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戦い


「シンク!後ろ」

「!」

マリアは叫び、シンクは何とか後ろに振り向くと同時に剣を真横に薙いだ。シンクの頭めがけて突進していた火の玉は、シンクの剣により四方に砕け散った。

危機を脱出しシンクはホッと胸をなでおろすが、視界の端に魔法が通り過ぎていった。その魔法の先にいるのは、

「マリア!」

「あっ、くう…!」

マリアの肩に突風がぶち当たった。反射的に身を翻した為直撃は免れたもののマリアは肩を押さえて後ずさる。マリアとシンクは額に汗を浮かべ攻撃をしてきた張本人…黒服を身につけた男を睨みつけた。

「ふん。素早いやつだ」

一方男はというと汗ひとつかかず、眉根を寄せるのみ。マリアに魔法がうまく命中しないことに苛ついているようだ。

男との戦いが始まって、まだ数分も経っていない。

しかし既にマリアとシンクは男の連撃に息を切らしていた。

「どうしたらいいのかしら…」

マリアは口元に指を寄せ逡巡する。端的に思う。男は強かった。魔法を繰り出すスピードも、その魔法の強さも、バトルセンスも、男のレベルはとんでもない境地に達していた。マリアの強力な魔法が無ければ、マリアもシンクもとっくにやられていたほどに。

「どうしたアルムの女王。俺に近づくことすらままならないのか?」

「く…」

馬鹿にしたように鼻で笑う男に、マリアは悔しげに唇を噛む。握った手のひらに爪が食い込む。

マリアは思考を巡らす。どのようにしたらあの男を倒すことができるのだろうか。焦りが生まれる。

「……っ」

マリアは大きく息を吸い込んで、吐いた。

旅の途中で、キャナリに言われたことを思い出す。

『マリア様、戦いで重要なのは周囲の状況を読み取ることです。そこに敵の隙が潜んでいます』

マリアは焦る気持ちを押さえつけるように胸に手を当て、男の周辺に目を配らせた。

男はほとんど最初の位置から動いていなかった。男の前には段の少ない階段、そして男の背後にあるのはあの摩訶不思議な装置…。……。

「シンク」

「なに、マリア」

マリアは声を極力絞ってシンクに囁く。シンクはマリアに耳を傾けた。

「あの人、最初からあの場所から動いていないわ」

「それって…」

シンクは男の居場所を確認した。マリアの言わんとすることに気づいた。マリアは素早く続ける。

「あの人は、装置を守っていると思う。だからあの場から離れられない。そこがあの男の弱点…」

シンクは首を縦に振る。しかしマリアの次の発言に動揺した。

「2人で別の場所から攻撃して撹乱しましょう。そうしてあの人を動けなくしましょう」

「マリアと、離れて戦うっていうこと?」

そうよ、とマリアは頷く。

「でも…」

シンクは躊躇う。強い敵を相手にマリアと離れて戦う不安があったし、その相手がマリアを狙って攻撃していることもシンクは分かっていた。しかし深く考えている余裕はなかった。そうしている間にも男は攻撃の手を緩めない。

「何をごちゃごちゃ話している」

男はマリアとシンクに向けて、鋭利な氷柱を飛ばした。

「いけない!」

マリアは手の平から突風を生み出し、男の魔法を弾いた。男は魔力を貯めて次の攻撃に備えている。ぐずぐずしている時間は残されていなかった。

「シンク!」

マリアはシンクに決断を迫った。シンクはいまだに戸惑いを隠せなかった。しかし状況は切迫している。

「…わかった。やる」

シンクはマリアに不安の眼差しを向けつつ頷いた。

2人は顔を見合わせると、ぴったりのタイミングで二手に分かれた。男を挟み込むように、遺跡の内部を走り抜ける。

「何のつもりだ?」

男は眉を潜めて2人の行動を訝しむ。しかし、すぐ真意を把握したらしい。

「なるほど。俺が装置から離れないのを知って、バラバラに行動したわけか。滑稽な作戦だ。だが、都合はいい」

男は不敵に笑むと、マリアめがけて強力な炎を放った。

「ああっ!」

「マリア!」

駆け出した最中で避けきれず、マリアの腕に炎が炸裂する。マリアは短い悲鳴を上げ患部を押さえる。シンクはマリアが傷を負い悲鳴に近い声を上げる。

「先ほどは坊主がいたから手加減していたものの、1人になったのなら好都合だ。たっぷりいたぶってやるぞ、アルムの女王」

そうして男は手に魔力を込めた。マリアに追撃を仕掛けるつもりなのだろう。

「させない!」

シンクは剣を構え、男に向かって走っていく。が、

「無駄なことだ」

「うっ!」

いつの間に仕掛けていたのか、男が放っていた複数の火の玉がシンクの周囲を囲うように飛び回り、彼の行く手を阻む。

「このっ…」

シンクは水魔法を剣に込め、火の玉のひとつを弾いた。しかしそれは砕けるどころか分裂し、何発かシンクに襲いかかる。

「かはっ!」

腹に続け様に火の玉が突撃し、シンクは体勢を崩した。魔法の威力は抑えられていたのか大きなダメージは受けていない。しかし、シンクの動きを止めるには十分な攻撃だ。

「まだ…」

シンクは腹を押さえながら、もう片方の手で剣の持ち手を握り直す。男とはまだ距離がある。撹乱するにはもう少し距離を縮めなければならない。しかし、男の強い攻撃にシンクの指先はかすかに震えていた。

「下がっていたらどうだい」

「!」

男はそんなシンクを見つめて…優しく声をかけていた。シンクはそのおだやかで好ましい声に驚き、思わず面を上げた。

「辛いだろう。痛いだろう?そんなに無理をすることないじゃないか?」

そう言って男は、目を細め口角をおだやかに上げた。

その表情は、マリアがするそれと同じように、シンクには思えた。

「…っ」

冷酷な男の思わぬ一面を目の当たりにし、シンクは思わず息をするのも忘れてしまう。

「他人を気遣うなんて、随分と余裕があるのね」

そんなシンクを我に返してくれたのは、マリアの声だった。

「!」

マリアは、男がシンクに注目している間に距離を詰めていた。手のひらに魔力を込め、男に向かってそれを放つ。

「ヘビィレイン!」

「ッぐぅ!!」

マリアの手のひらから生み出された激しい水流は、男に直撃した。男のかぶっていた帽子は水の流れに飲み込まれ遠くに飛んでいった。

「あら、綺麗な顔が水びたしね」

「貴様…!」

男はマリアを睨みつけた。マリアは怖じけず男に向けて不敵な笑みを浮かべる。その態度に、男は唇を噛みもともと鋭い眼光が更に釣り上げられる。

「そんなに痛い目に合いたいか」

男の体はマリアに向けられた。眼球の大きさ故に迫力のある瞳には、もう、マリアしか映っていない。

「(シンクから関心を逸らさないと。この男がいつシンクを本気で手にかけるかわからない。私が巻き込んだんだもの、シンクはなんとしても守らないと)」

マリアの狙い通り、男の標準はマリアに向けられた。もともとシンクを倒す気のない男だったのだ。マリアに関心を向けさせさえすればシンクの安全は確保される。マリアは男を挑発するように誘導するように、右に左に大げさに移動してみせる。

「どうしたのかしら。動きが鈍いようだけれど」

「図に乗るな…!」

男は腕を右から左に振った。男の袖口から細長い稲妻が走る。

「!」

雷の魔法なのだろう、青色に光るそれはマリアの足元の床にバチッと音をたて鋭くぶつかった。直撃した床は黒く焦げて薄く煙が上がっている。当たったら相当なダメージを負うだろう。しかし、

「それだけかしら」

怯むわけにはいかない。マリアはお返しと言わんばかりに握った拳に魔力を込めた。

「フォースフルボルト!!」

ドカン!!

遺跡内が一瞬、轟音と白色に包まれる。マリアの上級雷魔法が男の全身に襲いかかったのだ。

「……っ」

無意識に息に飲み込む。マリアの見立てによると、マリアの魔法は男に直撃したと思われる。遺跡内は今は煙の灰色に包まれていた。通常ならこの攻撃で相手は黒ずみになっている。マリアは目をしかめ、男がどうなっているか確認する。

煙が上がり、男の陰影が浮かびあがる。マリアは影の周囲に僅かな光が輝いているのを目視した。

「なかなかやるが…大したことはないな」

その光はバリアフォース…上級の防御魔法だ…を展開していた男は、マリアの雷魔法を防いでいた。しかし完全に防げなかったのか、手先が僅かに痺れていた。マリアはそれを確認した。

「別にいいのよ、それで」

「…? まさか!」

マリアの余裕の微笑みに、男は己の背後に気配を感じて振り返る。

「シンク!」

男の目の前に、シンクがいた。

シンクの周辺に飛び回っていた炎魔法は、マリアが打ったヘビィレインの効果で完全に消え去っていた。シンクはマリアが男の気を引いている間に体勢を整え、タイミングを見計らっていた。そしてマリアが雷魔法を打っている隙に、男の背後へと回り込んでいたのだ。

予想外の襲撃に男の目が驚愕に見開かれる。そして、

「うああああ!!」

気合いの叫びを上げながら、男の腹に向けて剣先を向けて駆ける。

男の動きを封じるために、シンクは何も考えずひたすら脚を前に出して、



遺跡内に激しい光が満ち溢れた。



「うぐ…!?」

先ほどのマリアの魔法よりもっともっと大規模の閃光。そのあまりの眩しさに、シンクは反射的に両目をギュッとつむってしまった。ぐらっと姿勢が崩れる。男がどこにいるのかも分からない。



「シンク!!」


マリアの絶叫が鳴り響く。シンクの体にマリアの柔らかな体が覆いかぶさり、



その後、いろいろなことがシンクの身に降りかかった。







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