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思うところはふたつ


「アイグルにーちゃんつかまえたー!」

「つかまっちまったー!あはは」

子ども2人は、アイグルの腰に思い切り飛びついた。アイグルはオーバーな仕草で地面に転がってみせ、子どもの笑いを誘った。子どもたち…年の近い兄と妹の2人組だ…は、アイグルの体に抱きついて大口を開けて笑う。アイグルは、2人の頭を優しく撫でる。

「にーちゃん疲れちまったよ。そろそろお茶飲んで休もう?」

「えー、もうつかれたのー?わたしもっと遊びたい」

兄妹、特に妹のほうが、頬を膨らませて訴える。しかし、

「だめ。汗いっぱいかいたろ?休むんだ」

「…はぁい…」

アイグルに肩をポンと叩かれ、女の子はしぶしぶ矛をおさめた。兄もまた、2人のやりとりを見て遊びを諦めたようだった。唇を尖らせつつも、アイグルに頷く。

「さ、お母さんたちのとこに戻ろう」

「はあい」

アイグルは素直な子どもたちと手を繋ぎ、木陰に向かって歩く。そこには兄妹の両親と、マリアたちが待っている。

アイグルは己の手を握る子どもの頭部を見おろした。まだ小さい。当然だが。

こちらが歩いてくるのに気づいたのか、木陰にいる集団は手を振った。

「おかえり」

「おかーさんおとーさんただいまー!お茶ちょーだい!」

兄妹はアイグルの手から離れると、両親に向かって全力でダッシュする。子どもの母親は、我が子の額を触り目を丸くした。

「汗びっしょり!たくさん遊んでもらったのね」

「うん!追いかけっこしたんだ!」

兄は、母親から受け取った茶をごくごく飲みながら元気に報告する。母親は、アイグルを見つめると頭を下げた。

「申し訳ありません、うちの子の面倒を見てもらって」

「いいんですよ。俺、子ども好きなんで」

アイグルは子どもの母親と二言三言言葉を交わし、マリアたちの方へ向かって歩く。といってもあまり距離はないが。

「ただいま」

アイグルの帰還に真っ先に反応したのはキャナリだった。

「おかえりなさい兄さん。お茶どうぞ」

「サンキュ。助かるよ」

丁寧な手つきで渡された水筒を受け取り、アイグルは思い切りその中身を飲み干した。

「はぁ、生きかえるー!」

ぷはぁっと息を吐き、アイグルはキャナリに水筒を返す。キャナリは口角を上げて頷く。

「全力で走っていましたからね。兄さん、タオルどうぞ。汗拭いてください」

「ありがとな」

準備のいい妹に、アイグルは礼を言ってばかりだった。タオルを広げ、頭や首回りの汗を拭う。

「…どうしたマリア、うつむいたりして」

ふと、膝を抱えて猫背になっているマリアに気づき、アイグルは声をかけた。

「…あ、何か言ったかしらアイグル」

ややあってマリアは顔を上げた。アイグルに話しかけられたことに今気づいたらしい。

「どうしたぼーっとして。暑さで疲れたか?」

「…いえ、そういうわけではないの」

そう答えるが、どこか言葉に元気が見られない。アイグルはマリアの顔を覗き込んで、む、と小さく唸る。



昔から、子どもの面倒を見るのは嫌いではなかった。

幼い頃に両親を亡くし、身内に年下がいる環境で、アイグルはごく自然な形で年上らしい振る舞いを身につけていった。

アルムの王・マリアの遊び相手兼お守り役であったのに加え、妹のキャナリ、果てはシンクが加わり、アイグルはよりしっかり者になっていく。

アイグルにとって年下に好かれることは、別に苦痛なことではなかった。頼られ、リーダーシップを求められることも…それほどの重荷は感じてはいなかった。

仮に負担が溜まっても、それを受け止めてくれる人が…いた。

年下の様子を見守り続けた結果鍛えられた観察眼は、商人となったことでますます磨かれていった。


だからこそ、今。マリアが何か思い悩んでいることが、アイグルには一目で分かった。


「そうか?」

アイグルはさりげない仕草でマリアの隣に腰掛け、気遣うように一言声をかける。その声色は優しい。

「……」

マリアは一点を見つめたままじっと黙り込んでいる。話すのをためらっているように、アイグルには見えた。

「アイグルは…」

「ん?」

ふとマリアが言葉を漏らした。アイグルはマリアの言葉を逃すまいと、やや前のめりになる。

マリアは表情を変えないまま、こんなことを言った。

「アイグルはもし、結婚したら、誰かにアランジしてもらうのかしら?」

「…アランジ?」

発言の意味を図りかねて、アイグルはおうむ返しで首をかしげる。マリアはアイグルの返事を待つように、再び口を閉ざしている。

アイグルは迷った。マリアの言わんとすることが読めなかった。しかし、無難に返すことにした。

「そうだな。…してもらうんじゃないかな」

マリアはアイグルの回答を聞き、そっとまつげを伏せた。

「…やっぱり、そうよね」

「”やっぱり”?」

マリアの言葉に引っかかりを覚え、聞き返す。

アイグルの問いに答えず、マリアはとある一点を見つめた。

「…何かおかしいの。そう思ったの」

そう言ったきり、マリアは何かを考えるように黙り込んだ。いつも彼女がまとう明るさは、完全になりを潜めた。アイグルはそれ以上マリアに何かを尋ねることはしなかった。

アイグルは、マリアの視線の先を追った。

誘ったのはどちらなのか、シンクは子どもたちと地面に絵を描いて遊んでいた。「似てるでしょ」「ほんとだ」などとのんきに無邪気に笑うシンクに、マリアは視線を向けていた。




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