冷たい火花
マリアはその男の姿をまじまじと見つめる。マリアはその人物を知っていた。
「誰かと思えばアルムの女王か」
男は鼻で笑った。
「マリア、この人って…」
シンクに頷き、マリアは男に話しかける。シンクもマリア同様、男の顔に見覚えがあった。
マリアとシンクは男のことを知っていた。怜悧な眼差しはあの頃と変わらない。マリアはあくまで冷静を装い話しかける。
「久しぶりね。シードの港で会ったこと覚えているかしら?」
問いかけるその声は、意図してないに関わらず遺跡に反響した。
「ああ。覚えているとも」
また冷たく鼻で笑われるかと思ったが、男はマリアの問いかけに答えた。そして冷たい一言を添えた。
「あの時と変わらず、忌々しい面をしている」
冷たく言い放たれる。冷淡なトーンの言葉に、マリアは思わず言葉を失った。
「マリアの悪口を言うな」
真横から鋭い声が響き、マリアはびっくりして声のした方を振り返る。
「……」
「シンク…」
シンクが怒りの感情をあらわにしていた。大きな眼を細め唇を真横に結び、怒りで力が入っているのか拳はぎゅっと硬く握られていた。
シンクは無言のまま男を睨んでいた。普段見せる柔らかい表情は完全になりを潜めていた。その憎しみを帯びた顔は、マリアが今までに見たことのないものだった。
「坊主、俺たちはこれから大切なことをするのだ。下がっていなさい」
しかしそんなシンクの怒りを一瞥し、男は、マリアにするよりも幾分柔らかい口調でシンクを制した。シンクの怒りなどこの男には些末なことに過ぎないのだ。それを感じ取り、シンクは先より更に眉根を寄せた。ふたたび口を開きかけるのを、マリアは慌てて制した。
「シンク、私は大丈夫だから」
「マリア…でも」
「いいの。気にしていないから。ね?」
やんわりとシンクを止めた。シンクは迷っていたが渋々と矛を収めたようだった。先と変わらず男を睨みつけているものの体の力は抜けていた。それを確認したマリアは再び男に向き合う。今度は、感情を取繕わなかった。
「私とシンクでは随分と対応が違うようだけど、それは何故かしら」
そう言って見せると同時に、挑発するように片眉を上げた。話し方にも棘を含めてみた。マリアも言われっぱなしは気分は良くないのだ。嫌味の一つでも返してやりたいという気持ちを込めて男を見つめる。
どうせ鼻で笑われるだけだろうと思っていたマリアであったが、意外と男は返事をした。
「それがこの世のあるべき姿だからだ」
どういう意味だろうかとマリアが唇を固く結ぶのと、
「お前には分からないことだろうが」
マリアの目の前に火の塊が現れたのは同時だった。
「!」
目前に迫る赤い塊は、マリアを飲み込もうとせんばかりに灼熱の口を開く。咄嗟に懐の投刀に手を伸ばしたマリアは、魔力を込めてそれを投げた。
マリアの鼻先で火の玉は爆発し、男の…そう、男の放った魔法を、打ち消した。
「いきなり何を…!」
マリアは叫ぶが、男は答えない。己の掌を見つめただ突っ立ているのみで、マリアの言葉を無視していた。
「今のを弾くか…思ったより反応がいい。もう少し技の繰り出しを早めるか」
ぶつぶつと独り言を漏らしている。男は背筋を伸ばすと帽子を整え、マリアの隣で唖然としているシンクを一瞥した。
「坊主、お前も抵抗すると言うのならそれなりの措置を取らせてもらう。帰るならいまだ」
それは突然の、強制の言葉だった。マリアをなんとも思っていないことがその言葉尻から安易に伝わる。シンクは、
「いやだ」
明確に拒否した。男は聞き分けのない子どもにするように、分かりやすく話しかける。
「私はこれからそこの女を排除するんだ。私はお前を手にかけるつもりはないが万一のことがある。無事は保障できない」
マリアを人扱いしていない態度に、シンクは奥歯を噛みしめた。
「お兄さんはマリアを倒すの?なら絶対に帰らない」
シンクは背負っていた剣に、ゆっくりと手を伸ばした。するすると慎重に抜刀し、男に矛先を向けた。
「だって僕の帰る場所はマリアのいるアルムなんだから」
マリアはシンクを見た。シンクの目は、男を見ているようで見ていなかった。剣を握る手も、よく見るとかすかに震えていた。
「……」
容赦のない男に、シンクは怯えていた。それでもシンクは、男に背を向けない。なんとかその場に踏みとどまっていた。
「その考えが、お前の身を滅ぼすことになるのだ」
男はシンクの去勢に…苦笑いしたようだ。男がシンクへ向けた、ある種慈愛に満ちた眼差しは変わらないが、その中に好戦的な色が混ざる。
「シンク…」
「うん。マリア…行こう」
マリアは構えた。シンクと目を合わせ、男を睨む。
しばしの沈黙の後、硬い遺跡の地面を3つの足が蹴った。




