これがいつものパターンなのだと
フートゥの高級レストラン。各々好きなものを好きな量食べ、全員が空腹を満たした頃。
「ちょっと話しておきたいことがあるんだが、いいか?」
一行は締めのデザートを食べながら、今後の予定について話し合いをしていた。
「俺たちはアルムを出て、フートゥまでたどり着いた。この旅で、ほとんどの国を見て回ったことになる」
アイグルが切り出し、3人は静かに話を聞いている。ちなみにマリアは、アイグルに「これ以外食べるな、お前の胃のために」と押し付けられたゼリーだけ食べている。ゼリーを目の前にした際のマリアの表情は、やや不満げだった。マリアはアイグルの話に耳を傾けつつ、ちびちびとゼリーをつついていた。
アイグルは続ける。
「当初の目的の『マリアの見聞を広めること』は、達成されたんだと思っているんだが…。その辺りどう思う?マリア」
話を振られ、マリアは言葉に詰まりながらも、
「そうね…。だいたいではあるけれど、どんな国があってどんな人たちがいるのか理解できたと思う、わ」
そう答えた。各国の滞在時間は短かったが、実際に国の様子を見て回ったことで大雑把な概要は理解できたつもりだった。少なくとも、アルムの国の部屋の中で座学だけで勉強するよりは、よほど為になったと思える。
しかし、
「本当にこれで良かったのかと、思っているけど」
アイグルは、その自信なさげな答えに首を傾げた。
「いいに決まってるだろ。アルムの王として、各国の勉強をするのは重要なことだ」
その言葉に、シンクとキャナリもうんうんと頷く。しかしマリアの顔は浮かなかった。
「マリア、どうしたの」
眉を下げ俯くマリアに心配し、シンクが声をかける。マリアは躊躇いながらも、本音を口にする。
「だって私…。記憶も戻ってないのに」
その言葉を聞いたアイグルは「はぁ」と大きなため息をついた。
「…何よ」
マリアは顔を上げ、不満げにアイグルを睨んだ。一方アイグルは、呆れた瞳でマリアを見つめている。
「そんなこと気にしてんのかよ」
「そんなことって…だって、私は」
マリアは、自分のはっきりしない『記憶』絡みの現象を思い、不安げな声を上げる。
「いいか、マリア」
アイグルはテーブルに肘をついて、前のめりの体勢になる。マリアはその圧に、うっと体を反らした。
アイグルは、すっと息を吸い、唾を飲み込んだ。ひとつひとつの言葉を大切にし、マリアを想った声色で、本心を紡ぐ。
「大切なのは、記憶のないマリアが知らない人間のために、責任を持って、危険が伴う旅をして、知識を深めたことだろ」
そんな、マリアの心に届くように紡がれる言葉を、マリアの仲間は引き継ぐ。
「マリア様は王として自分のすべきことを考え、実行できる、素晴らしい方です。記憶が戻らないのは仕方のないこと。気になさらないでください」
キャナリはマリアをまっすぐ見つめ、目を細め微笑む。そして、
「僕は、マリアが、アルムのことを考えてるだけで嬉しいよ」
いつもマリアの傍にいる、幼稚で優しい少年は、花が咲くような笑顔を見せる。それはマリアへの信頼が籠められた眼差し。心にある不安の霧を晴らすような、暖かい日差しのような微笑みだった。
「みんな…」
みっつの信頼はマリアの心の支えとなり、マリアに勇気を与えてくれる。安心を与えてくれる。
「そう、ね」
仲間に励まされ、マリアはそうだとゆっくり頷いていた。そうだ。自分は、取っ掛かりのない状況から旅をするという行動を選び、ここまでやってきたのだった。自分の知らない大地を冒険する決意をしたときの、前向きな気持ちを思い出さねば。
まずは行動あるのみ。考えるのはそれからでいい。あのときの自分は、そう考えていた気がする。そして今でもその考えは間違っていないと、思えた。
「そうよね」
確かめるようにぎゅっと拳を握る。マリアの心に積極的な気持ちが戻ってきた。くよくよしていても何も始まらない。マリアは何度も頷く。息を吐き、目を強く開く。
そして実感する。いつも『こう』だったのだと。
くよくよ悩んだり不安になる度、こうやって仲間に励まされて、ここまでやってきたのだということに。何も知らない自分に、真摯に接してくれた仲間がいるから、マリアはこの旅を続けることができたのだ。
「みんな、ありがとう」
マリアは、ある限りの感謝の気持ちを込めて、3人の顔を見渡した。3人は笑っていた。きっとその思いは届いた。
デザートを食べ終え、4人はホテルから出た。
マリアは先を進む仲間に声をかけた。
「ちょっと寄りたいところがあるから、待っててくれるかしら」
「どこに行くの?マリア」
「え、えっと…買い物よ」
尋ねてきたシンクに、マリアはモニョモニョと答える。キャナリがすかさず、
「荷物持ちが必要でしょう。手伝います」
「ああ、いいの。1人で行くから、みんなには待っててほしいの」
マリアは手を振りキャナリの申し出を断り、そして、
「とにかくここで待ってて!」
そして足早にその場から去って行った。
「マリア、どうしたのかな」
シンクはマリアの小さくなる背中を見送りながら首をかしげる。その傍ら、アイグルは訳知り顔で顎に指を当ててうなずいていた。
「……あら」
兄の表情からマリアの行動を察したキャナリは、口元に手を当て顔を伏せた。笑ってしまいそうな自分の顔を隠すために。
「??」
ただ1人状況がわからないシンクだった。シンクはマリアを追いかけようとしたが、マリアが危険なことをしようとしているわけではないこと、アイグルもキャナリもこの場から動こうとしなかったことから、マリアが帰ってくるまでおとなしく待つことにした。
しばらくしてマリアは照れと笑顔の混ざったような表情で、紙袋を抱えて戻ってきた。




