再会の裏で
最初は何も、異変は感じなかった。
フートゥから一番近い中継国・ツェレまでは多少の距離がある。野宿を挟み、マリアたちはツェレに向かった。
そこで、マリアたちは些細で大きな異変を迎えることになる。
「今日は、ブレックの迎えはないのね」
なぜか門番すらいないツェレの門を潜り、マリアはなんてことないように言った。しかしその声は小さかった。国民は皆農業に勤しんでいるのだろうか。周囲に人影はなく閑散としている。なんとなく寂しい空間だった。
「王も忙しいのかもしれないな。」
「後で会いに行く?」
シンクの提案に傾きかけるが、マリアはぐっとこらえた。
「いいえ。もし忙しいのなら彼女の邪魔になってしまうわ。また今度、会えるときに会う」
キャナリは、残念そうに肩を落とすマリアに、
「ブレック王とお会いしたかったのですね」
「だって、彼女、純朴で…話すと癒されるもの」
マリアの弁明に、アイグルもキャナリもシンクも「うんうん」と同意の意を示していた。皆、ブレックの、子供のように喜ぶ笑顔を思い出しほっこりしていた。
「そうだな。王にはまた会う機会もあるだろう。その時に好きなだけ話すと良いさ」
アイグルはマリアを慰めた。そして、
「それより。キャナリ。プレゼントの様子はいかほどのものか?」
神妙な顔つきから一転、ニヤニヤしながらキャナリを見つめていた。
「なんですかそのふざけた言い方は。別に壊れたりしていませんよ。しっかり運びましたから」
アイグルの奇妙な言い回しに、キャナリは冷めた目をしながらも緊張に体を強張らせた。その手に抱えているのは、フートゥの国で購入した、たくさんのおもちゃだった。
キャナリは、ツェレにいる子どもたちと遊ぶためにフートゥでおもちゃを購入したのだった。おもちゃを介して子どもと関わるために。
子どもと遊ぶのが不得手なキャナリの、微笑ましい対策だった。
アイグルは妹の努力と、道中のとある光景を思い出し記憶を噛み締めていた。
「それにしても魔物に襲われて、危うくおもちゃが壊されそうになったときのお前の顔ときたら。まるで悪鬼の表情のごとく…」
「兄さん、いい加減にしてください」
「痛い痛い悪かったってだから妙な場所をつねるな。な?」
キャナリに小指の先端をつねられる、自業自得のアイグルだった。
マリアは、昨日起こった魔物との戦闘を思い出していた。
野宿をしていた際、突然魔物が襲いかかってきたのだ。魔物は暴れに暴れ、マリアたちは対応に追われた。魔物は暴れる中で、おもちゃを入れた荷袋に噛み付いた。それにキャナリがキレて大暴れし、魔物は木っ端微塵になったという流れだ。
(確かに、あの時のキャナリ、すっごく怒っていたかも)
マリアは当時のキャナリの怒りに、恐怖よりも微笑ましさを感じていた。確かにあの時のキャナリの迫力は凄まじかったが(シンクはキャナリを見てガクガク膝を震わせていた)子どもたちへの愛情からくる怒りなのだから、キャナリの怒りはむしろ当然のものだと考えていた。
しかし、それよりも、
(あの魔物、いつも戦う魔物より手強かったような?)
野宿を続けていると、魔物に度々遭遇する。その際、必然的に戦闘になる。この長旅でマリアは戦闘に慣れ、ある程度の魔物なら追い払えるようになっていた。アイグル、キャナリは勿論、戦い慣れしていないシンクも同様だった。
しかし、昨日遭遇した魔物はしぶとかった。まあ結局のところ、マリアの強力な魔法で一撃必殺だったのだが。
(フートゥを出たときも変な気持ちになったし、何か、おかしいような)
マリアは小さな焦燥感のようなものを抱えていた。だが、アイグルもキャナリもそんな違和感を持っていない様子。
(気のせいかしら?)
そう思いたいが、なんとも言えない不安の感情は拭えなかった。マリアはシンクの肩をつついた。
「シンク、まだ変な感じはするかしら」
シンクは、マリアと同じく妙な違和感を抱えていた。同じ感覚を持った者同士、マリアはシンクを窺う。シンクはマリアの言いたいことに気づき、
「まだ、するかも。よくわからないけど」
「そう…私もなの」
「マリアも?」
確認しつつも、確信はないのでお互いに首をかしげる。この透明な異変に、いまだ答えは出てこない。
「お前ら、何見つめ合ってるんだ?先行くぞ」
アイグルにニマニマしながら言われ、マリアとシンクは慌ててその背中を追いかけた。おもちゃを抱えたキャナリは足早に歩いていた。緊張のせいか、その歩みはどこかぎこちなかったかもしれない。
ひと気のない道を歩き、とうとうキャナリは木陰の下で子どもたちの姿を見つけた。
「ひ、久しぶりですね」
キャナリはこほんと咳払いして、小さな兄妹に近づいた。兄妹はお茶の入った水筒を抱えて、木陰に腰掛けていた。今日も外で遊んでいたらしい。
小さな兄妹は、キャナリとその後ろに付いている見知った大人たちの顔を見つけて手を振った。
「キャナリおねーちゃん、アイグルにーちゃん、久しぶり」
「キャナリおねーちゃん、その中なに入ってるの?」
兄妹はキャナリに近づいた。キャナリを抱えている袋にキラキラした目を向けている。キャナリはこくりと、ごく小さく短く唾を飲んだ。
「フートゥの国で、おもちゃを買ってきたのです」
子どもたちの目がパッと輝いた。マリアたちはキャナリの様子を、固唾を呑んで見守っている。
「一緒に遊びませんか」
言葉に詰まりながら、キャナリは肩を強張らせた。顔は少し赤くなっている。
「うん!あそぼう!」
子どもたちの返事は早かった。キャナリの腕に抱きつき、瞳を輝かせている。
キャナリは、
「はい」
短い言葉と裏腹に、嬉しそうに頷いていた。それは、仲間も滅多にお目にかかれない満面の笑みで。
言うまでもなく、作戦は大成功だった。




