子どもトーク
「よし、そろそろ出るか」
散歩を切り上げ一旦宿に戻り。荷物をまとめて、アイグルは仲間に声をかける。
マリアたちはツェレの門まで進んだ、
「フートゥまであと少しです。途中に私の管理する小国がありますので休憩に使ってください」
ブレックはそう言いながら、マリアたちの顔を心配そうに見渡す。マリアらが出発すると聞き、駆けつけてきたらしい。
「たっぷり休めたわ。ありがとうございます」
マリアの言葉に、ブレックは感極まってマリアの両手を握った。
「道中お気を付けて」
いつの間に集まったのか、ブレックの背後にツェレの国民たちがわらわらと集まってきていた。みなマリアらを遠くから眺めている。そのほとんどは男の人だった。
代表して、アイグルが前に出た。
「ええ。また帰りに寄りますね。…お」
アイグルは見物人らの中に、例の親子を見つけた。子どもたちはアイグルに「バイバーイ」と元気よく手を振っていた。
「おう、また遊ぼうな」
アイグルは人好きする笑みを浮かべ、子どもたちは嬉しそうに父親の脚に抱きついた。母親の姿は見えない。
「お世話になりました」
マリアたちは頭を下げ、温かな空気漂う南に向けて、一歩踏み出した。
「アイグルおにーちゃん、シンクおにーちゃん、また遊ぼうね!今度はおねーちゃんたちもいっしょに!」
無垢な誘いに、アイグルとシンクは笑って答えた。
こうして、マリアはツェレを出発した。
「マリア、キャナリ。誘われたな」
アイグルに話を振られ、キャナリは複雑な顔をする。
「私、遊びのレパートリーがないのですが…」
「そんなこと。一緒に走り回って大声で笑ってりゃいいんだって」
「私にできるとは思えないのですが」
アイグルに、励ますように肩を叩かれるキャナリ。その声色は1オクターブほど低かった。困惑しているのがわかりやすく伝わる。
「キャナリ、子どもと遊ぶの苦手なの?」
マリアは気になっていたことをキャナリに問うた。キャナリは、
「得意ではないです。恥ずかしい限りですが」
細い指で、柔らかな頬を掻くキャナリ。珍しくその表情は困惑していた。傍にいるアイグルはマリアにそっと耳打ちをする。
「子どもにはよく好かれるんだ。兄の俺が言うのもなんだが、キャナリ、見た目は可愛いからな」
「確かにそうね」
マリアは頷いた。小柄なキャナリは人形のように可愛い。ふわふわと癖のある髪型はまるでお姫さまのようだ。子どもたちに人気があるのも十分頷ける。
…決してアイグルにシスコンの気があるとは思っていない。
アイグルは続ける。
「でも遊ぶ時にぎこちないんだよな。慣れた子どもと遊ぶ時はそうでもないんだが」
「ああ…」
マリアはなんとなく想像できた。マリアの妄想の中のキャナリは、堅苦しい口調で子どもに話しかけていた。冷静な顔で内心焦っているキャナリは思うほど容易にイメージできた。
「何、フートゥでいいオモチャを見てそれを参考にすればいい。焦ることはない」
「はぁ」
のんきに笑うアイグル。一方キャナリの方はといえば「他人事だと思って」と言わんばかりにジト目で地面を睨む。
マリアはキャナリの小さな頭を見下ろして、苦笑いを浮かべた。
「シンクも子どもと遊ぶの得意よね」
マリアに話しかけられ、シンクは、
「そうかな?」
首を傾げていた。思い当たる節がないようだった。
「子どもたちと仲良く遊んでいたじゃない」
「うん!あの子たちと遊ぶの楽しかったよ。でも、得意?っていうのかな」
シンクは唇に手を当てながら、不思議そうに何度も首をかしげる。『得意』という言葉に納得がいかないようだ。
見かねたアイグルは、声を潜めてマリアの耳に口を近づけた。
「マリア」
「何、アイグル」
「似た者同士なんだ」
「…なるほど」
納得したマリアは腕を組んで、何度も何度も大きく頷いた。
それを見たシンクは、顔を赤らめて照れる。
「えへ…マリアに褒められたのかなボク」
「それはないと思います」
キャナリはバサリと言い切った。




