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ついに出て来た


長い廊下だった。行き着く先は全く見えず、しかしマリアとシンクはとにかく走る。


「はぁ、はぁ」

あまりに長い廊下に、シンクは苦しげに息を吐き出している。マリアは走るスピードを緩めた。

「少し、休みましょうか」

「…うん」

シンクは額に浮かぶ汗を拭き、よろよろと床に座り込んだ。二人の間に会話はない。ただ、荒い息遣いが響くばかりだ。

「私のわがままでこんなことになって…」

疲れがたまったせいかマリアは胸のうちに隠していた不安をとうとう声に出してしまった。シンクはマリアを黙って見つめている。

シンクは少し考えた後、軽く頭を振り口角を上げた。

「僕たちも、黒服の人たちの行動はおかしいと思ったよ。きっと、マリアがいなくてもここに来てた。だからそんなこと言わないで」

「シンク…」

今度はマリアがシンクを見つめる番だった。嘘のない澄んだ瞳と目が合う。

シンクは幼い言動を取る分未成熟に見える。しかしその中身は意外としっかりしているのだ。誰かを思いやり、気遣い、考えて発言できる。

事実、マリアはシンクの言葉に勇気付けられた。

シンクも、キャナリも、アイグルも、立場上はマリアの部下だ。アルムの国民である3人は、アルム王のマリアの意見を尊重し、マリアの判断についていく立場にその身を置いている。

でも彼らはマリアの意思に何でもかんでも付き合うわけではない。あくまで自分で考え何かしらの結論を出した上で、マリアに従い付いてきている。ただの操り人形ではないのだ。

マリアもまた、3人に自分の手下であることを望んでいない。

王と部下という上下関係を持ちながら、4人は対等な存在だった。


マリアはその関係性を信じていたが、ことここに来てからは不安な思いが膨らんでいた。


アイグルとキャナリを危険な目に合わせてしまったことへの罪悪感がマリアには付きまとっていた。しかし、その黒い雲を、シンクは気にすることはないと追い払ってくれた。

シンクは素直な性分だ。それ故、彼の言葉には嘘がないということが分かる。だからこそマリアは、シンクの言葉に今、胸のつかえが取れたような感覚に満たされている。

シンクがいなければマリアの心は、罪悪感という黒い雲に襲われていた。

「ありがとうシンク」

シンクは伝う汗をぬぐいながらにこりと笑った。

こうして不安の種が生まれたその時から先んじて種を潰してくれるシンクの存在が、マリアには有難かった。


それと同時に、もしもの可能性を考えていた。


私が、いなくても。


マリアは今度こそ、口に出さないことに成功した。

息を整えるふりをして、考える。

私の記憶は、今もなお戻らない。記憶喪失の前、私はアルムから姿を消していたらしい。それが記憶喪失の原因に繋がるのだろう。でも、何が起きたのか何故アルムから姿を消していたのか全くわからない。

とにかく、私は変な場所で目覚めて、アルムに戻ってきた。それだけが明確だ。



でもアルムに戻って来たのは本当に私なのか。


私はマリア・アルムハーツじゃないかもしれない。


「いえ…そんな筈はないわ」

だって私には前世の記憶があるのだから。

でもそれは本当に、私の体験したものなのだろうか。それを証明する術もまた、ない。


再び不安の渦がマリアを覆い尽くす。マリアは祈るように手を組んだ。

そのとき、不意に翠の輝きが視界に入った。

「…」

それは、いつかカディスに貰ったお守りの指輪だった。

『自分の決めた道に、迷わないで』

気づけば、マリアはカディスの言葉を何度も何度も思い返していた。


考えても仕方ないことを、ぐるぐる考えてしまった。

こんな時に記憶喪失のことなど考えるべきじゃない。目の前にいる少年を連れて一刻も早く先に行って、黒服の真意を確認しなければならないのに。

「シンク、もう休めたわ。行きましょう」

当然返ってきたのは、肯定の返事だ。



長く薄暗い道のりだった。

マリアとシンクはようやく最深部と思しき場所にたどり着いた。

「…誰だ」

「あなたは」

スラッと伸びた背丈、かっちりと着込んだ暗闇の装束。短く切りそろえた漆黒の髪に、闇夜の瞳と目が合う。薄い唇から紡がれる声は淡々と低い。

奇妙な装置の前に佇む青年は、氷よりも冷たい眼差しで1人で佇んでいた。




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