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砂浜で楽しもう


「さぁーてと、次はどこに行こうかしら」

店を出て、マリアは意気揚々とした足取りでフートゥの地図を眺めてひとりごちた。

「元気だな、はは…」

一方アイグルは満身創痍といった足取りで、妹の後ろに付いていた。キャナリの細い肩に縋るように手を乗せており、時折妹から「自力で歩いてくれますか」と迷惑がられていた。先ほどの被り物の件をまだひこずっているようだ。繊細な男、アイグル。

「僕、海で泳ぎたいな」

シンクは、砂浜を指差してそうリクエストした。マリアはいいわねと言いかけ「あ」と声を漏らす。

「でも、水着がないわ。買うにしてもここでしか着ないならあんまり…」

「どこかで貸し出ししてくれるはずだ。近くの施設に入って聞いてみようぜ」

疲弊している割に、そういうサポートはすぐさま行える優秀なアイグルだった。エネルギーは失われているが、その声はしっかり全員に届いた。

「では聞きに行ってみましょうか」

キャナリは兄の言葉に頷くと、海の近くに建てられている白を基調にした施設に向かって、進んでいく。



少し時間が経ち、砂浜には普段とは変わった衣装を見にまとった人間が2人立っていた。

「ようやく見た目相応の格好ができたぜ…」

爽やかな海パンを身につけたアイグルは、安堵のため息をついた。無駄に爽やかなポーズを決め、サングラスをそっとずらしていた。シンクは、

「アーにい、これどう?」

「似合ってるぜ」

アイグルは素直に感想を述べた。シンクはおしゃれな海パンに薄手のパーカーを羽織っている。彼の軽やかなポニーテールは清涼感をプラスさせ、砂浜の雰囲気にぴったり合っていた。シンクの幼いながらも整った顔立ちは、周囲の女性の目をかなり引いている。アイグルは心の中で「さすがシンク」と唸っていた。

さりとてアイグルも負けてはいない。脚が長く精悍な顔つきのアイグルに、女性の目はシンク以上に釘付けになる。アイグル自身その視線はバッチリ自覚していた。

「ふふ」

アイグルは密かににやける。やはり、女性に注目されたりモテるというのは気持ちがいい。たとえその中の女性が「あの人さっきあの店で子ども用の帽子被ってたわよね」とざわついていたとしても。

「マリアとキャナリはまだかな」

そんな得意げなアイグルに気づかず、シンクはキョロキョロと周囲を見渡す。周辺の女性の視線よりも何よりもマリアに早くきてほしいらしい。

「そろそろ来るだろ」

アイグルは一途なシンクに苦笑しながら同時にあることを考えていた。

…もし『あの人』がこの場にいたら、俺だけを見てくれるだろうか。それとも、やはりただのガキだとカラカラ笑って注目なんぞしないだろうか。それとも…。

「シンク、アイグル、お待たせ」

アイグルの思考は、マリアの声でかき消された。アイグルはハッと顔を上げ、現実に意識を戻した。そして目を見開いた。

「マリア、なんだその服!」

更に大声を上げる。砂浜にいた人間がその大声に驚き、皆何事かと身を乗り出す。

「アイグルあまり大声出さないで私が変な人みたいじゃない…!」

マリアはそう言ってアイグルに注意をする。しかしアイグルはマリアの姿にハラハラしていた。

そう。ハラハラする姿だった。

アイグルは改めてマリアの姿を観察する。

まず何と言ってもビキニ。パツパツの、ビキニ。いや、決してマリアが太っているわけではない。しかし如何せんマリアは肉つきがよろしすぎるスタイルの持ち主だ。ビキニの紐がむっちりと肌に食い込むその姿はなんというか教育によろしくない気がする。周囲に子どもがいなくて良かった。下半身はひらひらのマーメイド風ロングスカートに覆われているものの、肉つきの良さは全く隠せていない。

特に胸の主張が激しい。普通の服を着ても尚膨れ上がっている部分が、ビキニのせいで更に存在感を増していた。形のよく豊満なソレは、ぶっちゃけビキニからはみ出そうで非常にハラハラする。

アイグルはふーっと深呼吸をすると、マリアの肩にそっと手を置いた。悟った顔で冷静にこう告げる。

「着替えてこい」

「い、いいじゃない別に」

アイグルにそう言い返すマリアだったが、どこか自信のない様子だった。ヒソヒソとアイグルに反論する。

「私も自分で戸惑ったわよ。でも店員に勧められたのがこの衣装だったの」

「それ以外の水着にすればよかったじゃないか」

「……む、胸のサイズが合わなくて…」

「……」

苦渋に満ちた顔と回答に、アイグルはかける言葉も見つからない。とにかく、とにかくとアイグルは言葉を繰り返す。

「とにかく俺たちから離れるなよ。いつ男たちが寄って来るかわからない」

「……。わかったわ」

マリアは周囲を見て素直に頷いていた。砂浜にいる男たちの視線は漏れなくマリアに向いていた。中には、今にもマリアに話しかけに行きそうな男たちもいた。しかし、

「マリアー!すっごい似合ってるよー!!」

「わ、シンク!急に飛び込まないの!」

「待ってたよ!へへ…その水着、すごくにあってるよ!」

「あ、ありがとう」

シンクの素早さには敵わなかった。シンクは真正面からマリアに飛びつくと、にこにこ満面の笑みでマリアを褒める。そこに、下心などは感じられなかった。

ただ、マリアの体に密着するシンクに、数多の羨望の視線が向けられているが…。

「シン坊。悪いことは言わん。その辺にしておけ」

「なんでー!」

アイグルはシンクのパーカー部分をつまんでマリアから引き離した。アイグルは、かわいい弟分が嫉妬に駆られた男に後ろから刺されやしないか心配だった。

マリアに近づきたいシンクと、暴れるシンクを取り押さえるアイグルの攻防がしばらく続いた。マリアはそんな2人を見て「はぁ」とため息を漏らす。

「私を気にしてくれるのはありがたいけれど…。せっかくキャナリがおもちゃを持ってきたんだから、早くそれで遊びましょう?」

「え?キャナリも来ているのか?」

アイグルが視線を落とすと、そこには己の妹がいた。

「……」

キャナリは砂浜で遊べる道具を両手いっぱいに抱えて、アイグルを無言で見つめていた。白いワンピース風の水着は、小柄で可愛らしい顔つきのキャナリにぴったりだった。お団子に纏めた髪もなんとも可愛らしかった。

「おお。似合ってるじゃん。それにしても来るのが遅かったなぁキャナリ」

アイグルはキャナリに近づき笑みを浮かべる。キャナリは、

「…最初からいましたけど」

「……………」

平坦な声に、アイグルはしばらく考えた。そして思い当たった。マリアのダイナマイトボディに全意識が向いていてキャナリの存在に気づかなかったことに。

しかしそれを正直に言えば妹を傷つけてしまう。

アイグルはテンパりながらも、妹のために言い切った。

「キャナリ。まな板にはまな板の魅力がある」

「死んでください」

キャナリは持って来たビーチボールを兄の頭部にめり込ませた。






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