あそびに出ましょ
「どこから回る?」
シンクは警備員から受け取った紙を覗いてみんなに尋ねる。その紙は、フートゥの国内の施設やルートなどが書かれてあった。いわゆる観光案内のマップである。
「まずは何があるかよね。アイグルなら知ってるんじゃないの?」
マリアは、アイグルに顔を向けて尋ねる。フートゥの国に来たことのあるアイグルなら、国内の施設に詳しいと考えたからだ。
しかしマリアの予想に反し、アイグルは首を横に振った。
「それなんだが、俺もこの国の内部のことはそんなに詳しくないんだ」
「そうなの?」
マリアは意外な反応に目を丸くした。様々な国の事情に詳しかったアイグルだったが、どうやら今回は話が違うようだ。マリアの疑問に答えるように、アイグルはある方向へ腕を伸ばす。
「向こうのあれ、見てみろ」
マリアたちは彼の指を目で追った。アイグルはたった先ほどくぐった門の近くにある、大きな建物を指差した。マリアたちは首を傾げる。
「あれはフートゥの市場。あそこでしか商品のやりとりを許されていないんだ」
つまり、商人すらフートゥの国内には入れさせてくれないのだという。
「厳重に警備されているのですね」
キャナリは感心したように、フートゥの市場を眺めた。よく見れば市場の周辺には多くの警備員が立っている。国内に入ろうとする商人がいれば即座に叩き出すつもりなのだろう。
「きびしいね。ちょっとくらい入れてあげてもいいのに」
シンクは警備員の険しい顔に、眉を潜めた。口を尖らせている。アイグルは、そんなシンクに苦笑いを浮かべた。
「仕方ないさ。ここは選ばれた者しか入れない高級リゾート地。おいそれと不審な奴らを入れるわけにはいかないからな。…施設の場所もわからないし適当に歩いて回ろうぜ」
そう言って進みはじめるアイグルに、3人は素直について行った。
フートゥの国には本当に色々な施設があった。
まず3人が足を向けたのは、高級感溢れる広いマーケットだった。整然と見栄え良く並べられた商品は、そのどれもが物珍しい貴重な物だった、ようだ。マリアにはよく分からなかったが、商人のアイグルが言葉を失って商品を眺めていたのでそうとう珍しい物が並んでいるのだろうと予想できた。
ここで、キャナリが今までにない興奮を見せた。
「これは…シードで一度限り販売された魚風味の茶葉…!ああ!その隣にあるのはモウルの肉を使った茶葉!これは世界中の茶葉を混ぜ合わせて使ってあるんですね。なんて珍しい…!」
陶器のように真っ白な肌を高揚で朱に染め、キャナリは目を輝かせる。あちこちに視線をやり、茶葉コーナーの前を独占する。商品の説明を読んでは、口に手を当てキャナリなりに大きな声を上げた。
「キャナリ、盛り上がっているわね…」
マリアは遠巻きに、キャナリの動き回る小さな背を眺めていた。いつもはクールなキャナリがはしゃぐ姿は見た目相応で、マリアも自然に笑顔になる。アイグルも嬉しそうに妹の背を見守っていた。
「シンク、ここ試飲ができるみたいです。付き合ってくれませんか」
「いいよ!」
キャナリの隣にはいつの間にか店員らしき男性が立っていた。その店員は、小さな紙コップを手に、にこやかな笑みを浮かべていた。キャナリはその店員と会話を交わし、シンクを手招きした。
キャナリに呼ばれ、シンクは元気よくキャナリの元に駆けていく。
「味見に協力してくれますか」
キャナリはシンクを見上げて、頼んだ。シンクはにこりと笑い、
「もちろん。どれから飲めばいい?」
「ありがとうございます。では、このフルーツがたくさん入ったお茶から」
キャナリは店員から紙コップを受け取り、シンクに手渡した。シンクはその中身をためらうことなく飲み干した。
「すっごく甘い。けど、すっぱさもあってちょうどいい感じ!お茶というよりジュースって感じかな」
「食後にはどうでしょう」
「お肉とかお魚の後に飲むのは違うなぁ」
「なるほど」
2人のやりとりを眺めるマリアにアイグルは、
「シンクは、キャナリの作る料理や茶の味見係なんだ。昔からああやって2人で協力して飯を作ってる」
「そうなの」
このことについて後で、マリアはキャナリに尋ねたのだが、
「シンクの味覚が特段優れているわけではないのですが、昔からしていることなのでつい頼ってしまうのです」
そういうことらしかった。キャナリが料理をするときにシンクがよくつまみ食いしにやってきて、味見をしてもらって会話して気づけばシンクとともに厨房に立つ時間が増えたらしい。
マリアの目から見ても、キャナリとシンクのやりとりはとても楽しそうに映っていた。
かなりの時間と試行錯誤を経て、キャナリはようやく目当ての商品を購入した。
次に訪れたのは、アミューズメントパークだった。
先ほど訪れたマーケットに劣らないこの施設には、子どもの喜びそうなおもちゃがたくさんあった。
「あはは、これいいじゃないかマリア!」
アイグルは動物を模した子どもの帽子を見つけ、マリアの頭にかぶせた。
「ちょっと、恥ずかしいじゃない」
「えー、似合ってるぜ。な、シン坊」
「マリアかわいいよ!」
屈託のない笑顔を向けられ、マリアはまんざらでもなかった。
「…こんなの私には」
…訳でもないようだった。やはり恥ずかしいものは恥ずかしいようだ。マリアは帽子を抑えて目を伏せた。アイグルはその様子をニヤニヤしながら見ている。アイグルの背後に立つキャナリは、そんなマリアを密かに眺めていた。
「似合ってます」
「キャナリまで…!キャナリのほうが似合うと思うわ」
「いえ、私は…」
「そうだな、キャナリも何かかぶるか」
「いいですって」
「キャナリにはこれが似合うんじゃないかな!」
「シンク」
マリアはキャナリを巻き込むことに成功した。アイグルとシンクはキャナリの制止を無視しグッズを漁る。マリアはその隙に目ぼしい物を見繕う。
「じゃーん、どうだ、このひよこ帽子!キャナリにぴったりだろ?」
「愚兄…っ」
アイグルが、キャナリに帽子を被せて登場した。恥ずかしそうなキャナリとは対照的に実に嬉しそうな笑みを浮かべている。妹を着飾るのが余程楽しいのだろう。
「ほんと、よく似合うわ」
マリアはキャナリを見おろして顔を明るくした。いかにも子どもが喜びそうな愛らしい小鳥の帽子は、可愛い印象のキャナリに非常に似合っていた。キャナリの頭は小さく、子ども用の帽子がぴったりなのがなんとも微笑ましかった。
「だろ。さすが俺の妹」
「なぜ兄さんが胸を張るんです」
キャナリは呆れまじりにため息をついた。マリアはじりじりとアイグルに近づく。そして、
「ほんと、よく似合うわ…えいっ」
「!?何を」
マリアは背後に隠し持っていた帽子を素早く取り出し、アイグルにかぶせた。目にも止まらない速さだった。
「なんだこりゃっ」
アイグルは店内に備え付けられた鏡を覗き込み、顔を青くした。帽子の『顔』は子ども向けにデフォルメされたデザインで、頭頂部には三角の耳が付いている。その帽子はアイグルが身につけるには可愛すぎた。アイグルの隣にいたシンクはにっこり笑う。
「アーにいかわいい」
悪意なき言葉はアイグルの男のプライドを一刀両断。アイグルは顔を赤くする。
「外す!」
「あら、私たちに付けさせておいて自分は脱ぐのかしら」
アイグルは被り物を取ろうとしたがマリアに痛い所を突かれ腕の動きを止めてしまった。
「まさかマリア様。兄さんはそんな不誠実なことしませんよ。きっと自分も被るつもりでマリア様に帽子を被せたのですから」
「う…」
マリアの援護射撃にキャナリが加わり、アイグルは更に窮地に追い込まれる。アイグルはノリでマリアに帽子を被せたことを後悔した。
「し、シン坊…」
アイグルは、シンクに助けを求めるように振り向いた。店員や裕福そうな客がアイグルの頭に注目し始めていた。もうシンクしか頼れるものはいない。
「シンク、その被り物にあってるわよ。私とお揃いの」
「本当?マリアといっしょなの嬉しいな!」
マリアのほうが行動が速かった。シンクは一瞬で向こう側の人間になってしまった。
「みんなでこういうことするの楽しいよね!」
無邪気な笑みにアイグルの言葉が詰まり、
「兄さん、まさか脱ぎませんよね」
妹の言葉にうっと目を瞬かせ、
「みんな。向こうで写真撮影してもらえるらしいわよ。行きましょう!」
「マリア、それだけは!」
マリアの提案に首を横に振り回す。が、
「ここまできたらとことんするでしょう?」
アイグルは、マリアの据わった瞳に完全に圧倒されてしまった。
そうしてまたひとつ、旅の思い出という名の黒歴史を増やしたのだった。




