キャナリには人の言葉がわからないのかしら」

「今日は一度に2,3人ほど相手にしてもらいます。覚悟していてくださいね」

キャナリが微笑むとまるで天使のようだが、その発言は悪魔そのものだ。キャナリは兵士に声をかけ、すぐに人数を揃えた。兵士たちは集い、マリアの目の前に整列した。

「マリア様、準備はよろしいですね」

マリアは、兵士の盛り上がった筋肉を見て、乾いた笑いが出た。

「お、お手柔らかに…」

兵士はニコリと微笑むと、次々にマリアに襲いかかった。



「マリア様、今日も訓練お疲れ様です。明日も頑張りましょうね。私は用事があるのでこれで失礼します」

夕日が沈んだ頃。キャナリはしゃがみ、地面に転がるマリアに声をかけた。マリアは地面とキスしていたのでキャナリに返事できなかった。

「マリア、お疲れ様」

キャナリと兵士が去り、シンクはマリアに声をかける。マリアの身体は動かない。肩で息をして、荒い呼吸を繰り返す。

「ヒュー、ヒュー、スゥ…うぉほ!!ケェン!!」

一度大きく息を吸ったら、小さな埃を吸い込んだのか盛大に噎せた。

「マリア、大丈夫?」

「うげ、ごほ…っ」

大丈夫ではなかった。眩暈がするし、シンクは3人いるように見える。キャナリは厳しすぎるのだ。まだ身体が慣れていないのに鬼のような訓練を課すのだから。

「し、しんく、肩…」

マリアはシンクに肩を貸してもらおうと手を伸ばすが、彼の身体に手が届かない。

「マリア?大丈夫?マリア」

シンクの声が遠い。これは少しやばいかもしれない。シンクに誰かを呼んでもらおうとしたときだった。

「マリア様」

「…?」

突然、高くて平坦な声が頭上から聞こえ、よろよろと顔を上げると、

「…、キャナリ」

「マリア様、こちらを」

キャナリはそう言って、コップを差し出した。コップの中からはいい匂いが香りだっている。

「薬用パプリから作ったお茶です。どうぞお飲みください」

キャナリは地面に尻をつけて座り、マリアの頭を太ももの上に乗せた。コップを傾け、マリアの口元にゆっくりとお茶を流し込む。お茶はマリアの体内に染み渡る。マリアは不思議と身体が軽くなる感覚を覚えた。

「薬用パプリから作られたこのお茶は、筋肉を酷使したときや疲れがたまった際によく飲まれるものです」

不思議がるマリアの表情を覗いたのだろう、キャナリはそう説明してくれた。その間にも、コップをゆっくり傾ける。マリアが噎せないように様子を見ながら、お茶を飲ませていた。

「…申し訳ありません。貴女様に無茶をさせてしまいました」

キャナリはぽつりと言葉を漏らした。キャナリはまるで迷子の子どものように不安げな表情を見せる。

「…いいのよ」

「マリア様」

「最近物騒なんでしょう?キャナリは私が自分の身を自分で守れるように鍛えてくれてた。そうでしょう?」

マリアは息を整えながらキャナリを見上げた。キャナリは驚いたように目を丸くした。

「気づいていたのですか」

「ええ。なんとなくだけれど。それに」

マリアは、夕闇を背負うキャナリの頬にそっと手を添えた。

「私がいない間、私の業務をしてくれていたでしょう」

「……」

「乳母なのに私のそばにいないのは、私がやるべき仕事を貴女が代わりにしていたから。ただでさえ忙しいのにキャナリはアルムのために訓練して、日が暮れるまで私に特訓してくれた」

マリアは言いながら状態をゆっくり起こした。身体は軽い。薬用パプリの効果は絶大だったようだ。マリアはキャナリの手に、自らの手を重ねた。

「ありがとう、キャナリ。仕事を押し付けてしまってごめんなさい」

「マリア様…」

マリアはキャナリにも支えられていたのだ。マリアはキャナリに感謝の気持ちを伝える。

「アイグルさんが帰ってくるまで、仕事のほうはお願いしてもいいかしら」

「当然です。私は貴女の部下なのですから」

キャナリは胸に手を当ててマリアに答えた。その顔は真剣だった。2人の間に穏やかな空気が流れた。

「ありがとう。ところで、明日の特訓なのだけど」

「はい。明日は実践も兼ねて動物狩りに参りましょう」

「休むという選択肢は無いのね」

「うまくいけば美味しいデア肉が食べれますよ」

マリアの発言をスルーしたキャナリはそっと立ち上がった。エプロンドレスについた土煙を払って、マリアを見上げる。

「明日は朝から出かけましょう。わかりましたね」

「…はい」

有無を言わせないオーラを身にまとい、キャナリはマリアに圧をかけた。マリアは頷くことしかできなかった。

「明日は頑張りましょう。良い肉が手に入ったら美味しい料理を作ります」

「それは、うん。楽しみね…」

「一生懸命作ります。…そろそろ冷えてきます。帰りましょう」

「ええ。…シンク。帰るわよ」

マリアはシンクに声をかけた。

「うん!」

シンクは立ち上がり、マリアの後ろを追いかけた。キャナリは、マリアの様子を伺いながら歩く。

前途多難な日々が待ち受けているが、マリアの周りには頼れる仲間がいるのだ。



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