きしみ
「美味しいです!」
木を何重にも組み立てて作られた、簡素で落ち着く雰囲気の一軒家。その家の、それまたつつましい広さの台所では、家主含めた4人と、4人の来訪者がテーブルに着き食事を摂っていた。小さなテーブルに椅子も詰め詰めで、ひしめき合っている状態だが、みんな気にせず箸を進めていた。
中でも、1人の女性は実に美味しそうに食べ物を口に運んでは目をいきいきと輝かせていた。先ほど大きな声で感嘆していたのも、その人だ。と言うか、マリアだ。マリアは口に手を当て、口角をにんまり釣り上げる。味に大満足の様子だ。
「シャキシャキとした食感に、噛めば噛むほど甘さが広がって美味しいです。ソースもアクセントになっていて味に飽きがきませんしお米もふわふわで…」
「こら。食べながらおしゃべりしない」
興奮するマリアを諌めたのは、マリアの向かいに腰かけるアイグルだった。広さの足りない空間のため大きな体をすぼめて、こらこらと言った感じで低い声を出す。それと反対の反応をしているのは、相変わらずマリアの隣に座るシンク。
「うん。おいしいよね」
元気に熱弁をふるうマリアを、目を細めて見守っていた。自身も箸を握り食事を楽しんでいる。アイグルはその笑顔に毒気を抜かれかけるも「いやいや」と首を振り、注意をするため再び身を乗り出しかけた。が、
「気になさらないでください。こちらとしても喜んでもらえて嬉しいですし」
「すみません」
料理を作った本人にそう言われてしまったら、アイグルも笑みを浮かべ頭を下げるしかなかった。目の前のやりとりに決まりが悪くなったのか、マリアはしっかり咀嚼して口の中の物を飲み込むと「失礼しました」と恥ずかしそうに続けた。
「いいえ本当にお気になさらないでください。それに、うちの子どもたちも喜んでいますから」
母親はそう言うと、キャナリの周辺に視線をやる。そこには、
「キャナリお姉ちゃん、あーん」
子どもに食べ物を食べさせてもらっているキャナリがいた。キャナリは顔を赤くして戸惑いつつも、小さな口を開けていた。危なっかしい手つきで、木製のスプーンはキャナリの口内に収まる。しっかりと噛んで、中身を飲み込む。
「おいしいです。ありがとう」
柔らかい声でお礼を言うキャナリの表情は、三日月型の目に微かに上がる口角。動作に多少のぎこちなさはあるものの、子どもとの関わりに慣れたようだった。少なくともものすごく緊張している風には見えない。
「懐かしいな。俺もああやってキャナリに飯を食べさせたものだ」
アイグルはすっかり昔を懐かしんでいるようだった。ぽやっと、どこか遠くへ視線を彷徨わせている。マリアは興味を示した。
「あら、キャナリはどんな子だったのかしら」
「それがけっこうわがままだったんだ。嫌いな食べ物出すとイヤイヤって首を振ってたんだよ。こんな風に、ほら」
「兄さん」
大げさに首を左右に振る兄を、妹は頬を赤く染めて鋭く見つめた。アイグルは、
「いいだろ。かわいかったんだから」
「…もう」
キャナリはふてくされた風に眉を下げていたが、子どもに顔を覗き込まれ気を取り直していた。キャナリは飲み物に口を付け、両隣に座る子どもをちらりと見やり、
「もし私に下のきょうだいがいたら、こんな感じだったのでしょうか」
ひとりごちた。
「…うーん、きょうだいというよりも…」
マリアは頭を傾けうなる。キャナリは、今度は自分の方から子どもにスプーンを運んでいた。マリアにはその光景は、兄弟というよりは親子のそれのように見えた。それはアイグルも同様だったらしい。
「キャナリの子どもか…ふぅん、良い度胸だ…」
口元は笑っているが瞳から光彩が消えていた。何かを想像したのか、その声音は常より低い。妹のことになれば妄想だけで本気になれるのが、アイグルという男だった。
「アーにいはいつも、キャナリ想いだね」
シンクはアイグルの迫力のある顔に優しい目つきになる。特に気にした様子もなく、もぐもぐとマイペースに食事を続けていた。シンクは果たして、アイグルのキャナリに対する簡単で複雑な感情を分かっているのか分かっていないのか。マリアは判断に困る。
「そ、そうね」
架空の人物への怨念を抱えるアイグルは、気にしないことにした。アイグルの形相に引いている子どもの両親への配慮の意味も込めて、話題を変えることにした。
「こんな美味しいご飯が食べれるなんて、羨ましいわ」
マリアは、キャナリの隣に居座る幼い兄妹に話しかけた。兄妹は顔を合わせ、にいっとかわいらしく微笑みあう。
「うん、いいでしょ」
「危ないですよ」
自信満々に胸を反らす兄妹。キャナリは、兄妹が椅子から転げ落ちないかハラハラと見守っていた。背中に手を回そうとしている。
「ええ。お母さんが野菜を育てたのよね」
「うん。前まではね!」
疲れも取れるような満面の笑みに、マリアは「ん?」と瞬きをする。マリアの視線は子どもに釘付けになる。
「おとうさんが取ってくるお野菜おいしいよね」
それは本当に何気ない一言だった。
「お母さんが取ってくるのではないのですか」
キャナリが聞く。マリアもキャナリと同じように疑問に思った。アイグルも、マリアの隣に座るシンクも「む?」「ん?」などと首を横に傾けていた。
客として招かれた4名は、疑問符を頭に浮かべ、結果として黙りこんでしまう。客の疑問を察したのか、子どもの両親は、
「役割分担を変えたんですよ。なんとなくやらねばと思いまして」
青白い肌をした父親はあっさりと告げ、にこりと微笑んだ。慣れない太陽に浴びていたからか、その肌は真っ赤になっていた。
「ああ、赤くなっているなぁ。冷たいタオルを持ってきてくれ」
「はいはい、分かりました」
父親は、エプロンをつけた己の妻に命じた。妻はその指示に、文句ひとつ言わず従う。とても従順な様子だ。
「…そう、ですか」
マリアは、その光景に眉根を寄せた。何か嫌なことを思い出してしまいそうだった。
喉が少し乾いていたらしい。ご飯をすぐに飲み込めず、水で胃に流し込んだ。




